輪廻の果てに咲く桜

臣桜

文字の大きさ
16 / 51

現在4

しおりを挟む
 二〇三八年 五月

 その後、美弥は無事に希望の高校に進学し、新生活を楽しみながらも時人の家庭教師を受けていた。
 高校生になった美弥のその美少女ぶりは更に有名になり、他校から生徒が見にやって来るほどだ。
 友達と街を歩けば何度もスカウトされ、他のモデル事務所に先を越されたくないスカウトマン達が、こぞって先約を取りつけたがる。
 受け取った名刺の事務所を調べて、どこが良さそうなどと値踏みする事はあったが、基本的にあまり大きな反抗期も見せなかった美弥は、母親の言いつけを守って高校を卒業するまでは本格的な活動をしようとは思わなかった。
「時人さん、私今度の発表会でショパン弾くんだよ」
 期待を込めた声で美弥が言い、その声の中に時人に見に来てほしいという下心がある。
「そう? 日曜日だったっけ? ごめんね、応援しに行きたいけれど予定があって」
「……そうなんだ」
 いつも時人はそうだ。
 やんわりと傷付けないような態度をしているが、時人は美弥のピアノを聴きに来てくれた事がない。
 母親の沙夜はプロではないがピアノが上手で、自宅にピアノがある事も手伝って美弥も自然とピアノを習っていたのだ。
 自分でもプロにはなれないと思うし、そういうつもりもないが、音楽の時間に合唱の伴奏を任せられたりしていて、人に聴かせたいと思うレベルではあると思う。
 美弥が得意な事があると、時人はいつも応援してくれるのに、ピアノだけは違う。
 どこか美弥のピアノを避けているような――。
 高校生でも美弥だって女だ。好きな人の事なら何でも敏感になって猜疑心が湧いてしまう。
(つまんないの)
 それでもこれ以上、多忙な時人に我侭を言う訳にもいかず、美弥は話題を変えた。
「写真、見たよ。葵さんっていう大叔母さんの」
「えっ?」
 美弥は手の中でマグカップの取っ手を弄びながらしばらく黙っていたが、そっと顔を上げて時人を見つめてくる。
「お婆ちゃんと一緒に写った写真がよくあって、ピアノが上手な人だったんだって? 顔の系統は、一華伯母さんよりもママに似ていて……、私に似てる」

 ――ああ。

 一瞬、眩暈がした。
「お婆ちゃんの実家、京都の大きな家なんだってね。葵さんは京都弁を話す綺麗な人だったって。音楽をしていて時人さんと付き合っていて……、時人さんを残していなくなった」
 その言葉と葵に似た美弥の顔に耐え切れず、時人はそっと視線を外す。
「時人さんが私達親子に優しくしてくれるのは、葵さんがいたからなの? それは同情なの? 葵さんが音楽をしてたから、私のピアノも聴いてくれないの?」
 美弥は思春期ならではの思考でまた暴走し始める。
「違うよ、俺と沙夜ちゃん、一華ちゃんは友達だ。発表会の日は本当に用事があって……」
「だっておかしいじゃない。時人さん、ママより若いのにお婆ちゃんと友達とか。時人さん、私たち家族とどういう関係なの? 発表会は――いいよ、無理しなくて」
 何も知らない美弥は、至極素朴な疑問をぶつけて時人を困らせていた。
 彼女の疑問は、目の前の二十代後半ぐらいにしか見えない男性が実は五十代だという事を受け入れなければ、永遠に解決できない疑問だ。
 子供の美弥にとって『友達関係』というのは同じ年代の者同士がなるもので、大人は歳が離れていても『友達』になれるという事をあまり理解していない。
 美弥にとっては三学年以内が交流があって当たり前の年齢で、十歳以上も年上だったり年下だったりすると、それは『お知り合い』になってしまう。
 なので時人と沙夜が友人だと言っても素直に理解はできず、母が「恩人なのよ」と説明する言葉が一番しっくりする気がしている。
 美弥にとって時人は特別な人だ。
 その特別な人に日々の努力の賜物を聴いてもらえないという不満はねじれて爆発し、彼女が望まない駄々をこねた子供のような返事になってしまっていた。
「……そろそろ帰るよ。長居してはいけない」
 優しく言って時人が立ち上がった。
「待って、時人さん。質問に応えて」
 部屋を出ようとする時人に美弥がすがり付き、けれども時人はその細い腕をそっと振り払う。
「答えは全て、君の中にあるんだよ」
 美弥には疑問でしかない言葉を呟き、いつもの通りにポンポンと優しく頭を撫でてから、時人は沙夜と夫に挨拶をして秋月家を出て行ってしまった。
「……時人さんの馬鹿」
 玄関で美弥はむくれてそう呟き、そっと涙を流した。
 時人はこうやっていつも謎ばかりを残して、そこにいるのに存在していないような不安定さがある。
 だがそれすらも美弥にとっては、堪らない魅力の一つなのだった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

女帝の遺志(第二部)-篠崎沙也加と女子プロレスラーたちの物語

kazu106
大衆娯楽
勢いを増す、ブレバリーズ女子部と、直美。 率いる沙也加は、自信の夢であった帝プロマット参戦を直美に託し、本格的に動き出す。 一方、不振にあえぐ男子部にあって唯一、気を吐こうとする修平。 己を見つめ直すために、女子部への入部を決意する。 が、そこでは現実を知らされ、苦難の道を歩むことになる。 志桜里らの励ましを受けつつ、ひたすら練習をつづける。 遂に直美の帝プロ参戦が、現実なものとなる。 その壮行試合、沙也加はなんと、直美の相手に修平を選んだのであった。 しかし同時に、ブレバリーズには暗い影もまた、歩み寄って来ていた。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

ヤクザに医官はおりません

ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした 会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。 シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。 無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。 反社会組織の集まりか! ヤ◯ザに見初められたら逃げられない? 勘違いから始まる異文化交流のお話です。 ※もちろんフィクションです。 小説家になろう、カクヨムに投稿しています。

処理中です...