伝統民芸彼女

臣桜

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イミ2

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「だから、腎臓が悪いかもしれないんだよ!」
 理解しようとしない母さんに苛立った俺は、大きな声を出していた。
 あれから居間にまだ集まって話している家族たちの所へ行き、母さんに事の顛末を話した。それに対して、暑さについては「流石に暑いだろうから玄関に入れるぐらいならいいけど、その前に柵がないとね」という話になり、病院に至ってはこれだ。
「だってハヤテ元気じゃない。あんたいつから獣医になったの」
「……だから」
 本当の事なのに分かってもらえない苛立ちに業を煮やしていると、七海が話し掛けてくる。
「拓也。ひいお婆ちゃんのお葬式とかで沢山お金かかったんだから、そういう根拠のない事でお母さん困らせるのやめなさいよ 」
 そう言ったあと、七海は横に座ってる彩乃に「ねー」と同意を求める。あの二人、同じ学年で同じ大学行ってるだけあって、異様に仲がいい。
 くそ。俺だって同じ大学通ってる姉貴持つんだったら、彩乃の方が良かったよ。
 そんな事を思いつつも、弟という存在は姉貴には勝てないように宿命づけられてる。
「姉ちゃんはハヤテが死んでもいいのかよ」
 ムッとした俺の声に、ひい婆ちゃんが死んですぐにそういう事を言った俺に七海が怒った。
「何言ってんの!」
 立ち上がり、こっちを睨み付けてる七海怖ぇ。
「あんたもっかい言ってごらん!」
 仁王みたいな凄い顔でこっちを睨んでる七海の隣で、彩乃は心配そうな顔をしている。居間にいた他の親戚たちも不穏な空気に顔を心配そうにさせていたが、事態に収拾をつけたのはやはり母さんだった。
「拓也、取り敢えず明日にでもハヤテを玄関に入れる柵をホームセンターで買って来るから。病院はハヤテが具合悪そうだって思ったら、すぐに病院連れてく。それでいいでしょ?」
「……うん」
 その『妥協案』に俺は曖昧な返事をして、逃げるようにして居間からまたひい婆ちゃんの部屋へと戻って行った。
 槐たちの存在が見えない家族たちにとって、不思議の力を信じる俺のいう事はあまりにも突然なんだろうか。
 でも俺は――、多分間違えてない。

**

「おう、どうじゃった拓也」
 襖を開いた先には藤紫とギンが「せっせっせのよいよいよい」で始まる、手遊び? 分からんがあれをやってた。遊び方も古風だな、この人たちは。
「みんな俺の事を信じてくれないんだよ。クロが……死神がハヤテが危ないって教えてくれてるのに」
 歯を食いしばっても、拳を固めても、足を踏み鳴らしても――多分俺のこの葛藤は家族には伝わらない。
「だから拓也はまだ後継者とは名ばかりの、卵の殻がついたヒヨッコなんだ」
 俺がこれだけ打ちのめされてても、槐は容赦がない。
「じゃあ――」
 苛立った俺の声に、槐は変わらない真っ直ぐな目で俺を見つめて来た。
「絹は拓也みたいに、みっともなく駆けまわったりしなかった。自分が見えるものを、他人に教えてどうかしてもらおうとしなかった。天命は天命として受け入れ、その運命を捻じ曲げようとはしなかった」
「……ひい婆ちゃんは、……目の前で死のうとしてるものを、……見捨ててたのか」
「拓也はおかしな事を言う」
 背筋を伸ばした綺麗な座り姿でギンが言い、窓からの日差しを浴びた彼女の銀髪は、白く輝いていた。
「死ぬ者は死ぬ。死なぬ者は、どれだけ死を望んでおっても死なぬ。大昔、腹を切って潔白を示そうとした者が大勢いたが、腸を見せられてもその者の本質が分かる訳もない。おまけに腹を切って介錯されても、先祖の守護霊によって強固に守られた者がおったわ」
 そう言ってギンはカカカと笑い、またその隻眼で俺を見つめる。
「寿命というものは現代は随分と長くなったもんじゃのう。百を過ぎても生きる者がおる。じゃが罪も犯さぬ幼子が死ぬ場合もある。それを天命というんじゃ」
「……その天命が分かっていても、助けちゃいけないのか?」
 俺はまだ納得できない。
 医者だって救える命は救っている。俺は医者じゃないけど、自分にもし救える命があるなら救いたい。これは傲慢な考え方なんだろうか?
「拓也はん、人と人の縁は大切にしなあかんけど、その縁の糸を操る人がいてたらあかんのや」
「そんなの――、運命論じゃないか。そうなるって定められてたら、逆らっちゃいけないのか? 足掻いて運命に逆らおうとしたらだめなのか?」
「でも拓也。それはあんたの運命じゃねぇべ。他人の運命だ」
 俺の迸るような気持ちは、槐の冷静な一言で水を差された。
 そうめんを茹でていたお湯にびっくり水を入れたみたいに、自分の中でグラグラと湧いていたものがサーッと引いていくのが分かった。でも、気持ちはまだグツグツと煮え立っている。
「じゃあ……ハヤテを見殺しにしろって言うのかよ」
 ヤバイ。泣きそうだ。
「どちらにせよ、イミが姿を現したという事はあの犬は末期だって事だ。覚悟しとけ。『その時』はそう遠くねぇ未来にくるぞ」
 槐の容赦のない声は、ズバズバと俺の心を突き刺してゆく。
「……死ぬのが分かっているのを……、そのまま見過ごせって言うんだな」
 責めるような俺の声にも、槐は相変わらず無表情で顔色を変える事はない。
 相変わらず真っ直ぐに人の目を見て話し、槐の中には一切の迷いというものは存在しないみたいに思える。
「諸行無常じゃのう」
 誰も俺の味方をしてくれない。
 こいつらは……どうせ人間じゃないんだ。
 俺の気持ちが分からないんだ。
 死ぬって言う事だって、きっと分からないんだろう。
 人形だから。
 そう思っていたのが表情で伝わったのか、槐はプイとそっぽを向いてしまった。
「…………」
 どうすればいいのか分からなくなった俺は、畳の上に力なく座り込み大きな溜息をつく。
「なぁ……、頼むよ。ハヤテは家族なんだ」
 萎んだ風船みたいな情けない俺の声に、最初は誰も応えなかった。
 だがそのうち畳の上を静かに足袋を履いた足が滑る音がし、俺が顔を上げる前にフワッと藤紫が俺に抱き着いてきた。
「ふっ……、ふじっ」
「ええ子、ええ子」
 俺を包み込むのは、とてもいい香りだった。
 彼女の名の通りの、藤の花の匂い。
 その匂いに母親のように包み込まれて、思わず目の奥がグッと熱くなって俺は思わず泣き出してしまいそうになっていた。
「拓也はん、我慢しんでええんやえ。悲しい時は悲しい。それでええんや」
「藤紫……」
 彼女の優しい声も、優しく俺を撫でてくれる手も、包み込んでくれるような匂いも嬉しい。
 嬉しい――けれど、それでハヤテが救われる訳じゃない。
 藤紫は『俺』を慰めてくれていて、ハヤテを救ってくれようとしているんじゃない。
「藤紫、ハヤテは救えないのか?」
「…………」
 けれど、俺の問いに藤紫は目の前でしっとりとした黒い目に悲しみを湛え、静かに沈黙しているだけだった。
「拓也、絹はイミに連れて行かれたと思っておるか?」
 ギンの質問に俺の心臓がドキッとも、ギクッともつかない嫌な音をたてる。
「ひい婆ちゃん、クロに殺されたのか?」
 今にも消えてしまいそうな頼りない俺の声に、目の前の藤紫が緩く首を左右に振った。
「人も、お主がいま心配しておるハヤテという犬も、イミが殺した訳ではない。みな精一杯生きて、寿命や病気、あるいは事故で死んでゆく。イミは訪れる死の気配を感じ取り、死に際に穢れに汚染されぬよう、守って冥府まで安全に連れてゆく役目を持っておる」
「……でも死神ってさっき……」
「だから、拓也たち人間が大雑把に理解する言葉で言うなら、って意味だべ」
 口を挟んで来た槐の声には、まだ彼女たちの事情を理解していない俺への苛立ちがあるような気がする。
「……槐ってさ、完全に俺をバカにしてるっつーか、下に見てるよな。そりゃ俺は子供かもしれないし、ひい婆ちゃんに比べたらその祓うっていう奴も何も分かってないんだと思う。けど、詳しい事を何も知らない人間に、どういう理由で何をどうしたらいいかって教えてくれないで、一方的にその態度ってないんじゃないか?」
 そう言うと、俺は立ち上がって外へ散歩に出る事にした。
 別に槐に喧嘩を売りたい訳じゃない。俺は平和主義者だ。
 けど、ひい婆ちゃんが死んですぐにこんなトンデモ展開になって、驚いていないはずがない。
 次にハヤテが死ぬかもしれないと知るだけ知って、なのに誰も救いの手を差し伸べてくれない。そんな状態に、俺は身も心も疲れ切ってしまっていた。
 勉強してる時もそうだけど、頭の中グチャグチャになったら風呂に入るか、寝るか、体動かすかに限る。
 静かに襖を閉めた向こうで、三人がどういう顔をしているのかは分からなかった。

**
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