伝統民芸彼女

臣桜

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告白

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 家に帰ると麦茶を飲んで、試しに北の部屋を覗いてみたけどそこにもうハヤテの姿はなかった。
「……無事に旅立てたのかな」
 襖を開けたままそう呟くと、背後から藤の香りがする。
「拓也はん、拓也はんのいはらない時にイミが来はってな、あの子はちゃんと死者の列に加わってお絹はんと会えたんやて」
「本当か? ……って、死者の列?」
「お帰り、拓也。ギンは随分楽しんで来たみたいだな」
「おう、若者の生気に溢れておったわ」
 すみません、俺の質問の答えをお願いします。
「拓也はん、死者の列ってのはな、こないだ説明した死を迎えた人、動物、すべての魂が向かう場所や。霊場という霊場を四十九日の間に歩き回って、その魂の穢れを落としていくのや」
「それは……例えばひい婆ちゃんなら札幌の? それとも北海道?」
「あの世はこの世と距離や時間の流れが違うてな、この世で四十九日であってもあの世では別の時間が流れててん。徒歩やと無理やと思う距離でも、霊体やとスルッと行けてまうんよ」
「そうなんだ……。そっか……、ハヤテはひい婆ちゃんに会えたのか」
 ホッとすると、何だか鼻の奥がツンとしてきた。
 死後のハヤテが喋れるのかは分からないけど、大好きなひい婆ちゃんと会えてまた仲良くできてるんなら、本当に良かった。
「死者の列はな、遠くを歩いてるようですぐ側を歩いてる。そやし、きっと拓也はんやご家族の方の事も、お絹はんはちゃんと見てくれはってるえ」
「よく分かんないけど、じゃあいつまでも悲しんでないで、元気だよって所を見せないとな」
「その意気じゃ」
 誰もいないガランとした北の部屋を見て気持ちを固めると、少し冷えた空気の中でひい婆ちゃんの笑顔とハヤテが見えたような気がした。

**

 姉の七海が帰って来たのは、俺が夕飯を食べている時だった。
 いつも家族が揃ってから飯を食べる家なんだが、今日七海は連絡もなく遅くなっている。特別子供を甘やかしている家庭とかではないんだが、皆心配していた。取り敢えず俺は先に飯を食べろと言われて、昨日の残りのとんかつで作ったカツ丼を食べていた。
「ただいまー」
 二十時近くになって玄関から七海の声がし、すぐに母さんが立ち上がって玄関へ向かう。それに父さんも続いた。
「七海、あんた何……」
 玄関の方から七海を怒りかける母さんの声が聞こえて、それが尻切れトンボになってしまう。
「どうしたの、その足」
 ただならぬ雰囲気が玄関の方から伝わり、俺は口をもぐもぐさせたまま玄関に向かった。
「駅まではちゃんといつも通りに着いたんだけど、途中自転車に乗ってたら車とぶつかっちゃって」
 疲労を隠せない七海の足元は、短パンを穿いた生足の膝から下に痛々しい傷がある。そして、その足元に沢山のケガレが纏わり付いていた。
 それを見た瞬間ザワッと寒気がし、何も考えずに俺は声を上げる。
「――! ギン!」
 玄関の人だかりの後ろで俺はとっさに叫び、ひい婆ちゃんの部屋の方を見る。思わずギンの名を呼んでしまっていたが、彼女は俺が迎えに行く間もなく目の前にフワッと現れた。
「ケガレを祓うがいい!」
 俺は目を閉じ手元に集中する。すぐに手の中に日本刀の柄の感触がして、姉を救いたい気持ちのままに俺は全神経をギンに注いだ。
「拓也ぁ、何やってんの?」
 不審そうな七海の声が聞こえ、ハッとして目を開くと、俺の手には日本刀に姿を変えたギンがある。
「姉ちゃん、ちょっとそこにいて」
 俺の手にある日本刀に、誰も気付いていない。
「なに、ちょっと気持ち悪い。足痛いんだから手当てさせてよ」
 文句を言う七海を無視して、俺は裸足のまま玄関のたたきに下りた。皆が見ているなか、七海の足元から膝辺りまで黒く群がっている穢れをひと薙ぎする。
「ギィィッ! ギィッ!」
 神々しく光る白銀に触れて、ケガレたちは断末魔の声を上げて消滅していった。最後に玄関の隅の方に避難しているやつを始末してしまうと、俺は少しの疲労を感じながら「戻れ」と呟く。
「……なにやってんの? あんた」
「何でもいいんだよ」
 気持ち悪そうな顔をしている七海に、俺はどう説明したらいいのか分からない。きっと七海には、俺が玄関で急に暴れ出したとしか見えてないんだろう。
「拓也、『あれ』か?」
 だが爺ちゃんは俺がした事を察してくれたらしく、母さんもどこか納得いったような顔をしている。
「うん、『あれ』がいたから追い払った」
「『あれ』ってなにさ!」
 通じ合ってる俺と爺ちゃんの会話に、一人分かっていない七海は苛立った声を出す。
「姉ちゃん、足はどう?」
「どう? って怪我したんだから痛いけど……、あれ? 動く」
「動かなかったのか?」
 ヒョイと足を上げてみせる七海に父さんが言うと、七海は不思議そうに首をひねって頷いた。
「うん、怪我してから動かなくて、びっこ引いて家まで来たんだけど……あれぇ?」
 そう言ってしげしげと自分の足を見てから、七海は気味悪そうに俺を見る。
「あんた今なにやったの?」
「うーん……」
 困った俺は、後方にいる槐たちを見てから、この際だからと家族全員に打ち明けてみる事にした。

「そうかぁ……」
 麦茶を飲んでうなるように言ったのは父さん。
 俺は一通り説明してしまってから、居間の入り口に立っている槐たちを見るが、特に秘密にしなければならない様子はなく、事の成り行きを見守ってくれているみたいだ。
「えぇ~? それで拓也は私の足元にそのケガレっていうのがいたのを祓ったの?」
 七海はまだ信じられないという顔で、気持ち悪そうに自分の手当てされた足元を見ている。
「うん……。俺もつい先日彼女たちの姿が見えたばかりだから、詳しい事はまだ分からないし、ひい婆ちゃんがどうやって皆を助けていたのかも分からないんだ。自分で模索っていうか……、彼女たちも積極的にああしろ、こうしろって言ってくる訳でもないし」
「拓也はお義母さんによく懐いてたから、そういう特別な力が受け継がれたのかもしれないね。もしかしたらお義母さんがそうなって欲しいと思ったのかもしれないし」
 消沈して寝込んでいた婆ちゃんはそう言ってくれるけど、一番納得してなさそうなのはやっぱり七海だ。
「変なの。拓也に見えて私には見えないの? 特別な力が使えるなら、私に見せてよ」
「だから……、何ていうかオバケみたいなのを見られる人と見られない人、そういう感じなんだよ」
「……つまんないの」
 七海は唇を尖らせて怪我をした足の指をワキワキと動かしてみせて、また首を傾げる。
「拓也、その九十九神の女の子は美人なのか?」
「お父さん……」
 父さんは実になんていうか……男らしい事を言い、それに母さんが呆れてる。
「美人だよ。槐はアイヌの衣装を着てておかっぱの気の強そうな女の子。喋り方はちょっとぶっきらぼうで、性格はかなり手厳しい。藤紫は京言葉の優しくて女らしい人で、彼女が舞いを舞うと凄くいい香りがして周りを癒してくれるんだ。ギンは日本刀の九十九神で、武士みたいな言葉遣いをする、眼帯の女性。男っぽい性格をしてて好奇心旺盛で、喋っていて面白いよ」
 彼女たちを紹介してそちらを見ると、藤紫とギンは嬉しそうな顔をしているが、槐は相変わらずの無表情だ。
「ふーん、そんじゃ拓也ハーレムだな」
「そんないいものじゃないよ。精神年齢はずっと上だから、子供扱いされてるし姉ちゃんが三人増えた気分だ」
 そう言いつつも彼女たちを気にしてみると、藤紫とギンは何か含んだ表情でこちらを見て、槐はあからさまに俺を睨んでいる。……こりゃ後で何か言われるな。
「まぁ、とにかく姉ちゃんの足動いて良かったよ」
「でもさぁ、そのケガレってのは一回やっつけたらもう出ないの? また出るの?」
「ケガレは人の悪意とかマイナスの感情の塊みたいなもんで、それが集まるとどうやら不幸が起こりやすいみたいだ。だから……その、ひい婆ちゃんとハヤテが死んだばっかりでアレだけど、気落ちしてばかりでも、もっとケガレを呼び寄せるだけなんだ」
 言い難いけどそう伝えると、家族たちは顔を見合わせてから少し困ったような顔をしていた。
 確かに忌引きは明けたけど、「喪中」って言葉は結構長い期間だった気がする。亡くした親族によって喪中の期間は変わるみたいだけど、曾祖父母だと九十日だとネットに書いてあった。
 その間別にずっと家の中でじっとしている訳じゃないけど、死者を悼まないとならない。そんな家族に向かって、「気落ちするな」というのも変な話だけど……。
「まぁ……、拓也の言う通り俺たちがいつまでもウジウジしてても仕方ねぇんだろうな。母さんならきっと毎日笑って生きる事を望むだろうし」
 爺ちゃんが言ったあと、それまで静観を決めていたひい爺ちゃんが口を開いた。
「拓也、その九十九神のお嬢さん方は、絹さんとハヤテがどうなったのか知っているのか?」
 あぁ、ひい爺ちゃんはケガレとかよりも、一番にひい婆ちゃんの事を気にしてる。当たり前だよな。あんなに仲のいい夫婦だったんだから。
「クロっていう九十九神じゃない、死者の案内役みたいな子がいるんだけど、その子の伝言では、ひい婆ちゃんもハヤテもちゃんと会えて、死者の列っていうのに加わって四十九日の魂の禊に入れているみたいだよ。それが明けた後はどうなるかは聞いてないけど」
 そう説明すると、ひい爺ちゃんは「そうか……」と頷いただけだった。
 ひい爺ちゃんの目は安堵したような色があるけど、ひい婆ちゃんが死んでからはずっと深い悲しみを湛えている。一人ポツンと座っている姿を見ても、その背中に悲しみが常に纏わりついているように見える。
 大丈夫かな、って心配しちまうのもしょうがないんだ。
「七海、病院は明日でも大丈夫?」
「あぁ、うん。なんか動くようになったし、後は擦り傷だけだから大丈夫」
 母さんの声に七海はチラッと俺を見てから答え、それから雰囲気は「この話は終わり」という感じになった。
「まぁ、だからさ。俺が時々独り言してても、生温かい目で見てやって。そんだけ!」
 最後に伝えたい事を言ってしまうと、俺はテーブルに戻って温くなってしまった夕食の続きに取り掛かる。
 少し家族の視線を感じたけど、理解してくれたと思ってるから気にしない。
 居間を見れば家族がそれぞれ自由に過ごしていて、その中に槐たちが混ざっているというなんともカオスだ。
 けど、これが俺の今の日常なんだよなぁ。

**
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