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第二十四部・最後の清算 編
一難去って
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「悪かった。疲れてるのに嫌な想いをさせた」
香澄の肩に手を置くと、彼女が安堵して少し体の力を抜いたのが分かった。
「ううん。…………美智瑠さんも大変なんだね」
複雑そうな表情で言った香澄を見て、佑は「いけない」と感じる。
彼女はすぐ、どんな相手にでも同情してしまう。
自分に敵意を向けた相手にも〝事情〟があると知ったなら、心配して余計な世話を焼こうとするかもしれない。
せっかく香澄を迎えにアメリカまで行って、やっと戻って来られたのに、美智瑠を気遣って二人きりの雰囲気をぶち壊されるのは御免だ。
「香澄、入ろう」
そっと彼女の背を押すと、香澄は大人しく家の中に入ってくれる。
また香澄の部屋に戻るのはなんとなく気が引けて、二人はそのままリビングに向かった。
キッチンでは斎藤が夕食の下ごしらえをし、島谷が手伝っている。
二人でカウチソファに腰かけたあと、佑は無意識に深い溜め息をついた。
「美智瑠さん、どうなるの?」
心配になった香澄は、自分を後ろから抱く佑に尋ねる。
「必要な手配はしたから、香澄が気にする事はない」
そう言われるものの、日本を離れる前に目にした彼女と、先ほどの美智瑠とでは差がありすぎて、気にしないほうが難しい。
「小さい子もいたよね。……なんか、放っておけない感じだったし……」
女の子は髪がくしゃくしゃで、服にもシミがついたままだった。
佑がまだ記憶喪失だった時に御劔邸を訪れた美智瑠は、洗練された雰囲気で、自信に溢れた女性という印象があった。
なのに自分が日本を離れていた少しの間、彼女に大きな変化があったのだ。
「いいんだ」
思考に没頭していたが、佑が強めの声で言って香澄をギュッと抱き締めてくる。
「俺たちはやっと自分たちの幸せを掴もうとしてる。本来ならもっと前に結婚できていたのに、色んな事があって遠回りしすぎた。……それらを解決してやっと平和な日常に戻れたのに、もう他人に煩わされたくない」
疲労を滲ませる佑の声を聞き、香澄は「そうだね」と同意する。
「他人を気遣うのは、自分に余裕がある時だけでいい。問題は解決したとしても、今の俺たちは長旅で疲れているし、あらゆる意味で本調子ではない。今は斎藤さんのご飯を食べてゆっくり眠る事が先決だ」
「うん……」
頷いた時、リビングの出入り口からおずおずと麻衣が顔を覗かせた。
「大丈夫? なんか凄い声がしたけど……」
親友の姿を認めた瞬間、香澄はパッと佑から離れて適度に間を空けた場所に座る。
「ご、ごめん。せっかくイチャイチャしてたのに」
「ううん。麻衣も座って」
そう言うと、親友は佑に向かって手を合わせ、申し訳なさそうな顔をしながらソファに座った。
「マティアスは?」
佑に尋ねられ、麻衣は苦笑いする。
「爆睡してます。マイペースですね、まったく……」
「マティアスさんの長所だと思う」
香澄が笑うと、麻衣は「そうだけど……」と脱力した。
「それより、さっき何があったんですか? ただ事じゃない雰囲気でしたけど」
麻衣が改めて尋ねると、佑は観念して簡単に美智瑠の事について語った。
「うわぁ……」
案の定、麻衣はドン引きしている。
「香澄、気にしたら駄目だからね? 普通じゃない様子の人を見たら気にしちゃうかもしれないけど、相手は香澄を邪魔に思って、御劔さんと元サヤに戻りたがってる。彼女が子供もろともボロボロになって同情したくなっても、香澄が遠慮する事はないの。御劔さんが適切な処置をとったなら、あとは秘書さんに任せたらいいんじゃないかな」
親友に言われ、香澄は「うん」と頷いた。
その時、斎藤が「どうぞ」とコーヒーとチョコレートを出してくれた。
「ありがとうございます」
彼女の気遣いに感謝してチョコレートを食べると、上品な甘さに心が優しくほどけていく。
香澄用にミルクをたっぷり入れたコーヒーも、ほろ苦くて美味しい。
「無事、日本に戻った訳だけど、香澄は何をしたい? 食べたい物とかあるか?」
佑に尋ねられ、コーヒーを飲みながら「ん?」と目を瞬かせた香澄は、しばし考える。
「麻衣と一緒に東京デートしたいかな」
そう言うと、佑がズルル……、とゆっくり横に崩れ落ちていった。
香澄の肩に手を置くと、彼女が安堵して少し体の力を抜いたのが分かった。
「ううん。…………美智瑠さんも大変なんだね」
複雑そうな表情で言った香澄を見て、佑は「いけない」と感じる。
彼女はすぐ、どんな相手にでも同情してしまう。
自分に敵意を向けた相手にも〝事情〟があると知ったなら、心配して余計な世話を焼こうとするかもしれない。
せっかく香澄を迎えにアメリカまで行って、やっと戻って来られたのに、美智瑠を気遣って二人きりの雰囲気をぶち壊されるのは御免だ。
「香澄、入ろう」
そっと彼女の背を押すと、香澄は大人しく家の中に入ってくれる。
また香澄の部屋に戻るのはなんとなく気が引けて、二人はそのままリビングに向かった。
キッチンでは斎藤が夕食の下ごしらえをし、島谷が手伝っている。
二人でカウチソファに腰かけたあと、佑は無意識に深い溜め息をついた。
「美智瑠さん、どうなるの?」
心配になった香澄は、自分を後ろから抱く佑に尋ねる。
「必要な手配はしたから、香澄が気にする事はない」
そう言われるものの、日本を離れる前に目にした彼女と、先ほどの美智瑠とでは差がありすぎて、気にしないほうが難しい。
「小さい子もいたよね。……なんか、放っておけない感じだったし……」
女の子は髪がくしゃくしゃで、服にもシミがついたままだった。
佑がまだ記憶喪失だった時に御劔邸を訪れた美智瑠は、洗練された雰囲気で、自信に溢れた女性という印象があった。
なのに自分が日本を離れていた少しの間、彼女に大きな変化があったのだ。
「いいんだ」
思考に没頭していたが、佑が強めの声で言って香澄をギュッと抱き締めてくる。
「俺たちはやっと自分たちの幸せを掴もうとしてる。本来ならもっと前に結婚できていたのに、色んな事があって遠回りしすぎた。……それらを解決してやっと平和な日常に戻れたのに、もう他人に煩わされたくない」
疲労を滲ませる佑の声を聞き、香澄は「そうだね」と同意する。
「他人を気遣うのは、自分に余裕がある時だけでいい。問題は解決したとしても、今の俺たちは長旅で疲れているし、あらゆる意味で本調子ではない。今は斎藤さんのご飯を食べてゆっくり眠る事が先決だ」
「うん……」
頷いた時、リビングの出入り口からおずおずと麻衣が顔を覗かせた。
「大丈夫? なんか凄い声がしたけど……」
親友の姿を認めた瞬間、香澄はパッと佑から離れて適度に間を空けた場所に座る。
「ご、ごめん。せっかくイチャイチャしてたのに」
「ううん。麻衣も座って」
そう言うと、親友は佑に向かって手を合わせ、申し訳なさそうな顔をしながらソファに座った。
「マティアスは?」
佑に尋ねられ、麻衣は苦笑いする。
「爆睡してます。マイペースですね、まったく……」
「マティアスさんの長所だと思う」
香澄が笑うと、麻衣は「そうだけど……」と脱力した。
「それより、さっき何があったんですか? ただ事じゃない雰囲気でしたけど」
麻衣が改めて尋ねると、佑は観念して簡単に美智瑠の事について語った。
「うわぁ……」
案の定、麻衣はドン引きしている。
「香澄、気にしたら駄目だからね? 普通じゃない様子の人を見たら気にしちゃうかもしれないけど、相手は香澄を邪魔に思って、御劔さんと元サヤに戻りたがってる。彼女が子供もろともボロボロになって同情したくなっても、香澄が遠慮する事はないの。御劔さんが適切な処置をとったなら、あとは秘書さんに任せたらいいんじゃないかな」
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その時、斎藤が「どうぞ」とコーヒーとチョコレートを出してくれた。
「ありがとうございます」
彼女の気遣いに感謝してチョコレートを食べると、上品な甘さに心が優しくほどけていく。
香澄用にミルクをたっぷり入れたコーヒーも、ほろ苦くて美味しい。
「無事、日本に戻った訳だけど、香澄は何をしたい? 食べたい物とかあるか?」
佑に尋ねられ、コーヒーを飲みながら「ん?」と目を瞬かせた香澄は、しばし考える。
「麻衣と一緒に東京デートしたいかな」
そう言うと、佑がズルル……、とゆっくり横に崩れ落ちていった。
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