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破れた恋
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それからイリヤは人目を忍んでモミジに会いに来、モミジもいけないと言いつつ彼の来訪を喜んでいた。
イリヤが話してくれる様々な国の話は面白く、とても興味深い。
食べ物の話や風景の話。人々の外見の話や、言葉や文化。
そのなかに生き生きとした見知らぬ人の生活を感じ、同時にモミジはこのアカツキの異様さを再確認するのだった。
イリヤが当初考えていたアカツキでの滞在日数よりも、彼はずっと長い間この国に留まっていた。
祖国のことを考える時もあったが、イリヤはこの歪んだ国に囚われたモミジが気になってならない。
モミジもこんな密会はいけないと思いつつ、イリヤの話や彼自身に惹かれていった。
そんな二人がいつの間にか互いを想い合うようになるのも、時間の問題だったのだ。
けれど、密会というものはいつまでも続くものではない。
いつも憂い顔のモミジが、表情を明るくしていれば周囲の者は勘ぐるのが当たり前だ。
そうして、二人は密会するのに細心の注意を払っていたつもりだが――、それよりも注意して見張った神殿の者に、イリヤは捕縛された。
**
縄で縛られたイリヤは地面に跪かされ、顎すらも地につけていた。
起き上がろうにも何本もの棒が彼を押さえつけ、容赦のない先端がとても痛い。
モミジが後方で何やら泣き叫んでいるのが聞こえる気がするが、顔面を含め全身に酷い拷問を受けたあとなので、上手に聞こえない。
捕縛される時、本当なら高位魔族である能力を発揮すればイリヤ一人だけなら逃げられた。
だがモミジを一人残して逃げることなどイリヤはできず、結果このようにして捕まって痛めつけられてしまったのだ。
赤々と燃えさかる松明は、罪人と彼の周りに立つ者たちの影を地面に揺らめかせる。
秋を迎えて冷えた土の匂いを嗅ぐイリヤは、自分がここで命を終えるかもしれないと思いながら、目の前で真っ赤な紅葉が風に吹かれて地をかすってゆくのを見ていた。
「お願いします! 彼は何も悪くありません! 罰するなら私を!」
両側を神殿の者に囚われているモミジは、正面の椅子に座っている姫巫女に哀願していた。
アカツキの者にしては珍しく亜麻色の髪をしている姫巫女は、何の感情も窺えない目で二人を見ている。
豪華な装飾品も、上等な着物も姫巫女を美しく飾り立ててはいたが、そのなかに彼女がどんな人間であるかということはまったく感じさせない。
美しい姫巫女は、瞬きもせず『不思議な何か』を見ているように二人を見ていた。
どれだけモミジが声を発しても、彼女は側近から耳打ちをされるまでは何も言わないのだろう。
けれど、モミジは喉からかすれた息が漏れるまで叫び続けた。
「お願いします! 何でも言うことをききます! 一生このアカツキの穢れを担い、姫巫女様の従順な僕になることを誓います!」
「穢れの巫女よ、お前の身がその男によって汚されていないと言い切れるのか?」
「はい! 私たちは指一本すらも触れていません! お疑いになるのなら、姫巫女様の心眼で見定めてください!」
着物を剥がれたモミジは、下履きの袴と胸元はさらしだけという姿になっていた。
うなだれたままのイリヤは、自分がモミジに余計な気持ちを抱いただけに、彼女にこんな思いをさせてしまったと深く悔いていた。
初めて彼女に声をかけた時から、本当は深くまで入ってはいけない神殿区域だったことも、そこにいる立派な衣装をまとった女性なら重要人物だということも分かっていた。
けれどどうしても、美しい東国の女性が泣いている姿を放っておけなかったのだ。
絶対に泣き止ませたい。救ってあげたいという気持ちは、いつの間にかこんな事態を招いていた。
その結果、自分も彼女も危うい立場となってしまう。
この国が保守的で外部の者に開けていないと批判する気持ちよりも、迂闊な自分を呪いたかった。
どうしてもっと、色々な判断を早くに下せなかったのか。
だが――、どれだけ悔いてもモミジと過ごしたこの短い期間は、何よりも幸せな時間だった。
それをなかったことにしたいかと言われれば、イリヤは絶対に「違う」と思う。
「っ、くそ……っ」
間近に冷えた土の匂いを嗅ぎながら、イリヤは涙をこぼして毒づいた。
モミジの叫び声も嗄れかけた頃、側近に耳打ちをされた姫巫女がほっそりとした声を出す。
「穢れの巫女、私たちとしましても、現在お役目を果たしているあなたを殺すのは本意ではありません。ですが、あなたが外部の者と交流を持ちたいと思っていたのも、私たちがあなたに適切な殿方をあてがわなかったことが原因でしょう」
「違う」とモミジもイリヤも心のなかで思った。
けれど今は二人とも異論を放てる状況ではない。叫び疲れてぐったりとしたモミジは両側から支えられ、イリヤは地に縫い止められたまま。
二人の心を知らず、姫巫女は人形のように言葉を続ける。
「穢れの巫女、私たち神殿からの最大の温情を伝えます。一度私に背を向けようとした罰をその背に受け、私たちが決めた相手と家庭を持ちなさい。西国の男も、罰を与えたあとにこの国から追放しましょう。お互い、命があるのをありがたく思いなさい」
「…………」
モミジもイリヤも最早なにも言えず、その裁きがすべてを決定するのだと直感していた。
そしてモミジは背中に焼きごてで烙印を入れられ、イリヤは片目を姫巫女によって奪われ、アカツキから追放された。
夜明けという意味の国名からは縁遠い、闇が濃く血の臭いのする国だった。
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イリヤが話してくれる様々な国の話は面白く、とても興味深い。
食べ物の話や風景の話。人々の外見の話や、言葉や文化。
そのなかに生き生きとした見知らぬ人の生活を感じ、同時にモミジはこのアカツキの異様さを再確認するのだった。
イリヤが当初考えていたアカツキでの滞在日数よりも、彼はずっと長い間この国に留まっていた。
祖国のことを考える時もあったが、イリヤはこの歪んだ国に囚われたモミジが気になってならない。
モミジもこんな密会はいけないと思いつつ、イリヤの話や彼自身に惹かれていった。
そんな二人がいつの間にか互いを想い合うようになるのも、時間の問題だったのだ。
けれど、密会というものはいつまでも続くものではない。
いつも憂い顔のモミジが、表情を明るくしていれば周囲の者は勘ぐるのが当たり前だ。
そうして、二人は密会するのに細心の注意を払っていたつもりだが――、それよりも注意して見張った神殿の者に、イリヤは捕縛された。
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縄で縛られたイリヤは地面に跪かされ、顎すらも地につけていた。
起き上がろうにも何本もの棒が彼を押さえつけ、容赦のない先端がとても痛い。
モミジが後方で何やら泣き叫んでいるのが聞こえる気がするが、顔面を含め全身に酷い拷問を受けたあとなので、上手に聞こえない。
捕縛される時、本当なら高位魔族である能力を発揮すればイリヤ一人だけなら逃げられた。
だがモミジを一人残して逃げることなどイリヤはできず、結果このようにして捕まって痛めつけられてしまったのだ。
赤々と燃えさかる松明は、罪人と彼の周りに立つ者たちの影を地面に揺らめかせる。
秋を迎えて冷えた土の匂いを嗅ぐイリヤは、自分がここで命を終えるかもしれないと思いながら、目の前で真っ赤な紅葉が風に吹かれて地をかすってゆくのを見ていた。
「お願いします! 彼は何も悪くありません! 罰するなら私を!」
両側を神殿の者に囚われているモミジは、正面の椅子に座っている姫巫女に哀願していた。
アカツキの者にしては珍しく亜麻色の髪をしている姫巫女は、何の感情も窺えない目で二人を見ている。
豪華な装飾品も、上等な着物も姫巫女を美しく飾り立ててはいたが、そのなかに彼女がどんな人間であるかということはまったく感じさせない。
美しい姫巫女は、瞬きもせず『不思議な何か』を見ているように二人を見ていた。
どれだけモミジが声を発しても、彼女は側近から耳打ちをされるまでは何も言わないのだろう。
けれど、モミジは喉からかすれた息が漏れるまで叫び続けた。
「お願いします! 何でも言うことをききます! 一生このアカツキの穢れを担い、姫巫女様の従順な僕になることを誓います!」
「穢れの巫女よ、お前の身がその男によって汚されていないと言い切れるのか?」
「はい! 私たちは指一本すらも触れていません! お疑いになるのなら、姫巫女様の心眼で見定めてください!」
着物を剥がれたモミジは、下履きの袴と胸元はさらしだけという姿になっていた。
うなだれたままのイリヤは、自分がモミジに余計な気持ちを抱いただけに、彼女にこんな思いをさせてしまったと深く悔いていた。
初めて彼女に声をかけた時から、本当は深くまで入ってはいけない神殿区域だったことも、そこにいる立派な衣装をまとった女性なら重要人物だということも分かっていた。
けれどどうしても、美しい東国の女性が泣いている姿を放っておけなかったのだ。
絶対に泣き止ませたい。救ってあげたいという気持ちは、いつの間にかこんな事態を招いていた。
その結果、自分も彼女も危うい立場となってしまう。
この国が保守的で外部の者に開けていないと批判する気持ちよりも、迂闊な自分を呪いたかった。
どうしてもっと、色々な判断を早くに下せなかったのか。
だが――、どれだけ悔いてもモミジと過ごしたこの短い期間は、何よりも幸せな時間だった。
それをなかったことにしたいかと言われれば、イリヤは絶対に「違う」と思う。
「っ、くそ……っ」
間近に冷えた土の匂いを嗅ぎながら、イリヤは涙をこぼして毒づいた。
モミジの叫び声も嗄れかけた頃、側近に耳打ちをされた姫巫女がほっそりとした声を出す。
「穢れの巫女、私たちとしましても、現在お役目を果たしているあなたを殺すのは本意ではありません。ですが、あなたが外部の者と交流を持ちたいと思っていたのも、私たちがあなたに適切な殿方をあてがわなかったことが原因でしょう」
「違う」とモミジもイリヤも心のなかで思った。
けれど今は二人とも異論を放てる状況ではない。叫び疲れてぐったりとしたモミジは両側から支えられ、イリヤは地に縫い止められたまま。
二人の心を知らず、姫巫女は人形のように言葉を続ける。
「穢れの巫女、私たち神殿からの最大の温情を伝えます。一度私に背を向けようとした罰をその背に受け、私たちが決めた相手と家庭を持ちなさい。西国の男も、罰を与えたあとにこの国から追放しましょう。お互い、命があるのをありがたく思いなさい」
「…………」
モミジもイリヤも最早なにも言えず、その裁きがすべてを決定するのだと直感していた。
そしてモミジは背中に焼きごてで烙印を入れられ、イリヤは片目を姫巫女によって奪われ、アカツキから追放された。
夜明けという意味の国名からは縁遠い、闇が濃く血の臭いのする国だった。
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