2 / 8
2 なつのひ
しおりを挟む
無事にレポート提出を終え、夏休みに入りしばらく経った。寮に残っているやつも少なくはないけれど、やっぱり帰省や旅行でいつもよりは閑散としている。
俺も大和も結局実家に戻るという選択はしなかった。
バイトをしたり、ゼミの教授の手伝いをしたりしながら日々を過ごしているけれど、時折かかってくる電話にはげんなりしている。
「また?」
「……うん」
ソファーに全身を投げ出した俺に、眉を下げて大和が言った。頷きを返すと、俺もだよという言葉が返ってくる。
「帰る気はないって言ってるのに、とにかく顔を出せってそればっかでさ」
「うちもだよ。何が不満なのって」
「何って、わかってるくせにとしか言えないよなぁ」
深いため息をほぼ同時に吐いた。とはいえ、それでどうにかなるわけもない。
「で、今日、大和の予定は?」
「え、俺?今日はバイトだよ。珠希は教授のとこ手伝いに行くんだっけ」
「そうそう」
話の方向を変えたくて、多少不自然ながらも問いかける。
幸い、大和にとっても実家のことはあまり気分のいい話でもない。俺の振った会話に乗ってくれて、互いに苦笑いを交わした。
こっちでいいですか、と言いながら積まれた資料を片づける。
「ごめんねぇ、せっかくのおやすみなのに手伝ってもらっちゃって」
「いえ、特に予定もなかったですし大丈夫ですよ」
俺の所属するゼミの教授は穏やかな雰囲気で微笑んだ。
「大したものもないけれど、お茶でも飲んでいってちょうだいな」
「ありがたくいただきます」
ふんわりしたしゃべり方と丸い眼鏡が特徴的な年配の教授は、慣れた手つきで冷たい紅茶を用意してくれる。
実際喉が渇いていたので、渡されたそれをゆっくり飲んだ。
「みんな帰省やアルバイトで忙しそうだったから、手伝ってもらえて助かるわぁ」
「俺は他のやつより暇してるんで、いつでも呼んでくださいね」
「あら、ありがとう」
にこにこと笑いながら差し出されたクッキーを摘まむ。
その間に、そういえば、と立ち上がったかと思うとデスクの上の本を一冊手に取って。その表紙を向けられて、少しどきりとした。
「これ、あなたの実家の近くかしら?聞いたことのある地名だと思ったのよ」
「え、ええ……そうですね」
けして田舎ではないものの、胸を張れるほど都会でもない。緑と家が描く、ごく普通の少しのどかな風景に、俺の喉は小さく音を立てる。
そこがどうかしたんですか、と問いかけた声はなんとか平静を装えていたらしく、教授は軽く首を傾げた。
「わたしの専門が民俗学なのは知っているでしょう?この本は、わたしの研究者仲間の書いたものなのだけれど」
「はぁ」
「この地域に伝わっている、あやかし――その中でも、妖狐の話が興味深くてねぇ」
ぴく、とグラスに添えたままだった俺の指先が、微かに震える。
「この地域は他にもいろんな言い伝えがあるみたいなんだけれど、あなた何かご存じないかと思って」
「い、いや俺は……その、あまり」
「うちのゼミにくるぐらいだから、そういうのに興味がないわけじゃないでしょう?」
「ええ、まあ。ですけど、その、地元の話はあまり……俺はどちらかといえば、特定の地域の特定の話とかが好きなもので」
よく回る舌だ、と我ながらうっかり感心した。
「よくある話なんですよ、うちの実家のあたりで聞くやつは。キツネだとか化け猫だとか」
「あら、そうなの?」
「あとは鬼だとか龍だとか。特色みたいなものはそんなに聞いたことがなくて」
どうにか話を逸らせた、と思いながら、半分ほど残っていた紅茶を空にした。早く退散した方が絶対にいい。
「残念ねぇ。わたしも見てみたいわ、真っ白な妖狐」
「狐は茶色いもんですよ」
「でも素敵じゃない。神様の使いみたいで」
どうでしょうね、という言葉はなんとか飲み込む。
悪気はないし、俺の家の事情も俺の正体も知るはずがないのだから、仕方のないことだ。
それでも、俺の中に根深く居続けるコンプレックスに、なんとか作り笑顔を浮かべて研究室を後にするのが精一杯だった。
暑いなぁ、と独り言が零れる。携帯電話が着信を告げて、会話をして。
アルバイト終わりの大和に呼び出され、外のカフェで待ち合わせをすることになった。とはいえ時間は十二分にあるので、キャンパスを出るとのんびり歩いて駅のほうへと向かう。
俺たちがよく行くカフェのテラス席で、冷たい飲み物をかき混ぜながら、ぼんやりと行き交う人たちを眺めた。
いったい、俺の目に映るどれだけの人が人間なんだろうかなんて、考えても仕方のないことが浮かんでは消える。
教授が言っていた、白い妖狐の家系は俺の家族だ。そう、白い妖狐、なのだ。
子供のころは茶色の毛。それが十八のころには勝手に毛が生え代わり、真っ白な毛並と宝石のような目を持つ見た目に変わる。
目の色は個体によって様々だけれど、俺の家族はみんな翡翠のような綺麗な緑色をしていた。
だけど、俺は。もう二十歳も過ぎたというのに、いまだばさばさの茶色い毛並のまま。目だって、変化する兆しすらない。
人の世界に紛れるには楽だけれど、成人したとはみなされず。実家の両親も表面的には焦らなくていいと言うけれど、親戚が集まれば肩身の狭い思いをしているだろうことは想像に難くなかった。
「……そもそも、どういう仕組みなんだか」
俺たちにはそんなもの、これっぽっちもわからない。せめて、変化する条件がわかれば多少努力くらいはしてみようと思うのに。
だから地元を出ることにした。大和も俺と同じだったから。
彼は綺麗で艶やかな、真っ黒の毛並と太い二本の尻尾が特徴的な化け猫の家系だ。だけど、俺と同じようにいまだそれにはなれず、灰色の毛と尾は細いまま。
周囲から落ちこぼれ扱いされてきた俺たちはずっと仲が良くて。本当は地元の高校を卒業したあとも、そのまま近くの大学に行く予定だったのだけれど、俺たちみたいなのを受け入れてくれる寮のある場所を探し、逃げるように進学した。
「でも、真と肇は意外だったなぁ」
グラスが空になって、一人つぶやく。
俺と大和はともかく、真と肇はちゃんと成人したとみなされていたから、地元を出る必要なんてなかったのに。
実際、幼なじみのうちあと三人はそのまま地元に残っているのに。二人はまるで俺たちを追いかけるように、同じ場所にきてくれた。
「ま、そんなの俺の都合のいい思い込みだけど」
自嘲気味な苦笑とため息を零しながら、携帯電話を確認する。大和からの連絡はまだなくて、二杯目の注文をした。
真の、昔は小さかった角は立派に伸びて、一族の証である顔の文様も綺麗に浮かんでいる。肇も、また形の違う角と紫色の綺麗な鱗が体を覆っているのを見たことがあった。
特に肇は、俺たちの実家がある地域でも有力な家の竜で。本当だったら、地元ですぐに後を継ぐための儀式だか勉強だかをしなきゃいけないなんてこぼしていたのに。
はあ、とまたついたため息が手の甲に落ちる。
俺がいくら真を好きだって、大和がいくら肇を好きだって、俺たちとあの二人じゃ釣り合わなさすぎた。そもそも、男同士だし。
「っ、ごめん、遅くなっちゃった」
「お疲れ」
いろいろな考えが頭の中をぐるぐるしているうちに、それなりの時間が経っていたらしい。
俺を見つけた大和が走ってきて、ごめんと繰り返した。
「もー、ほんと……上がろうとしたときに限ってトラブってさぁ」
「よくあるやつだ。急がないし、なんか飲んでったら?」
「そうする……にしても今日も暑いね」
「夏だからねぇ。またみんなで海でも行きたいけど」
「みんな元気かなぁ」
俺と同じテーブルについた大和が注文を済ませ、そんなふうにつぶやく。するとそれを見計らったかのように、携帯電話がメッセージの受信を知らせた。
「……俺、盗聴とかされてないよね?」
「なに急に」
「これ、今、肇からきた」
言って見せてくれた画面には、地元に残っている幼なじみ三人が笑顔で写っている。
あまりのタイミングのよさと、盗聴という単語がじわじわぶり返してきて、俺の喉は変な音を立てた。
「っ、ちょ、すげぇ」
「すごくない?完璧すぎない?」
「危ない危ない。下手なこと言ったら肇様に聞かれる」
「ちょっと珠希やめてよほんと!怖いから!」
そんなことを言ったって、大和の顔はこれ以上ないっていうくらいには嬉しそうだ。
盗聴はともかく、こっちにいる俺たちが三人の顔を見たいんじゃないかと写真を送ってきてくれたのもだけど、それよりも。
「俺のとこには送ってこないもんな、肇」
「っ、な、なな、ちょ、ちょっと」
「いいじゃん、嬉しいで」
大和の注文したアイスコーヒーが置かれるのを待って、彼は小さく頷いた。
いいなぁ、なんて言葉が勝手に口からこぼれる。
「真は忙しいんだかなんだか。こっちにいるくせに、夜中たまにメールくるぐらいだし?」
「でもそれも、俺には来ないもんねー」
「大和てば。大した話じゃねぇもん、俺の場合」
気温のせいだけじゃなく、顔が熱い気がして。残っていたグラスの中身を勢いよく空にし、ふいっと横を向いた。
「好きなアーティストがアルバム出したとか、おすすめのヘッドホンとか。だいたいそんな話と――あとたまにカメラや雑貨の話」
「真らしいじゃん」
「……逆に言えば、そんなの俺じゃなくたっていいって話じゃん」
くす、と大和が笑ったのがわかる。それから、軽くコーヒーをかき混ぜると頬杖をついた。
「前から少し不思議だったんだけどさ」
「何が?」
「真と珠希って本当に付き合ってないの?」
ないよ、という声が自分で情けない音になっているのが解って、ゆっくり視線を戻す。
「俺は……好きだけど。あいつは、たぶん、違うし。他の友達と同じように接してるだけ」
「そうかなぁ」
「何が言いたいのさ」
「俺から見たら、珠希に対する真の態度は違って見えるってだけなんだけどね」
「――あんまり、期待させないでよ。苦しくなる」
ごめんね、と。眉を下げて言う大和に、首を横に振った。別に彼が悪いわけじゃない。
わけじゃないし、俺が卑屈なだけだ。
「俺こそごめん。やめよやめよ、大和は俺に用があって呼んだんでしょ」
「用っていうか、さぁ。もし珠希がよければなんだけど」
言いながら、何やら検索をした携帯電話をテーブルの上に置く。
「今日、バイトの人と話してて、ここ知ってる?」
「なに?国会図書館?名前だけは聞いたことあるけど」
「そうそう。国内で発刊された本が全部あるんだって」
教授が時々話題に上げる図書館だ。学生の先輩なんかも、卒論を書くときに使ったりするらしい。
「バイト先の人の友達だか彼女だかがさ、民俗学を専攻してて今卒論書いてるんだって。さまざまな地方に伝わる神話や民話の研究らしくて」
「うちのゼミみたいな感じなのかな。俺んとこはもうちょい緩い感じだけど」
「そうだね。それで、国会図書館で資料を集めるのを手伝ったらしいんだよね、そのバイト先の人がさ。その中に地元の話もあったらしくて、俺に話を振ってきたんだ」
お前の出身このへんじゃないかって聞かれてさ、と続ける大和に、俺はどんな表情をしていいのかわからなくなる。
俺も教授に似たようなことを言われたから、おそらく似たような本なんだろうか。
「その話聞いて、思い出したんだ。裏の図書館のこと」
「裏、の……?」
「国会図書館がそうかはわからないんだけど、珠希も聞いたことあるんじゃない?人が利用するのとはまた違う、俺たちみたいの専用の図書館があるって」
言われて記憶を堀りおこす。
そういえば、と思い当たる節があった。人の世界ではお伽噺とされるような俺たちの歴史や文化を書き記し、保存している図書館がどこかにあると。
「噂は聞いたこと、あるけど……本当にあるの、そんなの」
「俺にもわかんない。けど、一度行ってみたくない?」
不思議そうに首を傾げる俺に、大和が続ける。
「もしかしたら、俺たちがなんでこの年になっても変われないか、何かわかるかもしれないし」
その言葉に、思わず息を飲んだ。
本当にわかるかどうかもわからない。けれど、ずっと諦めていたことに一筋の光明が見えた様な気がした。
俺も大和も結局実家に戻るという選択はしなかった。
バイトをしたり、ゼミの教授の手伝いをしたりしながら日々を過ごしているけれど、時折かかってくる電話にはげんなりしている。
「また?」
「……うん」
ソファーに全身を投げ出した俺に、眉を下げて大和が言った。頷きを返すと、俺もだよという言葉が返ってくる。
「帰る気はないって言ってるのに、とにかく顔を出せってそればっかでさ」
「うちもだよ。何が不満なのって」
「何って、わかってるくせにとしか言えないよなぁ」
深いため息をほぼ同時に吐いた。とはいえ、それでどうにかなるわけもない。
「で、今日、大和の予定は?」
「え、俺?今日はバイトだよ。珠希は教授のとこ手伝いに行くんだっけ」
「そうそう」
話の方向を変えたくて、多少不自然ながらも問いかける。
幸い、大和にとっても実家のことはあまり気分のいい話でもない。俺の振った会話に乗ってくれて、互いに苦笑いを交わした。
こっちでいいですか、と言いながら積まれた資料を片づける。
「ごめんねぇ、せっかくのおやすみなのに手伝ってもらっちゃって」
「いえ、特に予定もなかったですし大丈夫ですよ」
俺の所属するゼミの教授は穏やかな雰囲気で微笑んだ。
「大したものもないけれど、お茶でも飲んでいってちょうだいな」
「ありがたくいただきます」
ふんわりしたしゃべり方と丸い眼鏡が特徴的な年配の教授は、慣れた手つきで冷たい紅茶を用意してくれる。
実際喉が渇いていたので、渡されたそれをゆっくり飲んだ。
「みんな帰省やアルバイトで忙しそうだったから、手伝ってもらえて助かるわぁ」
「俺は他のやつより暇してるんで、いつでも呼んでくださいね」
「あら、ありがとう」
にこにこと笑いながら差し出されたクッキーを摘まむ。
その間に、そういえば、と立ち上がったかと思うとデスクの上の本を一冊手に取って。その表紙を向けられて、少しどきりとした。
「これ、あなたの実家の近くかしら?聞いたことのある地名だと思ったのよ」
「え、ええ……そうですね」
けして田舎ではないものの、胸を張れるほど都会でもない。緑と家が描く、ごく普通の少しのどかな風景に、俺の喉は小さく音を立てる。
そこがどうかしたんですか、と問いかけた声はなんとか平静を装えていたらしく、教授は軽く首を傾げた。
「わたしの専門が民俗学なのは知っているでしょう?この本は、わたしの研究者仲間の書いたものなのだけれど」
「はぁ」
「この地域に伝わっている、あやかし――その中でも、妖狐の話が興味深くてねぇ」
ぴく、とグラスに添えたままだった俺の指先が、微かに震える。
「この地域は他にもいろんな言い伝えがあるみたいなんだけれど、あなた何かご存じないかと思って」
「い、いや俺は……その、あまり」
「うちのゼミにくるぐらいだから、そういうのに興味がないわけじゃないでしょう?」
「ええ、まあ。ですけど、その、地元の話はあまり……俺はどちらかといえば、特定の地域の特定の話とかが好きなもので」
よく回る舌だ、と我ながらうっかり感心した。
「よくある話なんですよ、うちの実家のあたりで聞くやつは。キツネだとか化け猫だとか」
「あら、そうなの?」
「あとは鬼だとか龍だとか。特色みたいなものはそんなに聞いたことがなくて」
どうにか話を逸らせた、と思いながら、半分ほど残っていた紅茶を空にした。早く退散した方が絶対にいい。
「残念ねぇ。わたしも見てみたいわ、真っ白な妖狐」
「狐は茶色いもんですよ」
「でも素敵じゃない。神様の使いみたいで」
どうでしょうね、という言葉はなんとか飲み込む。
悪気はないし、俺の家の事情も俺の正体も知るはずがないのだから、仕方のないことだ。
それでも、俺の中に根深く居続けるコンプレックスに、なんとか作り笑顔を浮かべて研究室を後にするのが精一杯だった。
暑いなぁ、と独り言が零れる。携帯電話が着信を告げて、会話をして。
アルバイト終わりの大和に呼び出され、外のカフェで待ち合わせをすることになった。とはいえ時間は十二分にあるので、キャンパスを出るとのんびり歩いて駅のほうへと向かう。
俺たちがよく行くカフェのテラス席で、冷たい飲み物をかき混ぜながら、ぼんやりと行き交う人たちを眺めた。
いったい、俺の目に映るどれだけの人が人間なんだろうかなんて、考えても仕方のないことが浮かんでは消える。
教授が言っていた、白い妖狐の家系は俺の家族だ。そう、白い妖狐、なのだ。
子供のころは茶色の毛。それが十八のころには勝手に毛が生え代わり、真っ白な毛並と宝石のような目を持つ見た目に変わる。
目の色は個体によって様々だけれど、俺の家族はみんな翡翠のような綺麗な緑色をしていた。
だけど、俺は。もう二十歳も過ぎたというのに、いまだばさばさの茶色い毛並のまま。目だって、変化する兆しすらない。
人の世界に紛れるには楽だけれど、成人したとはみなされず。実家の両親も表面的には焦らなくていいと言うけれど、親戚が集まれば肩身の狭い思いをしているだろうことは想像に難くなかった。
「……そもそも、どういう仕組みなんだか」
俺たちにはそんなもの、これっぽっちもわからない。せめて、変化する条件がわかれば多少努力くらいはしてみようと思うのに。
だから地元を出ることにした。大和も俺と同じだったから。
彼は綺麗で艶やかな、真っ黒の毛並と太い二本の尻尾が特徴的な化け猫の家系だ。だけど、俺と同じようにいまだそれにはなれず、灰色の毛と尾は細いまま。
周囲から落ちこぼれ扱いされてきた俺たちはずっと仲が良くて。本当は地元の高校を卒業したあとも、そのまま近くの大学に行く予定だったのだけれど、俺たちみたいなのを受け入れてくれる寮のある場所を探し、逃げるように進学した。
「でも、真と肇は意外だったなぁ」
グラスが空になって、一人つぶやく。
俺と大和はともかく、真と肇はちゃんと成人したとみなされていたから、地元を出る必要なんてなかったのに。
実際、幼なじみのうちあと三人はそのまま地元に残っているのに。二人はまるで俺たちを追いかけるように、同じ場所にきてくれた。
「ま、そんなの俺の都合のいい思い込みだけど」
自嘲気味な苦笑とため息を零しながら、携帯電話を確認する。大和からの連絡はまだなくて、二杯目の注文をした。
真の、昔は小さかった角は立派に伸びて、一族の証である顔の文様も綺麗に浮かんでいる。肇も、また形の違う角と紫色の綺麗な鱗が体を覆っているのを見たことがあった。
特に肇は、俺たちの実家がある地域でも有力な家の竜で。本当だったら、地元ですぐに後を継ぐための儀式だか勉強だかをしなきゃいけないなんてこぼしていたのに。
はあ、とまたついたため息が手の甲に落ちる。
俺がいくら真を好きだって、大和がいくら肇を好きだって、俺たちとあの二人じゃ釣り合わなさすぎた。そもそも、男同士だし。
「っ、ごめん、遅くなっちゃった」
「お疲れ」
いろいろな考えが頭の中をぐるぐるしているうちに、それなりの時間が経っていたらしい。
俺を見つけた大和が走ってきて、ごめんと繰り返した。
「もー、ほんと……上がろうとしたときに限ってトラブってさぁ」
「よくあるやつだ。急がないし、なんか飲んでったら?」
「そうする……にしても今日も暑いね」
「夏だからねぇ。またみんなで海でも行きたいけど」
「みんな元気かなぁ」
俺と同じテーブルについた大和が注文を済ませ、そんなふうにつぶやく。するとそれを見計らったかのように、携帯電話がメッセージの受信を知らせた。
「……俺、盗聴とかされてないよね?」
「なに急に」
「これ、今、肇からきた」
言って見せてくれた画面には、地元に残っている幼なじみ三人が笑顔で写っている。
あまりのタイミングのよさと、盗聴という単語がじわじわぶり返してきて、俺の喉は変な音を立てた。
「っ、ちょ、すげぇ」
「すごくない?完璧すぎない?」
「危ない危ない。下手なこと言ったら肇様に聞かれる」
「ちょっと珠希やめてよほんと!怖いから!」
そんなことを言ったって、大和の顔はこれ以上ないっていうくらいには嬉しそうだ。
盗聴はともかく、こっちにいる俺たちが三人の顔を見たいんじゃないかと写真を送ってきてくれたのもだけど、それよりも。
「俺のとこには送ってこないもんな、肇」
「っ、な、なな、ちょ、ちょっと」
「いいじゃん、嬉しいで」
大和の注文したアイスコーヒーが置かれるのを待って、彼は小さく頷いた。
いいなぁ、なんて言葉が勝手に口からこぼれる。
「真は忙しいんだかなんだか。こっちにいるくせに、夜中たまにメールくるぐらいだし?」
「でもそれも、俺には来ないもんねー」
「大和てば。大した話じゃねぇもん、俺の場合」
気温のせいだけじゃなく、顔が熱い気がして。残っていたグラスの中身を勢いよく空にし、ふいっと横を向いた。
「好きなアーティストがアルバム出したとか、おすすめのヘッドホンとか。だいたいそんな話と――あとたまにカメラや雑貨の話」
「真らしいじゃん」
「……逆に言えば、そんなの俺じゃなくたっていいって話じゃん」
くす、と大和が笑ったのがわかる。それから、軽くコーヒーをかき混ぜると頬杖をついた。
「前から少し不思議だったんだけどさ」
「何が?」
「真と珠希って本当に付き合ってないの?」
ないよ、という声が自分で情けない音になっているのが解って、ゆっくり視線を戻す。
「俺は……好きだけど。あいつは、たぶん、違うし。他の友達と同じように接してるだけ」
「そうかなぁ」
「何が言いたいのさ」
「俺から見たら、珠希に対する真の態度は違って見えるってだけなんだけどね」
「――あんまり、期待させないでよ。苦しくなる」
ごめんね、と。眉を下げて言う大和に、首を横に振った。別に彼が悪いわけじゃない。
わけじゃないし、俺が卑屈なだけだ。
「俺こそごめん。やめよやめよ、大和は俺に用があって呼んだんでしょ」
「用っていうか、さぁ。もし珠希がよければなんだけど」
言いながら、何やら検索をした携帯電話をテーブルの上に置く。
「今日、バイトの人と話してて、ここ知ってる?」
「なに?国会図書館?名前だけは聞いたことあるけど」
「そうそう。国内で発刊された本が全部あるんだって」
教授が時々話題に上げる図書館だ。学生の先輩なんかも、卒論を書くときに使ったりするらしい。
「バイト先の人の友達だか彼女だかがさ、民俗学を専攻してて今卒論書いてるんだって。さまざまな地方に伝わる神話や民話の研究らしくて」
「うちのゼミみたいな感じなのかな。俺んとこはもうちょい緩い感じだけど」
「そうだね。それで、国会図書館で資料を集めるのを手伝ったらしいんだよね、そのバイト先の人がさ。その中に地元の話もあったらしくて、俺に話を振ってきたんだ」
お前の出身このへんじゃないかって聞かれてさ、と続ける大和に、俺はどんな表情をしていいのかわからなくなる。
俺も教授に似たようなことを言われたから、おそらく似たような本なんだろうか。
「その話聞いて、思い出したんだ。裏の図書館のこと」
「裏、の……?」
「国会図書館がそうかはわからないんだけど、珠希も聞いたことあるんじゃない?人が利用するのとはまた違う、俺たちみたいの専用の図書館があるって」
言われて記憶を堀りおこす。
そういえば、と思い当たる節があった。人の世界ではお伽噺とされるような俺たちの歴史や文化を書き記し、保存している図書館がどこかにあると。
「噂は聞いたこと、あるけど……本当にあるの、そんなの」
「俺にもわかんない。けど、一度行ってみたくない?」
不思議そうに首を傾げる俺に、大和が続ける。
「もしかしたら、俺たちがなんでこの年になっても変われないか、何かわかるかもしれないし」
その言葉に、思わず息を飲んだ。
本当にわかるかどうかもわからない。けれど、ずっと諦めていたことに一筋の光明が見えた様な気がした。
応援ありがとうございます!
10
お気に入りに追加
9
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる