カワイイになりたい!

やなぎ怜

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カワイイになりたい!

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「いっしょに暮らさないか」

 タロの勇気を振り絞った声は、しかし恐らくかろやかにアイオンの集音器へと届いたことだろう。

 タロはいつも通りの笑みを浮かべて、けれども眉を少し下げて、無意識のうちにできるかぎり、アイオンの同情を誘えそうな仕草をしていた。

 人形兵であるアイオンが、同情といった感情を抱くのかどうか、疑問に思う者のほうが多いだろう。

 けれどもタロは、この長いあいだ同じ時間を過ごしてきた――戦友が、そのような感受性を持つと確信していた。

 アイオンは黒く無骨な逆関節の脚を動かし、緩慢な動作で振り返る。

 タロのものよりもずっと長く、巨大な腕は、工事現場にある鉄骨をほうふつとさせ、飾り気がない。

 頭部と胴体はさながら雪だるまのようで、タロのようなアイボリーの肌ではなく、ホワイトグレーだ。

 頭に取りつけられた、簡素なLEDのパネルの上で、ドットが何度か点滅を繰り返した。

 ようやく訪れた終戦は、タロの軍隊生活の終わりを示すと同時に、人形兵であるアイオンの役割の終わりをも意味していた。

 平和な世界では人形兵のアイオンは不要の存在だ。

 アイオンを含む人形兵たちの多くは、終戦後は労働人形に転用されることが決まっていた。

 タロはアイオンの行く末を知らなかったが、ここで別れてしまえば、次に会うことはもうないだろうという確信はあった。

「えーっと、私はひとり暮らしで、ちょうど家事人形を探していて……」

 アイオンが戸惑っているように感じられたのは、もしかしたらタロ自身の感情を投影していたからかもしれない。

 タロはぺらぺらといつもよりも多弁になったが、それらは奇妙な軽薄さを伴って、タロ自身に届いた。

 それを挽回しようとすればするほどに、タロは自分の言葉がひどく安直で、薄っぺらな響きを伴っているように聞こえた。

 そのあいだ、アイオンはじっとタロに、人間にとって眼球に相当する丸いカメラを向けていた。

「タロがそう言うなら」
「えっ!? い、いいのかい?」
「うん」

 結末は、至極あっさりとしたものだった。

 アイオンはタロのことを疑う様子も、穿って受け止めることもせず、ただその提案を呑み込んだ。

 タロは喜びと同時に複雑な感情を喚起させられたが、ひとまずアイオンと離れ離れになることは避けられたので、安堵する。

 こうしてタロは軍隊生活で得られた有り金の大部分をはたいて、アイオンという家事人形を迎え入れられることになったのだった。



「えっ、ずいぶんと可愛くなったな。お前の趣味?」

 戦友であったシーフォが帰省のついでに顔を出したいと言ってきたので、快く受け入れてしばらく。

 タロとアイオンが住む、こじんまりとしたコンドミニアムの部屋にやってきたシーフォは、おどろき半分、からかい半分にそう言った。

「違う」

 タロは即座にシーフォの問いを否定で返しながら、彼の前に礼儀としてティーカップを置いた。ただ、少し動きが乱雑になってしまったので、カップはテーブルに置かれるときに少し大きな音を立てた。

 ティーポットを手に、アイオンが近づく。ゆるやかなミルクティー色の髪、青みがかった茶色っぽい瞳、赤みのある白い肌。今日は深い落ち着いたグリーンのワンピースを着ていて、その上に素っ気ない黒いエプロンをつけている。

 今のアイオンに人形兵としての――軍隊時代の面影が見えなかったので、シーフォは半分は純粋におどろいたのだろう。

 それでももう半分でタロをからかえるのだから、食えない男だ。

「……これはアイオンが自分で選んだ姿だ」

 生まれるにあたって与えられた姿ではない、アイオン自らが選んだ身体――。

 今の姿を選ぶ前に、アイオンがどれだけ悩んだか、タロはよく知っている。

 もとよりタロは、アイオンの身体を家事人形へと換装するにあたって金に糸目をつけるつもりはなかったが、アイオンにはいくらか遠慮が見られたりで、揉めるというほどではなかったものの、今の姿へは順調に決まったわけでもなかった。

 その万感の思いを込めて、タロは言う。

 そんなタロを見て、シーフォはまた意地悪く微笑んだものの、その口では謝ってくる。

「悪い悪い。茶化すつもりはなかったんだよ。ただ、あんまりにもガラッと姿が変わってるから、つい、な。可愛らしくていいと思うぜ?」

 タロの中には当然のようになにかしらを可愛いと、愛でる感情はあるから、シーフォの物言いもわからなくはなかった。

 けれどもアイオンが可愛いのは元からだ。タロからすれば、アイオンはどんな姿になろうと愛らしい存在だ。

 そう反論しようとしたが、その前に紅茶を注ぎ終えたアイオンが口を開いた。

「――わたし、カワイイ?」
「おー、俺は可愛いと思うぜ? 前よりもデカくもないしゴツくもないし、ちょうどいいサイズで――」
「シーフォ? 変なところ見てないだろうな?」
「見てねえよ!」

 シーフォの物言いに、タロは思わず目を平たくして彼を見てしまった。

 シーフォはやれやれとでも言いたげに肩をすくめる。

「ったく、こいつを可愛がっているのは前と変わらねえなあ」
「カワイイ……」
「――嫌だったか? アイオン」

 なにやらアイオンが考え込む素振りを見せたので、タロはそう問うた。

 家事人形として標準的な身体へと換装してからしばらく経つと、アイオンはなにやら考え込んでいる時間が増えたようにタロには感じられた。

 戦場を離れ、家事人形として第二の生を歩むことになり、アイオンにも心境の変化があるのだろう。

 そう思って見守る決意を固めたタロだったが、ついついその心配はすぐ言葉として口から出てしまうのだった。

 タロの問いかけに、アイオンはしばらくして首を横に振った。

「イヤじゃない。カワイイって言われるの、うれしい」

 そう言ってアイオンはぎこちなく笑った。それは単にまだ家事人形の体にアイオンが慣れきっておらず、表情筋が固いだけというのはわかっていたものの、タロはアイオンが無理をしていないかどうかだけは少し気にかかった。

 けれどもアイオンはいつも通りの振る舞いをしていたので、タロのその懸念は少しずつ消えて行った。

 その懸念が再度形を持って浮かび上がってきたのは、シーフォが帰ってから半月以上経ってからのことだ。

 はじめ、アイオンは「お給金を使いたい」と言ってきた。当然、タロがそれに反対などするはずもない。

 ただ、家事人形はクレジットカード諸々を作れないため、アイオンが給料で買いたいものは、どうしてもタロが代理購入する形になってしまう。

 タロは、アイオンが欲しいものが己に筒抜けであることにいささかの後ろめたさを感じたが、このあたりはどうすることもできないので、それはぐっと胸の奥底へと押し込んだ。

 アイオンがタブレットを操作し終えたので、タロは一応カートの中身を見る。やはり、後ろめたさは消えなかった。

 カートの中に入れられていたのは、白いフリルエプロン一点と、動物をかたどったワッペン二点。それから可愛らしいキャラクターものの缶バッジ数点だった。

 アイオンがどんなものを望んだとしても、一度渡した給料なのだ。タロは、その使い道に口を出すつもりはなかったが、カートに入っていたのは他愛のないものだったので、少し肩の力が抜ける。

「明日にも届くって」

 購入処理を終えてタロがそう言えば、アイオンは固い表情筋を動かして、ぎこちなく笑った。

 注文した荷物は素早く翌日の夕方前には届いた。

「カワイイ?」

 早速、届いた白いフリルエプロンを身に着けたアイオンはタロにそう問いかける。

 タロの答えは決まりきっていて、目尻を下げて「もちろん」と答える。

 アイオンはぎこちなく笑って、缶バッジをビニール袋から出すと、フリルエプロンの裾近くにつけた。

「ワッペンもつけるのかい?」
「うん。……アイロンでつけられるって」
「アイロン……どこに仕舞ってたかな」

 その後、タロはどうにかアイロンを仕舞いこんでいた場所を思い出せたので、無事フリルエプロンの左胸元にワッペンをつけることができた。

「わあ、似合ってるよ」
「カワイイ?」
「うん。可愛い」

 ぎこちなく笑うアイオン。

 その姿にタロはすぐ引っ掛かりを覚えたわけではなかった。

 むしろ、アイオンがなにかを明確に欲しがった、ということに対してタロは安堵を覚えたくらいだった。

 可愛いものを求める――。そういった欲求を抱くのは、特段異常なことではない。

「カワイイ?」

 けれども、アイオンにそう問われるたびにタロは徐々に不安を覚えるようになった。

 ミルクティー色の髪を綺麗に結い上げて、ヘアアレンジをして、可愛らしい小さなぬいぐるみのついたヘアゴムをつけて。

 淡いピンク色のワンピースを筆頭に、パステルカラーでフリルやリボンがたっぷりの服を着て。

 そうするたびにアイオンは問う。

「カワイイ?」

 と。

 タロはアイオンのことは可愛いと思う。たとえどんな姿でも。これまで、その思いに揺らぎが生じたことはない。今だってそうだ。

 けれども――。

 けれども、もし、アイオンがタロのそんな感情を見透かして、無理に「可愛いアイオン」を演じているのだとしたら?

 タロには、アイオンがそうする理由はあまりわからなかった。

 ただ、アイオンはもともとは人形兵で、今は家事人形だ。

 タロは対等な関係を心がけてはいたものの、雇い主と被雇用者という関係性である。ゆえにアイオンがタロに意識的にせよ無意識的にせよ、おもねってこのような振る舞いをしているのではないか……そんなことを考える。

 もし、そうだったら――。

「カワイイ?」

 ……アイオンと外出した先。ちょうど先ごろオープンしたばかりのカフェテリアが偶然空いていたので、タロはアイオンを連れて入った。

 「好きなものを選んでいいよ」とタロに言われたアイオンが選んだのは、パステルカラーの「映えスイーツ」というやつだった。

 アイオンはネコの形に整えられたバニラアイスを見やったあと、「撮って」とタロにせがむ。

 タロがスマートフォンのカメラを向ければ、アイオンはぎこちなく笑った。

 そしていつものように、小首をかしげて「カワイイ?」と問うたのだった。

「うん、可愛いよ」
「ネコは……カワイイ」

 そう言って溶け始めたアイスクリームのネコを見つめるアイオンに、タロは「アイオンも可愛いよ」とは返せなかった。

 そのなにげないひとことが、もしアイオンの重荷となり、アイオンを縛りつける鎖となっていたら――。

 そう思うと、途端に口が重くなって、タロはなにも言えなくなった。

 アイオンをこのまま見守るべきか、折を見て懸念について真正面から切り出すべきか。

 タロが悩んでいるあいだにも時間は過ぎて行く。

「――え? 体を換えたい?」

 タロが仕事から帰ってきてひと息ついたところで、アイオンがそんな相談を持ちかけてきた。

 タロは思わずアイオンをまじまじと見やってしまう。

 頭の中にすぐ浮かんだのは、「どうして?」という疑問だったが、それをそのままぶつけるのは憚られた。

「えっと……どんな風に換えたいんだい?」
「小さくしたい」
「小さく?」

 タロはアイオンの問いに、思わずオウムのように返してしまう。

 そんなアイオンをタロはまっすぐに見上げる。

「うん。だって、小さいほうがカワイイ、でしょ?」

 タロは一瞬、言葉を失った。

 そんなタロを見てアイオンはどう思ったのか、言い直す。

「小さいの……幼いの? がいい」
「それは……そっちのほうが、きみとしては『可愛い』……から?」
「うん」
「どうして?」
「え?」

 タロは気がつけば、ソファから身を乗り出していた。

「今のままでも、私はじゅうぶんだと思うけれど」
「でも」
「……ごめん。きみの理想を否定したいわけじゃないんだ。ただ、もしきみが無理をしていたら、私は嫌だなって思って……」

 タロの言葉尻がしぼんで行った。

 アイオンは言葉を続けなかった。

 しばらく、今までに感じたことのない、居心地の悪い沈黙がふたりのあいだに落ちた。

 やがてその沈黙を破ったのはアイオンの平坦な声だった。

「ムリ、してない。ただ」
「ただ?」
「ただ、わたしがカワイイになれば、タロは選んでくれる、と、思った」
「……私が?」

 タロの言葉に、アイオンがうなずく。

 アイオンは続いて、とつとつと語り始めた。

「タロはさいしょ、わたしのことカッコイイって言ってくれた。でも、人形兵じゃなくなったわたしは、カッコイイじゃなくなった。でも、タロはわたしのことカワイイって言ってくれた。カワイイになれば、タロはわたしを選んでくれる。……もっと長くいっしょにいられる、と、思った。カッコイイじゃなくなって、どうすればいいかわかんなかったけど、カワイイになれば、タロといっしょにいられる、と思って――」

 ……アイオンはずっと、自分自身の価値について悩んでいたのだろう。

 アイオンの言葉は、タロにはショックで――けれども、同時に、そこまで自分のことを思ってくれたことへの喜びも感じた。

 アイオンを家事人形として迎え入れたのは、純粋な善意はもちろんあった。

 けれどももちろん、下心もあった。もと綺麗に言うならば、恋心だ。

 だから、タロは自分の言葉に揺れ動くアイオンにショックを覚えると同時に、どうしようもない喜びも感じたのだった。

「アイオン……たしかに、始まりは格好いいアイオンだったよ。けれど私は格好よくないアイオンも好きだ。可愛いアイオンも好きだ。可愛くないアイオンも好きだ。人形兵のきみも、家事人形のきみも、どちらも好きだ」

 アイオンがまん丸な目をぱちくりと瞬きさせた。

「つまり、私はアイオンの全部が好きなんだ」

 アイオンはまた目をぱちぱちと瞬きさせてから、「ほんとうに?」と慎重な様子で問うた。

 タロはそれに「本当」と答える。

 アイオンは――ぎこちなく笑って、それからぴょんと飛び上がって……タロに抱きついた。

 しかし家事人形の体重が突然襲いかかってきたことで、タロの背中から腰にかけて「ビキビキッ」と嫌な感覚が走る。

 タロ――人生初のぎっくり腰であった。

 しかしタロは、これも恋の代償と甘んじて受け入れることにした。


 ……そのあと。

 タロの提案で、アイオンは「可愛い」との付き合い方を考える、という結論に落ち着いた。

 アイオン自身は、タロへの感情を抜きにしても、「可愛い」ものは好きだそうなので、適切な距離感を探って行く方向になったのだ。

 アイオンは多少なりとも無理をしていたことがなくなったお陰なのか、はたまた単に慣れてきただけなのか……いつもよりも柔らかい笑みを浮かべて、タロのほうを見上げたのだった。
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