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「いいな~あんな優しい彼氏がいて」
放課後、教室を出るときに背にかかった声を聞いて、珊瑚は心中で否定する。
教室の開けっ放しの後方ドアには榮がいつもの微笑を浮かべて待っていた。なにがうれしいのか珊瑚にはわからないが、彼が浮ついていることだけはわかった。
榮と珊瑚はいつも登下校を共にしている。瑠璃子が生きていたころは、もちろんそこに彼女もいた。今はいないので、ふたりきりでの道中となる。そのことに珊瑚は正体のわからないうしろめたさを感じざるを得ない。
珊瑚は、榮にも親しくしている友人がいるということは知っている。榮のクラスを通りすがるときにどうしても彼の姿を捜してしまうから、よく知っている。
榮はそこでは屈託なく笑うし、同性が相手だからだろうか、いつもの大人びてスマートな雰囲気は鳴りを潜めて、歳相応に見えた。
けれども榮がなにより優先するのは珊瑚となっていた。瑠璃子が生きていたころは休日ともなれば男友達と遊びに行くのは珍しいことではなかったのにもかかわらず、今ではそんなことはめっきりなくなっているようだった。
榮は四六時中、珊瑚と一緒にいたがっているようだった。それは、瑠璃子が死んでしまったからだろうか? 榮の知らないところで、彼女が死んでしまったからだろうか。
だから、榮は珊瑚にぴたりとくっつきたがっているのかもしれない、と彼女は考える。
けれどもやることをやって、こうして他人には仲睦まじく映るような付き合いをしていても、珊瑚は榮の「好き」を受け入れたことはなかった。だから、榮を指して「彼氏」と言われても珊瑚は納得がいかない。
榮はなんの恐れも、悪びれもなく、珊瑚に「好き」と言った。珊瑚は内心で喜びながら、それを受け入れられなかった。
榮の「好き」がどこに向けられているのか、珊瑚にはわからなかった。
瑠璃子と瓜二つの、珊瑚の顔に向けられているのだろうか。
あるいは、珊瑚そのものを瑠璃子に見立てて向けられているのだろうか。
珊瑚は、榮が瑠璃子に気があったことを知っているので、彼のその言葉を素直に受け入れられなかった。
それでも榮に求められれば珊瑚は彼に身をゆだねた。デートをしてキスをしてセックスをして、色々な初めてを榮に捧げた。
己が中途半端なことをしているという自覚はあった。
けれども未だに珊瑚の胸中では決着がついていない。瑠璃子が急に死んでしまってから、ずっとそうだ。
瑠璃子の死を悲しむ己と、瑠璃子の死を喜ぶ己と。榮の告白を喜ぶ己と、榮の告白を憎々しく思う己と。
相反する感情に珊瑚の心は引き裂かれそうだった。
榮のことは今でも好きだ。ずっと好きなのだ。そこに、情熱的な愛を感じている。だからキスもセックスもする。
けれどもいくらそうしても、回数を重ねても、珊瑚は榮が「珊瑚」を好きなのだという自信を得られなかった。
「……なにかいいことあった?」
「ん?」
「……うれしそう」
繁華街にほど近い道を歩いているので、周囲は騒々しい。珊瑚のいかにも己に自信のない小さな声は、ともすれば周囲の喧騒にかき消されてしまいそうだ。それでも榮は一度だって珊瑚の言葉を取りこぼしたことはない。
「ああ」と言って榮は言葉を続ける。
「今日、告白されただろ」
「ああ、うん、榮がね」
「そう。で、珊瑚はそれを見た」
「たまたま……通りがかって。聞くつもりはなかったんだけど」
言い訳じみた言葉が己の口から出て行くのを珊瑚は嫌悪を持って聞いていた。
榮はだれもが認めるイケメン、というわけではないが、それでもそれなりに顔は整っている。
しかし女子たちが一番気を引かれるのは、榮のスマートなところだろう。周囲の同年代の男子と比べてしまえばそれは顕著で、ゆえに相対評価で榮はモテる。
勉強もできるし、運動能力も不足ない。そうなると絶対にクラスの女子の三人や五人くらい、榮へ本気の恋心を募らせる人間が出てくる。
榮はそれに浮つくような人間ではない。モテているのは相対評価によるところが大きいから、大人になればモテなくなるよ、とか言ってのけてしまう。だからそういうところを指して「スマートだ」と言われる。
今日、榮に告白していた女の子は、彼のクラスメイトかどうかも珊瑚は知らない。
けれども珊瑚みたいに自分に自信がない女の子だということだけはわかった。
野暮ったい眼鏡に垢抜けない髪型。容姿は平々凡々。真っ赤になってつっかえながら榮に恋心を告白する姿は、他人からすれば微笑ましく映るか、そうでなければみっともなく見えるかもしれない。
珊瑚はそんな様子を見て、己が彼女と比べて秀でているのは、瑠璃子と瓜二つの容姿だけだなと冷静に考えた。
瑠璃子も珊瑚も世間の大半の美的感覚に照らし合わせれば、美少女だ。コーカソイド的容姿は「妖精のよう」だなんて言われたこともある。
なびく金の髪に透き通る大きな青の瞳は、周囲の女子たちの憧れとねたみを集めることを、珊瑚は良く知っている。
でも、他人より珊瑚が秀でている点は、それくらいだった。
榮にまっすぐに恋心を告白するその少女の姿は、珊瑚にはまぶしく、憎々しく映った。
もし珊瑚が瑠璃子と瓜二つの容姿でなければ、さっさと榮に告白して玉砕して、まあこんな恋もあるよね、と先に進めたかもしれないのに――。
……しかししょせん、それはたらればの妄想に過ぎない。
「……それが、うれしかったの?」
多くの異性から想いを寄せられるシチュエーションに憧れる人間は多い。だから、もしかしたら榮もそうなのかもしれないと珊瑚は一瞬思った。
「珊瑚がさ、すげー真剣な顔して『告白されてたね』って言ってきたのが。うれしかった」
「……そんな顔してない」
「はは。じゃーそういうことにしとく」
榮が、モテることに対して浮つくような人間だったら。
榮が、珊瑚の言葉尻をとらえてからかうような人間だったら。
珊瑚はこんなにも榮のことを好きにはならなかっただろう。
いっそ榮のことを嫌いになれればと珊瑚は思っているのに、榮はそんな理由をひとつもくれはしないのだ。
いや、たったひとつだけ、「榮が瑠璃子に気があった」という、たったひとつだけ彼を嫌いになれるだろう理由はあるけれど。
……あるけれども、それは珊瑚にとって榮を嫌いになる理由には、ならないのだった。
放課後、教室を出るときに背にかかった声を聞いて、珊瑚は心中で否定する。
教室の開けっ放しの後方ドアには榮がいつもの微笑を浮かべて待っていた。なにがうれしいのか珊瑚にはわからないが、彼が浮ついていることだけはわかった。
榮と珊瑚はいつも登下校を共にしている。瑠璃子が生きていたころは、もちろんそこに彼女もいた。今はいないので、ふたりきりでの道中となる。そのことに珊瑚は正体のわからないうしろめたさを感じざるを得ない。
珊瑚は、榮にも親しくしている友人がいるということは知っている。榮のクラスを通りすがるときにどうしても彼の姿を捜してしまうから、よく知っている。
榮はそこでは屈託なく笑うし、同性が相手だからだろうか、いつもの大人びてスマートな雰囲気は鳴りを潜めて、歳相応に見えた。
けれども榮がなにより優先するのは珊瑚となっていた。瑠璃子が生きていたころは休日ともなれば男友達と遊びに行くのは珍しいことではなかったのにもかかわらず、今ではそんなことはめっきりなくなっているようだった。
榮は四六時中、珊瑚と一緒にいたがっているようだった。それは、瑠璃子が死んでしまったからだろうか? 榮の知らないところで、彼女が死んでしまったからだろうか。
だから、榮は珊瑚にぴたりとくっつきたがっているのかもしれない、と彼女は考える。
けれどもやることをやって、こうして他人には仲睦まじく映るような付き合いをしていても、珊瑚は榮の「好き」を受け入れたことはなかった。だから、榮を指して「彼氏」と言われても珊瑚は納得がいかない。
榮はなんの恐れも、悪びれもなく、珊瑚に「好き」と言った。珊瑚は内心で喜びながら、それを受け入れられなかった。
榮の「好き」がどこに向けられているのか、珊瑚にはわからなかった。
瑠璃子と瓜二つの、珊瑚の顔に向けられているのだろうか。
あるいは、珊瑚そのものを瑠璃子に見立てて向けられているのだろうか。
珊瑚は、榮が瑠璃子に気があったことを知っているので、彼のその言葉を素直に受け入れられなかった。
それでも榮に求められれば珊瑚は彼に身をゆだねた。デートをしてキスをしてセックスをして、色々な初めてを榮に捧げた。
己が中途半端なことをしているという自覚はあった。
けれども未だに珊瑚の胸中では決着がついていない。瑠璃子が急に死んでしまってから、ずっとそうだ。
瑠璃子の死を悲しむ己と、瑠璃子の死を喜ぶ己と。榮の告白を喜ぶ己と、榮の告白を憎々しく思う己と。
相反する感情に珊瑚の心は引き裂かれそうだった。
榮のことは今でも好きだ。ずっと好きなのだ。そこに、情熱的な愛を感じている。だからキスもセックスもする。
けれどもいくらそうしても、回数を重ねても、珊瑚は榮が「珊瑚」を好きなのだという自信を得られなかった。
「……なにかいいことあった?」
「ん?」
「……うれしそう」
繁華街にほど近い道を歩いているので、周囲は騒々しい。珊瑚のいかにも己に自信のない小さな声は、ともすれば周囲の喧騒にかき消されてしまいそうだ。それでも榮は一度だって珊瑚の言葉を取りこぼしたことはない。
「ああ」と言って榮は言葉を続ける。
「今日、告白されただろ」
「ああ、うん、榮がね」
「そう。で、珊瑚はそれを見た」
「たまたま……通りがかって。聞くつもりはなかったんだけど」
言い訳じみた言葉が己の口から出て行くのを珊瑚は嫌悪を持って聞いていた。
榮はだれもが認めるイケメン、というわけではないが、それでもそれなりに顔は整っている。
しかし女子たちが一番気を引かれるのは、榮のスマートなところだろう。周囲の同年代の男子と比べてしまえばそれは顕著で、ゆえに相対評価で榮はモテる。
勉強もできるし、運動能力も不足ない。そうなると絶対にクラスの女子の三人や五人くらい、榮へ本気の恋心を募らせる人間が出てくる。
榮はそれに浮つくような人間ではない。モテているのは相対評価によるところが大きいから、大人になればモテなくなるよ、とか言ってのけてしまう。だからそういうところを指して「スマートだ」と言われる。
今日、榮に告白していた女の子は、彼のクラスメイトかどうかも珊瑚は知らない。
けれども珊瑚みたいに自分に自信がない女の子だということだけはわかった。
野暮ったい眼鏡に垢抜けない髪型。容姿は平々凡々。真っ赤になってつっかえながら榮に恋心を告白する姿は、他人からすれば微笑ましく映るか、そうでなければみっともなく見えるかもしれない。
珊瑚はそんな様子を見て、己が彼女と比べて秀でているのは、瑠璃子と瓜二つの容姿だけだなと冷静に考えた。
瑠璃子も珊瑚も世間の大半の美的感覚に照らし合わせれば、美少女だ。コーカソイド的容姿は「妖精のよう」だなんて言われたこともある。
なびく金の髪に透き通る大きな青の瞳は、周囲の女子たちの憧れとねたみを集めることを、珊瑚は良く知っている。
でも、他人より珊瑚が秀でている点は、それくらいだった。
榮にまっすぐに恋心を告白するその少女の姿は、珊瑚にはまぶしく、憎々しく映った。
もし珊瑚が瑠璃子と瓜二つの容姿でなければ、さっさと榮に告白して玉砕して、まあこんな恋もあるよね、と先に進めたかもしれないのに――。
……しかししょせん、それはたらればの妄想に過ぎない。
「……それが、うれしかったの?」
多くの異性から想いを寄せられるシチュエーションに憧れる人間は多い。だから、もしかしたら榮もそうなのかもしれないと珊瑚は一瞬思った。
「珊瑚がさ、すげー真剣な顔して『告白されてたね』って言ってきたのが。うれしかった」
「……そんな顔してない」
「はは。じゃーそういうことにしとく」
榮が、モテることに対して浮つくような人間だったら。
榮が、珊瑚の言葉尻をとらえてからかうような人間だったら。
珊瑚はこんなにも榮のことを好きにはならなかっただろう。
いっそ榮のことを嫌いになれればと珊瑚は思っているのに、榮はそんな理由をひとつもくれはしないのだ。
いや、たったひとつだけ、「榮が瑠璃子に気があった」という、たったひとつだけ彼を嫌いになれるだろう理由はあるけれど。
……あるけれども、それは珊瑚にとって榮を嫌いになる理由には、ならないのだった。
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