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食堂に隣接して設けられているテラスに、今はひと気はない。冬の足音が近づく季節にテラスで昼食を取ろうと思う生徒はまずいない、ということである。同じようにひんやりとした冷気が漂ってくるテラスそばの席も、ずいぶんと空いていた。
しかし、ひと目を避けたいレンたちにとっては好都合。テラスそばの、四つのイスに囲まれた丸テーブルのひとつを確保する。
「ここでオレたち席確保してるから、食べ物取ってきたら?」
アレックスにそう言われて、「いや、お先にどうぞ」とも言えなかったレンは、素直に席を離れることにする。アレックスの向かいにはベネディクトが座っていた。いつもなら、アレックスとふたりきりか、タイミングが合えばその友人や先輩であるイヴェットとそのハーレムの男子生徒たちといっしょに食べるが、今日は違う。
昨日、レンのニセハーレムに加わることになったベネディクトは、食堂でアレックスと初対面を果たし、和やかな握手を交わしたあとだ。その空気はどこかピリリと緊張を孕んでおり、レンは「やっぱり相性悪いかもしれない」と内心で冷や汗をかいたわけである。そんなアレックスとベネディクトを、ふたりきりで席に残して大丈夫かと心配してしまうのも、むべなるかな。
表向きはふたりのあいだに流れる空気は穏やかに……見えなくもない。しかし先ほどからレンとは会話しても、ふたりで直接は言葉を交わしていないあたりに不安が残る。レンは「人見知りなのかな?」などと、あり得ないボケをすることでどうにか己の心中を落ち着かせようとした。が、それは成功したとは言いがたい。
チラリとふたりの顔を見る。アレックスはいつものようにさっぱりとした、磊落な笑みを浮かべていた。ベネディクトは背筋を正しく伸ばして座り、腕を組んでレンを見ている。……レンを見ているふたりの視線は交わらない。
――まあ、さすがに相性が悪かったとしても、食堂で取っ組み合いのケンカとかにはならないだろう……。
レンはそう思うことで、己を納得させた。「それじゃあお言葉に甘えて……」と言い置き、レンはアレックスとベネディクトという不安材料をひとつのテーブルに残したまま、料理が並べられている一角へと向かう。己が背中を向けた途端、鋭い視線を交わし合ったふたりには気づかずに。
「えーっと……ラザフォードセンパイ」
「なんだ」
「学年主席ともあろうセンパイがレンのハーレムに入るなんて……いったいどういうつもりなんすか?」
「どういうつもりもなにも、彼女に借りを返し、助けるために入った」
「ふーん……でもアイツがセンパイをハーレムに入れるのを、すぐに了承したとは思えないんすけど。アイツって人当たりはいいけど、結構人見知りするし。まさか、イヤがってるのを押し切ったとかじゃないですよね?」
「邪推だな、ハートネット。そんなに僕がレンのハーレムに入るのがイヤなのか?」
それまで表情に乏しく、冷徹な印象を与えていたベネディクトの顔に、意地悪な笑みが浮かぶ。どこか妖艶なそれは、普通の男子生徒であれば異性愛者であろうと一瞬くらいは胸をドキリとさせただろうが、アレックスは惑わない。それどころかベネディクトのどこか挑発的な笑みは、アレックスの神経を逆なでする。
「無理矢理入るもんじゃないでしょ、ハーレムって。レンの場合はなおさらヘンなヤツは入れられない」
「異世界人だから?」
「それもあるっすけど……アイツはどこか間が抜けてるから、ヘンなヤツが入ってきていいようにされるなら、友達として見過ごせないんで」
「僕は『ヘンなヤツ』……か」
「ぽっと出のヤツには任せられないっすよ。異世界人な上に女で苦労してるんだから、これ以上大変な思いをさせるのは心苦しいって、わかるでしょ?」
「僕は彼女に苦労をさせるつもりはない」
「存在そのものが荷が重いってことも、あると思うんすけど?」
グリーンアイズを細めて鋭い視線を送るアレックス。そんな毛を逆立てた肉食獣のような後輩を前にしても、ベネディクトは一歩も引く気はない。それどころか鼻で笑って一蹴する。
「仲良しアピールに余念がないな」
「なっ……はあ?」
「それで僕を牽制しているつもりか? だとすれば稚拙だとしか言いようがない。君がなんと言おうと、なんと思おうと、僕はいずれレンの正式なハーレムの成員になる」
「――はあああ?!」
アレックスはおどろきに声を上げたが、テラス近くのひと気の乏しい場所ということもあり、さらに騒がしい食堂内で注目を集めることはなかった。
「は? え? なに? アン……センパイはアイツに惚れてるってこと?!」
「そうだが?」
「ええええ……。いや、アイツのハーレムはニセモノだって、わかってるでしょ? っていうか惚れたって。いつ? なんで?」
おどろきのあまり、アレックスの雑な敬語がところどころほつれて行く。そんなアレックスの動揺を見透かしているベネディクトはいたって冷静に――そしてアレックスを冷笑するように続ける。
「ひと目惚れだ」
「……あのときに?」
「そうだ。颯爽と駆けつけて僕を助けるために殴られたレンを見て……なんて素敵なひとなんだろうと思った」
「……趣味悪いっすよ。つか、センパイって結構ロマンチストなんすね……」
「恋は理屈ではない。今までどんなハーレムにも入る気はなかったが……あの瞬間、僕は彼女のハーレムに入るべきだと気づいたんだ」
「へえー……そうっすか」
「そういうわけで僕はいずれレンと正式な恋人同士となる。そうすれば君はレンのニセハーレムメンバーのフリをする必要もなくなる、というわけだ。――喜んでくれてもいいぞ?」
自信満々すぎるベネディクトの物言いに、アレックスは絶句した。
しかし、ひと目を避けたいレンたちにとっては好都合。テラスそばの、四つのイスに囲まれた丸テーブルのひとつを確保する。
「ここでオレたち席確保してるから、食べ物取ってきたら?」
アレックスにそう言われて、「いや、お先にどうぞ」とも言えなかったレンは、素直に席を離れることにする。アレックスの向かいにはベネディクトが座っていた。いつもなら、アレックスとふたりきりか、タイミングが合えばその友人や先輩であるイヴェットとそのハーレムの男子生徒たちといっしょに食べるが、今日は違う。
昨日、レンのニセハーレムに加わることになったベネディクトは、食堂でアレックスと初対面を果たし、和やかな握手を交わしたあとだ。その空気はどこかピリリと緊張を孕んでおり、レンは「やっぱり相性悪いかもしれない」と内心で冷や汗をかいたわけである。そんなアレックスとベネディクトを、ふたりきりで席に残して大丈夫かと心配してしまうのも、むべなるかな。
表向きはふたりのあいだに流れる空気は穏やかに……見えなくもない。しかし先ほどからレンとは会話しても、ふたりで直接は言葉を交わしていないあたりに不安が残る。レンは「人見知りなのかな?」などと、あり得ないボケをすることでどうにか己の心中を落ち着かせようとした。が、それは成功したとは言いがたい。
チラリとふたりの顔を見る。アレックスはいつものようにさっぱりとした、磊落な笑みを浮かべていた。ベネディクトは背筋を正しく伸ばして座り、腕を組んでレンを見ている。……レンを見ているふたりの視線は交わらない。
――まあ、さすがに相性が悪かったとしても、食堂で取っ組み合いのケンカとかにはならないだろう……。
レンはそう思うことで、己を納得させた。「それじゃあお言葉に甘えて……」と言い置き、レンはアレックスとベネディクトという不安材料をひとつのテーブルに残したまま、料理が並べられている一角へと向かう。己が背中を向けた途端、鋭い視線を交わし合ったふたりには気づかずに。
「えーっと……ラザフォードセンパイ」
「なんだ」
「学年主席ともあろうセンパイがレンのハーレムに入るなんて……いったいどういうつもりなんすか?」
「どういうつもりもなにも、彼女に借りを返し、助けるために入った」
「ふーん……でもアイツがセンパイをハーレムに入れるのを、すぐに了承したとは思えないんすけど。アイツって人当たりはいいけど、結構人見知りするし。まさか、イヤがってるのを押し切ったとかじゃないですよね?」
「邪推だな、ハートネット。そんなに僕がレンのハーレムに入るのがイヤなのか?」
それまで表情に乏しく、冷徹な印象を与えていたベネディクトの顔に、意地悪な笑みが浮かぶ。どこか妖艶なそれは、普通の男子生徒であれば異性愛者であろうと一瞬くらいは胸をドキリとさせただろうが、アレックスは惑わない。それどころかベネディクトのどこか挑発的な笑みは、アレックスの神経を逆なでする。
「無理矢理入るもんじゃないでしょ、ハーレムって。レンの場合はなおさらヘンなヤツは入れられない」
「異世界人だから?」
「それもあるっすけど……アイツはどこか間が抜けてるから、ヘンなヤツが入ってきていいようにされるなら、友達として見過ごせないんで」
「僕は『ヘンなヤツ』……か」
「ぽっと出のヤツには任せられないっすよ。異世界人な上に女で苦労してるんだから、これ以上大変な思いをさせるのは心苦しいって、わかるでしょ?」
「僕は彼女に苦労をさせるつもりはない」
「存在そのものが荷が重いってことも、あると思うんすけど?」
グリーンアイズを細めて鋭い視線を送るアレックス。そんな毛を逆立てた肉食獣のような後輩を前にしても、ベネディクトは一歩も引く気はない。それどころか鼻で笑って一蹴する。
「仲良しアピールに余念がないな」
「なっ……はあ?」
「それで僕を牽制しているつもりか? だとすれば稚拙だとしか言いようがない。君がなんと言おうと、なんと思おうと、僕はいずれレンの正式なハーレムの成員になる」
「――はあああ?!」
アレックスはおどろきに声を上げたが、テラス近くのひと気の乏しい場所ということもあり、さらに騒がしい食堂内で注目を集めることはなかった。
「は? え? なに? アン……センパイはアイツに惚れてるってこと?!」
「そうだが?」
「ええええ……。いや、アイツのハーレムはニセモノだって、わかってるでしょ? っていうか惚れたって。いつ? なんで?」
おどろきのあまり、アレックスの雑な敬語がところどころほつれて行く。そんなアレックスの動揺を見透かしているベネディクトはいたって冷静に――そしてアレックスを冷笑するように続ける。
「ひと目惚れだ」
「……あのときに?」
「そうだ。颯爽と駆けつけて僕を助けるために殴られたレンを見て……なんて素敵なひとなんだろうと思った」
「……趣味悪いっすよ。つか、センパイって結構ロマンチストなんすね……」
「恋は理屈ではない。今までどんなハーレムにも入る気はなかったが……あの瞬間、僕は彼女のハーレムに入るべきだと気づいたんだ」
「へえー……そうっすか」
「そういうわけで僕はいずれレンと正式な恋人同士となる。そうすれば君はレンのニセハーレムメンバーのフリをする必要もなくなる、というわけだ。――喜んでくれてもいいぞ?」
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