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続けて養護教諭はひとつの空瓶を学長に手渡す。学長は右手で空瓶を持ち上げると、左手をうちわのようにして匂いをあおぎ嗅ぐ。
「これは……」
おどろきに目を瞠る学長に、養護教諭はうなずく。レンだけがついて行けてなかった。が、水を差すような場面でもないため、神妙な顔をして黙ったまま学長と養護教諭を見る。
「発熱はこれが原因でしょうなあ。強い魔法薬は常飲すればこういった副作用が出ますから。その空瓶からする独特の匂い……これは――女になる薬でしょう」
レンはオタク脳でなんとなくその結末を察していた。魔法がある世界なのだ。こういったレンの世界では起こり得ないようなことが、わりと簡単に起こってしまうのがこの異世界。魔法とはほぼ縁のない平凡な学校生活を送っていたレンではあったが、オタクゆえにキャメロンが魔法薬で変身していた可能性についてはとっくに気づいていた。
「なんてこと。変身薬だなんて。永続的な効果はないようだけれど……こんなものを……」
学長の口ぶりから察するに、「男を女にする薬」は「変身薬」と言われるものらしく、しかも場合によっては法に反している可能性すらありそうだとレンは思った。キャメロンが男で、しかも魔法薬によって女になっていた、という事実は思ったよりも大事らしい。学長は頭が痛そうな顔をしている。
「薬の出所は気にはなりますが、キャメロンは話せる状況ではないのですね?」
「無理でしょうな。しばらく寝かせておけば薬の副作用も抜けるでしょうが」
「そうですか……。いずれにせよ男性を女子寮に置いておくことはできません。わたくしが魔法で医務室に移動させます。今は医務室には――」
「だれもベッドを使っていません」
「そうですか。それでは問題ありませんね」
学長はキャメロンの部屋の扉を開くと、指を一振りする。たちまちキャメロンの体が浮かび、上に掛け布団がかぶせられたので、顔も体もすっかり見えなくなった。
「レン……悪いのだけれどあなたもついてきてくれないかしら」
「それはお安い御用ですが……」
「あなたが事実を口にしないか気にしているわけではないわ。ただこのあと職員会議があるから……キャメロンのこの様子だと起きあがれるかは怪しいけれど、少しのあいだ見張っていて欲しいの」
「わかりました。それくらいならいくらでも」
「ありがとう。助かるわ」
もともと、医務室は校舎の片隅にあることもあって、ひと目を避けてそこまで移動するのは難しい話ではなかった。幸いにも生徒に出くわすことなく三人は医務室までたどり着いた。
学長が慎重な指さばきでキャメロンを医務室のベッドに寝かせる。顔が紅潮しており、苦しそうな呼吸音が聞こえる。たしかに学長の言った通り、しばらくは目覚めるかどうかも怪しいところだとレンは思った。
しかし学長と養護教諭を医務室から見送って一〇分ほどで、キャメロンは目を覚ました。顔は熱のせいで相変わらず赤かったし、ぜいぜいと呼吸する音も荒い。目は動かせるようだが、上半身もなかなか動かしにくいような状況のようだった。
「起きた?」
「ここ……」
キャメロンの喉からは年相応に低い、男の声が出る。レンはキャメロンが本当に男なのだ、という実感を今さらながら抱いた。
「医務室。熱出てるから。……水飲む?」
「あ、ああ、うん……」
レンはイスから立ち上がってウォーターサーバーへと向かう。紙コップを取り出して、水が注がれる様を眺める。
「……なんでそんなの飲んでたの?」
「え?」
「変身薬……って言うんだっけ? それ」
冷水が満ちた紙コップを一度机の上に置く。上半身を起こそうともぞもぞとしているキャメロンに近づき、背中に手を入れて介助してやる。キャメロンの顔はやっぱり赤く、熱のせいだろう潤んだ瞳はどこかうつろに見えた。
キャメロンが上半身を起こせたのを見て、隣のベッドから失敬した枕をその背中に入れてやる。水を入れた紙コップを渡してやると、キャメロンは気まずそうに目を伏せたまま「ありがと」と蚊の鳴くような声で言った。そして律儀にレンの疑問にも言葉を返す。
「……そういうこと、普通、聞く?」
「気になるじゃん」
「少しくらい考えればわかるでしょ?」
「女のほうが……希少で貴重で価値があるから? 子供を産めるのは女だけだから?」
「あの変身薬は女の見た目にはするけど、女としての生殖能力を得られるわけじゃない」
「あ、そうなんだ? うーん、じゃあ、なんで女になって男引っかけようとしてたの?」
レンがそう問うと、キャメロンは答えたくないのか、答えにくいと感じているのか、黙り込んでしまう。
「私に言いたくないなら別にいいよ。でも学長にはちゃんと言わないとダメだと思う」
「もう……学長まで知ってるんだ」
「ここまで運んでくれたのが学長。お礼言っときなよ。変身薬を常飲してたって聞いて、結構心配してたし」
「…………」
「……学長は優しいから、たぶん本当のことを言っても悪いようにはしないと思う。異世界人の私を保護して後見人してくれてるひとだし。だから、学長には嘘じゃなくて本当のことを言ったほうがいいよ」
レンが今キャメロンにかけられる言葉など、それくらいだった。レンはエスパーではないので、なぜキャメロンが変身薬を飲んでいたのか、なぜ女になって男漁りをしていたのかまではわからない。しかしわからないなりにも、キャメロンには複雑な事情を抱えているのだろうということは察せた。
そんなレンに、キャメロンは予想外の言葉を口にする。
「……なんでそんなに優しいの?」
「え?」
「こっちはあんたのハーレムを破壊しようとしたんだよ? いくら事情があるからって、それは許せるようなことじゃない……なのに、なんでおれに優しい言葉をかけられるんだよ!」
最後は絞り出すような声で、キャメロンは言う。レンはその豹変とも言えるようなキャメロンの変化に、一瞬呆気に取られて目を丸くした。
けれどもレンの答えなど、考えるまでもなく決まっていた。
「冷たい人間だから、かな」
「……は?」
「相手のことなんて心底どーでもいいって思ってるから、優しくできるんだと思う。そもそも別に私は優しい言葉をかけたつもりはないんだけど」
今度はキャメロンが呆気に取られる番だった。
「は……なにそれ。変なやつ……」
「変なやつって、なんか前にも言われたような……」
「自覚ないなら相当だよ。はあ……馬鹿みたい」
「私が?」
「おれが」
キャメロンは額に浮いた汗を吸って湿った前髪を、片手でかき混ぜる。そうしているのを見ると、どこからどう見ても男だなとレンは思った。たしかにカッコイイ系かカワイイ系かと問われれば、カワイイ系に属するだろう。しかし声は年相応に低いし、手は筋張った男の手をしている。顔のつくりはさほど変わってはいないものの、今はどう見ても男に見えるのだから不思議だ。
「……じゃあお優しいレン様、おれの話を聞いてよ」
「話す気になったの?」
「学長に話す練習だとでも思って」
「……わかった」
レンがそう言ってうなずくと、キャメロンはとつとつと身の上話を始めた。
「これは……」
おどろきに目を瞠る学長に、養護教諭はうなずく。レンだけがついて行けてなかった。が、水を差すような場面でもないため、神妙な顔をして黙ったまま学長と養護教諭を見る。
「発熱はこれが原因でしょうなあ。強い魔法薬は常飲すればこういった副作用が出ますから。その空瓶からする独特の匂い……これは――女になる薬でしょう」
レンはオタク脳でなんとなくその結末を察していた。魔法がある世界なのだ。こういったレンの世界では起こり得ないようなことが、わりと簡単に起こってしまうのがこの異世界。魔法とはほぼ縁のない平凡な学校生活を送っていたレンではあったが、オタクゆえにキャメロンが魔法薬で変身していた可能性についてはとっくに気づいていた。
「なんてこと。変身薬だなんて。永続的な効果はないようだけれど……こんなものを……」
学長の口ぶりから察するに、「男を女にする薬」は「変身薬」と言われるものらしく、しかも場合によっては法に反している可能性すらありそうだとレンは思った。キャメロンが男で、しかも魔法薬によって女になっていた、という事実は思ったよりも大事らしい。学長は頭が痛そうな顔をしている。
「薬の出所は気にはなりますが、キャメロンは話せる状況ではないのですね?」
「無理でしょうな。しばらく寝かせておけば薬の副作用も抜けるでしょうが」
「そうですか……。いずれにせよ男性を女子寮に置いておくことはできません。わたくしが魔法で医務室に移動させます。今は医務室には――」
「だれもベッドを使っていません」
「そうですか。それでは問題ありませんね」
学長はキャメロンの部屋の扉を開くと、指を一振りする。たちまちキャメロンの体が浮かび、上に掛け布団がかぶせられたので、顔も体もすっかり見えなくなった。
「レン……悪いのだけれどあなたもついてきてくれないかしら」
「それはお安い御用ですが……」
「あなたが事実を口にしないか気にしているわけではないわ。ただこのあと職員会議があるから……キャメロンのこの様子だと起きあがれるかは怪しいけれど、少しのあいだ見張っていて欲しいの」
「わかりました。それくらいならいくらでも」
「ありがとう。助かるわ」
もともと、医務室は校舎の片隅にあることもあって、ひと目を避けてそこまで移動するのは難しい話ではなかった。幸いにも生徒に出くわすことなく三人は医務室までたどり着いた。
学長が慎重な指さばきでキャメロンを医務室のベッドに寝かせる。顔が紅潮しており、苦しそうな呼吸音が聞こえる。たしかに学長の言った通り、しばらくは目覚めるかどうかも怪しいところだとレンは思った。
しかし学長と養護教諭を医務室から見送って一〇分ほどで、キャメロンは目を覚ました。顔は熱のせいで相変わらず赤かったし、ぜいぜいと呼吸する音も荒い。目は動かせるようだが、上半身もなかなか動かしにくいような状況のようだった。
「起きた?」
「ここ……」
キャメロンの喉からは年相応に低い、男の声が出る。レンはキャメロンが本当に男なのだ、という実感を今さらながら抱いた。
「医務室。熱出てるから。……水飲む?」
「あ、ああ、うん……」
レンはイスから立ち上がってウォーターサーバーへと向かう。紙コップを取り出して、水が注がれる様を眺める。
「……なんでそんなの飲んでたの?」
「え?」
「変身薬……って言うんだっけ? それ」
冷水が満ちた紙コップを一度机の上に置く。上半身を起こそうともぞもぞとしているキャメロンに近づき、背中に手を入れて介助してやる。キャメロンの顔はやっぱり赤く、熱のせいだろう潤んだ瞳はどこかうつろに見えた。
キャメロンが上半身を起こせたのを見て、隣のベッドから失敬した枕をその背中に入れてやる。水を入れた紙コップを渡してやると、キャメロンは気まずそうに目を伏せたまま「ありがと」と蚊の鳴くような声で言った。そして律儀にレンの疑問にも言葉を返す。
「……そういうこと、普通、聞く?」
「気になるじゃん」
「少しくらい考えればわかるでしょ?」
「女のほうが……希少で貴重で価値があるから? 子供を産めるのは女だけだから?」
「あの変身薬は女の見た目にはするけど、女としての生殖能力を得られるわけじゃない」
「あ、そうなんだ? うーん、じゃあ、なんで女になって男引っかけようとしてたの?」
レンがそう問うと、キャメロンは答えたくないのか、答えにくいと感じているのか、黙り込んでしまう。
「私に言いたくないなら別にいいよ。でも学長にはちゃんと言わないとダメだと思う」
「もう……学長まで知ってるんだ」
「ここまで運んでくれたのが学長。お礼言っときなよ。変身薬を常飲してたって聞いて、結構心配してたし」
「…………」
「……学長は優しいから、たぶん本当のことを言っても悪いようにはしないと思う。異世界人の私を保護して後見人してくれてるひとだし。だから、学長には嘘じゃなくて本当のことを言ったほうがいいよ」
レンが今キャメロンにかけられる言葉など、それくらいだった。レンはエスパーではないので、なぜキャメロンが変身薬を飲んでいたのか、なぜ女になって男漁りをしていたのかまではわからない。しかしわからないなりにも、キャメロンには複雑な事情を抱えているのだろうということは察せた。
そんなレンに、キャメロンは予想外の言葉を口にする。
「……なんでそんなに優しいの?」
「え?」
「こっちはあんたのハーレムを破壊しようとしたんだよ? いくら事情があるからって、それは許せるようなことじゃない……なのに、なんでおれに優しい言葉をかけられるんだよ!」
最後は絞り出すような声で、キャメロンは言う。レンはその豹変とも言えるようなキャメロンの変化に、一瞬呆気に取られて目を丸くした。
けれどもレンの答えなど、考えるまでもなく決まっていた。
「冷たい人間だから、かな」
「……は?」
「相手のことなんて心底どーでもいいって思ってるから、優しくできるんだと思う。そもそも別に私は優しい言葉をかけたつもりはないんだけど」
今度はキャメロンが呆気に取られる番だった。
「は……なにそれ。変なやつ……」
「変なやつって、なんか前にも言われたような……」
「自覚ないなら相当だよ。はあ……馬鹿みたい」
「私が?」
「おれが」
キャメロンは額に浮いた汗を吸って湿った前髪を、片手でかき混ぜる。そうしているのを見ると、どこからどう見ても男だなとレンは思った。たしかにカッコイイ系かカワイイ系かと問われれば、カワイイ系に属するだろう。しかし声は年相応に低いし、手は筋張った男の手をしている。顔のつくりはさほど変わってはいないものの、今はどう見ても男に見えるのだから不思議だ。
「……じゃあお優しいレン様、おれの話を聞いてよ」
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