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本編

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「ソフィ様!お早うございます」
「ソフィ様、これからどちらに?」
「ソフィ様、お手伝い致します」
「ソフィ様、今度食事を一緒に」

あれから、わたしはよく城の男性たちから視線を送られ、声を掛けられる様になった。
最初はどうして良いか分からず、緊張し、おろおろするばかりだったが、
ルイーズから真相を聞いた事で、慌てふためく事も無くなった。

魔王の求婚を断ったわたしを落とせば、男を上げられる…
自分の魅力が開花したのかと舞い上がっていたが、こんな事だった。
ガッカリはしたが、今までが今までだったので、
「これが現実ね」と受け入れるのは楽だった。
男避けの呪いを解いた処で、クリスティナの様に美しくなる訳ではない。

身の丈を知ったが、最近は身形や化粧、美容に気を遣う様になっていた。
元が『それなり』でも、少しは良くしたい。
レイモンに少しでも良く思われたいし、彼に相応しい女性になりたい___


「お早うございます」
「魔王様のご用です」
「いえ、大丈夫です、ありがとうございます」
「申し訳ありません、お誘いはお断りしています」

相手が下心や打算で近付いて来るのであれば、断るのにも罪悪感は無い。
希望を持たせない様に、礼儀正しく、落ち着いた対応を心掛けた。

レイモンも、わたしの周囲の変化には気付いている様で、心配してくれた。

「皆から声を掛けられていない?君を取られそうで心配だよ…」
「レイモン様が心配なさる様な事はありませんわ、
わたしは誰からの誘いも受ける気はありません」

わたしはキッパリと宣言する。
わたしがこうしてレイモンに集中出来るのは、ルイーズが教えてくれたお陰だ。
意地悪からだろうが、感謝しなくてはいけない。

レイモンは安心したのか、青い目を甘く光らせ、唇に綺麗な弧を描き微笑んだ。

「僕の誘いは受けてくれるよね?」
「はい、勿論ですわ」
「うれしいよ、ソフィ…」

レイモンがわたしの手を取り、その甲に口付けたので、わたしは「はっ」と息を飲んだ。
レイモンは甘い笑みを見せ、わたしの手の甲を親指で擦る…
わたしは気恥ずかしく、視線に迷った。

「ソフィ、魔界や魔王の事も、僕たちの間だけで話して欲しいな…」
「どうしてですか?」
「二人の秘密にしたいんだ、いいだろう?」

恋人同士は秘密を持つ事を楽しむらしい。
レイモンはこうして会うのにも、周囲に知られない様に気を遣っている。
だが、どうして、魔界や魔王の事を二人の間の秘密にするのか…
恋人らしい秘密とも思えなかったが、レイモンに話した事を、他の者に話されるのは
確かにあまりうれしくは無い事なので、わたしは「はい」と微笑み頷いた。

「ありがとう!ソフィ!」

レイモンに抱きしめられ、わたしは驚き息を飲んだ。
彼がこれ程喜ぶとは思ってもみなかった。
わたしは抱きしめられながら、そういえば、いつか、彼と良い感じになった時に、
雷に地面を割られた事があったわ…と、ぼんやり思い出していた。


エクレールの部屋に戻ると、彼はいつもの様に長ソファに座り、本を読んでいたが、
わたしにチラリと目をやり、本を閉じた。

「そんな恰好では、あらぬ噂を立てられるぞ」
「どんな格好ですか?」
「髪は乱れ、頬は赤く、唇がぽってりしている、服は乱れていない様だが、随分楽しんだ様だな」

わたしはカッと赤くなり、エクレールを睨んだ。

「いい加減な事を言わないで下さい!
わたしの頬が赤いだなんて、闇しか見えていないのにお分かりになるの?
それに、キスはしていません、他の事もです!全部、あなたの妄想だわ!」

「闇しか見えないが、頬が熱くなっているのは感じる、唇はそう見えただけだ、
確かに妄想だな、謝ろう、だが、髪は直せ」

謝られている気持ちにはならないが、怒りを抑え、わたしは「はい」と自室に向かった。

「ソフィ!」

呼び止められ振り返ると、エクレールはソファから立ち上がっていた。

「私はこれから少し用事をしてくる、部屋は開かない様にしておくから大丈夫だろう。
悪いが、私が戻るまで、おまえも部屋から出ないでくれ」

「はい、承知致しました…」

わたしが答えると、エクレールはマントを大きく翻した。
金色の光に包まれたかと思うと、次の瞬間には忽然と消えていた。

「急いでいたから機嫌が悪かったのね…
用事があるなら、言っておいてくれれば良かったのよ…」

わたしは嘆息と共に零し、自室へ入った。


エクレールは晩食の時間まで戻らなかったが、それに関して、彼は何も話さなかった。

「わたしは侍女だもの、理由を話す必要なんてないわ」

わたしは自分に言い聞かせた。
だが、戻って来た時、エクレールはいつもの彼に戻っていて、その事には安堵した。
機嫌の良い時のエクレールは、面白く、傍に居て気持ちの良い人だ。
仕事が上手くいったのか、若しくは、部屋の中にいて、鬱憤が堪っていたのかもしれない。
何か気晴らしをさせてあげた方が良さそうね…
そう思ってみたが、わたしは彼の事をほとんど知らなかった。
どんな事が気晴らしになるのか、想像が付かない。

「エクレール様はどの様な事に興味がおありなのですか?何をしている時が楽しいですか?」

直接本人に尋ねたが、返ってきた答えはというと…

「おまえに興味がある、おまえと一緒に居る時が楽しい」

わたしをからかっている時が楽しいのね。
わたしは『やれやれ』と頭を振る。

「明日、城を案内致しましょうか?」
「私は《魔王》だぞ、滞在は許されたが、城の内部を知られるのは喜ばんだろう」
「それで、いつも部屋にいらっしゃったのですか?」
「いつも部屋に居る訳ではない、それに、今日の昼には王妃が案内してくれた」

クリスティナが!? 
わたしの居ない時を狙って、会いに来るつもりかしら…

「王妃が案内役ならば、誰も文句は言えんからな」

ニヤリとするエクレールに、わたしは内心で返していた。
ええ、きっと、侍女のわたしがお供では、言われ放題ですわね!

「ソフィ、暇なら相手をしてやる、明日、釣りに行く」

エクレールに宣言され、わたしは驚き過ぎて、碌な反論が思いつかなかった。

「わたし、釣りは初めてですわ!」
「だから良いのだ、私が教えてやる」
「《魔王様》に、人間界の釣りが出来るのですか?」

わたしは怪しんだが、エクレールは「任せろ、釣りは得意だ」と言ったので、
取り敢えず、任せてみる事に決めた。





エクレールが臣下を呼び、釣りに行きたいと伝えると、
騎士団の者たちも護衛として付いて来る事となった。

翌朝、わたしは『釣りに行くので昼食は一緒に出来ない』と、レイモンに伝える為、
彼に会いに行った。

「レイモン様!」
「ソフィ!お早う、驚いたよ!」

エクレールの部屋と王妃の間は建物も違うので、こうして会う事は最近では無い事で、
当然だが、レイモンは驚いていた。

「朝早くからすみません、これから魔王様と釣りに行く事になり、
昼食をご一緒出来なくなったので、お伝えしておこうと…」

「魔王と釣りに!?ソフィ、そういう時は、僕も誘って欲しいな!」

「ですが、レイモン様はお仕事もありますし…」

城を警備している衛兵を私用で誘うなど、考えもしなかった。
それに、《条件》ではあるが、エクレールはわたしたちを見て、良くは思わないだろう…
また、変な風にあてこすられるのは嫌だ。

「警備の仕事は他の者に代わればいいよ、幾らでも衛兵はいるんだから、
僕も行けるか聞いてみてくれないかな、ソフィ」

「今からでは無理ですわ、それに、わたしは侍女ですから、我儘を言う訳にはいきません…」

「君が頼めば魔王は聞いてくれるさ、次は頼むよ、ソフィ」

レイモンが甘い笑みと共に、ウインクをした。

レイモンは当然の権利だと思っている様だ。
だけど、どうしてだろう?
いつもレイモンは、二人の関係を周囲に知られない様に気遣っているのに…
レイモンを連れて行けば、わたしたちの仲を勘ぐる者は出て来るだろう。
わたしは曖昧に答え、急いで部屋へ戻った。


エクレールとわたしは馬車に乗り、騎士団たちは馬で、城を出て、山手に向かった。
エクレールは騎士団たちを「監視だろう」と言っていたが、騎士団は道案内から、
釣りの準備、薪拾い、火起こし…と、中々に役立っていた。

わたしはエクレールに習って釣りをする事にした。
だが、餌には虫を使うと知り、付いて来た事を早々に後悔したのだった。

「虫なんて、触れません!」
「おまえはよくよく、虫が嫌いだな」
「その話はしないで下さい!」

それに、あの魔界料理の蟲と、この虫は違う。
少なくとも、この虫を食べるのはわたしではない。

「貸してみろ、付けてやる」

エクレールは事も無げにそれをやってのけた。
そして、「こうだ」と、お手本に釣竿を振ってみせる。
それは綺麗に弧を描き、川へ飛んで行った。

「凄い!魔法ですか?」
「魔法など使わずとも出来る、簡単な事だ、おまえもやってみろ」
「は、はい…えいい!!」

思い切り、竿を振ってみたが、何故か遠くへは飛ばず、直ぐ側に落ちた。

「えええ…何故でしょうか?」
「ははは!いいぞ、ソフィ、中々筋が良い!」
「嘘だわ!馬鹿にしていますよね!?」
「卑屈な奴だ、引っ掛けもせず水に入ったのだから、初めてにしては上出来だ」

本当に褒めてくれていたのだと分かり、わたしの機嫌は一気に良くなった。

「わたし、釣れる気がしてきました!」
「調子の良い奴だな、だが、その意気だ!」

エクレールはヒョイと竿を上げる。
その先には、キラキラと輝く魚が見え、わたしは声を上げた。

「釣れたわ!!大きい!!」
「ソフィ、おまえの方も引いているぞ」
「ええ!?どうしたら良いのですか!?」
「ほら、こうするんだ…」

エクレールがわたしの背後から一緒に竿を持ってくれ、引き上げてくれた。
その先には、小さな魚が付いていて、わたしはうれしさのあまり、子供の様に声を上げていた。

「魚だわ!釣れた!!やったー!!」
「よくやった、だが、小さい、こいつは返してやろう」

それは、エクレールの手で外され、川に放られた。
小さい魚は釣らずに戻すのだと知った。

「残念か?」
「少し残念です、でも、今度はきっと大きな魚を釣ります!」

わたしが意気揚々と答えると、エクレールは笑い、わたしの頭をぽんぽんと叩いた。
子供扱いされている気がしたが、わたしは口元の緩みを止められなかった。

エクレールは十匹程釣ると、後はわたしに付いて教えてくれていた。
魚の気配を感じろだとか、無心になれだとか…
そのお陰なのか、わたしも二匹釣り上げる事が出来た。
中々の快挙で、わたしは満足だった。

騎士団員たちも魚を釣っていて、一緒に魚を焼いて食べた。
釣った魚をその場で食べた事などなく、わたしは興奮していた。
それに、自分で釣り上げた魚は美味しく、満足だった。
エクレールには手伝って貰ったので、釣った魚の一匹は彼にあげた。

「わたしの釣り上げた魚はいかがですか?」
「美味い、私の魚には劣るがな」
「そんなの嘘です!」
「ならば、食してみろ」

食べかけの魚を向けられた。
普段であれば、絶対にしなかっただろう、だが、大自然の中では普通の事の様に思え、
わたしはそれに齧り付いた。

「どうだ?」
「んん…美味しいですが…わたしの魚の方が、ふっくらしていませんか?」
「ははは!おまえは意外と負けず嫌いだな!」

エクレールが気持ち良く笑い、わたしも一緒に笑っていた。
きっと、この大自然がそうさせたのだろう。


片付けは騎士団が請け負ってくれ、わたしたちは馬車に乗り、帰路に着いた。

「ソフィ、楽しかったか」
「勿論です!これが楽しくない者はいませんわ!それに、魚もとても美味しかったです!」
「だが、独りでは無理だな、おまえは餌が付けられない」
「そうですわね」

わたしがそれを思い出し、顔を顰めると、エクレールは楽しそうに笑った。

「魚はエクレール様の口に合うのですか?」
「ああ、中々美味だ」

エクレールはあまり好き嫌いが無さそうだ。
何処の世界の食事も口に合うのであれば、何処に行っても楽しめるだろう。

わたしは魔界の料理はもう食べたく無いけど…

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