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王太子の婚約者選び
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しおりを挟むこの月の終わり、王太子パトリック=ヴァンアズールの婚約者選びの催事が予定されている。
まずは、招待状の届いた者が、夜会パーティに出席し、その中から数名が候補者に選ばれる。
候補者たちは王宮に滞在し、数日掛けて、王太子を巡り、婚約者の座を争う事となる___
その招待状が、あたし、リゼット=グノーの元にも届いた。
あたしは公爵家令嬢だし、年齢も14歳とあり、17歳の王太子とは釣り合いが取れる為、招待状が届くのも当然といえば当然だ。
だけど、相手は、自分の母親の兄の息子…つまり従兄だ。
そりゃ、遠目に見た事はあっても、直接面と向かい、話した事は無いけど…
「こんなの、全然、ロマンチックじゃないわ!」
あたしが求めているのは、まだ見ぬ男性との、運命的な出会いだ。
出会った瞬間、目と目が合った瞬間にときめくようなね!
それなのに…
「従兄なんて!全くもって興醒めよ!」
あたしは届いた招待状を、空に放った。
それは決して軽い物などではなく、ヒラヒラと舞う事無く、そのままボタリと、
磨き上げられた石の床に落ちた。これまた、ロマンチックとは程遠い。
王妃に相応しい令嬢を見極めるとか…尤もらしい事いっちゃって!
そんなの、最低限の素養さえあれば、後からでも十分身に着くでしょう?
ただ、多くの令嬢を集めて、その中から一番見目が良くて、愛想の良い令嬢を選びたいだけよ!
お見合いの肖像画は信用出来ないものね!
それとも、沢山の令嬢たちが自分を巡り争う処を見たいのかしら?
「どちらにしても、悪趣味だわ!」
全く気乗りはしなかったが、王家からの招待状を拒否する事は出来無い。
そんな事をすれば、例え親戚関係だとしても、王族だけでなく、全貴族から白い目で見られるだろう。
「まぁ、相手だって、本気で従妹を招待したりはしないわよね?」
どうせ、賑やかしに呼ばれたに違いない。
唯一の救いは、結婚を明日に控えた兄、テオがこの招待状に難色を示した事だ。
兄は賢く、そして、勘も鋭い。滅多にその勘を外す事は無かった。
その兄が渋るのだから、これはやはり良くない事だろう。
「お兄様、パトリックって、どんな方なの?」
「どうかな、僕は話した事が無いからね」
話した事が無いのに、どうして、そう渋い顔をしているのか…
単に、妹が誰かと婚約するのが嫌なのかしら?
兄が昔から妹のあたしを溺愛している事は、周知の事実だった。
勿論、今の兄の一番は、結婚相手のフルールだけど!
それでも、『お兄様は昔、王宮に良く行ってたでしょう?』とは聞けなかった。
兄と仲の良かった従姉、サーラが自害して以降、兄はその名前や王宮を避けていたからだ。
兄が苦しむと分かっていて、その話は出来無い。
あたしも、兄を溺愛しているのだ。
「テオフィル様、ユベール様より、結婚祝いの品が届きました」
執事が大きな花束と薄い箱を持ち、パーラーに入って来た。
兄はそれを受け取ると、当然の様に、花束をフルールに渡した。
「まぁ!可愛らしい…素敵ですわ!」
フルールは花束に喜んだ。
それは、淡いピンクの薔薇を基調に、周囲を小さな白い花が囲んでいる…
可憐で清楚なフルールのイメージに合っていたし、彼女の好のみにも合って
いて、フルールは花束を抱き、幸せそうな笑みを見せた。
「流石だな、ユベールは…
手紙で少し書いただけなのに、君の好のみが分かるんだからね」
兄は感心し、そして、何処か誇らしそうでもあった。
あたしは好奇心を抑えられず、ソファから足をバタバタさせ聞いた。
「ねぇ、お兄様、ユベールって誰なの?」
無邪気な質問だったが、兄に呆れた顔をされた。
「前から話しているだろう?
僕たちの従兄だよ、サーラの弟で第一王子の、ユベール=ヴァンアズール」
そういえば…と、あたしはそれを思い出す。
昔、何度か兄は『サーラ』や『ユベール』の話しをし、その度に、あたしは聞き流していた。
兄と仲が良い従兄や従姉など、幼いあたしにとっては、嫉妬の対象でしかなかったのだ。
勿論、今はそんな事は無い。
だが、嫉妬しなくなった頃には、兄の方が話すのを止めてしまったのだ。
サーラが自害した事で…だが。
「ああ!思い出したわ!お兄様が出席を気にされてた方ね!」
一月前だったが、結婚式、披露パーティの招待状の返事が来ないと、
兄はしきりに気にしていた。
『招待状を出して、まだ一週間じゃない!気にしすぎよぉ』
あたしは呆れたが、兄は頑として譲らなかった。
『婚約式の時には三日と経たずに返事が来たからね、
どうしたのかな…そんなに具合が悪いのかな…
ねぇ、リゼット、何処かに紛れているか、落ちていないかな?』
そこに、フルールの助言があった。
『ユベール様は、確か、昨年は体調を崩されて、
婚約式に出席出来なかったのではありませんか?』
昨年の夏、兄とフルールは婚約式を挙げ、盛大にパーティを開いた。
確か、前日になって、「出席出来ない」と知らせて来た者がいた。
特に気にはしなかったけど、「失礼な方もいたものね」と、良い印象は無かった。
『そうなんだ、数日寝込んでいたらしくて、それ以降病状も良くないらしい…
彼自身は何も言わないけどね、そういう事は耳に入ってくるんだ。
それで、王も王太子をパトリックに決め無くてはならなかったようでね…』
『それでは、昨年と同じ様になる事を懸念されているのではないでしょうか。
一月先の体調は分かりませんし、直前になって断っては迷惑になる…
失礼になると、心配されているのではないでしょうか?』
『そうだね、うん、ユベールなら、きっとそう考えるよ!
それなら、心配を取り払ってあげないとね…』
兄の顔が明るくなった。
兄はさっさと紙とペンを取り、直ぐに手紙を書くと、執事に指示していた。
あたしがフルールの焼いてくれたクッキーを三枚と、紅茶を飲んでいる間に、
それをしてしまうのだから、相変わらず兄は手際が良い。
そして、兄の手紙に対する、先方からの返事も早く、兄を喜ばせていた。
『ユベールが出席してくれるよ!ありがとう、フルールの助言のお陰だね!
ああ、楽しみだな…手紙のやり取りは少ししていたけど、
もう、何年も会っていないからね…きっと変っているだろうな…』
はしゃいでいる兄を眺め、兄にとって大切な人なのだろうと思ったものだ。
「おまえにも是非紹介したいんだ」
兄が言った時、あたしは然程興味は無かった。
それが、興味に変ったのは…
兄が薄い箱を開き、中身を取り出した。
それは壁飾りだった。
縦長の円形で、飾り枠は銀色、洗練されていて、趣味の良いものだった。
その中央はというと、カメオ細工だった。
背景の緑から浮き上がる、白色の彫りは、葉が生い茂る一本の木。
その手前には、葉と小さな花の集まった房、舞う小さな花…
それは、本当に風を感じる程の、見事な細工だった。
だけど…
結婚祝いなら、『愛する恋人たち』をモチーフにするべきじゃない?
人物でなくても、小鳥でもいい。
風景なんて、全然、ロマンチックじゃないわ。
あたしは少しガッカリして、ソファに戻ったのだけど、
当人である二人は違っていた…
「これは…素晴らしいね…フルール、見てごらん!」
「まぁ!これは…あの木ですね!ああ…そのままだわ!」
「これを結婚祝いに贈ってくれるなんて…最高の記念になるね」
「はい…!」
フルールなんかは、泣き出してしまい、あたしは目を見張った。
「それって、特別な木なの?」
「うん、僕がフルールに出会った、そして、二人の思い出の場所なんだ」
ナニソレ!?あたしは思わず紅茶を吹いてしまった。
「それ!最高にロマンチックじゃない!そんな話、あたし聞いて無いわ!
どうして教えてくれなかったの!?」
そういう話こそ、聞きたいというのに!!
もう!兄は優秀だけど、乙女の心情には疎いんだから!!
何処か抜けている兄は、当たり前の様に返した。
「おまえにも教えるつもりだったよ、魔法学園の入学祝いにね」
魔法学園の入学祝いに、兄夫婦の慣れ染めの話??
まぁ、それはいいとして…
「それじゃ、魔法学園にあるのね!?」
「うん、だけど、どうやって買ったのかな、ユベールが注文してくれたのかな?」
「でも、外部の人は魔法学園に入れないんでしょ?王子特権を使ったとか?」
王子なんだから、大抵の我儘も通せそうだと思ったのだけど、
兄は嫌そうに顔を顰めた。
「ユベールはそんな事しないよ、けど、ユベールは魔法学園に通っていないから…これは、是非聞いてみないとね!」
兄の目がキラキラとしている。
だけど、あたしはこの時、別の事を考えていた。
兄がフルールに出会った、そして、二人の思い出の場所を、
結婚祝いの贈り物に選ぶなんて…
ユベールって人は、きっとロマンチストだわ!
「会ってみたいかも…」
あたしは、結婚式、披露パーティが楽しみになっていた。
◇◇
結婚式、披露パーティの日は大忙しだった。
あたしは、この結婚式、披露パーティのプランナーの一人でもあるのだから!
結婚式は町一番の大きな礼拝堂で行われた。
式は厳かに執り行われ、フルールは美しく可憐な花嫁だったし、
兄は何処もケチの付け様が無い、隙の無い恰好良い花婿だった。
結婚の誓い、指輪交換、誓いのキス…どれも素晴らしく、うっとりした。
そして退場の際、皆から祝福の羽根を受けながら、
バージンロードを歩く二人の姿は、最高に幻想的でロマンチックだった。
思わず涙ぐんでしまった程だ。
結婚式の後は、披露パーティで、
それはグノー家の庭園を使ってのガーデンパーティだった。
兄もフルールも植物好きな事もあって、庭園が相応しいという事になったのだ。
音楽は兄の親友、ヒューゴの家系…音楽家一族が集結し、引き受けてくれている。
これ程豪華で贅沢な演奏会は無いだろう。
沢山の丸テーブルに、白いテーブルクロス、椅子。
飲み物、特にグノー家の領地特産のワインは切らさない様に!
料理も沢山用意している。
チーズの料理が多いのは、これもグノー家領地の特産品だからだ。
そして、披露パーティの最後を飾るのは、特大のウエディングケーキだ!
それは、フルールとあたしとで作った物で、
白いクリームをたっぷりと塗ったケーキに、沢山の果実と花を飾った。
華やかで美しく…正に、『ウエディングケーキ』なのだ!
あたしはプランナーらしく、滞り無く進んでいるか、不備は無いか見て周り、
招待客を持成す…
あまりに忙しくて、パトリック=ヴァンアズールも、ユベール=ヴァンアズールも、
あたしの頭の中からすっかり消え去っていた。
応援ありがとうございます!
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