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「謝って済む事ではなくてよ!ルーシー!
これまでは大目に見て来ましたけど、もう、我慢出来ないわ!」

紅茶を零し、制服を汚したのは、流石にやり過ぎだった___
後悔しつつ、オリヴィアからの仕打ちを待っていると、遮った者がいた。

「オリヴィア、止めないか!何をしている!」

凛とした声が響き、わたしはビクリとした。
相手に察しは着いたが、だからこそ、頭を上げる訳にはいかなかった。

「ウイリアム様、私、この者に制服を汚されましたの!罰を与えて当然ではありません?」

「罰を与える?彼女は使用人などではなく、《友》だろう?これは友に対する処遇ではない。
それに、制服の汚れは然るべき処置をすれば済む。
誰にでも失敗はある、その度に、君はこんな非道な仕打ちをするのか?」

ウイリアムの声は硬く厳しい。
だが、オリヴィアも負けてはいない。

「私は公爵令嬢ですよ!私の衣を汚す事は、公爵家を侮辱したも同然です!
無罪放免とはいきませんわ!」

「ここは王立貴族学院だ。
家の爵位など関係無い、等しく皆、同じ貴族学院の生徒だ。
学院で権威を振り翳す者は、罰せられる決まりだ、
彼女にこれ以上何かする気なら、君の事は報告させて貰う」

流石のオリヴィアも、これには黙った。

「私、少し、冷静さを欠いていた様ですわ…
ウイリアム様のおっしゃる通りですが、制服を汚されたのは事実ですので、
その者には、後で制服代を請求する事にしましょう___」

制服代!??汚れといっても、紅茶なんだから、洗えば直ぐに落ちるのに!!
しかも、オリヴィアの制服なんて…一体、幾らするのだろう?
わたしたちと同じ…なんて事は無いわよね??
ああ!失敗したわ!!
わたしは今日一番、焦っていた。

だが、そんなわたしに、救いの手が差し伸べられた。

「この様な目に遭ったんだ、本来ならば、治療費で清算出来る筈だ。
それが不満ならば、請求は僕にしてくれ」

「分かりました、そうさせて頂きますわ、あなたたち、行きましょう!」

オリヴィアが踵を返すと、ベリンダとマーベルも立ち上がり、後を追って行った。
わたしは彼女たちが出て行くまで、平伏したまま、動かなかった。

「もう行ったよ、大丈夫かい?」

そっと、優しく声を掛けられ、わたしは不覚にも、泣きそうになった。

「はい…ウイリアム様にも、ご迷惑をお掛けしてしまい、申し訳ございません」

「迷惑なんかじゃないよ、それより、顔を上げなさい、叩かれたんだろう?」

床に付けていた頭を上げると、スッと大きく綺麗な手が差し出された。
わたしはそれを無視して、体を起こした。
すると、思い掛けず、美しい顔が至近距離にあり、ビクリとなった。

「!!」

眩しい輝きを持つ金色の髪、海の底の様な碧色の目。
整った、彫りの深い顔立ちは、美術品の様で、息を飲む程に美しい…
遠目に見ただけでも、王子オーラのある人なのに、それを至近距離で見るなんて…
目が潰れそう!!

だが、その美しい顔が、歪められた。

「酷い顔だ…」

は?酷い顔???

そりゃ、わたしは、あなたに比べたら平凡ですよ!
茶髪に茶色の目なんて、地味の代名詞よね!
だけど、《酷い顔》なんて形容される程、酷くはない筈よ!!

殺気立つわたしに気付いたのは、その後ろに控えていた友人兼護衛の、ザカリー・デッカー公爵子息だった。

「殿下は、あなたの顔が酷いと言っているのではありません、殴られた痕の事を言っています」

注釈をされ、わたしは納得して自分の頬に手で触れた。

「痛ああああ!!!」

熱を持っているし、ジンジンと痛む。

「触ると痛むに決まっているだろう、直ぐに保健室に行こう」

わたしは痛みを鎮めようと、「ふー、ふー」と、息を吐いた。
痛くない、痛くない、大丈夫…
だって、わたしにはまだしなければいけない事があるもの…!
痛みを乗り越え、わたしはキッパリとそれを言った。

「いいえ!まだデザートを食べていませんので」

ウイリアムが「デザート??」と、怪訝な顔をする。
わたしは構わずにテーブルを指した。

「はい、丁度、運ばれてきた処だったんです」

カフェのデザートは美味しいのよね~♪
楽しみにしていたんだもの、絶対に食べなきゃ!
しかも、オリヴィアたちが食べなかったので、四つも食べられる!
だけど、デザートの前に騒動を起こしたのは失敗だったわ…
あの時は食欲よりも、復讐心が勝っていたが、オリヴィアが消えた今は食欲しかない。

「その顔ではケーキを味わうのは無理だよ、先に保健室に行こう」

「顔は関係ないでしょう!」

「殿下は、あなたの容姿を言っているのではありません、怪我の事かと…」

そこ!自信なさげに言わないで!!

ウイリアムは「はぁ…」と嘆息すると、「嫌がるなら無理にでも連れて行くぞ」と、
わたしを荷物の様に肩に抱え上げた。

「ひゃあああ!!」

あ、あ、足を触ってるからーーー!!

わたしは大混乱していたが、何故だか、感覚は研ぎ澄まされていた。

以外にも逞しい肩…
それに、何か爽やかな良い匂いがする…
流石、王子様…
でも、ここは、お姫様抱っこにして欲しかったわ…

なんて、堪能している場合じゃない!!

「行きます!行きますから、下ろしてーーー!!」

わたしの要望は通り、すんなりと肩から降ろされた。
その事には安堵したが、わたしはこれまで男性と密接に触れった経験は無く、
情けなくも色々といっぱい、いっぱいで、涙目になっていた。
気付いたのだろう、ウイリアムから、「やり過ぎたかな、すまない」と謝罪があったが、
余裕だし、慣れている感が滲み出ていて、わたしは心の中で絶叫した。

く、くやしい~~!!

わたしは顔を背け、指でササっと目尻を拭った。

「ザカリー、このケーキを彼女の寮の部屋に届ける様、手配してくれ」

ウイリアムが指示すると、ザカリーは生真面目に「御意」と答え、ウエイトレスを呼んだ。
ウイリアムはわたしの肩をそっと手で押し、「行こう」と促した。

ケーキを届けさせるなんて…
気が利くのね…

気が利くだけではないけど、それを認めるのは少し悔しい。

「あ、ありがとうございます…」

わたしがたどたどしくお礼を言うと、ウイリアムは笑みを見せた。

「怖がらせてしまったお詫びだよ」

友人に見せる様な、親し気な笑みに、不覚にもドキリとしてしまった。

顔は良いのよね…
スタイルも良いけど…

正直、この人を嫌いな人はいないだろうと思う。
だけど、いや、だからこそ、いつでも女性問題の火種を抱えていると言える___

「そういえば」

わたしはそれに気付いた。
『寮の部屋に届けさせる』事自体は良いが、
それは、少なくとも、わたしの名を知らなければ出来ない事だ。

「あなたは、わたしが誰だか分かっているみたい…」

わたしが伺う様に見ると、ウイリアムはチラリとその碧色の目をこちらに向けた。

「勿論、知っているよ、女子部二年、Aクラス三番の、ルーシー・ウエストン伯爵令嬢」

すんなりと返され、わたしの方から言い出したのに、狼狽えてしまった。
だが、一瞬後、それに気付いた。

「調べたの?わたしがオリヴィア様の取り巻きをしているから?」

オリヴィアは婚約者だ、婚約者の周囲を調べる事位しても不思議ではない。
そう納得したのだが、それはあっさりと破られた。

「いや、オリヴィアの事は噂に聞く程度で、干渉しない様にしている」

そうなのね…
まぁ、だからこそ、危機感を持たずに、エイプリルといちゃいちゃ出来ていたのね。
これはこれで納得だった。

「だったら、どうしてわたしの事を?」

何の接点もない、地味な女子生徒を知っているなんて…
期待したくはないが、期待してしまっても、不思議は無いだろう。
ドギマギと返事を待っていると、ウイリアムは「ふっ」と笑った。

「期待した?」

「き、期待なんてしてません!!」

「そう、残念」

残念って何が???
わたしが睨み見ると、ウイリアムは飄々と答えてくれた。

「エイプリル・グリーン男爵令嬢から、相談されたんだ。
自分が慕っている先輩が、オリヴィアから酷い扱いを受けているので、
何とかしてあげたいが、何も出来ず苦しいとね」

「エイプリルが…」

エイプリルが優しい子である事は間違いない。
エイプリルと親しくなった今、彼女が純粋に心配してくれていると分かった。

わたしの事を親身になり、心配してくれる《友》など、わたしにはいない。
だから、草原の上に寝転がり、ゴロゴロと転がりたい程、うれしい!

だけど…

よりにもよって、ウイリアムに相談するなんて!!

前の時、エイプリルはウイリアムに相談をしている内に、親しくなり、
元々オリヴィアからは嫌われていたが、その事で更なる怒りを買い、
遂には、毒殺されたのだ___

自分の事を相談するならまだしも、わたしなんかの事を心配し、相談するなんて…!!

もう~~~!!
大好きだけど、駄目なのよ~~~!!!

エイプリルの馬鹿馬鹿馬鹿___!!!

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