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本章

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「ルーシー!」

教室を出て、寮に帰っていると、途中でオリヴィア、ベリンダ、マーベルが待っていた。
わたしは弱々しく彼女たちを伺い、頭を下げた。

「オリヴィア様、申し訳ありませんでした…」

「ルーシー、これまであなたに目を掛けて来てあげたけど、もう沢山よ!
あなたは疫病神よ!そうでしょう?あなたといると、碌な事が無いわ!
私の前から消えておしまいなさい___」

オリヴィアが紫色の目を暗く光らせ、冷たく言った。
わたしは倒れているエイプリルの姿を思い出し、ゾっとした。

「嫌だと言っても覆らないわよ、二度と、オリヴィア様から声が掛かるなんて思わないで頂戴!」

ベリンダが言い、わたしは我に返った。

ああ、そういう意味なのね…

安堵し、少しだけ緊張が解けた。

わたしがぼうっとしている間に、三人は立ち去った。
オリヴィアは女王の如く悠然とし、ベリンダとマーベルは、高笑いをしながら。


わたしに絶縁を申し渡すとは、オリヴィアも相当堪えた様だ。
でも、これこそ、わたしが狙っていた事だ。

オリヴィア・バーレイ公爵令嬢との縁が切れた!

多少恨まれはしたが、怪しまれず、あちらから縁切りを申し出てくれた!

「二度と声は掛からない?そんなの、願ったり叶ったりよ!」

これで、わたしは毒殺犯に仕立て上げられずに済むのだ!
体が震え、笑い出したい気分だった。

「わたしの未来は開かれた!わたしは自由よ!!」

最高の気分で、その夜は深く眠る事が出来た。


◇◇


翌日、登校してから、異変に気付いた。
クラスメイトたちは、わたしに気付くと、皆、パッと顔を背けた。

どうせ、オリヴィアが、わたしを無視する様に命じたんでしょう。

内心で呆れたが、真実はもっと呆れるものだった。
ベリンダとマーベルがニヤニヤとし、大きな声で言った。

「疫病神が来たわよ!」
「こっちに来ないでよ!皆、逃げて!」
「疫病神の席は、一番後ろよ!早く行きなさい!」

教室の隅に、ポツンと机と椅子が置かれていた。
ベリンダとマーベルが下品な笑い声を上げる中、わたしは惨めたらしく俯き、その席に着いた。

わたしに屈辱を味わせたいのね?

お咎めなしとはいかなかった様だ。
甘かった…
確かに、わたしは甘かった、だけど、彼女たちも忘れている。

そもそも、わたしには友達がいない、という事を___

クラスメイト全員から避けられた処で、痛くも痒くも無いのに…

「疫病神!疫病神!」と、騒いでいる姿は、端から見ると狂気の沙汰で、滑稽でしかない。
わたしは俯き、悲しむ振りをし、内心で失笑していた。

馬鹿な人たち!

精々、笑っていればいい。
創立記念パーティでは、どうなるかしら?
オリヴィアは、恐らくマーベルに毒を渡すだろう。
わたしは迷ったが、マーベルならば、迷わず使うのではないか?

そうなれば、マーベルは破滅ね!お気の毒様!

「待って、それじゃ、困るわ…」

前の時と同じなら、エイプリルが死んでしまう…

前の時、エイプリルの事は、正直、同情しつつも、嫌いだった。
余計な騒動を引き起こしたのは、他ならず、エイプリルだったからだ。
全ては、エイプリルがウイリアムに近付いた所為___

だけど、実際、エイプリルと話してみると…

「良い子なのよね…」

あの子が死ぬなんて…

嫌だと思ってしまった。

「わたしは、エイプリルに近付き過ぎたかしら…?」

近付かなければ、前の時と同様に、《他人事》で済んだ筈だ。
でも、少しだが、エイプリルを知ってしまった。
内気だけど、素直で真直ぐで、心が優しくて…
エイプリルはわたしの事を心配し、ウイリアムに相談をしてくれた。
これまで、わたしの為に何かをしてくれた人は、一人もいなかった。

もし、死んだのがエイプリルでなければ…
エイプリルは、濡れ衣を着せられたわたしを、助けてくれたかしら?

「いいえ、無理ね!前の時は話した事すら無かったもの…」

馬鹿な考えに笑ってしまう。

「だけど、あの子が死ぬのは、嫌だわ…」


エイプリルを死なせたくない。

その為に、わたしが出来る事は何?


◇◇


昼休憩、わたしはオリヴィアたちと決別したので、当然、カフェではなく、食堂にいた。
クラスメイト以外は、誰もわたしに興味などないので、オリヴィアたちとの事で陰口を叩かれたりはしなかった。

「まぁ、相変らず独りだけど」

わたしはトレイを手に、並べられた料理からサンドイッチ、果実、紅茶を取った。
席を探していた処、「ルーシー様!」と声を掛けられた。
声の方を見ると、奥の方からエイプリルが駆けて来た。

「ルーシー様、席が空いていますので、よろしければ、ご一緒に…」

もじもじとし、不安そうにわたしを伺う。
可愛い…
やっぱり、放っておけないわ…
わたしはにこりと明るい笑みを見せた。

「ありがとう、エイプリル、丁度席を探していた処なの、お邪魔するわね」
「邪魔だなんて!あたし、独りなので…」
「わたしも独りなの、誘って頂けてうれしいわ」

エイプリルはぽっと頬を赤くし、「こちらです」とわたしを促した。

エイプリルは控えめで内気な彼女らしい、隅の席を取っていた。
わたしとしても、目立たない場所の方が落ち着くので、好都合だった。

「いつも、ここで食べているの?」

わたしが訊くと、エイプリルは恥ずかしそうに俯いた。

「はい…あたしは友達がいないので…賑やかな場所ではどうして良いか分からなくて…」

「その気持ち、わたしにも分かるわ」

わたしが言うと、エイプリルは大きな目を更に大きくして、わたしを振り返った。

「本当ですか!?」

「ええ、わたしも友達がいないから」

「でも、オリヴィア様とは…」

「声を掛けて貰った時はうれしかったわ、だけど、上手くいかなかったの、
わたしは人付き合いが苦手だから」

わたしはヒョイと肩を竦めた。

「あれは、相手がオリヴィア様だったからです!
オリヴィア様たちは酷いわ、ルーシー様に酷い事をして…」

エイプリルは前を向き、その瞳を怒らせ、小さな唇を噛んだ。
わたしは良い機会だったので、エイプリルに礼を言った。

「そういえば、エイプリルは、わたしの事を心配してくれていたのよね?
ウイリアム様が教えて下さったわ、ありがとう」

途端に、エイプリルは顔を青くした。

「そ、そんな!あたしは、何も出来なくて…
本当は助けたかったけど、怖くて…
それに、あたしなんかが口を挟んだら、迷惑を掛けてしまいそうで…」

「いいのよ、オリヴィア様に逆らえる人はいないわ、それこそ、ウイリアム様位よね。
自分の婚約者なんだから、あの方がしっかり管理すべきなのよ」

「いや、婚約者といえ、終始側にいる事は出来ないよ。
僕も一応、学院生だからね、勉強で忙しいし、それに、男子部と女子部ではどうしようもない」

サラリと会話に紛れ込んで来たので、わたしは半分位、「そうね…」と普通に聞いていてしまった。
顔を上げると、前の席にウイリアムとザカリーが並んで座っていて、わたしは仰け反った。

「ウイリアム!?」

「随分なご挨拶だね、ルーシー」

ウイリアムは薄く笑っているが、嫌味ったらしいので、気分を害しているのかもしれない。

「申し訳ございません、ウイリアム様、まさか、この様な場所にいるなど、思いませんでしたので…」

「分かっていたら、陰口は叩かなかった?」

ウイリアムが碧色の目を細め、冷やかに言う。
わたしは心の中で、『ええ、それは勿論』と返事をしておいた。

「ウイリアム様!今のは、陰口ではありません!
ルーシー様は意見を述べられただけですので…」

エイプリルが援護してくれ、わたしは「うんうん」と頷いた。

「エイプリルを味方に付けるとは、強敵だな。
安心してくれ、エイプリル、先のは軽口だよ。
それに、ルーシーが毒舌なのは良く知っている、そうだよね、ルーシー?」

ウイリアムがニヤリと笑う。
わたしは苦々しく、サンドイッチを頬張った。

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