モラトリアム

おてんば松尾

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第一章 

第7話

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学園祭の準備で、帰りが遅くなった。デイサービスのお迎えの時間に間に合いそうになかった。
教室で気がついて、明里は焦っていた。

「家の用事に間に合わない。ごめん帰る!」

急いでクラスメイトにそう告げると、カバンを持って教室を出ようとした。
気がついたら、もう6時半を過ぎている。

「チャリ使うか?」

大門君が教室を出るとき明里に言ってくれた。

「お願い、貸して」

分かったと言って自転車置き場まで一緒に走ってくれた。
明里の背中に向かって、後で家に取りに行くからと大門君が声をかけていた。

デイサービスは日中おじいちゃんを預かってくれる。
お風呂と昼ご飯を食べさせてくれて、夕方家まで送り届けてくれるのだ。
帰りは家族が迎えに出なきゃいけない。
鍵が閉まっているし、家の者がいなければ送迎の人が困る。
そう思って明里は一生懸命自転車をこいだ。

デイサービスの車が家の前で待っていた。丁度ギリギリ間に合った。

「大丈夫ですよ」

送迎の人は優しく言ってくれたので何度も謝って明里はおじいちゃんを迎えることができた。

おじいちゃんはパーキンソン病だ。ヤールⅤという結構大変な病を患っている。
明里はおじいちゃんの両手を握って後ろ向きで一歩ずつ玄関まで誘導する。

家の鍵を開けて、電気をつける。いったん座らせてから、靴を脱がせた。
おじいちゃんは普通の人の大体6倍くらいの時間がかかる。
何をするにも時間が6倍。急かしたら嫌がるのでゆっくり付き合わなければならない。
そして突然静止する。それはまるでねじ巻き時計の振り子が止まったように。時間も動きもストップしてしまう感じだ。

歩くための大型の歩行器は、パーキンソンの人、専用の物で急に動き出したときにブレーキがかかるようになっている。

重たいけど毎回デイサービスに持っていって、また持って帰って来るので、それを家の中に入れなければならない。

その作業をしている時にはもう、大門君が家まで自転車を取りに来てくれていた。

明里は気が付かなかったが様子をずっと見ていたようだった。

「……大変だな」

彼はそう言うと歩行器を持ち上げて家の中に運んでくれた。

祖父をベッドに寝かせたので、通りまで大門君を送った。

「ありがとう。間に合わないかと思ったけど自転車貸してくれたから大丈夫だった」

「あぁ、別に……」

大門君は何か言いたそうだった。
自分が介護をしているとか、別に大したことじゃないので詳しく話さなかった。

「じゃあ、気をつけて」

そう言って明里は走って家に帰った。

おじいちゃんはその夜、私に北海道の話をたくさんした。
おじいちゃんはずっと北海道紋別市に住んでいた。ガリンコ号に乗って働いていたのだ。

楽しそうに昔の話をする祖父を見て、明里は苛立った。私は今日、同級生に恥ずかしいところを見られた。それが自分のせいだとは、ちっとも思っていないおじいちゃんが腹立たしかった。

最近テレビで子供が親の介護をする、ヤングケアラーという言葉をよく耳にするようになった。

自分がそうだと思われたくなかった。
私はデイサービスのお迎えをしてるだけだ。それくらいだから、それ程大変じゃない。

あまり家庭内のことは人に知られたくないものだ。
別に貧乏で食べ物がないとか、親がいないとかではないし、虐待されてるとかでもない。

他人から不憫に思われるのは嫌だった。


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