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第三章 恋と争う二人
第58話 いけませんか?
しおりを挟む長かったようで短かった夏休みが終わり、二学期が始まった。
……だがこれは単なる二学期ではなく、古根の男子たちや霞ノ宮の女子たちにとって、これまでとは全く違う環境で開始されることを意味する。
登校前日に知らされた情報によれば、俺は旧霞ノ宮校舎側の2-A教室に移動になったらしい。古根側の教室になる奴もいるようだが、俺はよりにもよって霞ノ宮校舎になってしまった。
もっとも三年生に関しては特に何も変わらないらしく、新葉の愚痴がうるさかった。
それはそうと、俺が分かったのは教室が別の場所に変わることくらいで、誰が同じクラスメイトになるのかまでは当日じゃなければ分からなかった。
……といっても、何となく予想はついたけど。朝一で教室に来たわけだが、どうやらその通りだった。
「……院瀬見!」
廊下の壁に張り出された名前と席順を嬉しそうに指でなぞらえている院瀬見が俺の声に驚いたのか、びくっと肩を震わせた。
「お、おはようございます! お早いんですね、翔輝さん」
そんなに焦らなくてもいいだろうに。
「まぁな。一応生徒会長だからな。そういう院瀬見は、活動限界時間だから機嫌がいいのか?」
「よく覚えていましたね。そんなにわたしのことが気になるんですか?」
「……そうだな」
気にならないわけがない。何せ、告白が不発に終わったとはいえ好きな子がすぐそこにいるわけだし。
「あ~! いま少しだけ考えましたね? 他に気になる女子でもいるんですか?」
「いいや、素直に返事するほど俺は甘くないだけだ」
他に思い当たる奴なんていないが、素直に肯定するのも癪だった。
「……あ。恋敵はすぐそばにいましたね。うっかりしてました」
「アレか? アレのことを言ってるなら気にしなくていいと思うぞ」
「鈍いですね、相変わらず。その鈍さがあるからこそあの人も甘えているんでしょうけれど」
「あん?」
何となく不穏な気配が漂いそうになったところで、
「おはよっす!! 翔輝会長!」
聞き覚えのある奴が声を響かせながら挨拶してきた。
「え? 下道……? お前も同じクラスなのか?」
「そうっす! こう見えてもオレ、成績は良かったほうなんすよね」
「まぁ、生徒会メンバーだしな」
「いや~翔輝会長と同じクラスなうえ、旧霞ノ宮校舎の教室だなんてオレは幸運すぎるっすよ~!」
院瀬見との遭遇で見てなかったが張り出されている紙に目をやると、見知った名前がちらほらと見えている。男女の数は半々といった感じで偏りはないように思える。
名目上、成績が上位の生徒が同じになるらしいが。
「そういや、北門と上田はどこなんだ?」
「教室は古根の方っすね。推し女の何人かもあっちっすよ」
「ほー」
生徒会メンバーが見事に分かれてしまったわけか。
「楽しみっすね~! オレ、先に教室に入ってるっす。オレの隣の席が最強美少女の院瀬見さんみたいなんで挨拶しておかないとまずいっすから」
席順を見てすぐに気付いたが、窓側の一番後ろの席には院瀬見の名前があった。その隣がまさかの下道で、俺は廊下側の一番前になっていた。
古根の時も生徒会長ってだけでそういう席にされた苦い経験があるが、担任に言えば変えてもらえる可能性があるので今はあまり気にしないことにする。
それはともかく、もう一度名簿を見ようと紙に近づくと、誰かに背中のワイシャツを引っ張られた。
「おはよ~で~す!」
「……お前か」
「みずきって呼んでいいですよ? 同じクラスなんですし~」
「何で同じクラスになったからって急に親しくなるんだ? 九賀」
「元から親しかったじゃないですか~! 毎回ちょっかいだしてきてたことは誰の目からも明らかだったし~。照れなくてもよくない?」
むしろ嫌われていた気がするが。しかし厄介な女子が同じになってしまった。幸いにもあの聖菜は別になったが、九賀も面倒な事に変わりはない。
何だか知らないがさっきから俺に体をぶつけてきてるし、くっついてくる。俺の記憶の中には九賀といい感じになった記憶が無いのに何でなんだ。
「だから、俺にくっつくなっての!」
この場にすでに院瀬見がいなかったのが救いか。
「席は離れちゃってるけど、休み時間とか~生徒会活動とか~よろしくで~す!」
九賀はそう言いながら鼻歌混じりで教室に入って行った。
何て厄介な女子なんだ。俺にひっつく女子はアレだけで十分なのに。まさか院瀬見が見ている前でもくっついてこないよな?
すでに不安を覚えるが、俺も教室に入ることにした。
古根の教室と違い、新たに決まった教室の出入り口が前側だけなので俺はそのまま一番前の席に座ろうとする――が、何故か俺の目の前には青ざめた顔の下道が立ちはだかった。
「……どうした?」
「か、変わって欲しいっす」
「何を?」
「オレの席と翔輝会長の席を交換して欲しいっす……あの席はマジで無理っす」
いくら何でも来たばかりなのに、そんな勝手に席順は変えられないだろ。しかし目の前の下道はどういうわけか涙声になっているし、怖い目にでもあったかのように怯えている。
そういや下道の隣って――そう思いながらその席に目をやると、満面の笑みで俺を見ながらおいでポーズをしている彼女の姿があった。
「分かった。最終的にどうなるか分からんけど、ここに座っていいぞ」
「助かるっす……」
数分前まで幸せそうにしていた下道を怯えさせるとか、院瀬見は何をしたのやら。
「下道に何かしたのか?」
後ろの席に移動した俺はすぐに院瀬見に問いただすが、
「何もしてませんよ? わたしが微笑んだら何でか逃げられちゃったんですよね。わたしじゃなくて、何かしてきたのは……と、そんな感じです」
そういえば北門と下道は院瀬見をナンパしてたんだったな。もしやそれのことか。
「それにしたって俺が院瀬見の隣に座るのは許されるものなのか?」
経緯はどうであれ、決められた席順を勝手に改変するのはどうなんだということで、真面目な目で院瀬見を見つめてみた。
すると、
「……いけませんか?」
「え?」
「隣の席を誰にするか、実はわたしには一度だけ選ぶ権利があるんですけど……それでも翔輝さんは、わたしがいけないことをしていると言うんですか?」
さすがに泣かないだろうが、上目遣いで俺を見つめてくるのは反則すぎだろ。
「だ、駄目じゃない……と思う」
すでに下道は一番前の席に座って寝ているし、俺が他に動けそうな席も無い。勢いに呑まれた気がしないでも無いが、呑まれるしか無さそうだ。
「ですよねっ! それじゃ、隣に座ってくださいっ」
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