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第一章
1-28 ★
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あぁ…この子はほんのりと甘い…
本当に菩薩様が甘露を滴らせて現身を創り上げたかのようだ。
卑猥な水音を立ててむしゃぶりついているのに、美しい極彩色の浄土を頭の中に描かせる。そうかと思えば、純白の神聖さを以って人を淫猥の淵に引き摺り込んでゆく。
「すず…もう我慢できない…ちょうだい…」
鈴虫はごく自然に脚を開き、その間に佐吉を迎える。こんなにも甘く艶かしい微笑を湛えていることを鈴虫自身は知っているのだろうか。その微笑だけで見る者の心は溶かされてゆく。
「…おらの中に早くおいで。」
佐吉は鈴虫を組み敷くと、すでに先走りを滴らせている男根をあてがった。切っ先が秘められた門をゆっくりと潜ると柔らかく温かな粘膜が包み込んでゆく。この温度を知ってしまったら、もう止めることは出来ない。息遣いに耳を澄ませ、それに同調させるように徐々に体を沈める。
最奥の壁を突くと鈴虫が小さく喉を鳴らした。
「ごめん、痛かった?」
「うぅ…ん…さきっさ…あっ、すご…すごい…おらの中、さきっさん…奥が…」
「奥が…?」
「奥が…いい…いいの…ぞくぞくする…欲しい…」
こんな細い体に無理はいけない。そんな事は見れば分ることだ。しかし、鈴虫の囁きがいとも簡単に理性の箍を外す。
佐吉は思わず慣らす事など忘れて抽挿を始めてしまった。勢いをつけ過ぎて最奥の壁を突き破らないようにしなければいけない事だけが頭の片隅で警鐘を鳴らしているが、それ以外の事は全て吹き飛んで消えてしまったようだ。吹っ飛んだ理性の代わりに頭の中を占めるのは、この柔肌を貪りたいと言う本能だけ。
幾重にも連なる襞を捲れ上がらせて掘削すると、過剰なまでの刺激に脳が痺れるような感覚を覚える。今日の鈴虫は佐吉の他に聞く者が居ないせいか、体の叫びに正直になっているようだ。いつもより大胆になってゆく嬌声に佐吉の耳は酔わされ、鈴虫の体内に埋め込んだ楔の硬さが増してゆく。
「あぁん…さきっさ…気持ちいい?…こういうのを…気持ちいいって…言うの?…あぁぁっ…もっと…ねぇ…欲しいよぉ…」
「すず、そうだよ…どこ…気持ちいい?どこに欲しいの?言って…」
「はっぁああっ…ん…入り口、いっぱいで擦れる…じんじんする…奥…も…あぁっ、そこだめぇ!あっ、…なんか、来る…みたい…さき…あっ」
欲望を言葉にすることで脳は淫らに染められてゆく事を佐吉は知っている。もっともっと、この愛しい体を理性から解き放ち快楽に染めたい。そんな欲求が沸々と湧いて来る。佐吉はだめと言われた所を思いっきり責めた。
最奥の砦が攻め込んでくる先端部分をクチュクチュと吸い上げる。まるで執拗に舐っては、吐精を強請るようだ。
「すず、まだ…まだ、だ。」
鈴虫の返事は待たない。押し込めるように、規則的に、的確に、感じやすい場所に全てを捧げるつもりで責め立てて行く。一番欲しい場所に欲しいものを届けたいと言う佐吉の馬鹿正直な全力の愛情が逃げ場も与えず追いたてるのだ。
チカチカと点滅するように何度も意識が飛びそうだった。もう抗うことは出来ないだろう。でもどうにかして踏み留まりたくて鈴虫は思わずつま先に力をこめた。
「あっ、だめ…さき…さっ!あああぁぁっ!」
やはり抗うことは出来ない。悲鳴に近い声を上げて鈴虫は堕ちていった。
一瞬、重力を奪われて浮遊するように体の実体が無くなった感覚に捉われた。脳が白い光に溶けてゆくようだ。恍惚とはこのような時を呼ぶ名なのだろうか。それも束の間、全身に込めた力が尽きて、一つの山を越えたようにカクンッと脱力する。その後は何度も湧き上がるような絶頂感が押し寄せて来た。
「さき…だ、だめ…あぁぁっ…もう…あっうぅっ…だめ…まって…!だめぇ…!」
「すず…欲しい…あぁっ…全部…欲しいよ、すず…!」
尽きることの無い絶頂に半ば恐怖すら感じる。それなのに、鈴虫の体の中を未だ熱い肉棒が満たし、一番感じ易い場所を執拗に責め続けている。
薄い胸郭が短く荒い息遣いを繰り返す。体内が搾り取るかのように激しく収縮を繰り返している。佐吉が自ら腰を動かさなくても肉壁の方から刺激だけで達してしまいそうだ。蕩けた顔の鈴虫を体の下に見ながら昇り詰めてゆく。
「すず!…すず…あぁ…すずちゃん…あぁっ!」
一瞬、気を遣るのがもったいないとさえ感じた…
鈴虫は視点の合わなくなった目をぼんやりと開いたまま恍惚の時に身を沈めていた。腹筋が、太腿が幾度も痙攣を繰り返す。もう頭が変になるのではないかと思えるほどだった。
隣に横たわり佐吉もしばらくは余韻に浸っていたが、話しかけても返事の無い鈴虫の状態に異常を感じた。しかし、こういう場合はどうすれば良いのか分からない。
「すず!?大丈夫か!具合悪くなったの?苦しいの?」
「…。」
「…す、すみません…でした。止められませんでした。」
軽く済ませる筈だったのに歯止めが利かなくなってしまって申し訳ない。遣りすぎてしまったのではないかと冷や汗をかきながら反省するばかりである。鈴虫はそんな佐吉の動揺を見ると、辛うじて僅かに口角を上げて微笑みで返事をした。
「本当にごめんね。…あれ?お鈴ちゃん?本当にさっき気を遣ったの?」
「…。」
「白いの出てないじゃん。どうした?」
「…わかんね。」
「ん…ま、いっか。それよりも体は大丈夫か?苦しいのか!?」
鈴虫はとてもじゃないが自分で後始末なんて出来るような状態ではなかった。佐吉は手早く身支度を整えてやる。その間も鈴虫はぼんやりと虚ろな表情で佐吉の手の行方を追っていた。
「ほれっ!約束だよ。一緒に食べよう。」
佐吉はまだ気だるさの残る鈴虫を抱き起こして壁に凭れ掛からせ座らせると、握飯の載った盆を引き寄せて自分も隣に腰掛けた。疲れて半分瞼の落ちかけている鈴虫に、何とかして食べさせなければならない。
「まずは水を少し飲もうか?喉が渇いただろう?」
「…ちょっと…待って…吐くほどじゃないけど頭がクラクラする…」
「だぁめ、そう言って寝るんだろ?目ぇつむっちゃてるじゃないかぁ!」
佐吉は水を一口含み、鈴虫に口移しで飲ませてやった。
「…うぅ…ん…ゴホッ…寝てないもん!」
「はいはい、寝てないね。ほれっ!いただきます!あーんって口開けて。」
佐吉は握飯を親指の頭くらいの大きさに摘んで取り分けると鈴虫の目の前に差し出した。鈴虫はちょっとびっくりした顔をしたが、ぱっと口を開いて佐吉の指先ごと咥え込んだ。佐吉は真桑瓜の果汁を舐めていた時の事を思い出した。あの日々からまだそう時間は経っていない。佐吉はこんな風に鈴虫と会話や食事を楽しめる日が来るとは夢にも思っていなかった。
「さきっさん、ありがとね。も、おら自分で食べれるよ。さきっさん、食べてよ。」
「ん…そだなぁ、でもお鈴ちゃんに食わせてる方が幸せ感じるんだよなぁ。」
しあわせ…何気ない言葉であった。しかしそれは鈴虫の心に力を与える言葉。気持ちが満たされて目に光が戻った。鈴虫は貴方が幸せを感じるならば、自分も幸せなんだと伝えたかった。
「じゃぁねぇ、さきっさんにはおらがたべさせたげよっ!」
嬉しそうな顔をして握飯を一つ摘んで、あーんとやって見せてくれる。その表情が真剣で思わず笑ってしまった。
「ねぇ…これ、食べ終わったら帰っちゃうの?帰らなきゃいけないの?喜一郎兄様とさきっさんを取替えっこ出来ねぇの?」
「こらっ!お鈴ちゃん、そんな事は言っちゃ駄目だよ。」
「だぁって、お父様が取り替えたいって言ってたもん!」
「はぁ…嘉平様がそんな事を言ってるのか。嘉平様がそう言っても喜一郎はこの家の跡取り息子だ。それに俺にも父親だけになってしまったが家で待っている親が居るんだよ。」
「……。」
「ん?今夜は朝方に帰るから泊まるし、またすぐに来るよ。俺の家は近くだから何時でも会いに来れるから。」
「さきっさん…おら、しあわせなんだよね?おら、さきっさんとちゃんと結ばれてる?」
佐吉はその答えの代わりに鈴虫と唇を合わせた。
「すず、何故そんなこと訊くの?不安なの?」
鈴虫は首に巻かれた護符の結び目を指でなぞりながら俯き黙り込んでしまった。
屋敷から佐吉の家までは遠くない。元より余り大きな村では無いのだが、佐吉や喜一郎が三つ、四つの頃から毎日のように通い詰めて一緒に遊びに来れる程度の距離だ。ゆっくり歩いて往復したとしても四半時も掛からないだろう。
「そうだなぁ…心配だったら外堀を一つ埋めようか?」
「…?そとぼりって何?」
「俺達の味方を増やしたいと思ったんだ。お散歩がてら俺の家まで来てみるかい?」
鈴虫は思わぬ言葉に驚いて、目を丸く見開き佐吉を見詰めた。
「さきっさん、だめなんだよ。おらもさっきさんのお父様に会いたいけど…おら、絶対に人に見られたらいけないんだってさ。」
「日が落ちたら誰も外を歩き回ったりしないから大丈夫だと思うよ。それに誰か来たら草叢にでも隠れれば良いんじゃねぇか?」
「……そっかなぁ?」
「親父にな、この子が俺の嫁さんですって言っても良いか?あ、それともちょっと控えめに、好きになった子ですって言う方が良いかなぁ?」
「よ、嫁さんって!…あぁ、でもお父様のお許しを貰うまでは…嫁って言うのは早すぎねぇだろか?」
「そ、そ、そかっ!こ、こういう事は、じゅっ、順序が大切だよなぁ!って…もう、抱いちゃったけど。」
二人は目を合わせる事も出来ないほどに真っ赤に赤面した。
月が傾くまで暫し瞼を閉じよう。
佐吉はまるで宝物を守るかのように、細い体を腕の中に閉じ込めて眠りに就いた。
※四半時=小半時(約30分)
本当に菩薩様が甘露を滴らせて現身を創り上げたかのようだ。
卑猥な水音を立ててむしゃぶりついているのに、美しい極彩色の浄土を頭の中に描かせる。そうかと思えば、純白の神聖さを以って人を淫猥の淵に引き摺り込んでゆく。
「すず…もう我慢できない…ちょうだい…」
鈴虫はごく自然に脚を開き、その間に佐吉を迎える。こんなにも甘く艶かしい微笑を湛えていることを鈴虫自身は知っているのだろうか。その微笑だけで見る者の心は溶かされてゆく。
「…おらの中に早くおいで。」
佐吉は鈴虫を組み敷くと、すでに先走りを滴らせている男根をあてがった。切っ先が秘められた門をゆっくりと潜ると柔らかく温かな粘膜が包み込んでゆく。この温度を知ってしまったら、もう止めることは出来ない。息遣いに耳を澄ませ、それに同調させるように徐々に体を沈める。
最奥の壁を突くと鈴虫が小さく喉を鳴らした。
「ごめん、痛かった?」
「うぅ…ん…さきっさ…あっ、すご…すごい…おらの中、さきっさん…奥が…」
「奥が…?」
「奥が…いい…いいの…ぞくぞくする…欲しい…」
こんな細い体に無理はいけない。そんな事は見れば分ることだ。しかし、鈴虫の囁きがいとも簡単に理性の箍を外す。
佐吉は思わず慣らす事など忘れて抽挿を始めてしまった。勢いをつけ過ぎて最奥の壁を突き破らないようにしなければいけない事だけが頭の片隅で警鐘を鳴らしているが、それ以外の事は全て吹き飛んで消えてしまったようだ。吹っ飛んだ理性の代わりに頭の中を占めるのは、この柔肌を貪りたいと言う本能だけ。
幾重にも連なる襞を捲れ上がらせて掘削すると、過剰なまでの刺激に脳が痺れるような感覚を覚える。今日の鈴虫は佐吉の他に聞く者が居ないせいか、体の叫びに正直になっているようだ。いつもより大胆になってゆく嬌声に佐吉の耳は酔わされ、鈴虫の体内に埋め込んだ楔の硬さが増してゆく。
「あぁん…さきっさ…気持ちいい?…こういうのを…気持ちいいって…言うの?…あぁぁっ…もっと…ねぇ…欲しいよぉ…」
「すず、そうだよ…どこ…気持ちいい?どこに欲しいの?言って…」
「はっぁああっ…ん…入り口、いっぱいで擦れる…じんじんする…奥…も…あぁっ、そこだめぇ!あっ、…なんか、来る…みたい…さき…あっ」
欲望を言葉にすることで脳は淫らに染められてゆく事を佐吉は知っている。もっともっと、この愛しい体を理性から解き放ち快楽に染めたい。そんな欲求が沸々と湧いて来る。佐吉はだめと言われた所を思いっきり責めた。
最奥の砦が攻め込んでくる先端部分をクチュクチュと吸い上げる。まるで執拗に舐っては、吐精を強請るようだ。
「すず、まだ…まだ、だ。」
鈴虫の返事は待たない。押し込めるように、規則的に、的確に、感じやすい場所に全てを捧げるつもりで責め立てて行く。一番欲しい場所に欲しいものを届けたいと言う佐吉の馬鹿正直な全力の愛情が逃げ場も与えず追いたてるのだ。
チカチカと点滅するように何度も意識が飛びそうだった。もう抗うことは出来ないだろう。でもどうにかして踏み留まりたくて鈴虫は思わずつま先に力をこめた。
「あっ、だめ…さき…さっ!あああぁぁっ!」
やはり抗うことは出来ない。悲鳴に近い声を上げて鈴虫は堕ちていった。
一瞬、重力を奪われて浮遊するように体の実体が無くなった感覚に捉われた。脳が白い光に溶けてゆくようだ。恍惚とはこのような時を呼ぶ名なのだろうか。それも束の間、全身に込めた力が尽きて、一つの山を越えたようにカクンッと脱力する。その後は何度も湧き上がるような絶頂感が押し寄せて来た。
「さき…だ、だめ…あぁぁっ…もう…あっうぅっ…だめ…まって…!だめぇ…!」
「すず…欲しい…あぁっ…全部…欲しいよ、すず…!」
尽きることの無い絶頂に半ば恐怖すら感じる。それなのに、鈴虫の体の中を未だ熱い肉棒が満たし、一番感じ易い場所を執拗に責め続けている。
薄い胸郭が短く荒い息遣いを繰り返す。体内が搾り取るかのように激しく収縮を繰り返している。佐吉が自ら腰を動かさなくても肉壁の方から刺激だけで達してしまいそうだ。蕩けた顔の鈴虫を体の下に見ながら昇り詰めてゆく。
「すず!…すず…あぁ…すずちゃん…あぁっ!」
一瞬、気を遣るのがもったいないとさえ感じた…
鈴虫は視点の合わなくなった目をぼんやりと開いたまま恍惚の時に身を沈めていた。腹筋が、太腿が幾度も痙攣を繰り返す。もう頭が変になるのではないかと思えるほどだった。
隣に横たわり佐吉もしばらくは余韻に浸っていたが、話しかけても返事の無い鈴虫の状態に異常を感じた。しかし、こういう場合はどうすれば良いのか分からない。
「すず!?大丈夫か!具合悪くなったの?苦しいの?」
「…。」
「…す、すみません…でした。止められませんでした。」
軽く済ませる筈だったのに歯止めが利かなくなってしまって申し訳ない。遣りすぎてしまったのではないかと冷や汗をかきながら反省するばかりである。鈴虫はそんな佐吉の動揺を見ると、辛うじて僅かに口角を上げて微笑みで返事をした。
「本当にごめんね。…あれ?お鈴ちゃん?本当にさっき気を遣ったの?」
「…。」
「白いの出てないじゃん。どうした?」
「…わかんね。」
「ん…ま、いっか。それよりも体は大丈夫か?苦しいのか!?」
鈴虫はとてもじゃないが自分で後始末なんて出来るような状態ではなかった。佐吉は手早く身支度を整えてやる。その間も鈴虫はぼんやりと虚ろな表情で佐吉の手の行方を追っていた。
「ほれっ!約束だよ。一緒に食べよう。」
佐吉はまだ気だるさの残る鈴虫を抱き起こして壁に凭れ掛からせ座らせると、握飯の載った盆を引き寄せて自分も隣に腰掛けた。疲れて半分瞼の落ちかけている鈴虫に、何とかして食べさせなければならない。
「まずは水を少し飲もうか?喉が渇いただろう?」
「…ちょっと…待って…吐くほどじゃないけど頭がクラクラする…」
「だぁめ、そう言って寝るんだろ?目ぇつむっちゃてるじゃないかぁ!」
佐吉は水を一口含み、鈴虫に口移しで飲ませてやった。
「…うぅ…ん…ゴホッ…寝てないもん!」
「はいはい、寝てないね。ほれっ!いただきます!あーんって口開けて。」
佐吉は握飯を親指の頭くらいの大きさに摘んで取り分けると鈴虫の目の前に差し出した。鈴虫はちょっとびっくりした顔をしたが、ぱっと口を開いて佐吉の指先ごと咥え込んだ。佐吉は真桑瓜の果汁を舐めていた時の事を思い出した。あの日々からまだそう時間は経っていない。佐吉はこんな風に鈴虫と会話や食事を楽しめる日が来るとは夢にも思っていなかった。
「さきっさん、ありがとね。も、おら自分で食べれるよ。さきっさん、食べてよ。」
「ん…そだなぁ、でもお鈴ちゃんに食わせてる方が幸せ感じるんだよなぁ。」
しあわせ…何気ない言葉であった。しかしそれは鈴虫の心に力を与える言葉。気持ちが満たされて目に光が戻った。鈴虫は貴方が幸せを感じるならば、自分も幸せなんだと伝えたかった。
「じゃぁねぇ、さきっさんにはおらがたべさせたげよっ!」
嬉しそうな顔をして握飯を一つ摘んで、あーんとやって見せてくれる。その表情が真剣で思わず笑ってしまった。
「ねぇ…これ、食べ終わったら帰っちゃうの?帰らなきゃいけないの?喜一郎兄様とさきっさんを取替えっこ出来ねぇの?」
「こらっ!お鈴ちゃん、そんな事は言っちゃ駄目だよ。」
「だぁって、お父様が取り替えたいって言ってたもん!」
「はぁ…嘉平様がそんな事を言ってるのか。嘉平様がそう言っても喜一郎はこの家の跡取り息子だ。それに俺にも父親だけになってしまったが家で待っている親が居るんだよ。」
「……。」
「ん?今夜は朝方に帰るから泊まるし、またすぐに来るよ。俺の家は近くだから何時でも会いに来れるから。」
「さきっさん…おら、しあわせなんだよね?おら、さきっさんとちゃんと結ばれてる?」
佐吉はその答えの代わりに鈴虫と唇を合わせた。
「すず、何故そんなこと訊くの?不安なの?」
鈴虫は首に巻かれた護符の結び目を指でなぞりながら俯き黙り込んでしまった。
屋敷から佐吉の家までは遠くない。元より余り大きな村では無いのだが、佐吉や喜一郎が三つ、四つの頃から毎日のように通い詰めて一緒に遊びに来れる程度の距離だ。ゆっくり歩いて往復したとしても四半時も掛からないだろう。
「そうだなぁ…心配だったら外堀を一つ埋めようか?」
「…?そとぼりって何?」
「俺達の味方を増やしたいと思ったんだ。お散歩がてら俺の家まで来てみるかい?」
鈴虫は思わぬ言葉に驚いて、目を丸く見開き佐吉を見詰めた。
「さきっさん、だめなんだよ。おらもさっきさんのお父様に会いたいけど…おら、絶対に人に見られたらいけないんだってさ。」
「日が落ちたら誰も外を歩き回ったりしないから大丈夫だと思うよ。それに誰か来たら草叢にでも隠れれば良いんじゃねぇか?」
「……そっかなぁ?」
「親父にな、この子が俺の嫁さんですって言っても良いか?あ、それともちょっと控えめに、好きになった子ですって言う方が良いかなぁ?」
「よ、嫁さんって!…あぁ、でもお父様のお許しを貰うまでは…嫁って言うのは早すぎねぇだろか?」
「そ、そ、そかっ!こ、こういう事は、じゅっ、順序が大切だよなぁ!って…もう、抱いちゃったけど。」
二人は目を合わせる事も出来ないほどに真っ赤に赤面した。
月が傾くまで暫し瞼を閉じよう。
佐吉はまるで宝物を守るかのように、細い体を腕の中に閉じ込めて眠りに就いた。
※四半時=小半時(約30分)
応援ありがとうございます!
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