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手の温もり
しおりを挟む見られていたかーー。
あの日は社長の仲間との会食に呼ばれた。結局のところ、どの会社にも接待や懇親会はあるのは避けては通れない。
しかし、前の会社でのあからさまな顔要員扱いでは無かった。
それでも、社会的に強い女性は特に丁寧に扱ってこそ、会社が回る。逆ならセクハラだのと問題になるが、なかなか難しい所だ。
快に見られたあの女性は上司の奥様だ。次の会食の会場へ車で送迎していた。
なぜか車中で彼女は僕に色仕掛けしてきた。信号で止まるたび、身体を触ってきた。
「ねぇーえ、今度2人でお食事でもどう?」
甘ったるい声で僕を誘う
彼女の長くて赤い爪が俺の胸を上から下にゆっくりなぞった。僕はあからさまに大きな息を吐いて
「旦那様も社長も同席なら喜んで行きますよ」
少しおちゃらけて、笑顔で丁寧に優しく答えた。
僕が靡かないと分かるや否や、彼女はすっかり諦めたようだった。
ふぅんと前を向き、鏡を取り出して口紅を塗り直した。なんだ?俺は試されていたのだろうか?
――――りょう、行かないで。お願い。
あの日の事を思い出した。
うなされながら僕の腕を掴んで離さなかった快。
熱が高く、薬を飲ませようと身体を起こして、グラスを口に運んだが、朦朧としていて上手く飲めなかった。
僕はためらい無く、口に水を含み快の口の中へ流し込んだ。
――ゴクリ。
飲み込むのを見てから、今度は薬ごと口に流し込んでやった。素直にゴクリと飲み込むと、快の身体の力が抜けた。
そのままそっと寝かせてやり、冷蔵庫を開けてみたが、空っぽだったので、買い物へ行った。
帰ってきて、大丈夫か?と声を掛けたが、すっかり眠っているので、置き手紙を残し、最後に快のおでこに冷えピタを貼ってやり、頭を撫でた。
帰ろうと立ち上がった時、僕の腕を掴んで「りょう……行かないで、お願い……」と泣いていた。
「大丈夫だよ」
と、快がまた眠りにつくまで手を握ってやった。
弱っていた時はあんなに可愛いのに、どこか虚勢を張っている快が気になる。
でも、一緒に住もうとはどうかしてるな。知り合ってまだ3日だぞ。
さらに昔を思い出す。
僕には4つ下の妹がいた。
生まれつきの難病で、ほとんど寝たきりで話もできず、流動食しか食べられない。
それでも、機嫌のいい日は笑うし、家でうるさくしていると、うぅー!うぅー!と怒る。可愛い奴だった。
いつも頭を撫でてやり、声を掛けてやっていた。
ほとんどが母親の役目ではあったが、家族みんながオムツ交換や食事などの世話を率先してやっていた。
幼馴染の勝也も、妹を子どもの頃から見ていたので、何のためらいも無く、時々食事の介護を手伝ってくれた。
全く本当にいい奴だ。
そんな妹が他界したのは、僕が大学2年の夏だった。
そうなるのは分かっていたが、キツかった。葬儀が終わり、家の中が落ち着いた頃、勝也が旅行に誘ってくれた。1泊2日の北海道。
喪失感の残る僕を励まして、美味しい食事と温かい温泉を満喫した。
勝也への気持ちは膨らむ一方だったが、決してそんな素振りは見せないように努めた。
たらふく食べて飲んで笑って……
そして夜更け、寝息をたてる勝也を隣に感じながら、絶対に叶う事のない恋なんだと、声を殺して泣いた日を。
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