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7話

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「我が戻ったぞ」

ララとルルを迎えてから数日間、1度確保した食材を置きに来たついでに配下にララとルルを紹介したが、それ以外は南西の戦線を見張っていた。ゼギウスに指示された通り接敵しない程度に配下を下げて相手の出方を窺っていたのだ。

我自らが行くことによって戦線が上げられそうになった場合は取り返しのつくようにしていたのだが、3日目には戦線に張り付いていた兵士たちは撤退していった。念のためそこから数日間も見張っていたが来たのは戦闘能力の低い冒険者だけで戦闘や偵察目的ではなく採集目的だったようだ。

「で、成果は?」

「お主の言った通りじゃった。当面は四獣に見張らせるだけで問題なさそうじゃ。それでも余剰分の戦力を食料調達に充てても食料不足解消は期待できぬ」

「そりゃ大変だな」

「お主は相変わらず他人事か!」

尻尾を振ってツッコミを入れるが会った時同様に見えない何かに阻まれて届かない。

「ぐぬぬ、ツッコミくらいはおとなしく受けぬか!」

「今はスリープモードで《自動防御》が発動してるんだよ。俺に言うな」

「すりー…難しい言葉を使いよおって…それにお主に言わず誰に言うのじゃ!」

再び、尻尾でのツッコミを試みるがやはり届かない。こういったところでも力の差を見せつけられるのもそうだが、暢気に欠伸をしているのがより一層、腹が立つ。

「そういえばお主が起きておるのは珍しいの」

今更ながらに疑問に思ったがすぐにその理由が分かる。コンコンとノックされララとルル、それと2人を合わせて2で割ったような少女が台車を押して部屋に入って来たからだ。

ゼギウスが起きる理由など食事以外……

「って誰じゃ!?我がいない間に1人増えておるではないか!」

三度、尻尾でのツッコミを試みるがやはり届かない。

「増えてねぇよ。こいつはスーだ」

「それこそ問題じゃ!我の配下に無断で何をしておる!」

まさかの4度目のツッコミを試みるがそれでも届かない。この短時間で4回もツッコミを入れさせるとは驚きだ。自分のことを弄んでいるのではないかと疑いたくなる。

「よくそんな無駄なことできるな」

「お主のせいじゃ!」

またゼギウスはツッコミを入れたくなるようなことを口走る。尻尾がピクッと反応するが流石に弄ばれているだけだと気づきグッと堪えた。

次々と台車が入って来て部屋が埋まるとスーはゼギウスの足に納まり、その両脇にララとルルが座ると4人は仲良さそうに食べ始めた。

「では我も頂こうかの」

そう輪に入ろうとまだ手の付けられていない皿に手を伸ばすとララが「あ…」と少し嫌そうに意味深に呟いて言葉を呑む。気になって手を止めるとルルが口を開いた。

「それはララがゼギウス様のために作ったからやめてほしい」

それなら仕方ないと隣の皿に手を伸ばすと今度はララに「それはルルが…」と言って止められる。隣、その隣、と手を伸ばしていくが悉く止められた。

よくよく考えれば当たり前のことだ。ゼギウスのせいで忘れていたが人間が魔物に対していい感情を抱いていないのは当然のこと。だから自分の作った物を食べさせたくないという気持ちも分かる。

魔物の城に居るのだからそこは弁えてほしいとも思うが、2人は自分の意思ではなく連れて来られたのだからこれ以上窮屈な生活を強いたくはない。そう思い時間の経過が解決すると期待して手を引っ込める。

「こればっかりは仕方ねぇだろ。あそこはスーの作ったのだぞ」

同じことを考えていたのか珍しくゼギウスにフォローを入れられた。

そうじゃな。と改めて納得しつつゼギウスの示す台車に手を伸ばす。しかし、事もあろうにスーに手を叩かれて止められた。

「お主は我の配下であろう!」

こればかりは納得いかず再び手を伸ばすが、再びスーに叩かれる。そんなやり取りを何度か繰り返すがスーは退かない。

「私たちが作ったのを食べてください」

そう横からララに料理の載った皿を渡される。

「よいのか?無理はしなくてよいのだぞ?」

確かに今の光景は驚くほどにみっともないがララとルルに無理はしてほしくない。そう思っているとルルにも料理の載った皿を渡される。

「魔物の城に住む時点で弁えている」

自然と涙が溢れてくる。薄情な配下が居るかと思ったら心優しい人間が2人もいる。その心遣いに涙を流しながら2人に渡された料理を食べた。

食べ終えたくらいに一息吐くと奇妙な会話が聞こえてくる。

「だから言っただろ。アルはお前たちを下に見てねぇって」

「はい。人間であるということも奴隷であるということもなく対等に、寧ろ思いやりを持ってくださいました」

「どういうことじゃ?」

状況が呑み込めずゼギウスに聞く。何やら試されていたような口ぶりだ。

「ララとルルが魔物に食われるーとか言うから違うことの証明をしたんだよ」

「そういうことは先に言わぬか!真剣に考えたではないか!」

「アホか、言ったら意味ねぇだろ」

確かにそうなのだが、少しくらい仄めかしてほしいものだ。ララとルルは仕方ないにしてもスーに拒絶されたのは心にくる。仄めかす…?

「ならスーの行動もお主の馬鹿な発言もその布石であったのじゃな?」

「いや、俺はただアルで遊んでただけだな」

ツッコミを入れたくなるが、ゼギウスの傍にはララとルル、スーが居たので何とか堪える。折角少し打ち解けたのに怖いと思われたくはなかった。

大分打ち解けて和気あいあいと食事を楽しんでいたのだが、四獣の1体から異変を感じる。

「戦局が変わったのじゃ。四獣の1体が苦戦しておる」

和気あいあいとした空気から一転、真剣な雰囲気に変わる。ララとルルは黙りスーもピタリと止まった。

「場所は?」

ゼギウスからの問いに目を瞑って意識を四獣の方へ向ける。

「ここから東の方じゃな」

「東ってことは魔物か。ここら辺は一応穏健派だったよな。そうなるともっと奥、反人間派からの進攻か」

「穏健派が動いたら我にも分かるはずじゃ。だから統一派か反人間派と考えて間違いないがその判別はつかぬ」

ゼギウスは反人間派と考えているようだが統一派の可能性もある。どちらもこの場所は欲しく攻めてくる同機は十分だ。

「数は?」

さっきよりも四獣に意識を向けて敵の数を数える。

「百…二百…五百…せ、千を超えておるぞ。ど、どうするのじゃ?」

絶望的とも言える戦力差に言葉が震えるが、それを聞いたゼギウスに動揺はない。

「千か。面倒くせぇから四獣を下げてここまで攻めさせろ」

ゼギウスの訳の分からない提案に思考を巡らせる。

人間界に近いこの場所で魔物が千人規模の戦闘を行ってはただの内紛という訳にはいかない。人間からすれば魔物が本格的な戦争の準備をしたか、内紛により疲弊していると映る。どちらにせよ人間との全面戦争が免れなくなってしまう。そうなって耐えられるだけの戦力はここにはいない。

だからこの状況での最善は前方に戦線を構えて退きながら戦うことだ。そこで出来る限り戦力を削ってここで最終決戦をする。そうすることで人間界にこの戦闘を知られないようにするしかない。それ以外生存の方法はないはずだ。

ゼギウスがそのことに気づかない訳がない。だから違う意図があるのかと更に思考を巡らせるとある答えに辿り着く。

「……お主、逃げるつもりなのか!?」

ゼギウスからしたらこの城はただの住処の1つで固執する対象ではない。端から戦うつもりなどなく逃げるつもりで、だから千という敵の数を聞いても冷静だったのではないか。

そんな考えが頭を過ったがゼギウスに否定される。

「アホか。こっちの戦力も減らせねぇから俺がここで迎え撃つんだよ。俺が出向くのも面倒くせぇからな」

どこまでもゼギウスには落ち着きというか余裕があり、この状況を飲み込めていないようにすら見える。

「め、面倒じゃと!?お主この状況を分かっておるのか?この城を落とされれば終わりなのじゃぞ!」

「この城を落とされたら終わりだから俺が動けねぇんだろ」

「だからそんなことを言っておる余裕はないのじゃ!我もお主も前線に赴き戦わねばこの城は護れぬ!」

どうにかゼギウスを動かそうと説得するも理解は得られず時間だけが過ぎていった。
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