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34話

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「では3日だぞ。それ以上は看過せぬからな」

出発前、改めてラクルにそう念押しをされる。正確に今から3日、1秒でも過ぎればラクルはアルを始末するだろう。本当に七英雄という地位に誇りを持っている男だ。

時間に追われるのは面倒くさいが仕方ない。ラクルの制限時間がなくとも今は少しでも早くケリをつけないと腐れたちが危ない。いや、ラクルが制限時間を設けなければ腐れたちと一緒に出発すればよかったからラクルのせいか。

「分かってる。アル、お前はこの城の防衛だけやってればいいからな。あとは四獣とスーをうまく使え」

「分かったのじゃ」

そうアルは任せておけと言わんばかりに胸を張ってそう言う。つい3日前、余計なことして死にかけた奴がよくそこまで自信満々に言えるものだ。

アルの防衛に対する不安と3日でケリをつけなければならない面倒くささに「はぁ…」と溜息が出る。そして息を吸うとドラルの城を出発した。

ハオとの一戦以降、体の枷が外れかけているのか異様なほど体が軽い。七英雄になる前に戻ったような感覚だ。

大剣の位置を探る限り腐れたちは問題なく皇城に向かっている。とりあえず第2別荘での用事は無事に終わったようだ。

もし何かあったなら腐れは大剣を使って知らせてくるはずだ。あの3人の中で1番価値がないのは腐れで、その腐れが無事なのであれば3人とも無事ということになる。

この速度なら予定よりも早く着けそうだ。問題はマルスが皇城のどこに居るかだが、メナを見張っている以上、下手な動きはできない。

だから死角になる腐れたちは自由に動ける。所謂、灯台下暗しだ。仮に腐れたちが皇城に入ったことに気づいたとしてもマルスは緻密な作戦を練ってそこに相手を嵌めるタイプだから動けない。

考えにくいがマルスが動いてくれればメナを先に解放できる。最悪の場合、俺の到着が間に合わず腐れたちに対応されたとしてもマルスは3人を殺せない。単純な戦いだと万が一にもマルスは俺に勝てないと分かっている以上、3人の存在を知って捕らえても盤面を有利に運ぶ駒に使う。

そんなことを考えながら移動していると気づけば旧王国領を抜け皇国領の近くまで来る。そこで異変が起きた。

腐れから大剣が離れたのだ。代わった持ち手は……マルスか。どうやら最悪の盤面になったようだ。

「はぁ…面倒くせぇ…」

更に速度を上げて皇城へと向かう。

日が暮れ始める頃には皇城の前に着いていた。

「さて、ここからどうしたもんか…」

想定外に盤面が不利になった以上、こちらも何か相手の想定外のことをして盤面を戻す必要がある。

しかし、大剣を持っているマルスは地下に居て、おそらくメナと3人も地下に居てそこに罠が仕掛けられている。

それを分かっていてもここが皇城である以上、罠を破壊するような高威力スキルは使えない。ハイドしての侵入も兵士は騙せても罠を仕掛けているマルスには通用しない。本当に面倒くさい。

「《光学迷彩》」

盤面を覆せないままやむを得ず皇城の中に入る。七英雄の都合で何回か来たことがあるため、地下まではすんなりと行けた。

そこには溜息が漏れるだけでは足りないような面倒くさい光景が広がっていた。

ドラルの城に居るラクル以外、生きている七英雄が全員集結していたのだ。

メナは世にも珍しい魔力の放出を防ぐ拘束具で縛られララとルルは手錠をつけられている。そして腐れは普段のローブではなく灰色の薄汚いボロ雑巾のような服を着せられていた。

これで俺を煽り怒りに身を任せさせようとしているのか。それにしても腐れの素顔は久しぶりに見た。

栗色の髪に黒い瞳、ローブを着ていた時よりも小柄な少女。とても姿を隠して闇商人をやっているようには見えない。

「久しぶりに素顔を見たな」

「申し訳ありません。姿を知られてしまった以上、もう情報屋として約に立てるかどうか…」

そう腐れは本気で申し訳なさそうにしている。未だに恩を感じているようだが、別に打算があって助けた訳でもなければもう十分に恩は返してもらった。まぁ、本人にこんなことを言えば調子に乗るから言えないが。

「それで、俺を倒すために七英雄を3人も用意したのか?」

「君は実力が未知数だからね。まさか、あのハオを単騎で倒すと予想外だったけど」

「それでシアンとグラが協力したのは俺と戦いたいからか?」

マルスと話したところで打開策は見えないためあいさつ程度で切り上げて説得の聞きそうな2人に話しかける。

「そうだね」「そうだよ」

2人はほぼ同時にそう答える。以前からそうだが、どうしてそんなに俺と戦いたいんだか…

「なら、本気で戦ってやるから俺に寝返らないか?」

勿論、本気で戦うつもりなどない。この場だけ凌いで後は誤魔化すつもりだ。

「そう言ってこの場だけ凌いで反故にするつもりなのは分かってるんだよ。それでどれだけ仕事押し付けられたと思ってるのさ」

完璧に見透かされている。確かに何回かそんなことをした記憶があるような気もするが心の狭い奴だ。

「それでも今回は守るかもしれないぞ?」

「かもって言ってる時点で守る気ないでしょ。まぁ、どのみち今回は先約があるから悪いね」

どうやら説得は無理なようだ。一応見渡してはいるが、罠らしき罠は見当たらない。4人ともにマルスの得意とする呪い系統のスキルが施されているのは間違いないが、その他にも何かあるはずだ。

「探しても何もないよ。ここには何も仕掛けていないからね」

俺が罠を探っていることに気づいたようだ。

こんなところで嘘を吐く意味はないから事実なのだろう。だが、そうなるとここに俺を呼んだ意味が分からない。

「なら俺をここに呼んだのは何でだ?」

「少し話をしたくてね。ラクルは居ないけど他の七英雄は揃っていることだから七英雄の話でもしようじゃないか」

「ユーキを死なせた理由か」

この話は七英雄、七罪の存在理由に繋がる話だが、マルスがその核心に触れられるはずがない。外部の関与があれば話は別だが、あいつ等がマルスに話を持ち掛けるとは思えない。いや、あいつ等ならあり得るのか。

「流石だね。ゼギウスと僕くらいだよ、人間でその答えに辿り着いたのは」

「どういう意味さ。ユーキは魔界に調査へ行って死んだんじゃないの?」

そうシアンが食いつく。マルスからどういう説明をされたのかは知らないが、詳しい話は聞かされていないようだ。

「それは事実だよ。ただ、ユーキが柱でもない魔物に負けるなんておかしいと思わないのかい?」

「そんなことは分かってるさ。アタイが引っ掛かってるのはゼギウスが言ったユーキを死なせたって部分だよ。まるで間接的にマルスが殺したみたいな言い方だったじゃないか」

「そうに決まってんだろ。柱じゃないってことは当然、魔物にも知られていない存在だ。魔界に住む魔物が見つけられないのは偶然では踏み込めない場所にあるってことだろ。そこに行かせたんだから殺したも同然だ」

真実を聞かされていないなら話せばシアンは寝返る期待ができそうだ。グラは分からないが、シアンさえ寝返ってくれれば盤面を覆せる。

「でも、誰も踏み入ってないってことは未知数ってことだろ?だったら殺したとまでは言えないんじゃないの?」

「それが言えるんだよ。庭を知ってればな」

庭に居るバケモノたちを知っていればその判断を誤ることはあり得ない。

「マルスが知ってるのもそうだけど、ゼギウスは何でそんなに詳しいのさ」

「簡単な話、俺がそこの出身だから」

そう答えた瞬間、場の空気が数段重くなった。
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