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14. 決意は固く
しおりを挟むマリィは帰路についていた。
馬車に揺られながら、マリィは床の木目をじっと見ていた。
「ルークは魔法使い……」
青年の話したあの話は信じられない話だったが信じるしかない話だった。
あのクリフォードとシルヴィーから産まれたというのが引っかかるがルークは完全に魔法使いだ。
それが分かった今、問題はこれからどうするのかということだ。
彼曰く感情と欲望によってあの力は動かされるもの。つまり、あの力は人を喜ばせることも人を害することも出来る。ルークは絵本の中の魔法使いのようにルークの感情次第で何でも出来てしまう。
だが、それは危険すぎる。
「私がしっかりしなくちゃ……」
実子にしたのはやはり幸運だった、とマリィは思った。こんなこと誰にも任せられない。
顔を上げ窓の向こうに見え始めた自宅に目を向ける。
「あの子を良い魔法使いにしないといけない。悪い魔法使いになったら大変なことになる。
あの子は私の子だもの。誰かに嫌われるような子にはしたくない。幸せにしたい……絶対に!」
マリィは決意した。
一方、その頃。
クリフォードは1人で王宮に来ていた。
呼ばれたわけではない。自分から来た。
王宮の廊下でクリフォードは1人突っ立ったままそれを待っていた。
苛立っているようで奥歯をギリギリと軋ませ爪を噛むのだけは堪えていた。
クリフォードは今日、国王との面会を希望していた。
理由はただ一つ。金だ。
今、クリフォードは領地経営している代理人からの仕送りで生きている。しかし、最近段々と送金される金額が減っている。マリィへの金額は変わらないのに、自分のだけは目に見えて目減りしている。
代理人に問い詰めれば、無駄遣いが多いと国王が指摘した結果だという。
クリフォードは激怒した。ただ食事して、衣服を買い、たまの娯楽を楽しむ……そうして身の丈にあった生き方をしているだけ。その上、シルヴィーの生活費もクリフォードは全額出している。
金はないと困る。だというのにそれらを無駄遣いと断じられたのは許し難い。
だが、クリフォードは疑問に思わない。毎日最上級のステーキとワインをたらふく平らげ、衣服はブランド品で固め、王宮の監視の目を盗んで無茶な賭博をしているのが、身の丈にあった生き方と言えるのか。シルヴィーも聖女だった頃の退職金をささやかだが受け取っている。クリフォードが全額出す必要はあるのか。クリフォードは全く自身の可笑しさに気づかなかった。
故に、面会しても時間の無駄だからと国王はクリフォードの先触れを無視した。
当然、王宮の侍従達もそれに倣って無視を決め込んだ。やってきたクリフォードに国王との面会の予定など聞いていないと突っぱね、クリフォードに帰宅するよう促した。
当然、素直に帰るなどクリフォードはしなかった。逆上したクリフォードは急いで時間を作るよう侍従達に命令を下したのである。
侍従達の顔が歪んだ。
「確認して参ります。お待ち下さいませ」
嫌な顔を隠しもせず侍従達はそう言って彼を廊下に置いて立ち去ってしまう。客間にすら通さない。
当然だ。侍従達は誰1人クリフォードの命令を聞かなかったのだ。
クリフォードに命令されて侍従達は全員呆れた。昔はともかく、クリフォードはもう王子ではなく今は一介の貴族でしかなく命令を聞く筋合いはない。侍従達はクリフォードを見放し、クリフォードはそのまま放置された。
だから、いくら待てども誰か来ることはない。
それが分からないクリフォードは苛立つだけだった。廊下は無人であり、一向に客間に通されることもない。窓の外はすっかり日が暮れ、暗くなっていた。
「…………クソッ」
思わず悪態を吐く。面会が叶ったら国王に彼らを処罰するよう進言すると決めて、壁にもたれかかる。
そんな時だった。
「ん? お前、クリフォードか?」
その声にクリフォードは顔を上げる。しかし、廊下の向こうからやってきたその人間が誰なのか理解して、クリフォードは舌打ちした。
その目を隠した長い前髪と丸眼鏡、スラリとした長身、黒い外套……。
クリフォードはただでさえ悪かった自分の機嫌が更に悪化するのが分かった。
だが、彼はそんなクリフォードに気づかないのか臆することなく話しかける。
「久しいな。公爵になったとは聞いていたが里帰りか?」
「……お前には関係ないだろう」
「そうかもしれないが気にはなる。地位も名誉も投げ出して真実の愛を手に入れたお前が古巣にいるその理由がな。
ここにいてもお前を崇める者もお前の命令を聞く者もいないだろう?」
「…………」
ぐうの音も出ないとはこのことか。クリフォードは歯噛みした。
だが、ふと気になった。
クリフォードの記憶では学生の頃の彼は研究室と自宅の往復しかしない勉強熱心な変わり者だった。かつてクリフォードはそんな彼を絵に描いたようなガリ勉だと仲間と馬鹿にしたものだ。
そして、卒業後は確かそのまま研究室の研究員になったと記憶している。
しかし、その彼は今、王宮にいる。
「お前こそ何故ここにいる。カビ臭い研究室じゃないのか」
「ん? もしかして伝わってないのか?
研究室は去年やめた。王立研究所の主任との兼任で死ぬほど忙しかったしな。
まぁ、その研究所も今日で退職したが 」
「…………は?」
「今日は別れの挨拶に来たんだ。特に恩師である先生には学院入学前から世話になっていたからな。区切りはつけないと。
……まぁ、それに、やめると断言しないと後から戻ってきてくれと言われるだろうし。
因みに、明日には貴族籍からも抜ける予定だ。平民になるからお前とはここで一生の別れかもしれないな」
クリフォードは淡々と話す彼をギョッとした目で見た。
王立研究所はセレスチアの頭脳が集まるセレスチア最高峰の研究機関だ。出世したい人間ならまず目指す場所。だが、研究所は限られた天才しか入れない狭き門故に、入所出来ない人間の方が多い。
彼はその研究所の主任だったという、その上、それをやめ、貴族籍も抜ける……クリフォードは文字通り地位も名誉も捨てた彼が信じられなかった。
「……お前、なんで……。
そのまま研究所にいれば一生損しない人生が送れただろう? 注目だって……」
「損しない、か……。考えたこともなかったな。注目もあまり考えたことはない。
そもそも先生の暴挙で強制的に入所させられた場所だ。俺に未練はない。あの人の夢を叶えるのは別に俺でなくていいしな」
「は……?」
クリフォードはただただ彼を信じられない目で見るしかなかった。そんなクリフォードに彼は不意に笑みを浮かべた。
「心配するな。これから俺は国の為に消費される生活を辞め自由に生きるだけだ。
そう、自由に……。
人生を謳歌するんだ」
そう言って彼は前髪の切れ間からその琥珀色の瞳を覗かせた。
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