13 / 77
13. 魔法使い
しおりを挟む壁のように聳え立つ本棚と本棚の間。
人気のないここには2人分の鼓動以外に音はなく、埃が静かに舞うだけで静寂しかなかった。
今になってマリィは非現実的な空間にいるような気がした。
古い書物の渋みを帯びた匂い、背もたれにした本の冷たさ、北面にある窓から落ちる穏やかな光。
それが全てがマリィを異世界に連れていく。
そんな中、青年は話し始めた。
「魔法使いとは、簡単に言えば、超能力者だ」
「超能力者?」
「そうだ。
空を自在に飛び、手の平から水を溢れさせ、何もないところから火を生み出す。
魔法使いはそういうことが出来る。
だが、恩師曰く、魔法使いは聖女のように神から力を与えられた人間ではないそうだ。
魔法使いは人間の染色体異常などの様々な要因が重なり合って偶発的に産まれる超能力者。ま、簡単に言えば突然変異した人間だ。それが魔法使いというものだ」
突然変異した人間。その言葉にマリィは息を飲む。
「……そんな方々がかつてのセレスチアにいたのですか?」
「あぁ、しかも、結構いたらしい。魔法使いだけで構成された魔法騎士団や魔法庁などかつてのセレスチアにはあったらしいからな」
それはマリィにとって衝撃的な話だった。
神や魔物がいるこの世界だが、超常的な力は聖女のような神に選ばれた人間だけが得るものでそれ以外の人間はどう望んでも得られないものである。
しかし、魔法使いはそうではない。人間から産まれる超能力者……かつてそんな人間もこの国いたのだ。マリィは今までの常識が根底から覆され衝撃を受けた。
だが、疑問は残る。
「先程、魔法使いは結構いたと貴方は仰っていましたが……魔法使いは突然変異した人間なのですよね? あまりいないような気がしますが……」
「あぁ、そうだ。確かに疑問に思うだろう。突然変異なんて滅多に起こるものではない。それなのにセレスチアにはかなりの人数がいた。
その理由は簡単だ。
かつてのセレスチアは国家事業として人為的に魔法使いを生み出していたんだ。
魔法使いを得る為に、国は人間を薬や手術で改造し様々な人間の組み合わせを作って掛け合わせたんだ」
「掛け合わせって……」
つまり、農作物の品種改良をするが如く人間を科学的に配合して実験を繰り返し魔法使いを量産していたということになる。 まるで悪魔の所業だ。実験に使われていた人々に人権はなかっただろう。
だが、その魔法使いはもう今はいない。
「魔物を退治し人間の生活に貢献していた魔法使いだったが、次第に聖女にその役割を奪われていった。
単純に魔法使いより聖女の方が強かったからな。かつての聖女の力は凄まじく、当時のセレスチアにいた魔法使いを全員集めても敵わなかったと言われている。どちらが有能か一目瞭然だろう。
その上、過去のセレスチア人には人道的に問題のあった魔法使いよりも、神により力を与えられた聖女は尊く見えたらしい。魔法使いがいた時代の末期になると、増産事業の廃止を願う運動が起き、当時の国王も魔法使いは不要と断じた。
その結果、魔法使いから聖女へ。そう時代は移り変わっていった。
増産事業は中止され、魔法使いは次第に数を減らし、最終的に絶滅した……そう言われている」
青年の話を聴きながら、マリィは納得した。
聖女は魔法使いの完全上位互換だったのだろう。処女さえ守り抜けば聖女は永遠にその尋常ではない力を振るえる。だから、手間も問題もある魔法使いより重要視されて、魔法使いはいなくなった。
だがマリィは思案する。
突然変異で産まれる魔法使い……かつてのセレスチアはそれを人為的に作っていたわけだが、それはつまり逆に言えば偶発的に産まれることもあるということではないだろうか。
もしかして厳密には絶滅した訳ではなく、ただ数が少なすぎて絶滅したと思われているだけなのではないか。
……そして、それがルークだとしたら……。
マリィの表情は険しいものになる。
「あの、今でも突発的に魔法使いが産まれることはありますか? 貴方の説明を聞くに最初は偶発的だったのでしょう?」
「鋭いな……」
マリィが聞いてみると青年は驚いたように長い前髪の奥で目を瞬かせた。
「絶滅したと考える人間が多いが、貴方の言う通りだ。
人為的でない故に天文学的な確率らしいが今でも生まれることはある。
見かけは普通の人間と変わらない。だが、生まれ落ちた瞬間から魔法使いは魔法が使えるからな。直ぐに分かる。
そいつの周りで現実的に有り得ないことが起こったらそいつは魔法使いだ。判別はしやすい」
「…………」
「しかし、魔法使いは過去の遺物だ。
幾ら聖女の力が年々衰えていて今は全盛期に比べ塵のような力しか発揮出来ていないといっても、今更、魔法使いが生まれても何の価値もない上に、その存在も人々から忘れ去られている。
超常的な力を持って生まれる彼らは一般人から見れば悪魔とそう変わらない。故に、迫害されることが多く……保護しようとしてもその時にはこの世にいない。そういうものだと恩師は言っていた」
そこで話は終わったのか。
不意に彼は背もたれにしていた本棚から離れた。
「1つ、忠告だが」
彼はマリィを見据え告げる。
「貴方が何故魔法使いを調べているのか詮索する気は無いが、もし魔法使いと関わるなら慎重になった方がいい。
魔法使いは聖女に及ばないが、だからといって無能ではない。
忘れるな。どんな魔法使いでも、中身は自分と同じ人間だ。人間が持つ善性と悪性は当然持っているし、感情と欲望によってその強大な力は動かされるんだ。
生半可な気持ちで関わると傷つくのは貴方の方だ。自分を大事にして欲しい」
彼の言葉にマリィは視線を逸らした。
45
あなたにおすすめの小説
婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました
由香
ファンタジー
婚約破棄の場で「悪役令嬢」と断罪された伯爵令嬢エミリア。
彼女は何も言わずにその場を去った。
――それが、王太子の終わりだった。
翌日、王国を揺るがす不正が次々と暴かれる。
裏で糸を引いていたのは、エミリアの兄。
王国最強の権力者であり、妹至上主義の男だった。
「妹を泣かせた代償は、すべて払ってもらう」
ざまぁは、静かに、そして確実に進んでいく。
【完結】結婚前から愛人を囲う男の種などいりません!
つくも茄子
ファンタジー
伯爵令嬢のフアナは、結婚式の一ヶ月前に婚約者の恋人から「私達愛し合っているから婚約を破棄しろ」と怒鳴り込まれた。この赤毛の女性は誰?え?婚約者のジョアンの恋人?初耳です。ジョアンとは従兄妹同士の幼馴染。ジョアンの父親である侯爵はフアナの伯父でもあった。怒り心頭の伯父。されどフアナは夫に愛人がいても一向に構わない。というよりも、結婚一ヶ月前に破棄など常識に考えて無理である。無事に結婚は済ませたものの、夫は新妻を蔑ろにする。何か勘違いしているようですが、伯爵家の世継ぎは私から生まれた子供がなるんですよ?父親?別に書類上の夫である必要はありません。そんな、フアナに最高の「種」がやってきた。
他サイトにも公開中。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。
つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。
彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。
なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか?
それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。
恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。
その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。
更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。
婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。
生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。
婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。
後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。
「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。
〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。
藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった……
結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。
ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。
愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。
*設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
*全16話で完結になります。
*番外編、追加しました。
悪役令嬢は永眠しました
詩海猫(8/29書籍発売)
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」
長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。
だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。
ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」
*思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m
王妃様は死にました~今さら後悔しても遅いです~
由良
恋愛
クリスティーナは四歳の頃、王子だったラファエルと婚約を結んだ。
両親が事故に遭い亡くなったあとも、国王が大病を患い隠居したときも、ラファエルはクリスティーナだけが自分の妻になるのだと言って、彼女を守ってきた。
そんなラファエルをクリスティーナは愛し、生涯を共にすると誓った。
王妃となったあとも、ただラファエルのためだけに生きていた。
――彼が愛する女性を連れてくるまでは。
【完結】結婚して12年一度も会った事ありませんけど? それでも旦那様は全てが欲しいそうです
との
恋愛
結婚して12年目のシエナは白い結婚継続中。
白い結婚を理由に離婚したら、全てを失うシエナは漸く離婚に向けて動けるチャンスを見つけ・・
沈黙を続けていたルカが、
「新しく商会を作って、その先は?」
ーーーーーー
題名 少し改変しました
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる