真実の愛の犠牲になるつもりはありませんー私は貴方の子どもさえ幸せに出来たらいいー

春目

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13. 魔法使い

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壁のように聳え立つ本棚と本棚の間。
人気のないここには2人分の鼓動以外に音はなく、埃が静かに舞うだけで静寂しかなかった。
今になってマリィは非現実的な空間にいるような気がした。
古い書物の渋みを帯びた匂い、背もたれにした本の冷たさ、北面にある窓から落ちる穏やかな光。
それが全てがマリィを異世界に連れていく。
そんな中、青年は話し始めた。

「魔法使いとは、簡単に言えば、超能力者だ」
「超能力者?」
「そうだ。
空を自在に飛び、手の平から水を溢れさせ、何もないところから火を生み出す。
魔法使いはそういうことが出来る。
だが、恩師曰く、魔法使いは聖女のように神から力を与えられた人間ではないそうだ。
魔法使いは人間の染色体異常などの様々な要因が重なり合って偶発的に産まれる超能力者。ま、簡単に言えば突然変異した人間だ。それが魔法使いというものだ」

突然変異した人間。その言葉にマリィは息を飲む。

「……そんな方々がかつてのセレスチアにいたのですか?」
「あぁ、しかも、結構いたらしい。魔法使いだけで構成された魔法騎士団や魔法庁などかつてのセレスチアにはあったらしいからな」

それはマリィにとって衝撃的な話だった。
神や魔物がいるこの世界だが、超常的な力は聖女のような神に選ばれた人間だけが得るものでそれ以外の人間はどう望んでも得られないものである。

しかし、魔法使いはそうではない。人間から産まれる超能力者……かつてそんな人間もこの国いたのだ。マリィは今までの常識が根底から覆され衝撃を受けた。
だが、疑問は残る。

「先程、魔法使いは結構いたと貴方は仰っていましたが……魔法使いは突然変異した人間なのですよね? あまりいないような気がしますが……」

「あぁ、そうだ。確かに疑問に思うだろう。突然変異なんて滅多に起こるものではない。それなのにセレスチアにはかなりの人数がいた。
その理由は簡単だ。
かつてのセレスチアは国家事業として人為的に魔法使いを生み出していたんだ。
魔法使いを得る為に、国は人間を薬や手術で改造し様々な人間の組み合わせを作って掛け合わせたんだ」

「掛け合わせって……」

つまり、農作物の品種改良をするが如く人間を科学的に配合して実験を繰り返し魔法使いを量産していたということになる。 まるで悪魔の所業だ。実験に使われていた人々に人権はなかっただろう。

だが、その魔法使いはもう今はいない。 

「魔物を退治し人間の生活に貢献していた魔法使いだったが、次第に聖女にその役割を奪われていった。
単純に魔法使いより聖女の方が強かったからな。かつての聖女の力は凄まじく、当時のセレスチアにいた魔法使いを全員集めても敵わなかったと言われている。どちらが有能か一目瞭然だろう。
その上、過去のセレスチア人には人道的に問題のあった魔法使いよりも、神により力を与えられた聖女は尊く見えたらしい。魔法使いがいた時代の末期になると、増産事業の廃止を願う運動が起き、当時の国王も魔法使いは不要と断じた。
その結果、魔法使いから聖女へ。そう時代は移り変わっていった。
増産事業は中止され、魔法使いは次第に数を減らし、最終的に絶滅した……そう言われている」

青年の話を聴きながら、マリィは納得した。
聖女は魔法使いの完全上位互換だったのだろう。処女さえ守り抜けば聖女は永遠にその尋常ではない力を振るえる。だから、手間も問題もある魔法使いより重要視されて、魔法使いはいなくなった。
だがマリィは思案する。
突然変異で産まれる魔法使い……かつてのセレスチアはそれを人為的に作っていたわけだが、それはつまり逆に言えば偶発的に産まれることもあるということではないだろうか。
もしかして厳密には絶滅した訳ではなく、ただ数が少なすぎて絶滅したと思われているだけなのではないか。
……そして、それがルークだとしたら……。
マリィの表情は険しいものになる。

「あの、今でも突発的に魔法使いが産まれることはありますか? 貴方の説明を聞くに最初は偶発的だったのでしょう?」

「鋭いな……」

マリィが聞いてみると青年は驚いたように長い前髪の奥で目を瞬かせた。

「絶滅したと考える人間が多いが、貴方の言う通りだ。
人為的でない故に天文学的な確率らしいが今でも生まれることはある。
見かけは普通の人間と変わらない。だが、生まれ落ちた瞬間から魔法使いは魔法が使えるからな。直ぐに分かる。
そいつの周りで現実的に有り得ないことが起こったらそいつは魔法使いだ。判別はしやすい」

「…………」

「しかし、魔法使いは過去の遺物だ。
幾ら聖女の力が年々衰えていて今は全盛期に比べ塵のような力しか発揮出来ていないといっても、今更、魔法使いが生まれても何の価値もない上に、その存在も人々から忘れ去られている。
超常的な力を持って生まれる彼らは一般人から見れば悪魔とそう変わらない。故に、迫害されることが多く……保護しようとしてもその時にはこの世にいない。そういうものだと恩師は言っていた」

そこで話は終わったのか。
不意に彼は背もたれにしていた本棚から離れた。

「1つ、忠告だが」

彼はマリィを見据え告げる。

「貴方が何故魔法使いを調べているのか詮索する気は無いが、もし魔法使いと関わるなら慎重になった方がいい。
魔法使いは聖女に及ばないが、だからといって無能ではない。
忘れるな。どんな魔法使いでも、中身は自分と同じ人間だ。人間が持つ善性と悪性は当然持っているし、感情と欲望によってその強大な力は動かされるんだ。
生半可な気持ちで関わると傷つくのは貴方の方だ。自分を大事にして欲しい」

彼の言葉にマリィは視線を逸らした。









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