真実の愛の犠牲になるつもりはありませんー私は貴方の子どもさえ幸せに出来たらいいー

春目

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21.全てを飲み込む暗雲

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セレスチア王都の真ん中を走るルクセン通りは貴族の邸宅が並ぶ有名な街道だった。

通りは色付きの煉瓦が敷き詰められ、ガス灯が一定間隔で並び、季節の花々が豪奢な花台に飾られている。

そんな通りを囲むようにセレスチアを代表する貴族達の立派な邸宅が並ぶ。邸宅は何処も手入れされており、星空の下でもその屋根や壁、窓も光り輝いていた。

だが、その眩く輝く通りの上空。

音もなくそれは現れた。


全ての光を吸収するような暗雲が渦を巻き、それは蠢いていた。

通りに冷たい風が吹き始める。白い砂埃を巻き上げ、花台から花を散らしていく。

蠢いているそれがやがて流線形を描き、細身ながらも巨大な何かに変わっていく。

やがて風は吹き荒れていく。だが、ただの強風ではない。尋常ではないそれは、その瞬間、嵐になり、そして、真っ暗な竜巻になった。

煉瓦もガス灯も花も全て空に向かって巻き上げられていく。邸宅の屋根は果実の皮が剥がれ落ちるように邸宅から引き剥がされ、窓は割れ、壁には木々や瓦礫が激突した。

閑静な街だったそこは忽ち悲鳴に包まれた。

「きゃあああ!」
「逃げろ!」
「クリス、手を離したらダメ!」
「だ、誰か助けてくれ!」

阿鼻叫喚、地獄絵図。

風は全てを飲み込み、食い漁り、そして、壊していく。

そうして全ては空で蠢くそれに集約されていく。

ずっと空で蠢いていたそれから巨大な蝙蝠のような翼が広がり、そして、その翼は空を覆うほど大きくなる。

その青い目が開いた瞬間、その怪物は咆哮した。

絶望から生まれた悪龍、それは真っ直ぐ逃げ惑う人々に向かって空から急降下した。






同時刻。王城内。

「国王陛下、空からドラゴンと思しき魔物が出現しました。
外からの目視ですが、既に800戸の被害が確認されています。負傷者などの情報は全てこれからですが、既に甚大な被害は出ていると……」

侍従からの報告を聞きながら、国王は窓の外を見ていた。

外では荒ぶる風が吹き、荒れ狂ったドラゴンが貴族達を襲っている。

そんな光景を目にし、国王の周りにいる侍従達は怯え動揺している。だが、国王の目は凪いだ海のように静かだった。

「因みに、聖女エメインは……?」

「聖女様は……今は、北の果てにあるグランバーです……」

「……おやおや、それは絶対間に合わないな。
救助隊の用意を。この際、予算は無視していい。掻き集められる医療品や食料は全部掻き集めて、動ける人員は全て投入しろ」

「あのドラゴンはどうしますか?」

「どう考えてもうちの騎士団ではどうしようもないな。
一応、冒険者協会ギルドに救援要請はするけど、多分、彼らもドラゴンは無理じゃないか?ドラゴンって世界に5体しかいないし、誰も倒したことないから」

「では、どうすれば……!」

その時、国王は気づく。
報告する侍従は堪えるようにその歯を食いしばり、手が震わせていることに。
そんな彼の為に、国王は口角を上げた。

「大丈夫だ。そこまで不安にならなくていい」

「陛下……?」

「確かにドラゴンなんて歴史上誰も対峙した事がないし、誰も倒したこともない。だが、国難、もしくは災害としてはどうだ?
人類は有史以来全ての災厄と困難を乗り越えてきた。
だから、此度も乗り越えられるさ」

国王は視線を窓の外へ向ける。だが、見つめる先はドラゴンではなく地上。
街の間を、そして、地面を割くように猛スピードで走る馬車が一台、城からも見えていた。

「それにはいる。
確かに聖女もいないし、騎士団も使えないけれど、あの子がいるなら私は……。
本当、ちゃんと間に合ってくれて嬉しいよ」

そう語ると国王は目を閉じた。

その瞬間、国王の纏う空気が変わる。

厳かながら柔和だったそれは、一瞬にして厳格で冷酷な施政者の空気に変わる。

再び開かれた国王の目は、細く弧を描き、笑っていた。

そして、先程までその凪いだ海のようだったその目は怪しく爛々と光っていた。

「さぁ、ここが岐路だ……。
存分に惑い、奮闘してくれたまえ、諸君」







一方、その頃、マリィはようやくルクセン通りに辿り着き、馬車から降りた。

昼までいつも通り穏やかな景色を見せていた。そこは今やその面影すらなく惨憺たる状況になっていた。

地面は抉れ、ガス灯は折れ、花は全て無くなっている。そして、通りには逃げ惑う人々で溢れていた。

「逃げろ!逃げるんだ!」
「お母様、お母様、何処にいますか!?」
「旦那様、足が……!」
「ここにいては危険です! 逃げて下さい!」
「あなた! 返事して! お願い! 返事を!」

辺りは混迷を極め、どうにか遠くへ逃げようと足を走らせていた。

しかし、一際、大きな風が吹く。

「あっ!」

風に煽られ、寝間着姿の1人の少年が転倒する。

その瞬間、少年は何かに咥えられ上空に連れ攫われた。

「アルベルト!」

彼の母親がその名前を叫んだ瞬間、少年はその黒い口の中にぱっくりと飲み込まれた。

「……っ!」

マリィはただ青ざめて見つめることしか出来なかった。

マリィの目の前で少年を飲み込み、姿を現したのは黒い巨大なドラゴンだった。

黒いそれは正に厄災そのものだった。少年を飲み込むと、また別の人間を襲い、家屋を壊しながら飛ぶ。強風で瓦礫が散乱し、飛んできた瓦礫が更に人を襲う。

しかも、ドラゴンはまだ立っているような人間は襲わず、風によって打ちのめされ弱った人間ばかり狙っているようだった。だからか、ドラゴンは老人や女性、そして……子どもばかり狙っていた。

「ルーク……!」

気づいた瞬間、もう身体は動いていた。
マリィは駆け出し、吹き荒れる暴風の中に入っていく。

それをデニスはギョッとした目で見て、驚いた。

「あぁ! マリィ夫人ダメです! 危険です!」

しかし、デニスは叫んでいる場合ではなかった。
隣にいたフィルバートもマリィを追って駆け出したのである。

「あぁ~! 貴方まで何しているんですか! 先輩!」

「お前は救助に回れ! 俺は彼女を追う!」

「貴方達2人とも無茶苦茶ですよ!!」

デニスも2人を追おうとしたが、その瞬間、風に耐えられなくなったどこかの貴族の邸宅がルクセン通りに崩れ落ち、道を塞ぐように瓦礫をばらまいた。

「オーマイガー……」

道を塞がれデニスは呆然とその背を見つめるしかなくなった。






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