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22. 不幸中の幸い
しおりを挟むマリィはルークを探して明かりひとつない暗闇を走っていた。
正直、足は既に限界を迎えていた。
ずっと走っていたその足は腫れ上がり、足を上げる度に痛みが走る。
だが、止まっていられない。
「はぁ、はぁ……!
ルーク……!
私が捕まらなければ……こんなことには!」
マリィは察していた。これはルークの魔法だと。
ルークは悲しんでいる。きっと絶望もしている。未来に希望が描けなくて、どうしようもなくなっている。
だから、こんなことになっているのだ。
ドラゴンの咆哮が空を割くように轟く。マリィにはそれがルークの泣き声に聞こえた。
「ルーク! どこにいるの!」
マリィは暗闇の中でその名前を呼ぶ。
走っても走っても誰も返事をしない。
街は全てあの黒い竜に飲み込まれて何もかもなくなっている。
それでもマリィは別邸までどうにか戻ったが、別邸は既に跡形もなくなっていた。
小さくともルークと侍女達と過ごした温かな屋敷も、いつも花盛りだった庭も、全て壊れ崩れている。
乳母や侍女達の気配もない。
もう既に緩やかな風が吹いているだけのそこには無惨な姿になった屋敷と抉られた地面があるだけだった。
マリィは絶望した。
きっとここは黒い厄災が来た後だ。全て壊して……貪り食った後だ。
(どうしよう、みんなも……ルークも……)
あまりの絶望に抉り取られた地面の上に膝から崩れ落ちる。
だが、だらりと下がるはずだったマリィの手をその手は掴み上げた。
「立て! まだ再会すらしていないだろう!!」
マリィが顔を上げるとそこにはフィルバートがいた。
ずっとマリィを追いかけ、ようやく追いついたのだ。
フィルバートは息を切らし肩で呼吸していた。
「はぁ……俺ですら追いつけないなんて。
本当に貴方はドレス姿で脚立の上で跳ねていた頃から全く変わらず、危なっかしい人だ」
「ちょっと! 今、そんなこと言わなくていいでしょう!?」
過去の恥ずかしい記憶を持ち出されマリィは思わず怒る。すると、マリィにフィルバートは微笑んだ。
「良かった。怒る元気はあるようだな」
「!」
「マリィ夫人。立ち上がれるか?」
フィルバートに支えられ、マリィは立ち上がる。
(不思議……彼がいてくれるだけで立ち上がれた。何だかこの人といると、全部大丈夫な気がする……)
「ありがとうございます。本当に……」
その時だった。
「奥様! 奥様ではありませんか!?」
崩れ落ちた家の方から女性の声が聞こえる。
マリィとフィルバートがそちらを見ると、そこにはマリィの見知った顔が4人、ランタンを片手に床から顔を出していた。
「奥様、ご無事で何よりです! 私、ナニーはそれだけでもう……もう……」
「良かったですわ。奥様に何かあったら生きていけませんもの」
「本当に、ぐずっ……」
「うわーん! 本当に良かったよぉ~!」
侍女達はマリィと再会した瞬間、泣き崩れた。
彼女らの話によると、まだドラゴンが来る前、ケイトが何か嫌な予感がするからと地下倉庫に全員逃げるよう言ったらしい。ケイト以外半信半疑だったが、粗方の貴重品と食料を持って地下倉庫に逃げた。その瞬間、屋敷が吹き飛ばされたらしい。
「本当に生きた心地がしなくて震えるしかありませんでした……!」
「私達はとにかく地下から出ないようにするのが精一杯でした。」
「ただルーク様が……」
その言葉にマリィはハッとする。
この場にルークがいない。
「ルークは、ルークはどこ!?」
「マリィ様が攫われたと聞いた瞬間、屋敷を飛び出してしまいました。
直ぐに探しに行きたかったのですが、ケイトがダメだと……。
でも、彼女がそう言っていなければ、私達は今頃……」
「奥様ごめんなさい!」
ケイトはずっと泣いていた。おそらくずっと葛藤していたのだろう。侍女ならば主人を探しに行くのは当然のことで、特にルークはまだ6歳だ。何かの事件に巻き込まれる前に見つけに行くべきだ。
だが、ケイトは仕事仲間の命を優先した。
「ルーク様を見つけに行くのが最優先だって分かってました。でも、私達じゃ見つける前に死んじゃう気がしたんです!
ごめんなさい。侍女失格です」
ケイトは泣き崩れた。そんなケイトをマリィは抱きしめた。
「大丈夫。気にしないで。
確かに貴方達は私の侍女だけど、私は貴方も含めてみんなを家族だと思ってる。貴方は家族の命を守ってくれたのよ。感謝しかないわ」
その言葉にケイトは救われた。
「奥様ぁ! 私、わたし……!」
「ありがとう、ケイト」
咽び泣くケイトをマリィは宥める。
一方、他の侍女達はふと、マリィのそばにいる彼に気づき、目を見開いた。
「フィ、フィルバート様!?」
「帰国していたのですか……!?」
驚く侍女達に対し、フィルバートは表情一つ変えず、彼女達に近づいた。
「聞きたいことがある。
……国王陛下はどこまで知っている?」
その問いに侍女達は顔を見合わせると、その顔を、マリィ・ズィーガーの侍女ではなく、王家の侍女の顔に変えた。
「陛下はマリィ夫人に好きにしろ、と全てお許しになりました。
ですから、報告等は……一切やっておりません……」
「……分かった。なら、今すぐ連絡を取ってくれ。
要件は……いや、あの人のことだ。俺の名前を言えば言わなくても察するだろう。
頼んだぞ」
「はい、承りました」
侍女はフィルバートの命令を聞くと、すぐさま動く。
ケイトを慰める傍らマリィは立ち去る侍女に不思議に思った。
「アンネ……?」
「すまない。マリィ夫人。彼女を借りた」
フィルバートはマリィに詫びると、その視線を屋敷の外……空を未だ駆け巡る悪龍に目を向けた。
「君の最愛を探しに行こう。
多分、こちらにはもういない。
いるとしたら、渦中真っ只中……恐らく、あのドラゴンの中だ」
そのフィルバートの言葉に、マリィは驚き、だが、直ぐに頷いた。
一方、数十分程前。
ズィーガー公爵家、本邸。
「シルヴィー、どうにかしてくれ!」
「わ、私ではもうどうすることも……」
別邸と時同じくして、本邸も暴風に呑まれていた。
上空には巨大な魔竜が飛んでいる。本邸は天井から上が吹き飛んでいき、家の中のものは全て巻き上げられていた。
クリフォードはかろうじて残った家の柱にしがみつき、今にも飛ばされそうなシルヴィーの手を掴んで、どうにか風に耐えていた。
(クソッ、何故、私がこんな目に!
シルヴィーも役に立たない!こんなことなら彼女を抱かなければ良かった!
そうすれば、こんな……)
その瞬間、クリフォードがしがみつく柱からミシミシと音がした。暴風に煽られ大人2人を支え耐えられなくなったのだ。
「あぁ、クッソ! ダメなのか……!」
だが、クリフォードが全てを諦めかけた時だった。
その瞬間、ぴたりと風が止んだ。
本邸の中だけ時が止まったかのように、全てを吹き飛ばしていたそれが無くなり、クリフォードもシルヴィーも床に落ちる。
クリフォードは何が起こったのか分からず、思わず咄嗟にシルヴィーを見たが彼女は顔面蒼白のまま俯いていた。
クリフォードは彼女の力ではないのを察し、周囲を見渡す。
すると、小さな人影を見つけた。
瓦礫や破片が散乱した部屋、冷たい空気が流れるそこに、赤い靴を履いた女の子がいた。
母親であるシルヴィーと同じ髪色と瞳を持つ彼女はただ空を見ていた。その瞳にはこちらには興味を失ったように遠くへ飛んでいく竜の姿が映っていた。
「お前は……」
クリフォードは記憶の隅から彼女について思い出す。
そういえば、自分には娘がいた。
(名前は確か……ナディア。生まれた瞬間から殆ど関わっていなかったが、この奇跡、もしかして……!)
クリフォードは彼女に駆け寄る。
そして、彼女の細い肩を両手で掴んだ。
「お前、聖女……いや、魔法使いか!」
虚ろな彼女の目がクリフォードに向く。
彼女の目に映ったクリフォードの目はこれ以上ないほど輝いていた。
「ははっ……神は見捨てていない!
見捨てていなかったんだ!
運が巡ってきた! 巡ってきたんだ!」
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