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24. 希望は最後にやってくる
しおりを挟むその光は指先に乗るほどの小さな粒子だった。
それが風に乗って舞うように広がり、街を、人を、覆っていく。
だが、その淡い光は広がるだけで誰も襲わず、誰も傷つけず、誰も殺さない。
そして、光は人を照らした。
ボロボロの身体を引きずっていく人も。
気を失って横たわる人にも。
人の為に必死になる人にも。
希望の光のように照らし出した。
その瞬間、教会の鐘が鳴り響く。
王都全てに轟いていく。
その音は光と共にただ祝福と解放の時を告げるように人々を包み込んだ。
異変に気づき、誰もがその光を見る。
瓦礫の下から人を引っ張り出していたデニスも。
少女を連れて意気揚々と歩き出したクリフォードも。
屋敷の片付けをしていたマリィの侍女達も。
司令班のテントから出てきたセロンも。
王城から全てを見ている国王も。
そして、上空を飛んでいるドラゴンも見ていた。
ドラゴンはその光の粒子に身の危険を感じた。
本能でそれが自分に類するものだがしかし性質は全くの真逆……自分の敵だと判断した。
広げた翼を一打ちし、ドラゴンは方向転換し、その光の中心に向かって急加速していく。
その衝撃波で地面は抉れ、瓦礫が吹き飛び、空間が割れる。
光の速さを越し、とうとう大聖堂……そして、彼のすぐ目の前まで。
己の存在を賭けドラゴンは咆哮し、彼を飲み込まんと口を開けた。
だが、そんな怪物にフィルバートは一切怯むことなく、自分の前髪に手をかけた。
「我が身は幾千幾万の存在、我が身は全てを成しえ、我が身は全て知り得るもの……そして、既にこの身は人の為に」
フィルバートが前髪をかきあげ、その目を、琥珀色のそれを露わにした瞬間、絶望から生まれたそれは目を見開いた。
「我が御前に立つ者よ。
汝の過ちに断罪を下そう」
その瞬間、黒きドラゴンの青い目が揺れる……振れる。
存在が歪んでいくような、根底から全て覆っていくような、衝撃にドラゴンは悲鳴を上げた。
その目に映るその姿はまるで……。
「死を持って鎮まるがいい。
汝は赦さざるべからず」
カン、と短くも鋭い音がする。
その音は彼が杖を突いた音だったが、黒龍には……断頭台の刃が斬り落とされる音に聞こえた。
その瞬間、ドラゴンは空中で霧散した。
翼を広げ、苦悶の表情で牙を剥き出しにしたまま、絶望の龍は瓦解し、露となり、霧の塊となっていく。
まるで雲が風に流されていくように、煙が空に消えていくように、その体は散って行く。
そして、何もいなくなった空には星空が広がった。
ルークは気づけば空にいた。
眼下には瓦礫の山となった街があり、周りには自分と同じように落下しながら空にいる瓦礫や人々がいる。
それを見て倒せるはずのないあのドラゴンが消えたのだとルークは気づいた。
どうしてそうなったのかは分からない。
ルークは何も知らない。
だが、事実としてドラゴンは死に絶え、自分は宙に放り出されている。羽根のない身体は自由落下の速度で真っ直ぐに地面に向かって落ちていっていた。
ルークは咄嗟に魔法を使おうと……だが、止めた。
「……このまま、いなくなったって別に……」
数々の瓦礫と共に落下しながら、ルークは目を閉じる。
冷たい空気の中を、生きる意思も意味も亡くして、落ちていく。
ルークはもう、ただただ処刑を待つ罪人のように死が訪れるのを待った。
だが。
突然、落ちていた自分の身体が宙に浮く。
時間が止まったかのように、落下していた身体は空中で浮遊し漂う。
そして。
……もう誰にも抱きしめてもらえないと思っていた身体をよく知った温もりが包み込んだ。
ルークは目を見開いた。
ルークの頭を優しく撫でるその手も、鼻腔を擽る香りも、確かに、自分がよく知るもので。
疑いようもなくて、けれど、信じられなくて、ルークは肩を震わせた。
枯れていたと思っていた雫が次々と瞳から溢れる。
ルークはやっとの思いで声を振り絞り、その名前を呼んだ。
「マリィ……」
「心配かけてごめんね、ルーク」
返ってきた言葉に、ルークはより一層大粒の涙を流し、抱きしめるその人の身体に手を回した。
既に風は止んでいる。
瓦礫や人が緩やかにそっと地面に降りていき、横たわった。
人々は驚愕と歓声の混じった声を上げ、諸手を空に向かって上げる。
そんな空に月が昇った。
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