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25. 世界を愛する人
しおりを挟む「マリィ……! マリィ……!」
マリィの名前を呼びながらルークはずっと泣いていた。
大粒の涙がマリィの肩を濡らす。しかし、マリィは自分が濡れても気にせず彼を抱きしめた。
「良かった……貴方が無事で……」
「マリィ、でも、僕は……僕は悪い子なんだ。悪魔なんだ……。
マリィを酷い目に遭わせたのは僕のせいで……!
僕はあの2人の子どもで、ろくでもない子だから……あの人は……。僕がいなければ、マリィは……酷い目に遭わなかったんだ……!」
「ルーク、そんなこと言ったの誰かしら?
貴方は悪魔じゃないし、誰が何を言っても、あの2人の子どもじゃなくて私の子どもよ。
あと、私、強いもの。
私を襲った人達、全員返り討ちにしたんだから。
酷い目になんて遭ってないわ」
「……ほんとに……?」
涙を拭いながらルークは見上げると、そこにはルークを見つめる優しい目があった。
「あら、私がルークに嘘をついたことがあるかしら?」
その問いの答えは分かりきっている。ルークは何度も首を横に振った。
「ない……ないよ。マリィが僕に嘘なんてついたことない」
「そう、だから、ルーク。
周りが何を言っても、私を信じて?」
泣き腫らしたルークの額に、マリィは自分の額をくっつける。
そうすればルークの青い目とマリィの藍色の目が見つめ合った。
「貴方は悪魔じゃないし、私の子どもだし、私が酷い目に遭ったとしたら貴方のせいじゃなくて悪い事を考えた人のせいよ」
「マリィ……」
「ルークは1度だって私を傷つけたことないわ。いつだって良い子よ?」
「でも、僕は……街を……」
ルークは気まずげに目を伏せ、マリィから顔を逸らす。
そんなルークの頭をマリィは撫でた。
「大丈夫よ、ルーク」
「……マリィ?」
「ここに何とかしてくれる、頼りになる人がいるわ」
その言葉にルークは顔を上げる。マリィは視線でルークに後ろを見るよう促した。
マリィに促され、ルークは自分の後ろを振り返る。
そこには杖を片手にこちらを見る青年が1人。
前髪をかきあげたその人は、ルークも目を見開き息を飲むほど綺麗な人だった。
風に揺れる濡れ羽色の艶やかな黒髪も、地上を包む光に似た琥珀色の目も、その場に立っているだけで気圧されてしまう雰囲気も、全てがルークを圧倒する。
目を見開いたまま固まるルークに、彼は一歩一歩近づいた。
「敢えて、はっきり告げておこう。
君が起こしたことは許されないことだ。君は多くの人の未来を奪った。
この街に住む全ての人々は、家も財産も…家族も友人も、そして、これから待っていた幸せな日々も、君に壊されたんだ。
どんな理由であれ、君はやってはいけないことをした」
「…………!」
彼にそう言われ、ルークは青ざめ俯く。
しかし、そんなルークに彼は「……だが」と話し続けた。
「覚えておくといい。小さな魔法使い。
魔法使いが引き起こしたことは、同じ魔法使いなら対処できる。
……そう、このように」
カン、と短く子気味好い杖の音が響く。
その瞬間、街に広がっていた光の粒が一斉に眩く光り、弾ける。
街は昼間のように明るくなり、隅々まで照らされた。
人々が驚いていると、光の中で散乱した瓦礫が粒子となって消えていく。やがて、粒子は空を飛び、様々な場所に飛んでいった。
抉れた地面、崩れ落ちた塀、倒壊した邸宅、荒地になった庭……。
その粒子が損壊したそれらに触れると、その瞬間、全てが再生していく。
抉れた地面には煉瓦が敷き詰められ。
塀はたちどころに整然と並び。
様々な貴族の邸宅は屋根と壁と窓を取り戻していく。
そして、庭を彩っていた花々も咲き乱れ。
街は光の中で再生していく。
ルクセン通りは元の美しい通りになり、貴族達の美しい家々もその姿を取り戻し、セレスチア首都の素晴らしい街並みは一瞬にして数時間前までの景色に戻った。
3人がいる大聖堂も廃墟ではなく、高潔で荘厳な神を崇める場所としての風格を取り戻した。
そして、街から光が止んだ時、人々は気づいた。
救護班がいるテント。
その瞬間、包帯が解けて床に落ちた。
先程までその包帯は一生塞がらない傷を覆っていたはずだった。
だが、その人の顔は驚愕の表情を浮かべ、自分の傷を見ていた。
そこには綺麗に塞がれた……否、最初からそんな傷などなかったかのように再生した綺麗な身体があった。
「う、腕が元に戻った!」
その人が立ち上がった瞬間、テントにいた人々も自分の怪我が無くなっているのに気づき、歓声を上げた。
歓声は街中から響き渡り、それは大聖堂まで聞こえた。
ルークは聞こえる歓声に目を瞬き、辺りを見渡す。
街も人も元に戻っている。
それを目を見張り、彼の方を見る。
彼はかきあげていた前髪を元に戻し、胸ポケットに入れていた眼鏡をかけ直していた。
その手にはもう杖は無い。
こんな大魔法を一瞬で行使したルークは凄いと心の底から思った。
自分の同じ力だというのに、彼のそれはまるで自分のものとは威力も規模もまるで違う。
ルークが壊したものを、彼は全て直した。おそらくルークではやろうとしても別邸くらいの規模しか出来ないだろうことをこの一瞬で……!
ルークの瞳が輝く。
ルークはマリィの腕からするりと抜けると、ルークは人生で初めてマリィ以外の誰かに自分から歩み寄った。
「……ねぇ、貴方はヒーロー?」
その問いは予想外だったのか、前髪の下で、琥珀色の瞳が瞬く。だが、直ぐにはっきりと答えた。
「……違うな。
俺は君と同じ魔法使いだ」
「でも、僕は貴方みたいなことは出来ない」
「それはそうだ。君にはまだまだ色んなものが足りないからな」
「足りない……?」
不思議そうに見上げるルーク、その彼と視線を合わせるように彼は腰を落とした。
「怒りや恨みという負の感情は、どんなに願っても、ただ人を傷つけるだけの魔法にしかならない。
だが、それが崇高で純粋な穢れなき正の感情だったなら……あぁ、この説明では君にはまだ難しいか。
……そうだな。こうしようか」
次の瞬間、ルークは彼に肩車された。突然目線が高くなり、視界が開け、ルークは驚いた。
だが、自分の小さな身長では決して見れない世界がそこには広がっていた。
ルークは今この瞬間まで、別邸の中の世界だけで自身の世界は完結していた。
確かに先程まで空にいたが、マリィだけが全てだった自分からすれば、どうでも良く気にする価値もなかった。
……だが、彼の肩の上に乗った瞬間、狭かったルークの世界は一気に開けた。
どこまでも広がる星空、地平線の果てまで続く大地……そして、空に浮かぶ白い月……。
街も人も小さく見える世界で、それはとても大きく見えた。
夜の澄んだ空気がルークの肺に入っていく。その空気が肺を抜けていった時、ルークの口から感嘆の吐息が漏れた。
「わぁ……」
ルークはぽかんと口を開け世界を眺める。
ルークは今更になって、自分がどれだけ広い世界にいるのかを実感した。
その時、とても優しい、穏やかで温かなな声が真下からした。
「小さな魔法使い。
君はもっと広い世界を知るべきだ。
マリィ夫人そのものだけでなく、夫人が生きる世界を、そして、君が生きている世界を、もっと知って感じた方がいい。
この世界には困ったものもあるが、それ以上に君が好きなものが沢山ある。
君が好きだと思うものを探していけ。そうして探す内に君がこの世界を丸ごと好きになれば……君は偉大な、そして、幸せな魔法使いになれるさ」
ルークは自分を支えるその人を見る。
その人は確かに自分に微笑んでいた。マリィがする愛に溢れた微笑みとは違う、ルークの未来を慮ってくれる優しい微笑み……。
それにルークは……自然と微笑み返していた。
それはいつもの子どものフリではない本心からの自然な微笑みだった。
この瞬間、ルークは初めて人になれた気がした。
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