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26. 自分を愛する人
しおりを挟むマリィは幸せな気分で大聖堂から出た。
マリィと手を繋ぐルークは先程から懸命に自分の隣を歩くフィルバートに何度も質問している。
最初は魔法使いについての質問だったが、段々と、どうして綺麗な顔なのに隠しているのか、何歳? 好きなものは何?と質問の中身がプライベートなものになっていく。
ルークはフィルバートが気になって仕方がないらしい。
それは同じ魔法使いだからというより、隣の憧れの人のことを知りたいからのようだった。
そして、フィルバートもルークの質問に全て真面目に答えてくれる。それもルークは嬉しいようだった。
(彼にルークを取られたようでちょっぴり寂しいけど嬉しいわ……。
こんなに誰かに興味を持つルークなんて、初めて見た……赤ちゃんの頃から見ているナニーですら他人行儀なところがあるし……。
それに……)
マリィはフィルバートと話すルークをじっと見る。
今のルークの表情は、いつも見るルークの子どもらしい表情に似ていたが、明らかに何か違った。
(なんというか……確かに今までも幸せそうだったけど、今のルークは心の底から幸せそう……)
初めて見る顔だとマリィは思った。今まで以上に幸せそうな、決して自分だけでは引き出せないルークの顔。これも全て彼のお陰だ。
嬉しくなってマリィは彼を見る。
すると、偶然にも彼と目が合った。
「どうした? マリィ夫人」
「……ただ貴方には本当に感謝しかないな、と。
私もルークも助けていただきありがとうございます」
マリィは立ち止まってフィルバートに頭を下げた。
頭を下げるマリィにルークも慌ててマリィを倣って頭を下げる。だが、フィルバートは数時間前と同じように首を横に振った。
「礼は要らない。
ただ俺が貴方達親子を助けたかっただけだ。
……屋敷まで送っていく。恐らく侍女達が君達をずっと待っているだろう。早く無事な顔を見せようじゃないか」
フィルバートはそう言って微笑む。そんな彼にマリィも微笑み返した。
「えぇ、そうですね……早く帰らないと……。
でも、いつかちゃんとお礼をさせて下さい。フィルバート様。
それに……これっきりなんてさみしいですから」
マリィの目がルークを見る。ルークはハッとなり、空いていたフィルバートの手を掴んだ。
「ねぇ、マリィと僕の家に遊びに来て! いっぱいお菓子用意するし、お茶も出す! それとえっと……と、とにかく、いっぱい用意するから! 絶対来て!」
そう誘うルークの目は一際輝いている。しかし……。
「それは無理だ……」
ルークの手を申し訳なさそうにフィルバートは振り払った。
断られるとは思わず、ルークはショックを受ける。
優しいその人が初めて難色を示したことにマリィも驚いた。
長い前髪越しでも分かるほどフィルバートは本当に困っていた。
「……申し訳ないが、それだけは出来ない」
「ど、どうして?」
「何故なら……」
その時だった。
「だから! あれをやったのは俺の娘だと言っているだろ!」
3人とも聞いた事のある声がして、同時に立ち止まった。
大聖堂前の広場には、ドラゴンに飲み込まれ解放された何百人もの人がいたこともあり、救助隊が️本人確認と体調確認、その保護と護送の為集っていた。
そこで一人の女性、そして、小さな少女を連れた男が、救助隊員2人を相手どって揉めていた。
その服装はボロボロだったが、威勢だけはそこにいる誰よりも立派だった。マリィはその立派な威勢だけで誰か確信し、憂鬱な気持ちになった。
クリフォード。そして、シルヴィーと女の子……面識はないがマリィは知っている。2人の2番目の子ども、ナディアだ。
クリフォードとは夜会や行事で度々遠目から見たことはあったが、シルヴィーは約5年ぶり、ナディアの姿は初めて見た。
何故あの家族がこんな場所にいるのか……マリィはこれまでの経験則から嫌な予感がし頭痛を感じた。
(切実に帰りたい……。でも、あれは……絶対何かやらかす雰囲気だわ)
一方、救助隊員2人は月明かりでも分かるほどに困惑した顔をしていた。
「あのぅ……用のない部外者を救護隊テントに入れるわけにはいかないのですが……」
「用はある!
この街を救ったのは私の娘なんだ! ここにいる大勢の民の前で証明させろ! セレスチア国民は全員感謝すべきなんだ!
この私の娘をな!」
「は、はぁ……」
「なんだ。気のない返事は!
私の娘がお前の命までも救ったんだぞ!
崇めるべきだろう!」
「あのぅ、変なこと言わないでください。
そんな小さい子に何が出来るんです。聖女でもないのに」
「あぁ、聖女ではない!
魔法使いだからな!」
「はぁ? 魔法使い? 頭大丈夫か? 貴方」
クリフォードの言葉にフィルバートは目を剥く。
焦りフィルバートはクリフォードの元へ足早に向かった。
「クリフォード、何をしているんだ!」
フィルバートが声をかけると、救助隊員2人と……そして、クリフォードとシルヴィー、ナディアの目がそちらに行く。
救助隊員2人はフィルバートを目にした瞬間、助けを求めるようにフィルバートに駆け寄った。
「フィルバート様! 助けて下さい!」
「私達では対処し切れず……困ってしまい……」
「君達は持ち場に戻れ。彼らはこちらで対処する」
フィルバートがそう告げると、救助隊員2人は何度もフィルバートに頭を下げ、その場を離れる。
それをクリフォードはぎょっとした目で見た。
「おい! お前ら……!
クソ! 邪魔するな! 私の、私の娘の名誉がかかっているんだぞ」
自分の邪魔をされクリフォードは怒り狂っていた。だが、フィルバートは顔色一つ変えず、クリフォードと対峙する。
前髪から僅かに覗くその目はいつにも増して厳しかった。
「名誉がかかっているなら、こんな場所ではなく、王城に向かったらどうだ?
ここは被災した民が一時の安息を得て帰路に着く為の場所。お前の訴えを聞くところじゃない」
フィルバートの言葉は正論そのものだったが、クリフォードは苛立った。そんな言葉などクリフォードは聞きたくもなかった。
クリフォードは舌打ちした。
「相変わらずウザい奴だな!
王城なんて行くまでもない! ここで証明出来ればいいんだ!
なぁ? ナディア、あのドラゴンを倒したのも、あの訳の分からない光も、お前がやったんだろ?
さっき、そう言ったよな?」
クリフォードの言葉をフィルバートもマリィもルークも一瞬、理解出来なかった。
だが、ナディアは問われると満面の笑みを浮かべた。
「はい、私がしました。
私がセレスチアを救いました」
「そうだよな! 流石は私の娘だ!」
クリフォードの目は完全にナディアの言葉を信じ込んでいる。
だが、真実を知っているマリィとルークは目を見張った。特にルークは怒り、思わず嘘つきと叫けぼうとした。
だが、ルークを抑えるように、そして、ルーク達だけに見えるようフィルバートは首を横に振った。
「!」
ルークがそれに驚いていると、フィルバートは嘘を吐いたナディアの前で顔色一つ変えず、クリフォードと向き合った。
「本当にそうならば、尚のこと。王城に向かうべきでは?
正しく救世主の誕生なのだから、こんな道端で名を上げるより王城の方で名を上げた方が遥かに良いだろう。
お前だってあの国王陛下に借りができて良いんじゃないか?」
「ぐっ……」
フィルバートが嫌いなクリフォードだが、その言葉には流石に頷くしかなかった。
自分の娘の……いや、自分の価値を知らしめる為にはこんなその辺の貴族しかいないところではなく、もっと地位の高い……それこそ自分をここまで貶めたあの憎き父親、国王の前で知らしめるべきだ。
「っ! お前にしては良いことを言うじゃないか!
ほら、ナディア、来い。今すぐ王城に行くぞ!」
クリフォードが乱暴にその手を掴み、強引に引きずってナディアを王城へ連れ出す。
だが、そのナディアの目は輝いていた。
「え? お城に行くの? 踊るの?ドレスとかある?」
「はぁ? 踊らないしドレスはない。だが、あいつらの鼻を明かせば……これからは確実にドレスもアクセサリーも死ぬほど手に入るぞ」
「ふふふ……やった……」
「あぁ、そうだろう? さぁ、とっとと行くぞ」
2人は揃って、悦に入ったような似たような笑みを浮かべる。
その後ろを、シルヴィーは俯いたまま無言でついていった。その表情は暗く、陰鬱としていて……まるで2人の背後霊のようだ。
3人はマリィやルークには結局気づかず、王城へ行ってしまう。
完全にその背が見えなくなった頃、マリィはそっとフィルバートに目を向ける。
彼らを王城に案内した本人だというのに、彼は苦悩しているようだった。
彼は眉間に皺を寄せ、俯く。
「もう5年も経っているのに、未だに……お前は……。
今度は自分の娘を使って、どうしてそこまで……」
そして、疲れた吐息とともにその呟きは吐き出された。
「これでは何の為に……お前の願いを叶えたのか分からないじゃないか……」
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