真実の愛の犠牲になるつもりはありませんー私は貴方の子どもさえ幸せに出来たらいいー

春目

文字の大きさ
31 / 77

26. 自分を愛する人

しおりを挟む



マリィは幸せな気分で大聖堂から出た。

マリィと手を繋ぐルークは先程から懸命に自分の隣を歩くフィルバートに何度も質問している。

最初は魔法使いについての質問だったが、段々と、どうして綺麗な顔なのに隠しているのか、何歳? 好きなものは何?と質問の中身がプライベートなものになっていく。

ルークはフィルバートが気になって仕方がないらしい。
それは同じ魔法使いだからというより、隣の憧れの人のことを知りたいからのようだった。
そして、フィルバートもルークの質問に全て真面目に答えてくれる。それもルークは嬉しいようだった。

(彼にルークを取られたようでちょっぴり寂しいけど嬉しいわ……。
こんなに誰かに興味を持つルークなんて、初めて見た……赤ちゃんの頃から見ているナニーですら他人行儀なところがあるし……。
それに……)

マリィはフィルバートと話すルークをじっと見る。

今のルークの表情は、いつも見るルークの子どもらしい表情に似ていたが、明らかに何か違った。

(なんというか……確かに今までも幸せそうだったけど、今のルークは心の底から幸せそう……)

初めて見る顔だとマリィは思った。今まで以上に幸せそうな、決して自分だけでは引き出せないルークの顔。これも全て彼のお陰だ。

嬉しくなってマリィは彼を見る。

すると、偶然にも彼と目が合った。

「どうした? マリィ夫人」

「……ただ貴方には本当に感謝しかないな、と。
私もルークも助けていただきありがとうございます」

マリィは立ち止まってフィルバートに頭を下げた。

頭を下げるマリィにルークも慌ててマリィを倣って頭を下げる。だが、フィルバートは数時間前と同じように首を横に振った。

「礼は要らない。
ただ俺が貴方達親子を助けたかっただけだ。
……屋敷まで送っていく。恐らく侍女達が君達をずっと待っているだろう。早く無事な顔を見せようじゃないか」

フィルバートはそう言って微笑む。そんな彼にマリィも微笑み返した。

「えぇ、そうですね……早く帰らないと……。
でも、いつかちゃんとお礼をさせて下さい。フィルバート様。
それに……これっきりなんてさみしいですから」

マリィの目がルークを見る。ルークはハッとなり、空いていたフィルバートの手を掴んだ。

「ねぇ、マリィと僕の家に遊びに来て! いっぱいお菓子用意するし、お茶も出す! それとえっと……と、とにかく、いっぱい用意するから! 絶対来て!」

そう誘うルークの目は一際輝いている。しかし……。

「それは無理だ……」

ルークの手を申し訳なさそうにフィルバートは振り払った。

断られるとは思わず、ルークはショックを受ける。
優しいその人が初めて難色を示したことにマリィも驚いた。
長い前髪越しでも分かるほどフィルバートは本当に困っていた。

「……申し訳ないが、それだけは出来ない」

「ど、どうして?」

「何故なら……」

その時だった。


「だから! あれをやったのは俺の娘だと言っているだろ!」


3人とも聞いた事のある声がして、同時に立ち止まった。

大聖堂前の広場には、ドラゴンに飲み込まれ解放された何百人もの人がいたこともあり、救助隊が️本人確認と体調確認、その保護と護送の為集っていた。

そこで一人の女性、そして、小さな少女を連れた男が、救助隊員2人を相手どって揉めていた。

その服装はボロボロだったが、威勢だけはそこにいる誰よりも立派だった。マリィはその立派な威勢だけで誰か確信し、憂鬱な気持ちになった。

クリフォード。そして、シルヴィーと女の子……面識はないがマリィは知っている。2人の2番目の子ども、ナディアだ。

クリフォードとは夜会や行事で度々遠目から見たことはあったが、シルヴィーは約5年ぶり、ナディアの姿は初めて見た。

何故あの家族がこんな場所にいるのか……マリィはこれまでの経験則から嫌な予感がし頭痛を感じた。

(切実に帰りたい……。でも、あれは……絶対何かやらかす雰囲気だわ)

一方、救助隊員2人は月明かりでも分かるほどに困惑した顔をしていた。

「あのぅ……用のない部外者を救護隊テントに入れるわけにはいかないのですが……」

「用はある!
この街を救ったのは私の娘なんだ! ここにいる大勢の民の前で証明させろ! セレスチア国民は全員感謝すべきなんだ!
この私の娘をな!」

「は、はぁ……」

「なんだ。気のない返事は!
私の娘がお前の命までも救ったんだぞ!
崇めるべきだろう!」

「あのぅ、変なこと言わないでください。
そんな小さい子に何が出来るんです。聖女でもないのに」

「あぁ、聖女ではない!
魔法使いだからな!」

「はぁ? 魔法使い? 頭大丈夫か? 貴方」


クリフォードの言葉にフィルバートは目を剥く。

焦りフィルバートはクリフォードの元へ足早に向かった。

「クリフォード、何をしているんだ!」

フィルバートが声をかけると、救助隊員2人と……そして、クリフォードとシルヴィー、ナディアの目がそちらに行く。

救助隊員2人はフィルバートを目にした瞬間、助けを求めるようにフィルバートに駆け寄った。

「フィルバート様! 助けて下さい!」

「私達では対処し切れず……困ってしまい……」

「君達は持ち場に戻れ。彼らはこちらで対処する」

フィルバートがそう告げると、救助隊員2人は何度もフィルバートに頭を下げ、その場を離れる。

それをクリフォードはぎょっとした目で見た。

「おい! お前ら……!
クソ! 邪魔するな! 私の、私の娘の名誉がかかっているんだぞ」

自分の邪魔をされクリフォードは怒り狂っていた。だが、フィルバートは顔色一つ変えず、クリフォードと対峙する。

前髪から僅かに覗くその目はいつにも増して厳しかった。

「名誉がかかっているなら、こんな場所ではなく、王城に向かったらどうだ?
ここは被災した民が一時の安息を得て帰路に着く為の場所。お前の訴えを聞くところじゃない」

フィルバートの言葉は正論そのものだったが、クリフォードは苛立った。そんな言葉などクリフォードは聞きたくもなかった。

クリフォードは舌打ちした。

「相変わらずウザい奴だな! 
王城なんて行くまでもない! ここで証明出来ればいいんだ!
なぁ? ナディア、あのドラゴンを倒したのも、あの訳の分からない光も、お前がやったんだろ?
さっき、そう言ったよな?」

クリフォードの言葉をフィルバートもマリィもルークも一瞬、理解出来なかった。

だが、ナディアは問われると満面の笑みを浮かべた。

「はい、私がしました。
私がセレスチアを救いました」

「そうだよな! 流石は私の娘だ!」

クリフォードの目は完全にナディアの言葉を信じ込んでいる。

だが、真実を知っているマリィとルークは目を見張った。特にルークは怒り、思わず嘘つきと叫けぼうとした。

だが、ルークを抑えるように、そして、ルーク達だけに見えるようフィルバートは首を横に振った。

「!」

ルークがそれに驚いていると、フィルバートは嘘を吐いたナディアの前で顔色一つ変えず、クリフォードと向き合った。

「本当にそうならば、尚のこと。王城に向かうべきでは?
正しく救世主の誕生なのだから、こんな道端で名を上げるより王城の方で名を上げた方が遥かに良いだろう。
お前だってあの国王陛下に借りができて良いんじゃないか?」

「ぐっ……」

フィルバートが嫌いなクリフォードだが、その言葉には流石に頷くしかなかった。

自分の娘の……いや、自分の価値を知らしめる為にはこんなその辺の貴族しかいないところではなく、もっと地位の高い……それこそ自分をここまで貶めたあの憎き父親、国王の前で知らしめるべきだ。

「っ! お前にしては良いことを言うじゃないか!
ほら、ナディア、来い。今すぐ王城に行くぞ!」

クリフォードが乱暴にその手を掴み、強引に引きずってナディアを王城へ連れ出す。
だが、そのナディアの目は輝いていた。

「え? お城に行くの? 踊るの?ドレスとかある?」

「はぁ? 踊らないしドレスはない。だが、あいつらの鼻を明かせば……これからは確実にドレスもアクセサリーも死ぬほど手に入るぞ」

「ふふふ……やった……」

「あぁ、そうだろう? さぁ、とっとと行くぞ」

2人は揃って、悦に入ったような似たような笑みを浮かべる。

その後ろを、シルヴィーは俯いたまま無言でついていった。その表情は暗く、陰鬱としていて……まるで2人の背後霊のようだ。

3人はマリィやルークには結局気づかず、王城へ行ってしまう。

完全にその背が見えなくなった頃、マリィはそっとフィルバートに目を向ける。

彼らを王城に案内した本人だというのに、彼は苦悩しているようだった。
彼は眉間に皺を寄せ、俯く。

「もう5年も経っているのに、未だに……お前は……。
今度は自分の娘を使って、どうしてそこまで……」

そして、疲れた吐息とともにその呟きは吐き出された。

「これでは何の為に……お前の願いを叶えたのか分からないじゃないか……」






















しおりを挟む
感想 73

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました

由香
ファンタジー
婚約破棄の場で「悪役令嬢」と断罪された伯爵令嬢エミリア。 彼女は何も言わずにその場を去った。 ――それが、王太子の終わりだった。 翌日、王国を揺るがす不正が次々と暴かれる。 裏で糸を引いていたのは、エミリアの兄。 王国最強の権力者であり、妹至上主義の男だった。 「妹を泣かせた代償は、すべて払ってもらう」 ざまぁは、静かに、そして確実に進んでいく。

【完結】結婚前から愛人を囲う男の種などいりません!

つくも茄子
ファンタジー
伯爵令嬢のフアナは、結婚式の一ヶ月前に婚約者の恋人から「私達愛し合っているから婚約を破棄しろ」と怒鳴り込まれた。この赤毛の女性は誰?え?婚約者のジョアンの恋人?初耳です。ジョアンとは従兄妹同士の幼馴染。ジョアンの父親である侯爵はフアナの伯父でもあった。怒り心頭の伯父。されどフアナは夫に愛人がいても一向に構わない。というよりも、結婚一ヶ月前に破棄など常識に考えて無理である。無事に結婚は済ませたものの、夫は新妻を蔑ろにする。何か勘違いしているようですが、伯爵家の世継ぎは私から生まれた子供がなるんですよ?父親?別に書類上の夫である必要はありません。そんな、フアナに最高の「種」がやってきた。 他サイトにも公開中。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。

つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。 彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。 なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか? それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。 恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。 その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。 更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。 婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。 生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。 婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。 後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。 「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった…… 結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。 ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。 愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。 *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 *全16話で完結になります。 *番外編、追加しました。

婚約者の幼馴染?それが何か?

仏白目
恋愛
タバサは学園で婚約者のリカルドと食堂で昼食をとっていた 「あ〜、リカルドここにいたの?もう、待っててっていったのにぃ〜」 目の前にいる私の事はガン無視である 「マリサ・・・これからはタバサと昼食は一緒にとるから、君は遠慮してくれないか?」 リカルドにそう言われたマリサは 「酷いわ!リカルド!私達あんなに愛し合っていたのに、私を捨てるの?」 ん?愛し合っていた?今聞き捨てならない言葉が・・・ 「マリサ!誤解を招くような言い方はやめてくれ!僕たちは幼馴染ってだけだろう?」 「そんな!リカルド酷い!」 マリサはテーブルに突っ伏してワアワア泣き出した、およそ貴族令嬢とは思えない姿を晒している  この騒ぎ自体 とんだ恥晒しだわ タバサは席を立ち 冷めた目でリカルドを見ると、「この事は父に相談します、お先に失礼しますわ」 「まってくれタバサ!誤解なんだ」 リカルドを置いて、タバサは席を立った

王妃様は死にました~今さら後悔しても遅いです~

由良
恋愛
クリスティーナは四歳の頃、王子だったラファエルと婚約を結んだ。 両親が事故に遭い亡くなったあとも、国王が大病を患い隠居したときも、ラファエルはクリスティーナだけが自分の妻になるのだと言って、彼女を守ってきた。 そんなラファエルをクリスティーナは愛し、生涯を共にすると誓った。 王妃となったあとも、ただラファエルのためだけに生きていた。 ――彼が愛する女性を連れてくるまでは。

【完結】結婚して12年一度も会った事ありませんけど? それでも旦那様は全てが欲しいそうです

との
恋愛
結婚して12年目のシエナは白い結婚継続中。 白い結婚を理由に離婚したら、全てを失うシエナは漸く離婚に向けて動けるチャンスを見つけ・・  沈黙を続けていたルカが、 「新しく商会を作って、その先は?」 ーーーーーー 題名 少し改変しました

処理中です...