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27. 利己的茶番劇
しおりを挟む深夜にも関わらず、意気揚々とクリフォードは王城に赴いたが、王城はドラゴン災害の事後処理で忙しく、どこの部署もクリフォードの相手をしなかった。
だが、クリフォードは粘りに粘り……そして、とうとう……。
「あまりに苦情が出るものだからね。
仕方がなく出て来たわけだけど……。
それでなんだい?
こんな深夜に私を引っ張り出して、私も事後処理に追われてて暇ではないんだがな?」
クリフォードの遥か頭上、玉座に座るその人は正しくずっとクリフォードがその鼻を明かしたかった人、アロンゾ国王だった。
こうして面と面で相対するのは実に6年ぶりだった。
クリフォードは笑みが止まらなかった。同時に、心の底から神に感謝した。
この機会を絶好のチャンスに変えるべく、クリフォードはナディアを自分の前に立たせた。
そして、クリフォードは悦に入り自分に酔ったように語り始めた。
「うちのナディアは魔法使いです!
なんとあのドラゴンを消し、街を復活させたのです!
国王陛下も見たでしょう!あの光を、そして、奇跡を!
私の娘こそ救世主なんです!素晴らしいでしょう? 私達夫婦は奇跡の子を作ったのです!
聞いてください。今回の災害で私は……!」
クリフォードは語る。語り続ける。この機を逃したら二度と国王には会えないと知っているからだ。
だが、そう熱烈に語るクリフォードと正反対に、ナディアは国王の前だというのに欠伸をし、つまらなそうに爪の甘皮を弄り始める。
クリフォードの隣にはシルヴィーがいたが、彼女は夫や娘の無礼を止めることなく、ただ虚な目で俯いているだけだった。
そんな様子に国王はため息を吐いた。
流石の彼も見ていられなくなったのだろう。呆れたように肩を竦めると、クリフォードの話を遮った。
「御託はもう良いや。
そこまで言うなら早く証明してくれないか?
クリフォード」
その言葉にクリフォードは待っていたとばかりに、ナディアの肩を掴み、眠そうにしていた彼女を揺さぶった。
「さぁ、見せてやれ! ナディア!
この部屋の中をさっきみたいに光らせろ!」
だが、クリフォードの言葉に彼女は首を傾げた。
「あー、光らせるって、えっ? なにそれ……?」
「おい! セレスチアを救っただろう! 同じ事をやれ!」
「あ、そっか!」
ナディアは合点が行くと、はりきって両手を上げた。そして。
「はい!」
元気の良い子どもらしい声を出し、ナディアは目の前に小さな光の粒子を出した。
……一粒だけ。
なんとも言えない空気がその場に流れる。
蛍の光より小さな光はしばらくの間、浮遊すると、やがてシャボン玉が弾けるように消えた。
「あれ?」
ナディアは不思議そうに瞬きすると、もう一度、魔法をかけた。
「はい!」
また光の粒子が出た……しかし、今度は1秒と持たずに弾けて消えた。
ナディアは焦った。
「あれ、話が違うよ……?」
数時間前。
マリィ達が大聖堂の屋上にいた頃、クリフォードに連れられてナディアは外に出た。
連れてこられたのは大聖堂の近くにある邸宅。
ドラゴンによってめちゃくちゃにされたその場所にクリフォードは連れていき、彼女に命令した。
「さぁ、魔法使いなら何でも出来るだろう!
まずは今すぐこの瓦礫を片付けろ。その次は人を助けて、最後にあの化け物を退治するんだ!
そうすればお前も私も目にものを見せてやれるぞ!」
一気に捲し立てられるように言われ、ナディアは困惑したが、しかし、気分は悪くなかった。
ナディアは生まれてこの方ずっと独りで生きてきた。
生みの親であるシルヴィーもクリフォードも、ナディアが生まれて早々放置したからだ。
2人は世話もせず構いもせずナディアの存在すら目に入れることはなかった。最低限の世話だけは本邸の侍女がしてくれたが、そこには愛情はなく、ナディアはずっと虚しかった。
だが、今、自分が魔法使いだと判明したことで、初めて両親から関心を向けられ、ナディアは舞い上がっていた。
(あの魔法は、お父さんとお母さんが飛んで行っちゃうと思ったら、勝手に出てたものだけど……。
でも、これで私、2人から愛されるかも!
ドレスとかアクセサリーとかお人形とか買ってもらお!)
そう思い、両手を上げ、ナディアが魔法をかけた瞬間、あの光が街を覆い、ドラゴンは消えた。
そして、ナディアが驚いている間に、周りの家々が再生され、人々が復活したのだ。
ナディアは勘違いした、それはもう盛大に。
(これが自分の力なのね……!
凄い! 私、世界を救ったわ!)
ナディアは嬉しかった。
そして、隣にいたクリフォードも嬉しかった。
(この子がいれば、私は返り咲ける!
この5年間、相手にされることもなくなり、シルヴィーもただの陰鬱な女になってしまって、腹立たしかったが、魔法使いの親、それも救世主の親なんてそういない!
私はまた注目の的に……!)
だが、今、その2人の顔は同じようにぽかんとしていた。予想外の展開に2人とも虚をつかれ、理解が出来ないようだった。
そんな2人を見て、国王は辟易し疲れたように目を閉じた。
そして、再び目を開ける。
その目は鋭さを帯びて剣呑に光った。
「貴様らは何しに来た。
私と城の者の時間を無駄にして、私は実に遺憾だが……?
猿芝居なら間に合っている。去れ、不快だ」
玉座の上で国王は足を組む。それと同時にに国王の傍にいる護衛達は全員外に追い出す為に動き出した。クリフォードは青ざめ慌てて国王に弁解した。
「お、お待ち下さい!
調子が……そう調子が悪いのです! 先程街を救いましたから尚更……!
おい、話が違うじゃないか! ナディア、せめて邸で見せたあれくらいやれよ!
魔法使いなら出来るはずだ! あのムカつく野郎だって……」
そこまで言いかけて、クリフォードははたと気づいた。
(何故そんな事を口走ったのだろう。あのムカつく野郎は魔法使いではないはずなのに)
不思議に思うクリフォードに対し、国王はうんざりとしたように肩を竦めた。その顔はまるでクリフォードを内心を覗き見て呆れて返っているように見えた。
「……話は終わったか?」
「は! おわ、終わっていない!」
クリフォードはナディアの肩を揺さぶった。
「おい、ドレスが欲しいんだろ! 真面目にやれ!」
「え? う、うん!」
ドレスの一言でナディアは目を輝かせ、もう一度魔法をかけようとした。
だが、その瞬間、国王と目が合った。
(……っ!)
一瞬、視界の全てが奪われ真っ暗闇の中に叩き落とされたような気がした。
しかし、恐怖するどころではなかった。
ナディアに衝撃が走る。
視界から脳へ、脊髄から身体へ、そして、その衝撃が神経を通って手先まで来た時、ナディアは……。
ナディアは魔法が使えなくなっていた。
「え? え……?」
どんなに念じても何をしてもナディアは魔法が使えなくなっていた。
両手を振るが、何も出てこない。
(これじゃドレス買ってもらえない! 愛されない……!)
何度も何度も両手を振り頑なに魔法を出そうとするナディア。そんな彼女に国王は冷たい目を向けた。
「愚かだな……」
ナディアは自分に向けられたその声を聞いた瞬間、青ざめた。
失望、呆れ、侮蔑……その言葉に含まれた様々な感情を感じ取り、ナディアは慌てて国王と向き合った。
その顔はシルヴィーにそっくりだというのに、表情はクリフォードにそっくりだ。
「待って! ちゃんと出来るんです! 私、ちゃんと……魔法使いで……!」
「さぁ、どうだか?
疑わしいものだ。
だが一つ良いことを教えてやろう。
貴様は己のことしか考えていないようだが、それでは一生魔法使いなど名乗るのは不可能だろうな」
「えっ……」
ナディアが驚く。クリフォードも驚いて国王の方に身を乗り出した。
「どういうことですか!? 魔法使いは自由に魔法が使えるのではないのですか!?」
そんな親子に国王は鬱陶しいそうに顔を歪め、半ばなげやりに答えた。
「貴様が本当に魔法使いだったらの話だがな。
魔法使いの魔法は自分の為ではなく、総じて他人の為に使うものだ。
貴様は自分の為に魔法を使おうとしただろう? だから、何も起きない。それだけのことだ」
国王がそう話すと、ナディアとクリフォードは顔を見合わせた。
その実、魔法というのはその動機が利己的であろうが利他的であろうが行使できるものだが、国王は彼らの性格を考え、そういうことにしたようだ。
そして、それは効果覿面であった。
ナディアは信じられない目で国王を見た。
(他人の為……だからお父さんとお母さん、そして、セレスチアを私は救えたの?
えぇ、待ってよ。じゃあまた別の誰か助けないとダメなの?
私、もう人を救ったよ?早く認めてよ!嘘なんてついてないんだから、認めてくれたっていいじゃない! 早く褒められて、可愛い服が欲しいよ……!)
その隣にいるクリフォードも信じられない目で国王を見た。
(ちょっと待て! そんなの聞いてないぞ!
私は今日この日名声を得るはずだったのに! これでは私の計画が……!
でも、チャンスか? 運の悪い人間に施しを与えれば、俺を崇めるか?
いやいや待て待て。次、父上に相見えるのはいつだ? 今日認められなくていつ認められろと言うんだ!
クソッ、こんなことならあの広場で証明するんだった!)
親子揃って身勝手なことを思う。その思考は全て顔に出ており、国王も傍に居る護衛達もため息を吐きたくなった。
そんな中、ナディアが堪らず国王に声を上げた。
「本当よ!私はセレスチアを救ったの!どうして信じてくれないの! この良い子に生きてた私が言っているのよ、嘘じゃないわ! ねぇ、聞いてよ。おじさん!」
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