真実の愛の犠牲になるつもりはありませんー私は貴方の子どもさえ幸せに出来たらいいー

春目

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28.そして、茶番は終わった。

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国王をおじさんと呼び、護衛も、そして、クリフォードもぎょっとした目で彼女を見る。
 
そして、その瞬間、国王の顔から表情の一切が消えた。

能面のようなその顔に思わずナディアは怖気付く。自分を見つめる目の冷たさには明らかに殺意が滲む。

自分がやらかしたことに気づき、ナディアは恐怖から腰を抜かした。

「ご、ごめんな、さい……こ、国王陛下……」

引き攣る喉をどうにか動かし、辛うじて謝罪するが、国王は許さなかった。 



「護衛。そこの無礼者を牢に放り込んでおけ」




国王の言葉に護衛は頷き、ナディアを通常の罪人と同じように縛り上げようと近づく。ナディアは悲鳴を上げた。

「ごめんなさい! 違う!間違ったの!」

一方。

「ろ、牢だと!?」

クリフォードは慌てて国王に頭を下げた。今ここでナディアを失えば、注目される折角のチャンスが消える。

「国王陛下、お許しください! 子どもの間違いではありませんか!
どうか寛大な心を!」

本当はこの国王に頭など下げたくなかったが、形振り構っていられなかった。

だが、頭を下げ、上げた瞬間、クリフォードの顔からさあっと血の気が引いた。

国王は静かにクリフォードを見下ろしていた。だが、クリフォード見つめるその目はいつか見た、あの母親の葬式で見た殺意に満ちた怒りの目だった。

「何を宣う。前代までセレスチアならば、極刑か、良くて片腕を切り落とした上で焼印だ。その点、私は寛大ではないか。五体満足で地下牢なのだから。
この私に不敬を働いた彼女には地下牢に入ってもらう。そういえば貴様らも6年前、牢に入っていたな? 親子揃って罪人とは仲が良いな……そして、揃いも揃って愚か者だ。
ハッ、貴様らがまさか礼儀一つ教えられない人間とはな。誠に貴様らは私の手を煩わせ不快にさせる……」

怒りに満ちた張り詰めた空気がこの場を支配する。

それは威圧となってその場にいる全ての人間の首を絞め、心臓を抉っていく。

クリフォードは何か言おうとはくはくと口を開けては閉めるが、その凄まじい帝威に恐怖から全く声が出せない。

国王は玉座の上からそんなクリフォードを蔑み、舌打ちした。
その時だった。


「国王陛下、私が代わりに牢に入ります」



大きくも小さくもない淡々とした声が空間に響く。

今連れ出されそうになり絶望したナディアも、恐怖から固まっていたクリフォード、そして、顔色一つ変えずにいる国王も、その声の方を見る。

そこには青白い顔でそこに立つシルヴィーがいた。

かつてセレスチア一の美貌と謳われていた顔は頬痩け、珍しいピンクブロンドの髪は脱穀した麦束のようにパサついてボロボロになっている。
そして、その目は暗く虚空のようになっていた。

「親として責任を取り罪人として服役します……国王陛下の気が済むまで永遠に……」

全てを諦めたように、もしくは、全て覚悟したようにシルヴィーは国王に進言し頭を下げる。

「シ、シルヴィー!?」

クリフォードは慌てた。
国王の怒りからして、おそらく1度牢に入ってしまえば、前回のように直ぐに出てくることは叶わない。一生を牢で過ごすことも有り得る。
クリフォード焦った。

だが、同時にクリフォードは思う。

、と。
最早、かつての美貌もない、自分を輝かせてくれない、シルヴィーにクリフォードは価値を見い出せなかった。
彼女が代わりに牢に入ってくれれば、ナディアを失わずに済む。その方が自分にチャンスがある気がした。

そんなクリフォードの思考はやはり顔に出ていて、護衛達は蔑みの目をクリフォードに向け、そして、シルヴィーはそれを無表情で見ていた。

そして、ナディアの方は、シルヴィーを差し出せば自分が助かると気づいたのか、あれだけ両親からの愛を欲していたというのにシルヴィーをあっさり手放した。

「お母さんでもいいならそうして! 私、地下牢なんて嫌!」

自分の妻、自分の母だというのに、この扱い……護衛達は親子を気持ち悪いものでも見る目で見てしまう。
そして、国王も軽蔑した。

「はぁ……醜いな。お前達を見ていると人類が嫌いになってくる」

国王は足を組み直す。

その一瞬、国王はその目を閉じ、何か考えるとその目をシルヴィーに向けた。

「シルヴィー、に問いたい」

シルヴィーは名前を呼ばれ、俯いていた顔を上げる。

またあの底なしの谷底を見ているような恐ろしい気分になる目がそこにはあるだろうと、シルヴィーは思い、彼を見た。

だが、そこにはこちらを真っ直ぐに見つめシルヴィーを思いやる人間の目があった。

「……!?」

思わず、シルヴィーは目を見開く。その彼女に国王は問うた。

「君は分かったのかい?
特にこの5年は長かっただろう。
君がやってしまったこと、君が犯してしまったこと、そして、その結果君が掴んだもの……。
何か分かったかい?」

その質問にシルヴィーは俯き、クリフォードとナディアは意味が分からず、国王とシルヴィーを何度も見比べた。

やがてシルヴィーは口を開けた。

「私は、無知でした」

そして、その隈やシミで汚れた顔を国王に向けた。

「盲目だったのです。
私は自ら色んなものをどぶに捨ててしまいました。そして、本当は大切にするべきだったものを壊してしまいました。
ようやく私は現実を知りました。
私は……悪い子だったのです」

身体はあばらが浮き、腕はやせ細り、足は棒のよう、指先も手入れされずボロボロになっている。

今から牢に入ると進言しているのに、まるで彼女は今まさに牢から出てきたかのようだった。

そんな彼女に国王は微笑みを浮かべた。

「うん、君の答えは分かった。
では、私は君の選択を
君はそこの無礼者に代わり、地下牢に行きなさい。
二度と日の目を浴びるは無いと思ってくれ。君の娘はそれだけのことをした。
この事は世間に公表させてもらうよ」

「ありがとう、ございます……」

シルヴィーは頭を下げる。

だが、その隣でクリフォードは目を見開いた。

彼が驚いたのはシルヴィーがナディアの地下牢に行くことについてではない。
国王が告げた、公表するというその話だった。

「ま、待ってください!
公表!? 陛下、全て詳らかにする気ですか!」

自分達の恥が世間に公表される……そうなって初めてクリフォードは焦り出し顔面蒼白になった。彼が欲しいの名声であって汚名ではない。

「どうかそれだけは! それだけはおやめ下さい!」

妻が地下牢に向かうというのにそんなどうでもいいことばかり気にする彼に国王は残念そうにため息を吐いた。

「本当に貴様には何度失望すればいいんだろうね……。
護衛、そいつを大人しくさせてくれる?
相手するのも疲れたよ」

そう国王が命じた瞬間、クリフォードは床に叩きつけられた。護衛達の手によってその身体は拘束され、クリフォードは顔面を床に叩きつけられた。

「ガハッ! おい私を誰だと思って……!」

「罪人だよ?」

クリフォードの言葉に間髪入れずに返答したのは国王だった。
クリフォードは床からその玉座を見上げる。

そこにはおぞましいほど冷たい目があった。

「君は6年前から変わらず、罪人だよ?
シルヴィーはたった今、別の罰を誰かさんのせいで被ってしまったけど……。
忘れないで欲しいな。
あと、7年。君達にはあるんだからさ。
特に、クリフォード、貴様は未だに自分を王太子だと思っているのかい?
生まれながらの王太子でもないのにねぇ?」

その言葉にクリフォードは目を見開いた。
自分は生まれながらの王太子ではなかったのかと思い、国王を2度見する。
しかし、国王はそれ以上言及することなく、クリフォードに告げた。

「さて、最終確認だ。クリフォード。
……そうだね。わざとこう聞こうか。
君は真実の愛で結ばれたシルヴィーではなくそこのナディアを選ぶ。そうだね?」

「……っ!」 

クリフォードはその聞き方に悪意と……そして、猛烈な違和感を感じた。

(なんだ……? まるで今、岐路に、否、窮地に立たされているような……そんな気分になる)

クリフォードは、もうこちらを一切見ていないシルヴィーともう関係ないとばかりに手遊びを始めるナディアを見比べる。

もう萎んだ花と今から咲く花。

どちらが良いかなんて分かりきっている。

だが、国王の言い方にクリフォードは引っかかりを覚えた。

しかし……。

「そ、そんな意地の悪い質問するなんて酷いではありませんか?
私が選ぶまでもないというか、結果は出ているではありませんか!
シルヴィーは自ら娘の為にその身を差し出した。だから、私がシルヴィーを選ぶなんて出来ない。答えは既に出ているのです!」

そのクリフォードの上手く取り繕った言葉は空間によく響いた。

はなからシルヴィーのことを選ぶなどなく、適当に言い訳しただけのずるい言葉に……国王は残念そうに顔を歪ませた。

「そう……君はやはり……」

「……?」

「では、親子2人で頑張ってね?
また私の気が向いたら会ってあげよう」

国王が合図すると護衛達がクリフォードとナディアを連れ出す。そのやり方はかなり手荒であり、正に罪人に対する扱い方だった。

「お、おい、まだ話は終わって……!」

「痛い……! 引っ張らないで!」

2人は護衛達に引き摺られるように部屋の外へ連れ出された。



部屋には国王とシルヴィーだけが残る。

2人きりの空間。

シルヴィーは気まずくなり俯いた。そんな彼女に突如、その話は振られた。

「シルヴィー、折角だから君とお話しようか?
……ねぇ、気になってない?
どうして不思議な力を持つ子どもばかり産まれるんだろうって」

その言葉に、シルヴィーは思わず顔を上げた。



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