真実の愛の犠牲になるつもりはありませんー私は貴方の子どもさえ幸せに出来たらいいー

春目

文字の大きさ
49 / 77

42. 似た者同士

しおりを挟む




「フィルバート様!」


その声が聞こえた瞬間、冷えた怒りに満ちていたフィルバートの視界が開けた。

そして、自分の体に回される細い華奢な腕が、両肩を掴むその男からフィルバートを引き離していく。

背中に感じたのは、いつか自分が抱きしめた体温。そして、必死な彼女の吐息。

それが凝り固まっていたフィルバートの心を溶かしていく。

同時に、部屋を支配していた冷気が消え、気づけば温かで穏やかな空気が部屋に流れていた。

我に返ったフィルバートは後ろにいるその人を振り返った。

そこにはフィルバートの予想通りマリィがいた。

フィルバートと目が合うと、彼女はホッと息を吐いてその手を離した。

「良かった……間に合いましたね」

藍色の瞳がフィルバートを映して微笑む。その安堵した笑みに彼は息を飲み……罰が悪そうに視線を逸らした。

「すまない。今度は貴方に助けられてしまったな……。
貴方がいてくれてよかった。マリィ夫人」

そう謝罪すれば、マリィは首を横に振り、フィルバートだけに聞こえる小さな声でそっと彼に告げた。

「謝らないで下さい。こういうのは助け合いでしょう? 希望の魔法使いさん?」

「!」

フィルバートは瞠目すると、やがて、意を決したようにその目を閉じた。
そして、目を開き、その目をマリィから公爵へ向ける。

公爵は呆然と立っていた。部屋が凍りつくというとても現実とは思えない光景を目撃した彼は、あまりの衝撃に固まってしまっているようだった。

「モロー公爵」

だが、そうフィルバートが名前を呼べば、公爵は弾かれたように体を跳ねさせ、その目を慌ててフィルバートに向けた。震える体で彼を指差した。

「おま、おまえ、お前は……!」

「今日のことは全て報告させてもらう」

「っ……!」

ごくりと息を飲む公爵に彼はそう断言し、マリィを促して部屋から出ていく。そして、去り際に。

「貴様はこの治世に混乱と戦争を起こそうとした人間として今後見られるだろう。
そして、もう一つ」

彼はモロー公爵を射抜くように睨みつける。

「今でも言える。俺は何一つ間違っていない。俺は最善を確かに選んだ。でなければ、今日はなかったのだから。
価値が無いのはそちらの方だ。モロー公爵。
そろそろ現実を見ろ。貴様の言葉は全て偏見と貴様の願望で出来ていて反吐が出る。娘の本音すら分からないお前に俺を糾弾する資格は無い」

そう唾棄して、フィルバートは部屋から出て行った。







マリィとフィルバートはその足でカフェから急いで去る。
幸い話し合いは終わっている。侍女が2人分の荷物をまとめていてくれたのもあって、また彼らと鉢合わせないよう、2人はさっさとカフェを後にすることにしたのだ。
ズィーガー公爵家の馬車に乗り込んだ2人は2人してため息を吐いた。

「フィルバート様、何だかどっと疲れてしまいましたね……」

「…………」

あの時、マリィはずっと部屋の外で様子を伺っていた。何か起こったら止めに入るそのつもりでずっと。
そして、予想通り、あの部屋は凍りついた。

「マリィ夫人……ありがとう」

マリィがその声に顔を上げると、そこには申し訳なさそうに目を伏せる彼がいた。

「昔から家族のこととなると、平静ではいられなくてな……直ぐに頭に血が上ってしまう。
あなたが止めてくれて助かった。
でないと、どうなったか……」

そんな彼にマリィは首を横に振った。

「……私も同じですから。
貴方が1番知っているでしょう? 私も、ルークのこととなると冷静になれませんから。
だから、お互い様です」

「……! そうだ。貴方もそうだな……」

その時、不意にマリィとフィルバートの目が合う。言葉はなかったが、2人が思ったのは同じこと。

自分達は意外と似た者同士だったのかもしれない。

それに、つい2人揃って笑ってしまった。
















 







しおりを挟む
感想 73

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました

由香
ファンタジー
婚約破棄の場で「悪役令嬢」と断罪された伯爵令嬢エミリア。 彼女は何も言わずにその場を去った。 ――それが、王太子の終わりだった。 翌日、王国を揺るがす不正が次々と暴かれる。 裏で糸を引いていたのは、エミリアの兄。 王国最強の権力者であり、妹至上主義の男だった。 「妹を泣かせた代償は、すべて払ってもらう」 ざまぁは、静かに、そして確実に進んでいく。

【完結】結婚前から愛人を囲う男の種などいりません!

つくも茄子
ファンタジー
伯爵令嬢のフアナは、結婚式の一ヶ月前に婚約者の恋人から「私達愛し合っているから婚約を破棄しろ」と怒鳴り込まれた。この赤毛の女性は誰?え?婚約者のジョアンの恋人?初耳です。ジョアンとは従兄妹同士の幼馴染。ジョアンの父親である侯爵はフアナの伯父でもあった。怒り心頭の伯父。されどフアナは夫に愛人がいても一向に構わない。というよりも、結婚一ヶ月前に破棄など常識に考えて無理である。無事に結婚は済ませたものの、夫は新妻を蔑ろにする。何か勘違いしているようですが、伯爵家の世継ぎは私から生まれた子供がなるんですよ?父親?別に書類上の夫である必要はありません。そんな、フアナに最高の「種」がやってきた。 他サイトにも公開中。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。

つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。 彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。 なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか? それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。 恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。 その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。 更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。 婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。 生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。 婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。 後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。 「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった…… 結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。 ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。 愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。 *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 *全16話で完結になります。 *番外編、追加しました。

悪役令嬢は永眠しました

詩海猫(8/29書籍発売)
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」 長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。 だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。 ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」 *思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m

居場所を失った令嬢と結婚することになった男の葛藤

しゃーりん
恋愛
侯爵令嬢ロレーヌは悪女扱いされて婚約破棄された。 父親は怒り、修道院に入れようとする。 そんな彼女を助けてほしいと妻を亡くした28歳の子爵ドリューに声がかかった。 学園も退学させられた、まだ16歳の令嬢との結婚。 ロレーヌとの初夜を少し先に見送ったせいで彼女に触れたくなるドリューのお話です。

王妃様は死にました~今さら後悔しても遅いです~

由良
恋愛
クリスティーナは四歳の頃、王子だったラファエルと婚約を結んだ。 両親が事故に遭い亡くなったあとも、国王が大病を患い隠居したときも、ラファエルはクリスティーナだけが自分の妻になるのだと言って、彼女を守ってきた。 そんなラファエルをクリスティーナは愛し、生涯を共にすると誓った。 王妃となったあとも、ただラファエルのためだけに生きていた。 ――彼が愛する女性を連れてくるまでは。

処理中です...