真実の愛の犠牲になるつもりはありませんー私は貴方の子どもさえ幸せに出来たらいいー

春目

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44. デートにしては味気なく外出というには濃い日の終わり

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一方、その頃。


カフェに残されたモロー公爵達は3人して放心状態になっていた。

特にアーネットは膝から床に崩れ落ち、心ここにあらずという様子でただひたすらに虚空を見ていた。

(あの人は誰……?)

顔までよく見てなかった為、そして、心が理解を拒んだ為、アーネットは彼女が誰か分からなかった。
だが、フィルバートと随分親しげな雰囲気なのは分かった。

そして、あの彼女は完全にフィルバートの眼中に入っていた。

彼女が来てから明らかにフィルバートは彼女のことしか見ていなかった……アーネットの事など一瞥もしなかった。

(眼中に入らないどころか、私の事なんかどうでも良くなってしまったみたい。
こんなに苦しんでいる私よりもずっと……
それくらいあの人の方が大切なの?
彼、彼女の事をまるで……)

まるで、恋人のように……。

そこでアーネットはハッとした。
このカフェは本来、貴族のカップルが秘密のデートに使う場所だ。

そこでアーネットは青ざめた。
 
どうかこの前の子どものように自分の勘違いであってくれと願う。しかし、ただの友人関係というには2人は明らかに距離が近かった。

(ダメ……)

荒れた海の上にいる小舟を、ずっとアーネットを、支えていたのは、アーネットを救ってくれた過去の彼だった。

分かっている。

あれからどれだけの年月が経っているのか、あれからあの人だって様々な出会いをして……素敵な人に出会って恋だってするだろう。

だが、アーネットは受け入れられない。

自分を含め誰にも靡くことも無かったあの人が誰かを好いて誰かのものになっているなどどうしても受け入れることが出来なかった。

(私が、私がそうなりたかったのに……!
どうして……!)

何故、こうも上手くいかないのか。アーネットはとことん自分に運が無いことを呪った。


その時、ガタリと大きな音がした。
アーネットがそちらに顔を向けると、モロー公爵が腰を抜かし、床に仰向けに倒れ込んでいた。

「旦那様!」

夫人が慌てて駆け寄る。意識はあるようで公爵は呆然と天井を見ていた。

「旦那様! 大丈夫ですか? 旦那様!」

必死になって夫人は公爵を揺さぶる。だが、公爵は天井を見たまま動かない。しかし、やがて、ゆっくりと口を開けた。

「見たか……? ジュシー……」

空気に溶けるほど小さな声だったが、夫人は確かにその声を聞いた。

「旦那様? 見たって何のことでしょう?」

夫人は意味が分からずそう聞くと、公爵は勢い良く上体を起こした。

「あの人だ! フィルバート・セレスチアだ!」

「……?」

その呼び方にアーネットは嫌な予感を覚えた。

公爵の口元がニタリと弧を描く。その瞳は仄暗く、焦点が一切どこにも合っていなかった。

公爵は興奮したように立ち上がると、夫人の手を引き、夫人を立ち上がらせた。

「見ただろう! ジュシー!
この部屋が一瞬で凍りついた! 確かに冬になった!」

「え、えぇ! 恐ろしい出来事でございました……何だったのでしょう? 旦那様」

夫人は不安そうに公爵を見る。
すると、公爵は夫人の手を両手で包み込んだ。

「あれはきっと神の力だ。私達は奇跡を見たんだ。
だってそうだろう!? でなければ、一瞬で熱い紅茶が凍りつくものか!」

「まぁ……! 神の!
私達は神の御業をこの目で見たのですね?」

「そうだ! そして、私は気づいたのだ!
フィルバート・セレスチア様! 彼こそが神であると!」

「なんてこと!」

公爵が興奮気味に、まるで演劇のようにわざとらしく朗々と語ると、夫人も興奮したように目を輝かせた。

「では、私達は神に出会ったのですね?」

「そうだ。何故彼が神の身でありながら、王にならなかったのか。疑問だが、きっと何かの陰謀によるものだろう!
可哀想な方だ。あれだけの力がありながら、あのクソタヌキに追いやられ国を陰ながら支えることしか出来なくなったのだろう」

「まぁ、それはなんと哀れな……」

夫人はハンカチで涙を拭う。そんな夫人の体に公爵は手を回した。

「なぁ、ジュシー。私達であの神を王にしないか?
私達モロー公爵家ならば、彼を救うことが出来るはずだ。
クソ狸を抹殺し、彼を玉座に。
さすれば、私達は神の寵愛を得られるはずだ」

「あら、旦那様は天才ですわ。そして、お優しい……あの方を救うということは旦那様は英雄ですね」

「ああ! そうだ! 私は英雄だ!」

公爵は笑う。笑って、笑って、夫人と一緒に踊る。
彼は想像だけで有頂天になり、想像だけで全てを理解したつもりになり、想像だけで決意し覚悟を決めた。

そして、最後に公爵はアーネットを見た。

「どうだ? アーネット、彼の伴侶になる気はないか?
お前は彼の王妃になるんだ!彼の唯一無二の女になるんだぞ!」

その言葉にアーネットは目を見開いた。











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