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第二章 誰が為に花は降る

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レジナスさんに抱っこされたまま、
天井画や彫刻、絵画が並ぶ王宮の中を
あちこちキョロキョロ見ているうちに
いつの間にか周りの景色が変わっていた。

緑の匂いがする、と思ったら目の前には
広い庭園が広がっていて
少し先には大きな木が一本、ぽつんと立っている。

「あそこにいるのがリオン様だ」

レジナスさんが庭園に入る前に
立ち止まって教えてくれた。

木陰には剣を構えた男の人が一人立っていた。

その人がピッ、とフェンシングみたいに
剣を突き出すとその切っ先に
木から舞い落ちる花びらが綺麗に刺さった。
しかも花びらは2枚同時に刺さっている。

えっ、すごくない?
目がほとんど見えないんだよね?

「・・・さすがリオン様。また腕を上げられたな」

レジナスさんの声が嬉しそうだ。
行こうか、と言うとその人のところへ
まっすぐ歩き出す。

短く綺麗に刈り込まれた芝生を
さくさく踏みしめながら近付くと、
その音と気配に気付いたリオン殿下が
花びらが突き刺さっている
剣先に向けていた意識をこちらに向けた。

「やあ、ようこそ。お待ちしてましたよ。
・・・・?レジナス、その腕に
抱いている人が癒し子様なのかな?」

リオン殿下は柔らかに微笑んでくれたのだけど、
剣をしまいながら不思議そうに小首を傾げて
レジナスさんにそう尋ねた。

「癒し子様はまだ小さな子どもだったよね?」

「はい、見ての通りまだ幼い少女です」

「幼い・・・?あれ、本当だ。」

2人のやり取りをレジナスさんに
抱き上げられたまま聞きながら、
殿下のお顔を見る。

確かに、顔の半分くらいを
斜めに大きな傷跡が覆っている。
でも思ったほどひどくはない。

色は赤味も混ざった少し濃いピンク色で、
特に引き攣れているとか
ケロイドになっているとかではない。

なんていうか、色白の人が真夏に
日焼けし過ぎて真っ赤に
火傷してしまった
日焼け跡みたいな感じ?

もう、ルルーさん脅かし過ぎ。
もっとひどいのかと思っていたよ~。
まあ王族の顔にこんなに
大きな傷跡があるってだけで
もしかしたらこの世界の人達には
一大事なのかもしれない。

顔の傷跡よりも私が痛ましいなと思ったのは
リオン殿下の両目だ。

レジナスさんの方を見て話している姿は
一見普通に見えるけど、
よく見るとその両目は白く濁っている。
元々は青く透き通った、
サファイアのような美しい瞳だという話だけど
今は限りなく白に近い薄水色だ。

私の視線が気になったのか、
リオン殿下はレジナスさんから
こちらへ向き直り話しかけてくれた。

「改めまして、ようこそ癒し子さま。
僕はこの国の第二王子、
リオン・エークルド・アルマ・ルーシャと
申します。・・・この度は、我が兄イリヤが
無礼を働き誠に申し訳ありませんでした。
兄に代わり心よりお詫び申し上げます」

片手を胸に当て、優雅な仕草で
腰を折るとリオン殿下は私に向かって
丁寧なお辞儀をする。

少し色の濃いクリーム色をした、
肩口まである柔らかそうな髪の毛が
さらりと流れた。

ひえぇ、王子様に頭を下げさせてしまった‼︎

「や、やめて下さい‼︎
大声殿下のことはなんとも思ってません‼︎
怒ってませんから‼︎」

慌てて声を上げたら、リオン殿下は
目を丸くして顔を上げた。

「大声殿下」
「あっ‼︎」

いつも心の中でそうののしっていたから
無意識に声に出してしまった。
不敬罪⁉︎
青くなって両手で口を塞いだがもう遅い。
レジナスさんもびっくりしたように
私を見ている。

「ごっ、ごめんなさい‼︎」

とりあえず謝ろう。抱っこされたまま
今度は私が頭を下げたら
あっはは‼︎と明るい大声でリオン殿下が笑った。

「聞いたかいレジナス。兄上のことを
大声殿下だって‼︎
違いない、癒し子様は面白いことを言うなあ‼︎」

言い得て妙だ、義姉上にも教えてあげたい。
リオン殿下は涙を流さんばかりに笑っている。

あれ、怒られない?

「・・・確かに、間違いではないですが。
でも本人の耳に入ったら、
多分あの人いじけますから。
ヴィルマ様にお教えなさるのであれば
本人が同席していない時になさって下さい」

ふぅとため息をついて
レジナスさんも同意している。

「はぁ、面白かった。
さて、立ち話もなんだからこちらへどうぞ。
ちょうどティータイムだから軽食と、
甘いものも色々準備させておいたよ」

ひとしきり笑ったあと、
リオン殿下はさっきまでとは
打って変わった砕けた雰囲気で
木陰に準備してあったテーブルへと
案内してくれた。

レジナスさんは椅子の上に私を
そっと座らせてくれて、
丁寧にドレスの皺を伸ばすと
スカートの形も整えてくれた。
あれ?私の従者かな?

リオン殿下の護衛騎士なのに
なんで目の前の主を差し置いて
私の面倒を見ているんだろう。

でも当の殿下はさして気にならないらしい。

「なんだい君、ずいぶんと過保護だね。
君のそんなところ初めて見たよ。
一体どうしちゃったんだい?」

呆れたように言うと一口大の
サンドイッチをぱくりとつまんでいる。

「ユーリはまだ小さいので。
ルルー殿にも、くれぐれも頼むと
言われておりますから」

「そんなもんかねぇ。なんか君、
ルルーをうまいことダシに使ってないか?」

ふーん、と殿下は器用に自分でお茶を淹れると
私にも勧めてくれた。すごい。
普通に見えているみたいだ。

「・・・失礼ですが、殿下は本当に
目が見えていないのですか?」

不躾なことは重々承知の上で、
思い切って聞いてみた。
どの程度見えなくて、
どんな感じで普段は過ごしているのか
知りたい。
どんな事でも何か癒しのヒントに
ならないかな?

ふふ、とリオン殿下は優しく笑いかけてくれる。

「僕のことはリオンと呼んでほしいな。
癒し子様も、名前で呼んでもらいたいと
思っていると聞いているよ。
レジナスのように、ユーリと呼んでも?」

「はい、リオン様。どうぞ私のことは
呼び捨てでお願いします。」

「ありがとう。さて、ユーリの質問だが
僕の目は本当にほとんど見えていない。
日常生活は精霊と魔力を使って
視力を補っているだけだよ。
だからこうして、今対面に座っている
ユーリがどんな顔をしているのかも
実は良く分かっていないんだ。
君の姿はぼんやりとしたシルエットと
赤いドレスを着ているという
ことくらいかな、分かるのは。」

あと、お茶を淹れられるのはただの慣れだね。

リオン様はそう言って笑った。

「リオン様、ユーリは黒髪で目が大きくて、
まるで黒い仔猫みたいに
愛らしい顔立ちをしております。
今はリオン様の方を見ながら
マドレーヌとクッキーのどちらを食べようか
迷っているところです」

レジナスさんが急に余計な実況を入れてきた。
なっ!それじゃまるで、私の食い意地が
張ってるみたいじゃないの!

慌ててマドレーヌの方を選んで
自分のお皿にのせるとレジナスさん⁉︎と
顔を赤くして抗議の声を上げた。

「それは言わなくていいことだと思いますっ!」

「悪かった」

あんまり悪いと思っていなさそうだよね!
だってまたリオン様に今ユーリは
白い頬をリンゴのように赤くしています、とか
いらんことを教えてるし。

「君たち、随分と仲がいいんだね。
レジナスがこんなに打ち解けてるのも
珍しいよ。ありがとうユーリ。
彼と仲良くしてくれて。
それに僕のこの顔を見ても
怖がらないでいてくれて」

私とレジナスさんのやり取りを、
眩しそうに目を細めて眺めると
リオン王子は微笑んだ。

リオン様の顔を怖がるだなんてとんでもない。
ちょっと大きな傷跡があるだけだ。
それに、ルルーさんの言った通りだった。
とても優しくて穏やかな人だ。
自分の護衛騎士のレジナスさんを
気にかけて、私みたいな小さい子どもにも
お礼を言ったり丁寧に接してくれる。

私に目のことを聞かれても、
腹を立てることも不機嫌になることもなく
事実をきちんと教えてくれる誠実なところもある。

なんとかして力になりたいな。
少しずつ仲良くなっていけば
何かできるようになるかしら。

「リオン様もこれからは私と
仲良くしてもらえると嬉しいです!」

心からそう思ってきゅっ、と
自分のドレスの裾を握りしめたのだった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・


癒し子と僕が会うというその日の午前中、
レジナスがひどく落ち込んだ
暗い雰囲気で僕を訪ねてきた。

いわく、癒し子に僕の目を
治してもらえるのではないかと
浮かれ過ぎて彼女の気持ちを
傷付けたのだという。

彼女は、僕を治せなかったら王宮から
出ていかなきゃいけないのかと
ルルーに尋ねたらしい。

一応ルルーがそれはきちんと
否定したらしいが癒し子には
気を遣わせて悪いことをした。

まだ小さいと聞いているが、
周囲の空気を敏感に感じ取り
自分の立場を理解しているのだ。
改めて、賢い子なんだな。と思った。

となれば、今回は打ち解けることだけを
まずは目標にしよう。
そのためにも僕のこの顔の傷跡を
怖がらないでくれればいいのだけれど。



「杞憂だったな」

癒し子ユーリを部屋に送り届けるために
レジナスも去って、1人になった庭園で
ぽつりと独り言が出た。

ユーリという少女は色々と規格外で
興味深かった。

初対面で僕の顔をじっと見つめている
視線は感じていたけど、
それは怯えや好奇心というよりは
ただそこにあるものの事実を淡々と
確かめているようだった。

嫌悪や好奇の目で見られる事には慣れているが
まるで検分するようなそんな視線を
浴びるのは初めてだ。

変わっているなあ、と思いながら
まずは兄上の非礼を詫びたら
これまた想像もしていなかった
返事が返ってきた。

・・・大声殿下だって?

兄上のことをそんな風に言う人は初めてだ。
普段から歯に衣着せぬ物言いをする
魔導士団長のシグウェルですら
そんな事は言わない。

でもすごく良く分かる。大声殿下。

久しぶりに自分の目や傷の事も忘れて
腹の底から涙を流すほど笑った。
それだけでもう、ユーリに
会った甲斐があるような気がする。

いつになく愉快な気分になり
テーブルについたら、
今度はレジナスが面白かった。

まるで従者のように甲斐甲斐しく
ユーリの世話を焼いていたかと思えば
聞いてもいないのに
ユーリがどんな風にかわいいのかを
なぜか熱心に僕に伝えてきた。

それを聞き恥ずかそうに
抗議の声を上げたユーリとの
やり取りも微笑ましい。

まさかあの無愛想なレジナスが
こんなに他人となごやかに交流するなんて。

でもテーブルについている時以外は
行きも帰りもずっと抱き上げているのは
さすがに過保護じゃないかな?

また来ます。と手を振って
レジナスの腕に抱かれたまま
帰って行ったユーリからも
若干不満げな雰囲気が伝わってきたぞ。

そう、抱き上げられていると言えば。

ここを訪れた癒し子を初めて見た時、
僕の目にぼんやりと見えたのは
小さな子どもの姿ではなかった。

精霊を介して見えているイメージだから
正確ではないかもしれないが、
レジナスの腕に抱き上げられているその人は
子どもというよりもすでに
大人に近い歳の美しい少女だった気がする。

腰の辺りまでありそうな長い黒髪が
きらきらと風に揺れていて、
赤いドレスに映えていた。

レジナスに掴まっている腕も
ほっそりとしていて白く長く、
とても小さな子どもとは思えなかったのだ。

癒し子は小さい子どもと聞いていたから、
レジナスは一体誰を連れてきたのだろうと驚いて
思わず確かめてしまった。

そうしたら彼は癒し子を連れてきたと答えた。
幼い少女です。というので
もう一度彼女を見遣れば、
今度は確かに小さな少女が
その腕に抱かれているように見えた。

イメージの感知が間違っていたのだろうか。
それとも気まぐれな精霊のいたずらか?

不思議なこともあるものだと
思ったけれど、その後のユーリとの
交流は久しぶりに僕の心を明るくしてくれて、
大きかろうが小さかろうが
すぐにどうでも良くなった。

打てば響くような言葉の返しや
気配りに満ちた会話は
子どもと話しているのだということを
忘れるくらい楽しくて、
予定していた面会時間は
あっという間に過ぎて行った。

ユーリは笑い転げる声も軽やかで、
目をキラキラさせて僕の話を興味深そうに
きいているのだろうという雰囲気が
こちらにも伝わってきた。
レジナスがいう、仔猫のように
愛らしいというその顔を見られないのを
ちょっと残念に思う。

彼女も楽しんでくれたようだし、
これからまた何度でも会いたいなと思った。
そんな気持ちも久々で、
ユーリとの出会いをもたらしてくれた
女神イリューディアに
僕はそっと一人感謝を捧げたのだった。












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