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第五章 シグウェルさんと一緒

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キィ、と軽い音を立てて両開きの
扉をシグウェルさんが開く。

お屋敷の中を通り抜けて、広々とした
庭園に出るとその建物はあった。

屋根の部分がドーム型になっている
ガラス張りの大きな建物は、
そのガラス部分がスモークを
貼ってあるみたいに黒くて
中は見えないようになっている。

花火の実験はいつもこの中で
しているらしい。

扉を開けたシグウェルさんに
促されて、マリーさんと一緒に
入ってみると地面には石畳が
敷いてあって、何やら魔法陣みたいな
模様が書いてある。

天井は薄暗くて、壁のところどころに
ぼんやりとした明かりが光っていた。

「これが星の砂だ。」

壁際のテーブルの上に置いてあった
ガラス製の水槽みたいな四角い箱を
シグウェルさんが指し示した。

「へぇ~綺麗ですね。」

箱を覗き込む。

箱の中には、半分ほどの高さまで
真っ白くてこまかい砂が入っていた。
その中にときどき赤い色の
ガラスっぽい小さな粒も混じっている。

「星の砂はここにあるのが全てだから、
もう一つ箱を準備して中身を分ける。
君にはその2つに力を使って貰いたい」

なるほど。まあ1個よりは2個ある方が
実験にはたくさん使えるからね。

「ではここからはお2人にまかせて、
わたくし達邪魔者は外に出て
待っていましょうか‼︎」

笑顔でそう言ったセディさんに、
ユリウスさんは胡乱うろん気な
視線を投げかけた。

「なんでですか。こんな薄暗い中に
団長とユーリ様を2人きりに
するわけないじゃないっすか。
俺は残りますよ、実験の立会人も
必要だし万が一の事故に備えての
補助もいるっすからね。」

どうもさっきからセディさんの言動が
怪しいんすよねぇ、
と言うユリウスさん。

どの辺が?
首を傾げる私にちっ、という小さい
舌打ちが聞こえたような気がした。

「ではわたくしは騎士殿や侍女殿らと
外で待機しております。
ユリウス様はくれぐれもお2人の邪魔を
なさらないようにお願いいたしますね。
ユールヴァルト一族と召喚者様の
共同作業という尊い行い、
他人様が邪魔をしてはなりませんよ‼︎」

そういえばあのキリウ小隊の
名前の元になった人は
シグウェルさんのご先祖様だって
王宮で勇者様の功績を勉強がてら
教えてもらったっけ。

今の話ぶりからしてもセディさんは
勇者様とシグウェルさん一族の関係に
誇りを持っているみたいだ。

なるほど、それならもしかすると
私とシグウェルさんにも
100年前の勇者様とキリウさんていう
人みたいに、お互い仲の良い友達に
なって欲しいのかもしれない。

今のところシグウェルさんに
親しい友人はいないって
ユリウスさんも言ってたし。

だから私達が友達になる邪魔は
しないで欲しいってことか。

1人納得してふんふん頷いていたら

「何を考えてるのか知らないっすけど、
なんとなく今のユーリ様は的外れな事を
考えてる気がするっす」

ユリウスさんに失礼な事を言われた。

「何言ってるんですか、私はただ
シグウェルさんともっと仲良く
なった方がいいんだなって
思っただけですよ!」

「なんすかそれ?え、怖い怖い、
そんなこと絶対リオン殿下の前で
言わないで下さいよ⁉︎」

私に友達が増えても別にリオン様は
怒らないと思うんだけどなあ。

「素晴らしいお考えです‼︎
ぜひともこれからも坊ちゃまのことを
よろしくお願いいたしますね‼︎」

セディさんは感激の面持ちで両手を
組み、期待を込めた目で、まるで
祈るように私を見つめている。

やっぱり。
勇者様とキリウさんの2人みたいに
なって欲しいって思ってるんだ。

ノイエ領で猫耳の私に驚いていた
シグウェルさんを見てから、
こんな氷の美貌でほぼ無表情な人でも
人並に驚いてこういう顔を
するんだなと思ったら、
私は前ほどシグウェルさんと
話す時には緊張しなくなっている。

なんていうか、シグウェルさんも
人の子なんだなと実感して
ちょっと親しみを持った。

だから仲良くなるために
これからは今まで以上に
たくさん話しかけようと思う。

まあその後仲良くなれるかどうかは
シグウェルさん次第になっちゃうけど。

「・・・よし、準備ができたぞ。
ユリウス、お前は念のため
この空間の結界の強化を頼む。
オレは万が一の発火に備えて
ユーリの補助につく」

私達が話している間に、
シグウェルさんは2つの箱に
星の砂を分けて入れ終わっていた。

「それではわたくし達は外に出て
待っております。
お付きの方々もどうぞ、お茶を
準備しますので休憩しながら
お2人をお待ちしましょう。」

シグウェルさんの言葉に、
邪魔をしてはいけないとばかりに
セディさんは綺麗なお辞儀をして
さっと下がった。

「頼んだ」

最近いつもするように、ポンと頭を
ひと撫でしたシグウェルさんに言われて
ガラスの箱におでこをくっ付ける。

目を閉じてイリューディアさんに
お願いをすると、いつものように
くっつけているおでこがじんわりと
暖かく感じてそっと目を開けた。

「・・・だいぶ増えたな」

「こぼれるかと思って焦ったっす!」

ガラスの箱のふちに近いところまで
砂は増えていた。

あれ、なんか金色のも混じっている。

「最初に入ってなかった金色のも
入ってないですか?」

シグウェルさんを仰ぎ見ると、
注意深くそれを取り出してくれた。

「安直だが、君の星の砂のイメージが
具現化したってことじゃないのか?
これを入れた花火がどんな風に
なるのか実験が楽しみだな」

見せてもらったそれは、
クリスマスツリーのてっぺんに
飾られてるみたいな金色の星形を
したガラス状のもので、
小指の爪ほどの小ささだ。

なるほど、安直といえば安直だ。
まんま星形だもの。
単純過ぎないか、私。

「ここまで自分の考えてることが
そのまま反映されるとちょっと
恥ずかしいですね・・・。
もう少しカッコいい感じとかに
できればいいのに。」

「下手に雑念が入るよりは感じたまま
素直に力が反映された方がいい。
その方が加護の力も純粋に強く
働くはずだからな。」

シグウェルさんはそういうけど、
もう少し何か応用は効かないのかなあ。

金色の砂粒を手にユリウスさんと
シグウェルさんが2人で意見を
交わしているのを見ながら考える。

勇者様以来の召喚者とユールヴァルトの
一族との共同作業だってセディさんにも
期待されちゃってたしなあ・・・。

・・・ん?共同作業?ああ、そうか。
一つ思い付き、シグウェルさんに
話しかける。

「シグウェルさん、この星の砂を
使ってやりたいことってありますか?」

「なんだ急に。花火以外でか?」

「あんまり危なくないことが
いいですけど・・・。
もしかすると砂を増やす時に
私の加護の力で何か効果を
付け加えられないかと思って。
何か考えていることがあれば
参考までに聞かせて下さい。」

危なくないこと、と言われた
シグウェルさんは考え込んでしまった。

えっ、やっぱり砂の性質上
炎上とか爆発系のことしか
やろうとしてなかった⁉︎

私の脳裏に一瞬、某宮崎映画の、
腐り落ちる巨大な兵士の横で
薙ぎ払えー‼︎と言っている女の人と
大炎上している地平が思い浮かんだ。

「七日間も地上で火が燃え続ける
やつとかはダメですからね⁉︎」

「なんすかそれ、結構過激なこと
思い付くんですねユーリ様。
発想が団長と変わらなくて怖いっすよ」

ぎょっとしたユリウスさんに
引かれてしまった。

アニメ‼︎アニメ映画の話だから‼︎
私が考えたんじゃないよ⁉︎

「それはそれで面白そうだが・・・
危なくないの線引きが分からないな。
その砂を原料に、炎殺系の火竜を
模擬で作るのもダメか?
火トカゲの大きいのや、燃えながら
飛ぶ火喰い鳥、消えない炎を纏った
炎狼あたりならどうだ?」

なぜ思い付くのが魔物一択なのか。
しかも炎のあとに殺すって字が
入ってるし。物騒以外の何物でもない。
譲歩してそれって何?

「アンタつい最近、騎士団の演習に
ホンモノそっくりな氷瀑竜の
模擬魔物を持ち込んだのにまだ
懲りてなかったんすか⁉︎
炎殺系の竜とか正気ですか⁉︎」

ユリウスさんが青くなった。
そういえばユリウスさんのお父さん、
騎士団の団長さんだったから
おうちで怒られたのかもしれない。

「え、えーとちなみにどうして
それなら大丈夫って思ったんですか?
私的には危険だと思うんですけど・・」

友達になる第一歩は相手の考えを
知ることからだ。
頭ごなしに否定しないで、
とりあえず話を聞いてみよう。
恐る恐る尋ねたら、

「不死系ではないんだ、倒せるだろう。
倒せる以上は危険ではないと思うが?
色々な種別の模擬魔物で訓練して
おかなければ、実戦で困ることにも
なるしな。ちょうど良くないか?」

逆に不思議そうに言われた。
そういうこと⁉︎

理由を聞けば分からなくもないが、
かなり危険だと思うよ。

「ま、魔物を作る以外で‼︎他に何か
試してみたいことないですかっ⁉︎」

難しいな、と再度シグウェルさんは
考え込んだ。
難しいですか、そうですか。

磨き上げられた彫像みたいに
整った美貌をして紫色の瞳で
ジッと考え込んでいる姿は綺麗なのに、
頭の中では物騒な事しか
考えてないとか落差が凄い。

いや、慣れればそれはそれで
面白い人と言えるのかな?
私がその領域に達するまでは
まだまだかかりそうだけど。

「それならこれはどうだ、
明かり取り用の発光する魔石の
代わりに、結界魔法をかけた
ガラスの中に入れて火をつけて
ランプの代用品にする。」

「あー、それいいっすね。
容器の耐久性の問題はあるけど、
魔石を持ち歩くよりは嵩張らないかも。
元々発火しやすい性質だし、
火をつけなくても密閉された
容器の中で振るだけで
点火できればもっと便利っす。」

顔を上げたシグウェルさんの言葉に
ユリウスさんも同意した。

それっていわゆるペンライト的な
感じだろうか?

「それこそさっきのユーリの
言葉ではないが、一度点火したら
七日間でももってくれれば
魔石を消費するより効率がいい」

面白いかもしれないな、と
シグウェルさんは頷いた。

ちなみに星の砂自体は発火しやすいけど
マッチの火がすぐに消えてしまうように
燃え尽きるのは早いらしい。

だから花火などの火薬類に混ぜて
使うのが一般的だという。

「一度火がついたらある程度
燃え続ける星の砂、ですね。
それって周りに燃え移らないように
できたりしますか?」

「君がリンゴの木を作った時、
マール以外では育たないように
しただろう?それと同じで、
砂以外では燃えないようには
できないのか?」

なるほど。それならなんとかなるかな。

「えーと、じゃあ燃え続ける期間は
どうしようかな・・・。
さすがに1週間は長いですよね。
3日間くらい?」

「妥当なところだな。というか君、
本当にその条件付けで砂に加護を
与えてみるつもりか?」

今になって、ようやく私が本気で
マールのリンゴの時と同じように
星の砂にも条件付きの加護を
与えようとしているのに気付いた
シグウェルさんがそう聞いてきた。

「そうですよ。砂の入った箱は
もう一つあるし、せっかくだから
新しいことにも挑戦してみようかと
思ったんです!だから、はい。」

私はシグウェルさんに片手を
差し出した。

「?なんだこれは。」

差し出された私の手をシグウェルさんは
不思議そうに見つめている。

「手を繋いで、今一緒に考えたことを
私が加護を与えている間もずっと
考えていてくれませんか?
星の砂の性質が私はまだよく
分かっていないので、
他に燃え移らないようにする
こまかい調整には自信がないので。」

そんな事できるんすか、と
聞いていたユリウスさんも
目を丸くしている。

「やったことはないし今思いついたので
ぶっつけ本番ですけど・・・。
できそうな気はするんです!
共同作業ですよ、シグウェルさん‼︎」

そう言った私の手を、
シグウェルさんはじっと見つめていた。




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