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第五章 シグウェルさんと一緒

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ー共同作業ですよ。

そう言われて目の前に差し出された
ユーリの小さな白い手を、
オレはじっと見つめた。

今まで何かに対して誰かと一緒に
魔法を使うなどしたことがない。

共同作業だなどと言われたのも
生まれて初めてだ。

その必要がなかったからだ。

オレと同等かそれ以上の魔力を
持つ者でなければそんな作業は
意味がない。

言うなれば、他人の手を借りずとも
魔法に関することならば
オレ一人で事足りたのだ。

むしろ他人に介入される方が
邪魔ですらある。
傲慢と言われようが、それは
揺るぎない事実でもある。

だがそれはユーリの出現と共に
大きく変わった。

リオン殿下の治しようもない怪我を
回復させ、殿下だけでなく
他の者にまで加護を与えながら
ただ寝込むだけの魔力切れで
済んだところや、

今までに見たことも聞いたこともない
加護付きのリンゴを想像だけで
作り上げてしまうところ、

無尽蔵に食べ物が湧いて出てくる
籠を作ろうと思いつくところ。

その発想といい、それをあっさりと
実行できてしまう魔力の膨大さといい、
どれもこれもオレには到底
出来ないことばかりだ。

神の加護を受けた召喚者と
言うだけでなく、
その発想のユニークさや自由さは
ユーリだからこそなのだろう。

だからだろうか、最近は彼女の言動が
とても気になる。

考えたこともない興味深いことを
言われたり驚かされることも
多いからだろうか?

そういえば、魔力は関係ないが
ノイエ領に着いた時に
見たこともない猫耳を模した
髪型で突然現れた時も驚いた。

あの時、殿下がユーリに鈴が
どうのと言っていたがなるほど
あの髪型に鈴は似合う気がして、
ヨナス神への牽制で結界石を
魔除けにと考えた時に、思わず
それを鈴の形にしてしまったのだ。

頼まれもしないのに誰かに魔道具を、
それも女性向けに作ったことは
なかったが我ながらなかなか
良い出来になったと思う。

リオン殿下には何故か怒られたが、
ユーリにはよく似合っていたし
喜んでいたから問題ないだろう。

彼女が喜ぶ姿を見ていると、
もっとその喜ぶ顔を見てみたくなる。

驚いた顔を見ても、あの特徴的な瞳を
丸くしてぱちぱちと瞬くその表情を
また見てみたくなる。

・・・ノイエ領での夕食会後、
殿下の前でわざとユーリの手に
口付けたのは殿下への諸々の
意趣返しも含んでいたが、
オレがいつもと違うことをしたら
ユーリがどんな反応を見せるかも
気になったからだ。

貴族の令嬢に対するような礼を
取るとユーリの頬には、
さっと朱が差してみるみる赤くなった。

あの時の思わず固まってしまった
ユーリは、猫耳の髪型も相まって
驚いて動けなくなった猫のようで
愉快だったし、

そのすぐ後に頬を膨らませ
オレに抗議する様子も
それまでに見たことのない表情で、
それを見られて
満足している自分がいた。

不思議だ。

少し前までは、何かを食べて
幸せそうな顔をしているユーリを
見るだけで満足していたはずなのに。

なぜか今はもっとたくさんの顔を
見たいと思っている。

笑顔だけでなく驚く顔や恥ずかしげに
上目遣いでオレを睨んで怒る顔、
・・・今日のように大量の瓶を前に
困っている顔、誇らしげに加護の力を
説明する顔。

くるくるとよく変わる表情を前に、
次はどんな顔を見せてくれるのかと
思ってしまう。

一体いつの間にオレは
ユーリに対してこんなにも
興味を持ってしまっていたのか。

『世の中理屈だけじゃないんっすよ、
時には理由もなく心が動いて
しまうこともあるんっす‼︎』

いつだったかユリウスの奴が
そう言っていたが。

・・・ただその時のあいつは猫耳姿の
ユーリの小さな絵を抱き締めながら

『だからこれはただの出来心、
衝動的に描いて貰ったんです‼︎』

と叫んでいて、まったくもって
説得力がなかったので
何をバカな、と一蹴した。

まさかそのバカの主張に
納得させられる時が来るとは
夢にも思っていなかった。

なるほど、これが心が動くと
いうことなのだろうか?

今もまた、他の者なら
思いもつかないような事を
言われてオレの心はまた
ユーリへと傾いている。

「共同作業ですよ!」

意気揚々とそう宣言された。

癒し子の加護の力を使う時に、
オレのようなただの魔導士が
介入するだと?

どうすればそんな突飛なことを
思い付けるのか。
さすがのオレでもそんなことは
考え付かない。

万が一、失敗して貴重な星の砂を
ダメにしたらどうする?

しかし、なぜかユーリは自信満々だ。
失敗するなど微塵も思っていない。

・・・魔法を具現化するのに
大事なのはイメージ力だ。
ここまで自信があるのなら、
もしかしてということもあるのか。

「シグウェルさんと一緒なら
絶対成功しますよ‼︎大丈夫です‼︎」

ユーリの漆黒の瞳の中で期待を
滲ませるようにきらきらと
金色の光が瞬いている。

その顔は思い付いたいたずらを
これから実行するような
楽しげな表情が浮かんでいた。

・・・また一つ、オレの知らない
ユーリの顔を見つけた。

そこまで期待されたのなら
仕方がない。

ふっと一つため息をついて、
子ども特有の少し体温の高い
ユーリの手を取った。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



共同作業ですよ!と言って
意気揚々とシグウェルさんへ
手を差し出したら、
なんだかものすごくじいっと
それを見られた。

あれ?
シグウェルさんのことだから
てっきり面白そうだな、とか言って
すぐに乗ってくると思ったのに。

だいぶ長く間が空いた。
なぜだろう。

まさかダメって言われるのだろうか⁉︎
それは困る!

せっかく思いついた便利そうな使い道、
星の砂は扱いが難しいみたいだから
ここは慣れているシグウェルさんの
協力がぜひとも必要だ。

「シグウェルさんと一緒なら
絶対成功しますよ‼︎大丈夫です!」

そう言った私がよっぽど必死に
見えたのだろうか、
シグウェルさんはふっと息を吐くと
小さく笑って私の手を取ってくれた。

それは本当に僅かな表情の変化で、
目元を緩ませて口の端でほのかに
笑んだだけだったけど、
氷が溶けたみたいな綺麗な
笑顔だった。

見てしまったこっちがなぜか
赤面してしまう。
くっ、これだからイケメンは。

ちょっと微笑まれただけでどきどきして
こっちが落ち着かない気持ちになるとか
なんなんだろう。

「なんだ、どうかしたか」

不思議そうに聞かれた時には、
またいつもの冷たい無表情に
戻っていたけど、なんかもう
こっちに慣れてきたから
ずっとこの冷たい顔の方が
私の心臓にはいい気がする。

「いえ・・・シグウェルさんは
もうずっとそのままでいた方が
いいなと思っただけです。」

「意味がわからない。
・・・というか、君の手に
オレの手を乗せるのは無理があるな、
逆にするのはどうだ。」

確かに。私の小さな手に
シグウェルさんの手は大きすぎる。

右手の平を差し出されて、
私は自分の左手をその上に乗せた。

余った方の手はそれぞれ
ガラスの箱について目を閉じる。

「3日間の間は燃え続けて、なおかつ
砂以外のものには燃え移ったり
燃え広がったりしない星の砂。
君がこれから増やすこの箱の中の
砂はそうしたいと言うことなんだな?」

シグウェルさんにもう一度確認された。
情報のすり合わせは大事だ。
イメージの一致が成否を左右する。

「はい、そうです!
あ、あとこの砂からは火炎系の
模擬魔物は作れないように
お祈りしますからね⁉︎
そこもよろしくお願いします!」

念のため危険のタネは潰しておこう。
そう思って付け加えたら
隣でまた小さく笑った気配がして
分かった、と言われた。

「では始めますよ。」

しっかりと手を繋ぐために、
重ねたシグウェルさんの手と
私の手を、恥ずかしいのを我慢して
恋人繋ぎにしてぎゅっと握り直した。

このほうが力は伝わるような
気がして思わずそうしてしまった。

一瞬、シグウェルさんの手が
強張ったような気がした。
ごめん、私も恥ずかしいけど
ちょっとの間だけ我慢して‼︎

集中だ。ガラスの箱におでこをつける。

さっきシグウェルさんと話したことを
思い出しながら、星の砂が赤々と
燃えてそれを見た皆が喜ぶ顔を
思い浮かべた。

ほんのりと額が暖かくなる。
と、重ねた手にシグウェルさんの
力がこもったような気がした。

ふっと目を開けて箱を見る。

さっきの箱のように、
箱のふちいっぱいまで砂は
増えていた。

「成功じゃないですか⁉︎」

手を繋いだまま、隣の
シグウェルさんを見てみると
若干顔色が悪い。

「あ、あれ?どうかしましたか?
まさか失敗・・・・⁉︎」

焦る私に違う、とシグウェルさんは
首を振った。

「体中の魔力を持っていかれるかと
思った。あともう少しでも長く
加護を付けていたら魔力切れを
起こしたかもしれない。
・・・ユリウス、悪いがオレに
回復魔法をかけてくれ」

そう言ってふーっと大きく息を
はくと、握った手はそのままに
シグウェルさんは座り込んでしまった。

「加護付けは恐らく成功している。
箱の中を見てみろ、赤以外の
ガラス質も混じっているだろう?
ユーリの使う力にオレの魔力が
吸収されるような感じがしたが、
2人の魔力が混じり合って
さっき話していたような効果が
星の砂についたんじゃないか?」

「団長でそこまでへばっちゃうなら
団長以外の人だとユーリ様の
加護の補助はできないっすね。
しかもユーリ様、ピンピンしてるし。
午前中だって200個も瓶に対して
加護の力を使ってたのに、
疲れてないんですか?」

シグウェルさんの肩に手を当てて
回復魔法をかけているユリウスさんが
不思議そうにそう聞いてきた。

「私は全然・・・。強いて言うなら、
ちょっとお腹がすいたような?
甘いものが食べたいかなあ。」

ドライフルーツがいっぱい入っている
パウンドケーキとかいいですね!と
言ったらユリウスさんにまた引かれた。

「なんすかそれ。団長の魔力を
根こそぎ持ってったのに
お腹がすいた程度で済んでるって、
もうなんか、凄いを通り越して
むしろ怖いっすよ。
あれ?じゃあリオン殿下の時に
魔力切れを起こしたのって
どんだけの力を使ってたんすか。」

ああ、まあ、あの時は全身全霊を
かけてリオン様を治すことに
集中した結果、
とんでもない強化人間を爆誕
させちゃったしね・・・。

ついでにレジナスさんにも
加護を付けちゃったし。

そこでようやくある程度回復したらしい
シグウェルさんが立ち上がった。

繋いでいない方の左手で箱の中の
砂をさらさらと掬っては落とす。

「見てみろ。明らかに
さっきまでとは違うだろう?」

確かに。金平糖みたいな形をした
透明感のあるガラスみたいな粒が
混じっている。

大きさはさっきみたいに小指の爪ほど
なんだけど、その色は金色だけでなく
紫や赤、銀など様々だ。

「シグウェルさんの髪や目の色に
似たのも混じってますね!
形はさっきの星形よりもこっちの方が
なんかいいなあ・・・。」

やはりセンスの差か。
まあ2人の意思がきちんと
砂への加護に反映されたと思えば
成功なのかも知れない。

「2人の初めての共同作業は
成功ってことですね‼︎」

繋いだ手を振って喜んだら
虚をつかれたようにポカンとした
シグウェルさんが、ふいと横を向いて

「・・・悪くない」

小さく呟いた。薄暗い建物の中で
その表情はよく見えないけど、
珍しく照れているような気がした。

友達と一緒に何かするっていうのは
初めてっぽいもんね、シグウェルさん。

この調子で100年前の
勇者様達みたいに、
私達も仲良くなれたらいいな。

そう思っていたら、

「ていうか、いつまで2人は
手を繋いでるつもりなんすか⁉︎
仕事が終わったんならさっさと
離れて下さいよ、もう‼︎」

ユリウスさんに繋いだ手を手刀で
切られた。ちょっと乱暴すぎない?

私とシグウェルさんが友達になるのを
何故か心配しているみたいだ。

シグウェルさんに友達ができて
何が悪いというのだろう。

私が何か悪影響を与えるとでも
言うのだろうか。

「セディさん、私の分もおやつを
用意してくれてるといいなあ。
早く行きましょう‼︎」

ちょっと面白くなかったので、わざと
もう一度シグウェルさんの手を取り
ぐいぐい引いて歩き出した。

そんな私に、珍しくシグウェルさんは
されるがままで文句も言わない。

まだ疲れているのかも知れない、
早く座って休ませてあげないと。

そんな私達の後ろを
あっ、また・・・‼︎とか言って
ユリウスさんが慌てて追いかけて来た。

「・・・お待ちいたしておりました!」

にこにことセディさんが私達を
迎えてくれる。
期待に満ちた目で、すぐにでも
話を聞きたそうだ。

さあ、さっきの共同作業の話を
教えてあげなくちゃ。

セディさんの期待に応えられる
結果ならいいんだけど。
そう思いながら、いそいそと
私はテーブルについた。



























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