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第八章 新しい日常

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私のために亡き王妃様のガーデンルームを
生活のための居室に改装する。

そう決めた陛下はふーん、と顎を撫でた。

「少し・・・そうだな、数週間も貰えれば
あそこをユーリちゃん仕様に変えられるから、
その間は悪いがまた王宮に移っててもらえるか?
リオン、お前もだ。当分の間は二人とも王宮の
客間を使っててくれ。なるべく早く戻れるように
しとく。その時は今日オレが刈った羊の毛で
作らせた毛布でも新居祝いに贈ってやるわ。」

「いや、それは別に・・・」

いりません、と断るリオン様にはぁ⁉︎と陛下は
声を上げた。

「ほんと顔と違って可愛げがない奴だよなあ。
なんだ、もしかしてアレか?オレがユーリちゃんと
仲良くするのがそんなに面白くねぇのか⁉︎」

「仲良くするっていうか、ユーリを振り回してるのが
面白くないですね。もっと大事に扱って下さい。」

お茶を静かに飲みながら言うリオン様は陛下に
冷たい。いつもはリオン様が私を膝に乗せてるから、
それを取られたとでも思っていそうだ。

「ほら、ユーリがマドレーヌを食べたそうに
見てるけどそこからだと手が届かないでしょう?
ちゃんと気付いてあげないと。」

そう言って口元にすいとマドレーヌを近付けられる。

何というかさすがリオン様だ。
私のことを良く見てるよね。食い意地が張ってるとも
思われていそうだけど。そう思いながらぱくっと
マドレーヌを齧れば、陛下がまた声を上げた。

「お前、癒し子を餌付けしたってのは本当のこと
だったんだな⁉︎何やってんだよまったく‼︎」

そうだそうだ!もっと言ってやって欲しい。
多少は慣れたしもう諦めの境地に至っているとは
言え、恥ずかしいのには変わりないんだから。

久しぶりにレジナスさん以外にリオン様にまともに
注意をする人が現れた。そう喜んでいたら、

「そんなのオレだってやりたいに決まってんだろ!
だから早く会わせろって言ってたのに何だよ‼︎」

すごい勢いでリオン様からマドレーヌを奪って
私に食べさせようとしてきた。
注意・・・してくれたんじゃなかった・・・?

「男の嫉妬は醜いと言ったのはどこの誰ですかね」

「嫉妬じゃねぇ、羨ましいって言ってんだよ!
マディウスの奴にも騎士団見学に来たユーリちゃんに
昼メシ食わせたって自慢されてんだよこっちは。
国王を差し置いてそりゃないだろうが。
国王ってなんだ?国で一番偉いんだろ、なのに
何でオレだけまだユーリちゃんには会えないわ
メシは食わせてやれてないわなんだよ!
あんまりだろうがよ‼︎」

そこで国王ってなんだ?と来るとは思わなかった。
少なくとも私にご飯を食べさせる人じゃないと
思います・・・。とは言えないので、黙って
差し出されたマドレーヌを食べる。

奥の院で出されるものともまた違う、
蜂蜜の甘さとバターの香りにふんわりと
柑橘類の風味もしておいしい。
口の中でほどけるように崩れる食感も絶妙だ。

「おっ、うまいか?甘いもの好きな第二妃の
お抱え菓子番に作らせたんだが気に入ったか?
これはここに来ないと食えないからいつでも
遠慮なく遊びに来るといい。」

「必死ですね父上。」

慣れた手付きでお茶のおかわりを淹れたリオン様が
陛下に負けじと私にそれを手渡してくれた。

「はい、ユーリの好きな花の香りのお茶。
そのマドレーヌの柑橘の風味にも合うと思うよ。」

にっこり笑ってそう言うリオン様に陛下は
ちっと舌打ちをする。

「お前だってユーリちゃんの気を惹くのに大概
必死だろうが。お前のそんなに大人げないところ、
初めて見るわ。・・・まあ今までが我慢の
連続だったことを思えば、今更多少わがままに
振舞おうとも許してやるよ。
周りにも何も言わせねぇから好きにしろ。」

なんせオレは国王だからな。
少し嫌味っぽくそう言った陛下にそこで初めて
リオン様は何の意図もない純粋な微笑みを浮かべた。

「ありがとうございます。父上のそのお言葉と
お許しが一番欲しかったんです。
それをいただけただけでも今日は会いに来た甲斐が
ありました。ユーリを連れてこれからも時々は
顔を見せに来ますよ。」

「いや、時々じゃなくていつでも来いよ。
あと別にお前が来れなくてもユーリちゃんだけ
寄越してくれればいいんだって。」

私を撫でながら陛下は呆れたように言う。

リオン様が我慢の連続だったって言うのは
目が見えなかったこの三年間のことかな。
確かに色々と大変だったのだろう。

「これで僕の王位継承権も無くしてくれれば
より嬉しいのですが。そうすれば心置きなく
ユーリの側にずっといられるし、兄上の補佐を
するにも便利だというのに。」

「それはさすがに駄目だ。神殿に入っている
カティヤですらまだ王位継承権があるのに
癒し子の配偶者ってだけでそれを無くせるかよ。」

「残念ですね。僕に継承権が残ったままだと、
勇者様の時と同じようにまた王家が召喚者を
抱き込んだと他の貴族の不満を煽りませんか?」

「他の貴族っていうか、そんなこと言ってきそうな奴
なんてユールヴァルト家しか思いつかないけどな?」

シグウェルさんちだ。どうしてだろう?

私が不思議に思っている様子なのを見てとった
陛下が説明してくれる。

「勇者様はユールヴァルト家の跡取りのキリウと
親友だったしあそこの家としては出来れば勇者様には
一族の誰か、それこそキリウ・ユールヴァルトの
姉か妹と結婚してユールヴァルト家に入って
欲しかったんだよ。それをお姫様二人がかりで
王家に横からかっ攫われたって未だに根に持ってる。
今の本家当主にも、一緒に飲むと酔う度に嫌味を
言われるから相当悔しかったんだろうなあ。
だからユーリちゃんとリオンが一緒にいることで、
また王家が召喚者を占有してると言い出すかも
しれないってことだ。」

そんな話があったんだ。

「じゃあ私が魔狐の毛皮を貰った時シグウェルさんに
ちゃんと許可をもらっておいて良かったんですね。
じゃないと今頃私はシグウェルさんちの子に
なってたかもしれないんですか?」

それよ、と陛下が頷いた。

「まったく、ユーリちゃんのお見舞い品にかこつけて
あいつら何してんだって話だよ。
うっかり知らずにあの魔狐の毛皮を使ってたら、
今頃ユールヴァルト家はユーリちゃんが家に来るって
噂をあちこちにばら撒いてたはずだ。
真面目なはずのアントンまで一瞬になって
何してんだか・・・。その件を知った時は
驚きを通り越して呆れたね、オレは。」

「シグウェルが冷静に対処してくれたから
良かったけど、ユールヴァルト家はユーリを
気に入ってるみたいだから気を付けてね。」

リオン様に念を押された。
そう言われても、何にどう気を付ければいいのか
ピンと来ない。

「どんなことに気を付ければいいですかね?」

「今回みたいに珍しいものをくれた時、特に
魔法に関するものの時は怪しいと思ってね。
あと、おいしいお菓子を食べさせてあげるって
言われてもついて行ったりしちゃいけないよ。」

「リオン様、私のことなんだと思ってるんですか?」

やっぱり食い意地が張ってると思っているのかな。
ちろりと見やれば、

「だってユーリちゃん今、両手にお菓子持ってる
もんなあ。こりゃ甘いのを道なりに点々と
置いとけば、それを拾いながら後をついてくると
思われてもおかしくないよなあ。」

そう言った陛下はおもむろにお菓子を持つ私の
片手をひょいと取り、その手にあったマドレーヌを
ぱくりと食べてしまった。

「あっ‼︎」

私のマドレーヌ。
がっかりしていると大声で笑われた。

「せめて片手は空けておかないと、何かあった時に
対処するのに遅れるから気を付けろ。
いやそれにしてもユーリちゃんの手から食べる
菓子はことさらに甘くて美味いな。
ユーリちゃんに菓子を与えただけでなく
手ずから菓子を食べさせて貰ったとは
次にマディウスに会った時、自慢できる
いいネタが出来たぜ。
さすがにアイツもこれはないだろうしなあ。」

そう言った陛下は私を膝から降ろすと立ち上がった。
どうやら面会時間はここまでらしい。

陛下は再び羊の毛刈り用のハサミを手に持つと、
それをくるりと回した。

「お前らはレジナスとルルーがここに迎えに
来るまでもう少しゆっくりしていけ。
残った菓子も包ませるから、奥の院に戻ってから
食べるといい。ああそうだ、奥の院の改装は
5日後からにする。それまでに荷物をまとめて
王宮に移れるようにしとけよ。
じゃあまたな、ユーリちゃんはいつでも遊びに
来てくれよ?オレは大歓迎だ!」

そう言った陛下は最後にもう一度私を抱き上げて
抱き締めると頬に口付けを一つ落として解放した。

その後ろ姿を見送りながら、国王陛下にしては
親しみやすいけどあのペースに巻き込まれると
疲れるなあ・・・とぼんやりと思い、そこで
はたとリオン様がやけに静かなのに気付いた。

あれ?私が陛下にお菓子を食べさせた・・・
っていうか、食べられたら怒って注意しそうなのに。

「リオン様?」

陛下を見送って振り向くと、真剣な顔をした
リオン様がそこにはいた。

「リ、リオン様?」

思わずまた名前を呼んでしまった。

「僕にも食べさせて。」

「え?」

真剣な顔で何を言い出すかと思えば、

「そうだよ、なんで気付かなかったんだろう。
ユーリにお菓子を食べさせてあげたことはあっても
その逆は今までなかったんだ。
それなのに父上に先を越されるとか有り得ない。
父上が食べさせてもらったなら僕もそうして
もらってもいいはずだよね?」

えぇー・・・何ですかその理屈。
それこそ陛下に聞かれたら男の嫉妬がうんぬん、と
言われそうなことをリオン様は真面目に言っている。

「いえ、でもさっきのあれは食べさせたっていうか
食べられたみたいなもので」

「お願いユーリ。」

あっ、出た。リオン様のお願いだ。
しかも真剣な顔で言われてしまった。
圧はないけどとても断りにくい。

「どうせ誰も見てないよ?ね?」

いつの間にか膝の上に座らされてしまった。

はいこれ、と手にマドレーヌを持たされる。
こ、ここまでされて断る勇気は私にはない。
ノーと言えない日本人の悲しい性よ・・・。

「うう、じゃあはい・・・。」

恥ずかしくて顔を見てられないので、俯きながら
リオン様にマドレーヌを差し出せば、それを
口にしたのだろう。それを持つ私の手に僅かに
振動が伝わった。あーん、とは言ってないけど
ほぼそれに近い行為に赤面する。

何これ、食べさせられてる側じゃないのに
なんかすごく恥ずかしいんだけど。

「ありがとう、ユーリ。」

手首を掴まれてハッとして顔を上げれば
とても嬉しそうにリオン様が笑っている。

「すごくおいしい。」

そう言って、掴んだ手首を自分に寄せると
食べかけの残りのマドレーヌを私の目を見ながら
口にした。全て平らげると唇をぺろりと舐める。

先日私に口付けたカティヤ様とそっくりな、
なぜか無駄に色気のあるそんな仕草をされると
こちらの身が持たないのでやめて欲しい。

「あ、そ、それは良かったです・・・」

視線を外してぽそぽそとそう呟いた私の視界に
新しいマドレーヌが飛び込んできた。

「え?」

「お返しに僕も食べさせてあげる。はい、どうぞ。」

いや、お互い食べさせあうとかそんなイベント
私のこれまでの人生の中で一度もない。

「恥ずかしいのでいいですっ‼︎」

さすがにそう言ったら反論された。

「神託でも言われたでしょう?ユーリの成長には
愛情が必要だって。こうして大事に扱われてるって
いうのはきっとどこかでイリューディア神様も
見てくださってるよ。大丈夫、他には誰も
見ていないから恥ずかしくないよ。」

神様だけが見ている。
それはそれで恥ずかしいのではないだろうか。

そう思ったけど、こういう時のリオン様は私が
言うことを聞くまで我慢強くずっと待ち続けていて
諦めないのだ。だから結局私が根負けする。

陛下がいなくなったら、すっかりいつもの
リオン様のペースだ。

「自分だけ食べさせられるのが恥ずかしいなら
僕も一緒に食べてあげる。」

どういう意味?不思議に思えばまだ掴まれていた
私の手にリオン様は新しいマドレーヌを摘ませた。

そして手首を引いて、それをおもむろに自分の口に
近付けたかと思うとまた齧り付いた。

「なっ・・・」

何で⁉︎と言いかけて開いた私の口にもそっと
マドレーヌが差し込まれる。

はっとして反射で思わずそれを食べれば、
私達二人のマドレーヌを持つ手は交差して
お互いが同時に食べさせあっている格好になった。

一緒に食べてあげるってこういうこと⁉︎

びっくりしてリオン様を見れば、リオン様も私を
見つめていてその瞳は嬉しそうに細められている。

誰も見てなくて良かった。
恥ずかしいどころではない。
そう思っていた時だ。

「あらあら、お二人とも仲睦まじくて大変
よろしゅうございますね。その幸せそうなお姿、
アルマ王妃様にも見ていただきたかったですわ。」

ルルーさんの声が耳に飛び込んできた。

ぎぎぎ、とぎこちなくそちらを見れば嬉しそうに
笑っているルルーさんに目を丸くしている
レジナスさん、そしてその二人を案内してきた
あくまでも無表情を貫いている陛下の護衛騎士さん
二人がいた。神様だけが見ているどころじゃない。
衆人環視だ。しかもこれ絶対陛下にも報告される。

「ごっ、誤解です!見ないで下さい‼︎」

この時ばかりは大声殿下にも負けない私の
大きな声が陛下の庭園に響き渡った。




























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