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第八章 新しい日常

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「おはようございます、ユーリ様。
今日はよろしくお願いいたします。」

奥の院の謁見の間で、入ってきた私を待っていた
シェラさんはそう言って微笑んだ。

相変わらず爽やかな朝の空気には不似合いな、
滴るような色気を滲ませた笑顔だ。

「おはようございますシェラさん!
こちらこそよろしくお願いしますね。
久しぶりに会うけど元気そうで良かったです!」

「ユーリ様も、久しぶりにお会いしても変わらぬ
美しさに心が震える思いです。いえ、むしろ
久しぶりにお会いするからこそユーリ様の美しさを
改めて実感させられますね。その可憐な輝きの前では
朝露を含む薔薇の花ですらもその存在が霞みます。」

あ、ハイ。シェラさんは久しぶりに会っても
安定の癒し子原理主義者っぷりだった。

今日の私はシェラさんと一緒に騎士団の野営訓練を
見学に行く。例のキャンプ飯を食べる日だ。

レジナスさんも行くんだけど、ひと足先に
騎士団へ打ち合わせに行っている。

『・・・それじゃユーリ、後からシェラが
迎えに来るからあいつと一緒に来てくれ』

今朝方そう言っていたレジナスさんは心なしか
少し元気がなかった。例の、叱られている
レトリバー風の雰囲気だ。
ないはずの耳と尾が垂れているのが見える
みたいだった。

『勝負にのって負けた君が悪いんだから、
いい加減気持ちを切り替えたらどうなんだい?』

リオン様にもそう呆れられていた。

そう。今日の私はレジナスさんとシェラさんの
二人が勝手に私を賭けて試合をした結果として、
シェラさんに縦抱っこされなければならないのだ。

移動中ずっと。それって騎士団の人達が訓練してる
目の前でもってことだよね?

前回騎士団へ見学に行った時は自分の足で
歩いていたのに、あの時より成長しているにも
関わらず今回は馬での移動中以外はずーっと
シェラさんが縦抱っこ。

何という辱めだ。なぜか私が罰ゲームを受けている
みたいな気分になる。

腑に落ちないなあと思っている私にはお構いなしに
シェラさんは嬉しそうに微笑んでいる。

「その髪型も服装もとても素敵です。
騎士団の者たちがユーリ様の可愛らしさで
訓練に身が入らないかも知れませんね。」

「ありがとうございます。でもこれで本当に
大丈夫なんですかね?何だったら今から髪だけでも
三つ編みとかポニーテールにしたいんですけど・・」

私の今日の髪型は猫耳のアレンジだ。
頭の左右に立ち上がった二つのお団子は三角だけど、
はっきりした猫耳にはしていない。

なんとなく猫耳っぽいかな?くらいに留まっている。
ていうか、そうして貰った。

猫耳姿で真面目に演習をしている騎士さん達の
ところにお邪魔するなんてふざけてるとしか
思えない。

それなのに、窃盗団騒ぎで迷惑をかけたあの時の
護衛騎士さん達にお礼とお詫びをしたいと騎士団へ
伝えてもらったら、それはいいからその代わり
演習見学に来る時は流行りの猫耳ヘアでぜひ
来て欲しいと謎のお願いをされてしまったのだ。

そんなのでいいのなら、と思ったけどノイエ領の
時のような猫耳はやっぱり真剣な訓練の場には
ふさわしくないだろうと、少し控えめにしてみた。

「ユーリ様の雰囲気に大変よくお似合いの髪型だと
思いますよ。可愛らしい髪型がいつもより
凛々しいその格好にもよく映えます。
それは騎士団の団服ですか?」

シェラさんが首を傾げる。そりゃそうだ、
小さな女性サイズの団服なんてあるはずがない。
そう。私は今、騎士団の団服風の服を着ている。

「お洋服はシンシアさんが作ってくれました!
騎士さんぽく見えますか?」

2回目の騎士団見学はシンシアさんが張り切って、
より騎士さん達が私に親しみを持ってくれるようにと
私サイズの団服風の服を作ってくれたのだ。

濃いグレーでハイネックの半袖に黒いパンツ、
膝丈位まである学ラン風の詰襟もきっちりとした
黒い上着を着て腰のベルトをしっかり締めたら、
中央騎士団風コスプレの完成だ。

きりりとした格好に、ニセモノだけどなんとなく
私の気持ちも引き締まる思いだ。

騎士団の団服は今日私が見学に行く中央騎士団や
東西南北の各地方の騎士団で黒の団服に入る
刺繍の色が違う。ちなみにレジナスさんみたいな
王族の護衛騎士や陛下の護衛騎士もまた刺繍の色が
違って細かく指定されている。

シンシアさんはちゃんとそこもふまえて私の服にも
中央騎士団の団服と同じ金色の刺繍を入れてくれた。

そういえば、キリウ小隊は同じ黒い隊服でも刺繍は
隊服の色より数段濃い珍しい漆黒の染料で作られた
糸で刺繍されていてそれが特別な感じでカッコいい。

「ユーリ様とオレの隊服がお揃いなのは大変
光栄ですが、刺繍まで同じでしたらもっと
嬉しかったと思うのは欲が深すぎますか?」

少しだけ残念そうな様子で、シンシアさんに
最後の服装チェックを受けている私を見て
シェラさんはそう言う。

「キリウ小隊は特別じゃないですか!そんな人達と
お揃いだなんて私の方が恐れ多いですよ‼︎」

話していたら、ハイネックの上にチョーカーと
リオン様から貰ったネックレスが見えるように
調整していたシンシアさんが自分のポケットから
何かを取り出したのに気付く。

「なんですかそれ?」

「前回は騎士団で迷子になったとルルー様より
聞きました。ですので、ユーリ様がどこにいるか
分かるように鈴を付けさせていただきます。」

「エッ」

「あら、思っていた通り可愛らしいですわ!」

ちりりんと私の首元で鈴の音が軽やかに響く。

急いで鏡を見せてもらえば、チョーカーの下に
赤いリボンで飾られた小さな金色の鈴が
鎮座していた。

完全に猫の首に付けるのと同じ感じのやつだ。
しかも着ているのがほぼ黒一色な上に黒髪の私には
赤いリボンと金の鈴は目立つ。

せっかく髪の毛を控えめな猫耳にしたのに
これでは猫っぽさが増してしまっている。

「すでに公務へ向かわれたリオン殿下に
お見せできないのが残念ですね。
とっても可愛らしいですよ、ユーリ様。」

リボンの角度を調整しながらシンシアさんは
すごく満足げにしている。

「今日はシェラさんとずっと一緒なので迷子には
なりませんよ⁉︎心配はありがたいですけど、
これは必要ないんじゃ⁉︎」

そう言う私を眺めていたシェラさんが失礼、と
シンシアさんに声を掛けた。

「すみませんが金色の細めのリボンはどこかに
余っていませんか?ありましたら革に刺せる
太めの針と、刺繍に使った金糸も貸して下さい。」

頼まれたシンシアさんはすぐにそれを出してきた。
なんだろう。そう思っていたら、

「ああ、ユーリ様はそのままで。ほんの少しだけ
立ったままじっとしていて下さいね。」

シェラさんは針に糸を通すと失礼いたします、と
私に声をかけてせっかく締めた上着のベルトを
緩めてしまった。

そのまま膝をついてベルトを手にすると、
すいすいと金のリボンをそのベルトの上から
あっという間に縫い付けてしまう。

きゅっと再びベルトを締め直せば、黒いベルトの
真ん中に細い金色のアクセントが入って
団服コスプレが少しだけ華やかになった。

「首元だけが目立つようでしたので、これなら
ほんの少しですが目線を下げるように誘導できます。
ユーリ様のお姿もこの方が華やかになりますしね。」

ぷつりと糸を噛み切ったシェラさんは楽しそうに
微笑んでいる。え、シェラさんて裁縫も出来るんだ。

しかも私を立たせたまま、あっという間に
固い革ベルトにリボンを縫い付けてしまった。

シンシアさんもシェラさんの早業に目を丸くした。

「まあ・・・シェラザード様、一体どこで
そのような裁縫の技術を身に付けられたんです?
縫い目も美しくきっちりと揃っておりますし、
マリー達に見習わせたいくらいです。
それに、おっしゃる通りベルトが少し華やかさを
増した分、この服装でもユーリ様の女の子らしさが
出ますし視線も首元だけに集中しませんわね。」

確かめるようにベルトを撫でてなるほどと
シンシアさんは頷いている。

「せっかく可愛らしいリボンを付けたのですから
ユーリ様には更に美しく装っていただきたい
ですからね。騎士団の団服はよくお似合いですが、
リボンに比べますといささか地味に見えまして。
勝手に手を加えてしまい申し訳ありません。」

綺麗なお辞儀をしたシェラさんにシンシアさんは
慌てて首を振る。

「いえ、頭をお上げ下さい!ユーリ様を可愛らしく
する為でしたら如何様にされても良いのですから‼︎」

・・・かわいくするためなら如何様にでも、って
私の意志はどこに?そう言いたかったけど、
なぜか私を飾り立てることで意気投合してしまった
二人には私が口を挟む余地がなかった。

「わかりました・・・じゃあリボンはそのままで、
これでいいです。」

なんだか最近、リオン様以外の人にも根負けして
押し切られることが増えてきたような気がする。

あれ?もしかしてこのままだと私も勇者様と
同じく押し切られて配偶者が無限増殖のパターン?
ふと恐ろしい考えが脳裏を掠めた。

・・・いやいや、まさか。
ぷるぷると頭を振って頭に浮かんだ考えを打ち消す。

「ユーリ様、どうかなさいましたか?
どこかお加減でも悪いのでは?」

心配したシェラさんにひょいと抱き上げられた。

「いえっ!ちょっと考え事をしていただけです‼︎
ていうかシェラさん、抱っこが早いですよ⁉︎
ここはまだ建物の中なんですけど⁉︎」

「外まではほんの数十歩の距離しかありませんから、
たいした違いではありませんよ。
何事もないのでしたら良かったです。
そろそろ行きましょうか。」

そう話すシェラさんに、シンシアさんが本日は
よろしくお願いいたしますと頭を下げる。

そうなのだ。今回は侍女さんが誰も付いてこない。
私のお供はシェラさんと、膝掛けなど軽い荷物を
付けた馬に乗る騎士さん一人だけだ。

王都の郊外、大きく広がる大森林と山裾で
野営訓練は行われる。

そしてそこに向かう道のりは貴族用の立派な馬車が
走るには向いていない。

はっきり言えば悪路なので馬車より馬の方が
便利だと聞いて、ダーヴィゼルドの時のように
シェラさんと二人乗りの馬で行くことにしたのだ。

崖下りや渓流越えを経験した後だと少し道が
悪いくらいどうってことはないだろう。

玄関先で馬番さんに引かれて待っていたのは、
白にグレーのまだら模様の大きな馬だ。

それはダーヴィゼルドに行く時にシェラさんと
二人で乗っていったのと同じ馬だった。

慣れた馬で少しでも悪路を快適に行こうという
気遣いが見て取れて、それがとてもありがたい。

行ってきますね、とシンシアさん始め馬番さんや
他の見送りの人達に手を振って、シェラさんに
お供の騎士さん一人を連れ立って王都の
郊外へと私達は向かった。








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