上 下
122 / 634
第八章 新しい日常

12

しおりを挟む
私を乗せた馬はポクポクのんびりと歩んでいる。
足が速い馬なので普通に駆けて行くとあまりに
早く着き過ぎてしまうのだ。

そのためシェラさんとなんだか普通に遠乗りでも
しているみたいだ。

「レジナスさんと試合をして、シェラさんも
ケガをしたって聞きました。治してもらったとは
聞いてますが大丈夫ですか?」

「ご心配をおかけしましたか?申し訳ありません、
もうなんともありませんので。綺麗に折れた
骨折でしたから治癒魔法をかけてもらえば
治るのもあっという間でしたよ。」

「こ、骨折⁉︎」

レジナスさん、シェラさんは多少のケガをしたって
言ってたような・・・。

「元々、試合の勝敗を決めるのに腕の一本は
折る覚悟でしたがまさか序盤で折るとはオレも
想定外でしたね。まあそのおかげでこうして
今ユーリ様と一緒にいられるのですが。」

「それってレジナスさんのおでこに傷を付けた?」

「おや、聞いておりましたか。そうです、
思いの外レジナスの頭が硬くて驚きました。
何しろこちらは腕を折ったのに相手は擦り傷
程度しかダメージがないんですからねぇ。」

うわあ、聞いているだけで痛い。
何かを思い切り叩くとか斬ろうとして自分の
腕が折れるってどれだけの衝撃なんだろう。

あと模擬試合なのに相手に本気で頭をかち割りに
来られるのもすごく怖いんですけど。

とりあえず私からもシェラさんに謝っておこう。

「ごめんなさい、レジナスさんが頑丈なのって
私が無意識のうちにそういう加護を付けて
しまったからなんです。まさかこんな事に
なるなんて・・・。」

「ユーリ様の?なるほど、そうでしたか。
通りで人間離れした丈夫さだと思いました。
どうかお気になさらず。こちらとしてはほぼ
本気のレジナスとやり合うことができて良い
経験になりましたので。」

私の背中でシェラさんがくすりと笑った気配がした。

「なかなか面白い経験でしたよ。レジナスの剣技は
元々まるで野生の獣のように太刀筋も動きも
読みにくいんですが、それが双剣になることで
さらに恐ろしい魔獣の牙に晒されているような
緊張感がありました。」

レジナスさんの事を教えてくれるシェラさんの声は、
恐ろしいと言いつつもどこまでも楽しそうだ。
そのまま話は続く。

「獣のような動きのその反面、荒々しいかと思えば
その剣捌きは無駄が削ぎ落とされており、
繊細で非常に美しい。双剣の彼とやり合うのは
初めてでしたが片手剣の時よりも数段上の
強さでした。彼が双剣使いに復帰出来たのも
ユーリ様のおかげと伺っておりますよ。
おかげさまで、有意義なひと時を過ごせました。
本当にありがとうございます。」

思わぬところでお礼を言われた。骨を折られたのに。

それにしても、序盤で片腕を骨折したのに
最終的に双剣のレジナスさんに引き分けたって
かなりすごくない?竜も倒すレジナスさんを
片腕で相手したってことだよね・・・。
さすがは国一番の精鋭部隊の隊長さんだ。

「シェラさんってそんなに強いのに、髪結いも出来て
侍従さんみたいなことも、おまけにお裁縫の腕まで
すごくて、なんでも器用にこなしますよねぇ。
前職が何なのか気になります。」

ホントに謎だ。そう思って何気なく言葉にすれば
背後でまたくすりと笑われた。

「まあ、いわゆる要人のお世話全般というか
命じられればありとあらゆる事をしなければ
ならない上に拒否権はありませんでしたからね。
おかげさまで何でも一通りこなせるように
なりましたよ。」

「へぇ~・・・大変な職場だったんですね。」

言われたら何でもやらなきゃいけなくておまけに
拒否権もないなんて、とんだブラックな職場だ。

でもこれでシェラさんの謎のハイスペックさの
原因が分かった気がする。

あと、はっきりとは言わないけど要人のお世話って
ことは相当偉い人のところにいたのかも。
だから前職のことはあまり言えないのかな?
守秘義務ってやつだ。

「要人のお世話ですか・・・。ご奉仕も?」

無意識に、何故かそんな言葉が口をついて出た。

「え?」

手綱を握るシェラさんの手が一瞬驚いたように
揺れたのを見て、あれ?と思う。

私、今なんでそんな事言ったんだろう。
ていうかご奉仕ってなんだ。なんか言葉の
響きがいやらしい。

「ユーリ様、今なんて言いましたか?」

シェラさんの声がなんとなく私の様子を
窺っているように感じた。

なんだろう、この話題はあまり深く突っ込んで
続けちゃいけないような気がする。

一瞬ずきりと頭が痛んだ。危険信号だろうか。

「あ・・・いえ、何でもないです、ごめんなさい。
えーと、喉が渇いたのでちょっと休憩して
お水をもらってもいいですか?」

誤魔化すように言えばシェラさんもそれ以上は
詮索してこない。後ろをついて来ていた騎士さんに
荷物入れから水筒を出してもらう。

「本当は果物も持ってきていますが、ユーリ様は
今日のお昼を楽しみにしていますからね。
いくらでもお腹をすかせておいた方が良いでしょう」

ダーヴィゼルドに行った時のように馬上で
水を飲みながら小休憩をする。

「今日の訓練は森に入って狩りをするんですよね。
レジナスさんに聞きましたけど、ウサギも
獲れるとか。私、ウサギのシチューって本でしか
見たことがないので獲れたらいいなって
ちょっと楽しみなんです!」

そう言えばシェラさんはまた笑う。

「おや、可愛らしいお言葉ですね。でもそれは
ここだけの話にしておいて下さい。騎士達の
前でそんな事を言えば彼らはウサギしか
獲って来なくなりますからね。
どうせならウサギ以外も食べてみたくは
ありませんか?」

ウサギしかないのは困る。慌ててコクリと頷いた。

「ダーヴィゼルドへの途中でデレクさんが
獲って来てくれたお肉もおいしかったです!
何のお肉か知りませんけど、ああいうのも
食べられるといいなと思います!」

「ああ・・・あれは大きなネズミに似た魔獣です。
王都の郊外で探すのは少し難しいかもしれません。」

「魔獣。」

思いがけない言葉に目が丸くなる。え?魔獣って
食べられるの?いや、もう食べちゃってるんだけど。

「得体の知れない不気味な魔物と違っていわゆる
クマや猪、鹿などの動物に似た魔獣といわれる
ものは食べられますよ。食味も普通の動物と
そう変わらないどころか、物によっては動物より
おいしい魔獣もいます。
もっとも、魔獣を日常的に食べるきっかけを
作ったのは勇者様ですのでここ100年ほどの
間に定着した食習慣ですね。」

休憩を終えてまたポクポクと進む道すがら
シェラさんの食談義は続く。

「勇者様が?どうしてまた、魔獣を食べようなんて」

「単純に当時のこの世界の食糧事情が悪かったから、
らしいですよ。当時は今よりも魔物がはびこり
危険だったため農地を広げられずに困窮していて、
それを見た勇者様がなぜ魔獣を食べないのかと
言い出したとか。我々にしてみればそんな事は
思いもつかないことですが、やはり世界が
違うと視点も違うと言うことでしょうね。
おかげでそれから劇的に食糧事情が良くなったと
勇者様の功績の一覧を習う時に教わりました。」

すごいな勇者様。私より食い意地が
張ってるんじゃないだろうか。

そうそう、とシェラさんが思い出したように話す。

「そういえば俺の養父と今の国王陛下は同じ師匠に
剣を教わった弟子同士らしくてですね。
陛下が隠居後は二人で一緒に勇者様の野営での
魔獣料理を再現する、魔獣狩りの旅に出る約束を
しているそうですよ。
もし興味がおありでしたら、国王陛下に会った時に
聞いてみるのも良いのでは?恐らく喜んで
魔獣料理について教えてくれるのでは
ないでしょうか。」

あの筋骨隆々な陛下が魔獣狩りをしてそれを
野営でもりもり食べてる姿なんて簡単に
想像出来る。すごく似合いそうだ。

魔獣料理か。考えたこともなかったけど、
こうして話を聞くとすごく気になる。

「シェラさんの話を聞いていたらお腹がすいて
きました!魔獣、今日獲れるといいですね‼︎」

「やはりユーリ様も召喚者ですね。魔獣料理と
聞いても抵抗なくすんなりと受け入れるあたり
勇者様と同じ感じがします。」

「ダーヴィゼルドへの道中で知らずにもう
食べちゃってますしね・・・。」

その時、前方にうっすらとはためく数本の
旗印が見えた。

「あっ、もしかしてあれが野営地ですか?」

「はい、そうです。ゆっくり来たつもりでしたが
やはり思ったより少し早く着きましたね。
さて、準備はどこまで進んでいるか・・・」

近付くにつれてがやがやとした賑やかな雰囲気が
伝わってくる。一体どんなキャンプ飯・・・
もとい野営ご飯が食べられるのかな?

わくわくしながら私は期待に胸を膨らませた。


しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

ただ、あなただけを愛している

恋愛 / 完結 24h.ポイント:2,364pt お気に入り:259

隠れジョブ【自然の支配者】で脱ボッチな異世界生活

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:596pt お気に入り:4,044

【長編版】婚約破棄と言いますが、あなたとの婚約は解消済みです

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:3,855pt お気に入り:2,189

乗っ取られた令嬢 ~私は悪役令嬢?!~

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,689pt お気に入り:115

隻腕令嬢の初恋

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,924pt お気に入り:101

処理中です...