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第九章 剣と使徒

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イリヤ皇太子殿下の戴冠式に出られない国からの
大使を受け入れるための準備をして、バタバタと
俺はユーリ達の後を追った。

訪ねる予定だった孤児院に向かえば、すでに
ユーリ達一行はそこを後にしている。

そのまま俺も次の立ち寄り場所である農地へ
行こうとしたところで、王宮から補助金申請
手続きのためにユーリ達に同行してきていて、まだ
孤児院に残っていた行政官に声を掛けられた。

「申し訳ありませんレジナス様。少しよろしい
ですか?出来れば相談に乗っていただく・・・」

何かと思えば、どうも補助金申請をされている
孤児の数と実際の人数が合わないような気が
するという。

自分達の計算が間違っているのか、それとも
書類のどこかに見落としがあって実際はきちんと
数字は合っているのか。

行政官は、俺がリオン様の補佐でこういう書類仕事に
慣れていて税収の特殊な計算方法などの数字にも
強いと知っているようだった。

まあ、こういう時は数人の目で確かめた方が
間違いは見つけやすいものだ。仕方がない。

急いではいたが書類を受け取り確認した。

・・・おかしい。確かに数字の合わないところが
ある。毎回というわけではなく、数回に一度程度だ。
一見ただの計算間違いにも見えるが、それは
改善されることなく数年に渡り続いている。

ほんの僅かな計算間違い。よくよく見なければ
うっかり見落としそうなそれは、国から補助金を
出すためにもきっちり合っていなければならない。

今までに何度も申請は通っているはずだが、
たまたまそれまで運良く間違いが見つからなかった
だけなのか、見落とされていたのか。

一体いつ、どこから間違っているのか。

途中で誰かが補助金申請の計算方法を間違えて
覚えてしまいそのままなのか?

いや、計算の合っている時もある。どうなっている?

「・・・トランタニアに流入して来た孤児達の
ここ数年分の全数把握が出来る書類は領主の館か?
それともここに?」

「三年分はここに、それ以上前のものは領主様の
館で今までの分を全て取っておいてあるそうです。」

行政官の言葉に考える。ユーリ達のところへ
急いで追いつきたいが、俺のカンはこれを
放っておいてはいけないと告げている。
どうにも気になるのだ。

・・・仕方がない。どうやら時間がかかりそうだ。
ユーリ達に追いつくのはあきらめよう。

場合によっては領主の館へ戻って書類を調べることに
なる。王宮へはそこから魔導士を通じて俺の帰りが
遅くなる旨を伝えてもらおう。

そう決めて腰を据えて孤児院で過去三年分の
書類を出してもらい確かめれば、やはり僅かだが
おかしな点が見つかった。

そのため領主の館へと向かい、さらに過去数年分まで
遡って書類を確かめる。そして見付けた。

「ここからか・・・」

「えっ、分かりましたか⁉︎」

館の一室を借りて書類を広げて確かめること数時間。
すでに外は暗くなっていた。天気も荒れて雨が
強く窓を叩きつけている。ユーリ達は無事に
王宮まで帰れただろうか。

そんな事を考えながら、一緒に書類を確かめていた
行政官とトランタニア領の事務方に頷いた。

書類におかしな点が出始めたのは領主が体調を崩して
領主代行を立てた一年あまり後からだった。

うまく誤魔化してはいたが、受け入れているはずの
孤児達の数に対して支給されている食料の量が
合っていない。多過ぎる。

どこかに横流しか転売でもしているのか。
場合に寄っては謀反を起こす下準備としての
備蓄食料にしているという事もある。

それに増築された孤児院の部屋数に対しても
孤児の数が少ない気がするし、領主代行に
なってからは男の就業率もいくらか悪い気がする。

それなのに、領内や孤児院を見た限りではどこにも
それらしい職にあぶれた年嵩の孤児がいるようでも
ない。水増しで申請された補助金と本来なら
存在するべき孤児達はどこに消えたのか。

明らかに怪しいのは領主代行だ。
話を聞かねばならない。

「領主代行は今日はどこに?ユーリ達の視察には
同行できないと聞いてはいたが。」

「隣の領地の御領主様と会合です。ここ最近、
孤児達を支援する新しい事業を一緒に立ち上げようと
打ち合わせをよくしておられます。おそらく今日も
その話し合いでしょう。」

「そうか・・・。では今日はもう戻らないのか?」

「そうですね。そういう時は大抵お隣の御領主様の
ところで一泊されてきます。」

隣の領主もグルになって孤児達を使い何か悪巧みでも
しているのだろうか。早く話を聞きたいところ
だが・・・。

そう思いながら更に書類の確認作業を進める。
不祥事の確実な証拠は多いほど言い逃れが
出来なくなる。夜遅くまでその作業に没頭していた
その時、館の玄関の方が賑やかになった。

こんな遅い時間に何事かと思えば、部屋に
入ってきたのはユーリについていたはずの
護衛騎士の一人とトランタニアの領事官だった。

聞けば、牧場予定地の近くで雨に降られて
森林の中の屋敷にユーリ達は避難したという。
しかもその屋敷の持ち主は偶然にも領主代行の
シオンだというではないか。

「助かりましたが、まさかそんな辺鄙な場所に
シオン様がお屋敷を持っているとはまったく
知りませんでした。」

領事官はそう言って首を傾げていた。

その場所は隣の領地にも程近い。

・・・もしかして水増しした補助金で建てたか?
そんな考えが頭をよぎった時、領事官があっと
声を上げた。

「申し訳ありませんレジナス様。うっかりユーリ様の
従者からの伝言を伝え忘れるところでした!」

「伝言?」

「はい。ええと、黒い狼の毛皮の外套を至急届けて
欲しいそうです。それがないと、もしかすると
ユーリ様の具合が悪くなるかも知れないので
どんなに遅い時間になってもいいので朝までには
必ずそれを届けて欲しいとか。」

今の時期に毛皮の外套が必要なんて不思議ですね?と
領事官は首を傾げていたが、それを聞いて焦る。

ただの雨宿りでの宿泊ではないのか⁉︎

エルからのその伝言は、ユーリが危ない目に
あう可能性があるので朝までに至急俺に来て欲しい
ということだ。

急いでトランタニアの騎士達を数人引き連れて
領事官から聞いた森の中の屋敷に向かえば、
果たして屋敷の2階の部屋でじっと息を潜めて
隠れるようにしているユーリ達がいた。

ユーリの無事な姿を確かめてやっと安心する。

見れば王宮から着いてきた騎士は薬を盛られて
眠り込んでいた。一歩間違えばユーリもそんな風に
危害を加えられていたかも知れない。

一緒にいたこの屋敷の侍女らしい者にその点について
問いただそうとしたが、そこに現れたエルが
それを制止した。任務遂行のために自分が侍女に
頼んで一服盛ってもらったのだと。

心配そうにエルを見つめるユーリの姿からも、
それは侍女を庇うための明らかな嘘だと分かる。

無表情なその瞳からは何の感情も感じ取れないが、
主を持った剣は自分の意志のみで動くことはない。

エルがそんな事を言うのは、きっとユーリが侍女を
罰して欲しくないと思っているからなのだろう。
それならば俺は何も言えない。何があったのかは
知らないが、ユーリの判断に委ねようと思った。

そう話せばありがとうと言って喜んだユーリに
ぎゅっと抱き締められた。彼女の方から抱き締めて
くるのは珍しい上に少し成長した姿でそう
されたのは初めてだ。

今までの子供らしさが抜けて少女らしい柔らかく
丸みを帯び始めた体付きを意識してしまい、
思わず動きが止まってしまう。

そんな俺を見て、呆れたようにかぶりを振ったエルは
そのまま侍女達を連れて階下の騎士達と合流しに行き
部屋には俺とユーリだけが残された。

やっとの思いでユーリをベッドに座らせたが、
自分の顔が火照っているのが分かる。

こんな、いかにもあからさまにユーリを意識した
状態の顔を見せるわけにはいかないだろう。

何を考えているのかとユーリに気持ち悪がられるかも
知れない。そう思い、ユーリの顔を見れずに
無事で良かったと誤魔化すように会話をすれば、
何を思ったのかユーリは突然俺に膝枕をすると
言い出した。

『せっかく侍女さんの格好をしているので、
侍女さんごっこです!シンシアさんは私に
膝枕をしてくれましたよ?』

そんな風なことを言っていたが、意味が分からない。

そもそも侍女が膝枕をするなど主人の小さな子供に
対して世話を焼く時か、侍女に対して邪な思いを抱く
主人が何か良からぬことを考えてそう命じた時位だ。

一体何を考えてそんなことを言い出したのか。

冗談でもそんな事を他の男に言ってみろ、
今のユーリならあっという間に邪な気持ちを持つ輩に
襲われてしまうだろう。無邪気にも程がある。

おかしな事を言うんじゃないと説教をしながらも
ベッドに腰掛けるユーリの膝と太ももが目の前にあり
それが気になって仕方がない。

しかも何故かユーリは説教をする俺を挑発するように
小首を傾げて太ももをすり、とさすって見せた。
一体どこでそんな仕草を覚えて来たんだ⁉︎

別に膝枕をして欲しいなどとは思っていない。

けれども、そんな仕草をされてしまうとつい
想像してしまう。

その太ももに俺の頭を預けて、ユーリのあの
可愛らしい顔と長いまつ毛を下から見上げる。
そうすればそこは自分の顔の周りをあの豊かな
黒髪がとばりのように取り囲んで、その空間には
俺とユーリの互いの顔しか見えない、そんな風に
俺達しかその場には存在しない世界。

それは一度想像するとおさまったはずの顔の火照りが
再びぶり返して来るには充分だった。

襲われてからでは遅いんだぞ!と言えばユーリは
満面の笑みで俺がいるから大丈夫だと答える。

そこにあるのは俺に対する全幅の信頼だ。

それは嬉しい。嬉しいが、だが信頼以上の
何も窺い知れないその表情にふと不安になった。

・・・こんなにも騎士として信頼されている俺が
歳の離れたユーリに対して想いを寄せているなど
知られたらどうなるのだろう。

気持ちが悪いと遠ざけられるかも知れない。
今までそんな邪な気持ちで自分に接していたのかと。
それだけは避けたい。

その不安から、ついユーリから目を逸らしてしまう。
それを見咎められどうしたのかと聞かれてしまった。

その問いかけに、ユーリに騎士としてしか
見られていないのではこの先の関係性に進展は
見込めそうもなく複雑な心境だという自分の不安を
ついこぼしてしまった。

それに対してユーリは、襲うつもりですか?と
軽口を叩いてきた。

ふざけてそう言ったようだが、ついむきになって
それを否定してしまった。
まだ言うつもりのなかった自分の気持ちも込みで。

それに気付いたのは目の前のユーリの顔が
突然真っ赤になって目を丸くしたからだ。

・・・俺は今何を言った?

慌てて思い返せば、一人の男として見て欲しいとか
伴侶候補として意識して欲しいとか挙げ句の果てには
ユーリと歳が離れているのを気にしている事まで
全部言ってしまっていた。

そこまで言えばさすがにユーリも俺の気持ちに
気付く。ユーリは真っ赤になり、困ったように俯くと
もじもじしてしまっていた。

ただ、そこに嫌悪のそぶりは見えない。
ただ恥ずかしくて所在なさげにしているだけだ。

・・・それならば、思い切ってもう少し踏み込んで
自分の気持ちを伝えてもいいのだろうか?

覚悟を決めて、ユーリが俺にとって大切で愛しい
存在であることを伝える。ただ、歳の差があるので
俺を受け入れてもらえる自信はない。

そのため、どうか俺の気持ちを受け入れられずとも
否定はしないで欲しいと祈るような気持ちで
最後の方は柄にもなく声が小さくなった。

ユーリはそんな俺の話にじっと耳を傾け最後まで
聞き終えると、今度は俺に対する自分の気持ちを
話し始めた。それは俺が想像もしていなかった
ユーリの思いだった。

俺との歳の差など考えた事もないと言い、
リオン様と3人でいつまでも一緒にいたいと話す。
そして更に思いがけない言葉をユーリは俺に与えた。

『私がおばあちゃんになっても、どこにも行かないで
ずーっと一緒にいてくれますか?』

そんなにも嬉しい言葉があるだろうか。

俺の方こそ、そんな遠い未来まで一緒にいる約束を
してもらっていいのだろうか?

感極まって、思わず押し倒すような格好で
ユーリを抱き締めてしまう。

そしてそんなユーリに返答していない事に気付いて
慌てて顔を上げた。誓いを。ユーリに対する
この想いはこの先ずっと変わらないのだと、
この命が尽きるその日まで変わらずその手を取り
ずっと一緒にいるのだとその愛を魂にかけて誓おう。

そうしてユーリに唇への口付けを許してもらおうと
許可を求めれば、赤く染まった頬を更に赤く
色付かせて恥ずかしそうに頷いた。

その様子を見るだけでたまらなく愛しさが
込み上げてくる。そっとその柔らかく小さな唇へ
口付ければ、それだけで甘く痺れるようだった。

俺の気持ちを受け入れてくれてありがとう。
口付けたユーリを見つめて微笑めば、あの美しい瞳は
金色が滲んだように潤んで輝き、より一層美しい。

その瞳と、赤く色付く唇に誘われて二度、三度と
口付けその唇の柔らかさ、抱き締めた体の
暖かさを堪能する。・・・と、そこでユーリが
苦しいです、と声を上げた。その声にハッとする。

ユーリが声を掛けてくれて良かった。
あまりの嬉しさに、つい歯止めが効かなくなる
ところだった。館の中にはエルを始めたくさんの
人間がいて、しかも領主代行の悪事を暴いている
最中だというのに。

己の浅ましさに恥じ入りつつ、慌ててユーリを
ベッドの上に引き起こす。そのために繋いだ
ユーリの柔らかな手のぬくもりに感じ入る。

この先ずっと、この手を俺は取っていくのだと。
それがたまらなく嬉しかった。














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