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第十一章 働かざる者食うべからず

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私が井戸の水の勢いを元通りにします!張り切って
そう胸を張ったら、

「ええ?リリちゃん、魚介料理に詳しいだけじゃなく
土木工事にも詳しいのかい?」

それともいい業者にツテでも?とイーゴリさんが
目を丸くした。

うーん、ちょっと違うんだな。とりあえず裏庭の
井戸へと案内してもらう。

わりと大きめで立派な井戸は手押しのポンプ式で
水を汲み上げるようで、側には汲み上げた水を
溜めておける子供用プール位の大きさの池のような
ものまである。

すごいですねとキョロキョロ見ていると鍛冶仕事で
水を大量に使うからこれ位はいつも確保していると
教えてくれた。

なるほど、それなのに水の出が悪くなれば仕事にも
支障が出て大変だ。

「じゃあやりますか。えーと、力を使うと魔法が
解けてしまって元の姿に戻るみたいなんですけど、
帰りはどうしましょうね?」

素顔を晒して王宮まで戻るとみんなに見られて
騒ぎになったりするのかな。

レジナスさんとシェラさんに相談していたら、

「リリ様、これをどうぞ。」

いつの間にかエル君が側に立っていて私にローブを
差し出していた。

びっくりした。今まで影も形もなかったのに突然
現れた。忍者か。イーゴリさんも目を丸くしている。

「なんだ少年、どっから来たんだい⁉︎ていうか、
リリちゃんの知り合いか?」

「エル君です!エル君は私の護衛をしてくれていて、
私よりも小さいけどすごい子なんです‼︎」

私に語彙力がないので拙い説明しかできないけど
自慢の子だと言うことは伝えたい。あ、あと
エル君の可愛さも。

「エル君は髪の毛がさらさらで手触りが良くて、
今は魔法で色を変えてますけど本当はもっと白くて
目も宝石みたいに綺麗な赤なんです!天使みたいに
かわい」

「もういいです」

話してる途中でエル君が私にローブを押し付けた。

ひどい、まだエル君の良さを全部伝えきれて
いないのに。

「何するんですか!まだ途中・・・あれ?」

顔に押し付けられたローブを取ってエル君に文句を
言おうとしたらその姿はもう消えていた。

もっとちゃんとイーゴリさんに紹介したかったのに。

「護衛って・・・レジナスの旦那やシェラさんまで
一緒にいるのに、一体リリちゃんには何人護衛が
ついてるんだい?本当にリリちゃんは何者なんだ?」

「何者っていうほどのものでもないですけど・・・
そういえばイーゴリさん、癒し子の降らせた金の雨
みたいなので体の悪いところが治ったって言って
ましたよね。それからは特に調子の悪いところは
ないですか?」

「ん?ああ、そうだな。まあ、軽い火傷やら切り傷は
相変わらずたまに作っちまうが、それ以外はせっかく
治してもらったからねぇ、腰痛とかひどくしないよう
自分でも気を付けてるよ。」

「鍛冶屋さんてやっぱり体力仕事だし火も扱うから
大変なんですね。」

じゃあ水を出すだけじゃなくて、体にかけるか
飲むことで怪我が治るような効果もこの井戸水に
つけると便利かな?

「癒し子はその力がちゃんと役立てたみたいで
良かったです!」

井戸に手を掛けながらイーゴリさんに笑いかける。

「いやいや、役立ったなんてそんな物言いは
さすがに癒し子様に不敬じゃないか?ありがたい
ばかりだよ!いくらリリちゃんでも物の言い方には
もう少し気を付けないと。」

「いいんですよ。癒し子はみんなの役に立てて
喜んでもらえればそれが一番なんですから!
これからも頑張りますね‼︎」

「え?リリちゃんが何を頑張るっていうんだい?」

そう不思議そうにしているイーゴリさんから井戸へと
目を向ける。

「とりあえず今日はこの井戸の水がまた元通りの
勢いを取り戻せるようにします!」

こつん、と手を掛けた井戸のへりに額を預けて
目を閉じる。

渾々と湧き出る水はひんやりと冷たく、飲めば
ほんのりと甘い。街のみんなの喉の渇きを癒やし、
軽い火傷や擦り傷程度の怪我なら治りますように。

そんなことを考えれば、私のその願いを受け止めた
かのように額にはほのかに暖かさが広がって、
いつものように瞼の裏には金色の光が溢れた。

まばゆいばかりの光が広がったのを瞼の裏に感じる。

「リリちゃん⁉︎」

イーゴリさんの驚く声も聞こえた。

やがて光の眩しさが収まってきたのに合わせて
そっと目を開ける。

「ユーリ様、すっかりいつものお姿に戻って
おりますよ。」

そう言ったシェラさんは嬉しそうに目を細めて、
やはりそのお姿を目にすると安心しますねと言った。

「え・・・?リリちゃん、だよな?全然違う姿に
なっちまってるけど、どんな魔法なんだい⁉︎」

イーゴリさんはまだ目の前の私の姿に戸惑っている。

無理もない。ついさっきまで自分の目の前にいた
赤毛の女の子が今は目の色も髪の色も全く違う
別人になってしまったんだもの。

「こっちの方が本当の私の姿なんです。名前も、
リリじゃなくてユーリって言います。騙していて
ごめんなさい。」

ぺこりと頭を下げた。

そして自分が癒し子と呼ばれている召喚者なこと、
先日の王都の騒ぎのために素の姿で街に降りると
騒ぎになると思ったために名前と姿を偽ったこと
などを話した。

・・・ついでにあの食堂で働いていたのは人違いの
せいだということも。

「なんだかにわかには信じられないような話だけど
実際に目の前でリリちゃんがユーリちゃん・・・
じゃなくてユーリ様に変わるところを見てしまった
からなあ。いやはや、何と言っていいか・・・」

あごを撫でながらまだ信じられないといった面持ちで
私を見ていたイーゴリさんだったけど、そこでふと
私に尋ねてきた。

「そういやその髪飾り。一応念のため聞くけど、
レジナスの旦那からそれを貰った意味はユーリ様が
リリちゃんだった時に言ってた理由そのままで
いいんだよな?旦那はユーリ様が癒し子だって
分かっててそれを贈ったんだな?」

えーと、それはつまりレジナスさんは私が癒し子だと
分かった上で好意を持ってプレゼントとして髪飾りを
贈り、私もその好意を受け入れた上で身に付けている
のかと聞いてるのかな。

「それは・・・あの食堂で話した通りで間違いない
ですけど・・・。」

何回言っても恥ずかしい。そもそも私は、「これ、
彼氏から貰ったプレゼントなんですよー!」
なんてもらったものを人に自慢するタイプの
人間じゃないからこんなのは羞恥プレイでしかない。

しかも今は目の前に当のレジナスさんがいる。

一応イーゴリさんは気を使って小声で聞いてくれた
から、本人には私とイーゴリさんのやり取りの意味が
伝わっていないことだけが救いだ。

「なんとまあ・・・。レジナスの旦那、ずっと
独り身でいたと思っていたらこりゃまたとんでもない
大物を釣り上げたもんだ。いやぁ、ニックの奴も
かわいそうに。旦那が相手じゃ勝負にならんな、
これは。」

イーゴリさんはぶつぶつと何事かを呟いている。

私にそれは聞こえなかったけど、シェラさんには
どうやら聞こえていたらしい。

「もとよりあの男には同じ場に立たせて勝負など
させませんよ。」

なんて言っている。あの男って誰?何の勝負だろう。

ともかくだ。私の髪飾りの話はもういい。

「イーゴリさん、この井戸の水を出してもらえます?
元の勢いを取り戻すように力を使ったつもりなので
確かめてみて下さい!」

「なんだって?さっきの眩しい光はそれかい⁉︎」

イーゴリさんが半信半疑で井戸のポンプを押した。

そうすれば水は勢いよくあの子供用プールみたいな
水をためておける囲いの中へと溢れ出る。

「うわっ‼︎こりゃまた、元の勢い以上だよ‼︎」

「その水、水浴びみたいに体にかけたり飲んだり
すれば少しくらいの火傷や切り傷なら治るように
加護もつけたつもりなんですけど、どうですか?」

一応説明をする。それを聞いたイーゴリさんは
まじまじと自分の手を見つめていた。

「本当だ。昨日切ったばっかりの傷がなくなってる。
驚いたなあ、ついさっきまではただの井戸水だった
のに。・・・リリちゃんは本当に癒し子様だった
んだなあ。」

そりゃあレジナスの旦那を含めた護衛が何人も
必要なわけだ。そう納得している。

「イーゴリ、悪いがリリという少女が癒し子の
仮の姿であるということは出来るだけ内緒にして
おいてもらえるか?これから先もユーリが王都へ
降りてきて街歩きを楽しむためにも協力を頼む。」

レジナスさんのそんな言葉にイーゴリさんは快く
頷いてくれた。

「もちろんですよ旦那。もし正体がバレたとしても、
オレが街の連中をうまく取りなしてやりますから
ぜひまたユーリ様を連れて街に顔を出して下さい。」

嬉しい言葉だ。

「ありがとうございます!私、あの食堂でもっと
色んなお料理を食べたいんです‼︎またここにも
遊びに来ますね‼︎」

「ああ、次にユーリ様があの食堂に行く頃には
きっとタラコスパゲティはあの店の看板メニューに
なってるはずだ。楽しみにしてるといいよ。」

そうだといいなあ。そうしたら街へ買い物に来る時の
楽しみが一つ増える。

そうして最後にもう一度ブローチのことをお願いして
イーゴリさんにお別れをすると、その日は帰路に
ついた。





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