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第十二章 癒し子来たりて虎を呼ぶ

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ある朝のことだ。

おはようございますと言って朝食の席に現れた
ユーリの声が少し元気がないことに僕は気が付いた。

顔をみれば、いつも白いその顔が白さを通り越して
青白くなっている。

それに普段ならいきいきと輝いている、僕の大好きな
あの綺麗な瞳もなんだか生気がなかった。

気のせいか瞳の中の金色がいつもに比べて影を潜めて
いるようだ。どこか体の具合でも悪いんだろうか。

心配になって膝の間に座らせながら話を聞けば、
ぽつぽつとここ数日ヨナスの夢を見てよく眠れないと
教えてくれた。話しながらうとうとしている。

そっとその手を取れば、いつもよりもずっと冷たい。
これは思ったよりもかなり具合が悪いのでは?

背中がヒヤリと冷たくなった。

そんな僕の気持ちも知らず、話していたユーリは
やがてこくりこくりと寝入り始めた。

あの長いまつ毛がゆっくりと降りてきて目を閉じたと
思ったらハッとして目を開けて、またゆっくりと
瞼を閉じる。そんなことを何度か繰り返す。

必死に眠気に抗おうとするその様子が可愛くて、
本当はぎゅうぎゅうに抱き締めたかったけどせっかく
眠りそうなのにそれは出来ない。

せめてこの愛らしさを共有したいと後ろのレジナスに
声を掛ければ、レジナスもユーリのその様子をそっと
見守り、かわいいですねと呟いた。

その後、完全に寝入ってしまったユーリだったけど
こんな浅い眠りであの顔色が悪くなるほどの睡眠不足
が解消されるとは思えない。

もっとたくさん寝かせてあげないと。

そう思ってその日はユーリを僕の執務室に招いて
そこでゆっくり昼寝でもしてもらおうと思っていた。

だけどユーリはなかなか眠らない。

悪夢を見るのは夜だけだと言っていたから昼寝で
そんな心配はないはずなのに。

体が無意識に眠るのを怖がっているみたいだった。

このまま睡眠不足が続いたらどうなるんだろう?
体力と気力が落ちてヨナスに意識を乗っ取られる、
そんなことはないんだろうか。

それが怖くてなんとしてもユーリには昼寝でもして
少しでも体力を回復して欲しかった。

どうやら人肌のぬくもりがユーリの睡魔を誘うよう
だったので、レジナスを強引に座らせてユーリを
膝の上に乗せてもらう。

そしたら案の定、ユーリはあっという間に寝てしまい
レジナスの胸に背中を預けてすうすうと寝息を立てて
気持ち良さそうにしていた。

あんまりにも無防備なその様子に心配になるけど、
それもまた愛らしい。

レジナスも食い入るようにその寝顔を見つめていて、
ユーリの体に回した腕をほどく様子もなかった。

・・・でもこんな誤魔化すような睡眠の取り方を
いつまでもするわけにもいかない。

一番いいのはシグウェルから早く結界石を貰うこと。

それが叶わないなら、とりあえず神殿のカティヤに
連絡を取り何か良い方法がないか教えてもらおう。

そんなことを考えていたら思いもよらないことを
ユーリに相談された。

あのシグウェルに告白めいたことをされたと。

『私はてっきり、シグウェルさんは私と友達に
なりたいんだろうなって思っていたんですけど、
それが全然違ったみたいです。』

なんて言っていた。詳しく聞けばシグウェルに、
自分の隣にユーリがいれば人生は面白くなるだろう
と言うような事を話されたと言う。

それってほぼ求婚じゃないか。

自分の隣にこの先もずっと一緒にいて、共に人生を
歩んで欲しいと言っているのだ。

しかもあの人嫌いで他人を私生活の中に入れるのを
嫌うシグウェルが。

その彼が言うからこそ、その言葉は普通の人間が
言うよりもずっと重くて重大な意味を持つ。

なのにユーリは全然分かってない。それを聞いたのに
ずっと友達でいて欲しいという意味だと思ってました
なんてどうして言えるんだろう。

そこまで言ってもユーリにまともに取り合って
もらえなかったシグウェルが少しかわいそうになる。

そしてそんなに鈍いユーリに僕とレジナスの告白が
受け入れられたのが奇跡のような気がしてきた。

目の前のユーリはどうすればいいですか、なんて
僕に指示をしてもらいたがっている。

だけど神の癒し子の選択に僕がおいそれと影響を
与えるわけにはいかないだろう。

それに対してどう思っているかは伝えられても
最終的に選ぶのはユーリでなければ。

言葉を選びながら、自分の気持ちに向き合って
ゆっくり決めればいいよと伝える。

・・・それでも、なんとなくユーリはシグウェルも
選ぶような気がする。

彼の気持ちを大きく読み間違えるほど盛大な勘違いを
している部分だけを見れば、ユーリはシグウェルを
意識していないようにも見える。

だけどユーリは、意外と嫌なことやキライなものに
対してはすぐにはっきりとそう言ってくる。

それが今、どうすればいいか迷っているという事は
少なからずシグウェルを意識しているということだ。

それが尊敬なのか友情なのか、どんな感情なのかは
分からないけどシグウェルに対して何らかの感情を
持っているのは確かだ。それなら僕はただそれを
見守るしかない。

複雑な気持ちでそんな事を考えていたらカティヤから
手紙が来た。その封を開ければそこには思いも
よらない方法が書いてあった。

ユーリが僕に付けてくれた加護の力を使ってみては
どうかという。しかもそれはユーリにもすでに話して
あるというじゃないか。

・・・カティヤが会いに来たあの時、あの子は
ユーリに口付けたり抱き締めたりと随分と構って
いたから、そのせいでユーリもいっぱいいっぱいに
なっていた。

だからそんな方法でヨナスの力を抑制出来るのかも
しれないということがユーリも頭から抜け落ちて
いたのかも。

手紙でカティヤは、悪夢からユーリを守るためにも
しっかりと抱き締めて共寝をなさいませ、とまで
書いていた。

・・・この手紙、そのままユーリに見せても絶対に
断るんだろうなあ。

真っ赤になって目を潤ませながら恥ずかしそうに
僕に意見する姿が目に浮かぶようだ。

そんなかわいい姿も見てみたいけど、事は急を
要する。考えた結果、前にユーリにサインして
もらった例の3つのお願いの用紙を利用した。

それを見せれば、渋々ながらもユーリは僕との
添い寝に同意する。

あまり恥ずかしがらせるのもかわいそうだから、
何でもないことのようになるべく自然にその夜を
迎えるようにしたんだけど。

薄桃色の上下に分かれた夜着は、袖さえなければ
まるでノイエ領で突然大きくなった時に着ていた物に
そっくりで、あの時のことを思い出してしまった。

・・・本来の姿のユーリにこうして寝室に迎えられる
のはいつになるんだろうなあ。

今も恥ずかしそうにうっすらと頬を染めているけど、
その時もこうして僕を拒まずに迎えてくれる
だろうか。

そんな風に未来のユーリとのあれこれに僕が思いを
馳せているとも知らずに、ユーリはあの広いベッドの
上に改まって正座をした。

そして父上のくれた羊のぬいぐるみをベッドの真ん中
に置くとそれをポンと叩いてそれが境界線だと主張
する。かわいいなあ。そんな事をしなくても、場は
ちゃんとわきまえているよ。

まあ、最初はユーリの言う通りに手を繋ぐだけに
するけどその後ユーリが寝入ればしっかりと
抱き締めるつもりだけどね。

そのためにもここで押し問答をしている暇はない。
早くユーリには寝てもらって、しっかりと睡眠を
取って欲しいから。

僕とユーリの間におさまる羊のぬいぐるみを、
邪魔だなあと横目で見る。

まるでこの場にいないはずの父上に僕達の邪魔を
されているみたいだ。

そう思いながら、ユーリを寝かしつけるために
星の神話の物語を話す。

そうすればやがて、緊張からか力が入っていた
僕と繋ぐユーリの手から力が抜けてきた。

そのうち隣から規則正しい寝息が聞こえ始める。

そっとそちらを見れば、月明かりに照らされて
静かに眠るユーリの姿があった。

ユーリの頬にかかる髪の毛をそっと払ってあげたけど
起きる気配もない。だいぶ深く眠っているようだ。

僕とユーリの間にある、あの邪魔な羊のぬいぐるみを
ユーリの足元の方へと転がす。これで良し。

ぐっとユーリとの距離が近くなった。

ユーリの方を向いて寝ながらそっとその頭を撫でて
あげる。少しの間そうしていたら、やがてユーリの
様子が変わった。

わずかに眉を寄せて苦しそうな顔をしている。

「ユーリ?」

もしかして悪い夢でも見ているんだろうか。
慌てて起き上がって、その頬に手を添える。

それでもまだユーリは苦しげだ。でも起こすのは
憚られる。ユーリにきちんと寝てほしくて、僕は
ここに来たのだから。

『ー・・・もしもユーリ様がヨナス神に囚われそうで
あれば、その時はお兄様がしっかりと抱き締めて
あげて下さいませ。』

カティヤの手紙の一節を思い出す。

『お兄様の中にはユーリ様が魔力切れを起こした程の
イリューディア神様のご加護がついております。

それはきっと、お兄様の身の内を蝕もうとする
魔物の力を祓うだけでなく、その力を与えたもうた
ユーリ様ご自身にも良い影響を与えるでしょう。
ですから一度試しに共寝をしてその力を試してみては
いかがでしょうか。』

カティヤは手紙でそう言っていた。

だから僕は躊躇なくユーリを抱き締める。
それでユーリが安眠できるなら儲け物だ。
それによってユーリがきちんと眠れるだけでなく、
僕もユーリと一緒のベッドで眠れる理由が出来る
のだから。

僕の胸元にすっぽりと収まるユーリの背中を
撫でてあげる。ヨナスの夢になんか囚われないで。

君のことを誰よりも大切に想う僕がここにいるから。

そんな思いを込めて、ユーリを抱き締めて小さな
ぬくもりを感じながら背中を撫で続ける。

どれほどの間そうしていたのか、気付くとユーリが
僕の胸元に頭を擦り付けて来ていた。

まるで寒さをしのごうとする仔猫が身を擦り寄せて
暖を取ろうとしているようだった。

そっとその顔を見れば、さっきまでの苦しげな
表情は消えている。

それどころか、かすかに微笑みを浮かべて
気持ち良さげにぴったりとくっついてきた。

良かった、どうやら落ち着いたらしい。

ほっと安心すれば僕も徐々に眠くなってきた。

ああ、明日の朝はユーリよりも早く目覚めなければ。
あの綺麗な瞳がまどろみながら徐々に開いてくる
様子を間近で見たい。

そう思いながら、僕も睡魔に身を任せた。



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