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第十四章 手のひらを太陽に

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ルーシャ国から迎えた王子殿下に帯同して来た、
何やらやり手の金持ち商人が謎の生き物を愛でて
いて部屋も一緒がいいと言い出した。

王子殿下は遅れて到着するが、それまで同行者である
この商人の機嫌は損ねない方がいいだろう。

モリー公国の人達にそう判断されて、突然の申し出
にもシェラさんの滞在する部屋には急ごしらえで
私のベッドが作られ置かれた。

ベッドはベッドだけど、赤ちゃん用ベッドみたいに
サークルで囲んであるやつが。

「シェラさんが私が珍獣じゃないって否定しないから
おかしなことになっちゃいましたよ⁉︎」

部屋の中に誰もいないのを確かめてからベールを
取って抗議した。

「まさかモリー公国の者達がこの愛らしいユーリ様を
前にしてあんなことを言うとは想像もしておりません
でした。」

顔を俯かせたままシェラさんは部屋に備え付けの
ベッドの隣に置かれたふかふかで柔らかい、円形の
サークルで囲まれているクッションや羽毛布団で
作られたベッドの中へ私を入れた。

長方形じゃなくて円形という辺りが人間用じゃない
ベッドな気がする。

「・・・ユーリ様が足を伸ばして寝ても充分ゆとりが
ありますね。」

ベッドのサイズ感を確かめたシェラさんはまだ俯いて
いて、しかも若干声が震えている。

完全に笑いを堪えているやつだ。

「サークルベッドってこれ、ペットが逃げないように
してあるものですよね⁉︎私はシェラさんのペットじゃ
ないんですよ?」

「申し訳ありません。しかし、とてもお似合いです。
檻の中にいるようでもその愛らしさと美しさが一切
損なわれないとはさすが。むしろ女神を閉じ込める
など背徳感を感じて逆に魅力が増しますね。」

このサークルベッド、脱走防止のためかサークルの
高さが案外あって自力で出られない上に中からは
開けられないので出るには抱き上げて貰わないと
いけない。

だから出してくれとシェラさんに両手を伸ばせば、
そんな褒めてるんだか何だかよく分からないことを
言われた。しかも自分に向かって手を差し出す私を
じっくり眺めると、

「オレの手を借りなければそこから出られないと
いうことは、ユーリ様はオレに頼らなければ何も
出来ないと言うことですね・・・素晴らしい。」

そんな恐ろしいことを言って左目の下の泣きぼくろも
色っぽく金色の瞳を妖しく笑ませる始末だ。

「バカな事を言ってないで、大公閣下に謁見しに
行きましょう⁉︎早くここから出して下さい!」

そう言えばやれやれとやっと仕方なさそうにそこから
抱き上げて出してくれた。

「しかしユーリ様、考えてもみて下さい。商人の
気に入りとしてオレと同じ部屋で過ごすにもこうして
サークル付きのベッドの方がユーリ様は安心しません
か?これなら後々リオン殿下にも言い訳が立ちます
から怒られずにすみますよ。それに人間ではない
不思議な生き物だと思われていればまさかそれが
癒し子だとはなおさら誰も思わないでしょう。」

シェラさんは私が珍獣に誤解されたこの状況を利用
するのも一つの手だと考えているようだ。

「それはそうですけど・・・そしたら私、ここでは
ずっと猫耳で、人前に出る時はなるべく話さない方
がいいって言うことですか?」

「そうですね。その方が説得力が増しそうです。」

抱き上げた私を床に降ろさず、なぜかそのまま
犬猫を抱いているように抱き締められてよしよしと
頭を撫でられた。完全にペット扱いだ。

「後で合流した時のリオン様の反応が怖いですよ⁉︎」

「大丈夫です。殿下ならどんなお姿のユーリ様でも
それが大切に扱われていたなら受け入れてくれますし
モリー公国の者にも何も言わないはずです。」

きっぱりと言い切るその自信は一体どこから来るもの
なのか。

「殿下のことですから、むしろ面白がられるかも
知れませんね。・・・さあ、それではまずオレが
大公閣下に謁見して参りますのでユーリ様はこの
部屋でお待ち下さい。誰か来ても鍵を開けては
いけませんよ。」

そう言って私を降ろしたシェラさんは丁寧に私に
またベールを被せた。

「え?私は行かなくてもいいんですか?」

「なるべく人目につかない方がよろしいでしょう。
ミオ宰相と相談の上、大公閣下とは個人的に会える
よう手筈を整えますので。」

お茶とお菓子も充分あるようですからこちらを召し
上がってお待ちください。とシェラさんは部屋に
置いてあるお菓子をいくつか毒味した後にお茶を
淹れてくれた。

そうしてシェラさんは商人に扮した他の騎士さん達と
一緒に謁見しに行ってしまい部屋には私だけが
残される。

そこで改めて周りを観察する。

暖かい・・・というか、ここより北に位置する
ルーシャ国から来た私にしてみればモリー公国は
少し暑いくらいだ。

気候的には南国に近いのか、馬車から見た王宮も
今いる賓客用の宮殿も窓が大きく開け放たれて風が
通りやすい解放的な作りになっている。思わず、
防犯的にこれは大丈夫なんだろうかと心配になって
しまうくらいだ。

そう思いながら窓に近付けば、そこはバルコニーに
なっていてそのまま目の前の庭園に降りられるように
なっていた。

この宮殿のお客様用のプライベートな庭園なのかな?

その先を見ても高い壁に囲まれているみたいだから
外から誰かが入り込むことはなさそう。

・・・外に出ないで、この庭園を見て回るくらいなら
大丈夫だろうか。

部屋の中から庭園に続くバルコニーの階段を降りて
石畳を歩く。途中には休憩できるようにテーブルと
椅子があったり、座って景色を眺めるための長椅子も
備え付けてある。

そういえばここはルーシャ国じゃないけど、
イリューディアさんの力は同じように問題なく
使えるのかな?今更ながら疑問に思った。

イリューディアさんは『この世界を再建する手伝いを
して欲しい』って言ってたから、ルーシャ国に限らず
この世界ならどこでも同じように力を使えるのかな。

試しに目についた庭園の草花に手をかざしてみる。

大きくなーれ、と願いを込めて目をつぶればいつもの
ように手のひらに暖かさを感じた。

そっと目を開ければ、草丈はさっきよりも伸びていて
花の蕾も増えている。

おお、大丈夫そうだ。安心して、念のために庭園で
他の植物にも同じように手をかざしてみた。ついでに
土も触ってみたけど、ルーシャ国のあちこちで農地に
加護を付けた時のようにふかふかの土壌に変わった。

草花も、その種類に関係なくかざした手の先のものは
全て豊穣の加護の力が効いた。

これなら薬花にも問題なく加護を付けられる。

よし!と満足して部屋の中から茶器とお菓子を庭園の
テーブルへと持ち出した。

ついでに部屋の中を見てみれば、本棚に薬草の本
らしきものもあったので持ち出す。

そうして本を読みながらお菓子を食べていれば周りは
鳥のさえずりとあたたかな日の光というのんびりと
した午後のひとときだ。

自分が珍獣扱いされているのも、バロイ国とモリー
公国の政治的な事情も何もなかったかのような穏やか
なゆったりとした時間が流れている。

リオン様は今頃バロイでどうしているのかな。早く
会えればいいんだけど・・・。

そう思っていたらお菓子でお腹が満たされたのと
暖かい午後の日差しに、そのまま私は庭園で眠り
込んでしまった。

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