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第十六章 君の瞳は一億ボルト

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「幸いにも亡くなった人などはないようです。勿論
それなりに怪我をしている人達は多いみたいですけど
すでにユリウス様が救護のためにそちらに向かわれた
と聞いています。」

エル君の説明に耳を傾ける。早朝に噴火した山は、
大きな煙を上げて爆発して巨大な岩石がいくつも
降り注いだという。

ただ、その山は一番近い集落からも少し離れた場所に
位置するものだったから降り注いだ岩石の大半は
集落から逸れ、怪我をしたのは不幸にもそこまで
届いてしまった岩に当たって壊れた民家の下敷きに
なったり地震のような振動で落ちてきた物で怪我を
した人達らしい。

「飛んで来た岩石で、魔物避けのためのあの長い
城壁も一部が壊されてしまったみたいです。それから
溶岩もゆっくりですけどまだ流れ続けているそう
です。その方角が、このままだと壊れた城壁を越えて
集落まで届くかも知れないということで、怪我人も
含めて急いで別の地区に避難を進めていると聞いて
います。」

だから少しでも動ける人を増やすためにユリウスさん
が回復魔法を使いに行ったのかな。

「私も何か出来ませんか?」

癒しの力なら私の方が強い。小さな集落や村程度の
人数なら一度に全員治せるはずだ。

だけどエル君は危険です、と首を振った。
シンシアさんとマリーさんもダメですよ!と強く
反対する。

「とりあえずユーリ様の護衛について来た騎士や
兵士達を率いてシェラザード様が避難の手伝いに
行くことになっています。もしかするとすでに出発
したかもしれません。ユーリ様はここにいて、
レジナス様と一緒に待っていて下さい。」

下手に動くとかえって邪魔になるってことかな?

エル君が私を説得するように、あの赤い瞳でじっと
見つめてくる。

「じゃあその人達が安全な場所に避難して来たら、
そこに私が治療に行くのはいいですよね?」

「それならまあ・・・。でも一応レジナス様にも
聞いてお許しをもらってからにしてください。」

「ありがとうございます!それから、このお城から
救援物資で運ぶ予定のワイン樽とか飲料水、食料の
入った木箱があればそれに豊穣の加護を付けたいので
そこに案内してもらってもいいですか?」

ここにいるまま私に出来ることと言えばそれくらい
しかない。

せめて避難先での食料事情を良くしてあげるのが
関の山だ。

そうして、被害のあった場所へと出発する準備で
忙しそうな馬や兵士でごった返す荷物の発着場所へ
向かえばレジナスさんが他の人達に指示を出している
ところへ出くわした。

「ユーリ、なぜこんな所へ?人が多くて危ないから
部屋にいた方がいい。」

レジナスさんには驚かれたけど、私にも手伝える
ところは手伝わせて欲しいとお願いすれば渋々ながら
お許しが出た。

「分かった。ただし俺から離れるな。」

そのままひょいと縦抱きにされて食料の積まれた
場所へ移動する。

「暖冬で雪が積もらないですぐに溶けるって話でした
けど、もしかして火山の地熱が溜まっていたせいも
あったんですかね?」

昨日、泉へ案内してくれた人の言葉を思い出す。

雪崩が多かったのもそのせいかも知れない。

考えながら話せば、レジナスさんも私の言葉に頷く。

「さっき聞いた話だと、俺たちがここへ来る数日前
には大きな地鳴りのする日が何日か続いたそうだ。
もしかするとそれも噴火の前兆だったかも知れないが
まさか休火山だと思っていた山が噴火するとは誰も
思っていなかっただろう。ただの地震だと思われて
いたようだ。」

「シェラさんやユリウスさんは大丈夫ですかね?」

「要領のいいあいつらのことだ、うまくやるだろう。
シェラも今頃はもう集落の避難誘導を終えて、
ユリウスと一緒に救護支援の方に回っているかも
知れないな。」

私とレニ様が飛ばされた過去の世界で、私が出した
泉にキリウさんは手を添えて地面の土を器用にも
噴水に作り変えていた。

あんな魔法が使えたら、崩れた城壁も直して溶岩も
せきとめることが出来たかもしれないのに。

私はそんな事はできないけどもしかしてユリウスさん
ならそんな魔法は使えないかなあ。

レジナスさんに話してみれば、無理だろうと
言われた。

「溶岩をせきとめるほど強固な壁を作るにはかなり
魔力がいるはずだ。せきとめられた溶岩が冷え固まる
までその壁を維持するか、壁を作りながら溶岩を
冷やし固めるために氷雪系の強力な魔法も同時に
使うか・・・。そんな事が出来るのはシグウェルか、
魔道具込みで火山ごと凍らせることの出来る優れた
氷雪系魔法の使い手であるヒルデガルド様くらい
しかいない。」

ユリウス一人では無理だ。そうレジナスさんは
首を振った。

シグウェルさんもヒルダ様もここまですぐには
駆け付けられない。

だからとりあえず火山から距離を取って噴火が
落ち着くのを待つしかないらしい。

「待つしかないって言うのが歯がゆいですね・・・」

ワイン樽や木箱に加護を付けながらレジナスさんの
話を聞いて、ぎゅっとその服を握りしめる。

「それでもこうしてユーリの加護がついた支援物資が
届けられるというだけでみんな心強く思うはずだ。
皆を助けたいというユーリの気持ちは充分に伝わる
だろう」

慰めるようにレジナスさんにぽんと背中を叩かれる。

「少しでも励ましになればいいんですけどね・・・」

そんなことを話していたその時だ。私達の前方が
一際ざわめいた。

「なんでしょう?何かあったんですかね?」

レジナスさんに抱かれたままそちらへ向かえば、
ところどころ焦げて穴が開いたローブを羽織った
ボロボロで泥だらけの兵士が一人、座り込んで息を
切らしていた。

その顔に見覚えがある。ダリウスさんが私の護衛に
出してくれた国軍の兵士さんだ。

シェラさんと一緒に被害のあった集落に行ってた
はずだ。

その人は周りの人から水を受け取って一口飲むと
誰かを探すように辺りを見回してレジナスさんと
目が合うと、叫ぶように報告した。

「二度目の噴火です!溶岩の勢いが増して危険な
状況になり、このままでは避難が追い付きません‼︎
シェラザード隊長が避難民の後方を支援していますが
危険です、援護のため至急兵士と馬、魔導士の追加を
お願いします!」

それはユリウスさんの魔法だけじゃみんなを守るのが
難しいってこと?

それにシェラさんも。避難する人達の後方にいる
ってことは、溶岩に飲み込まれる危険が一番高い。

兵士の報告にレジナスさんの顔色が変わった。

「馬と兵士はどうにかなるが魔導士は・・・!
ユリウスの補助が出来る奴など、この領内全ての
魔導士をかき集めて来ないといけないぞ」

そう言いながらレジナスさんは私を抱いたまま
素早く他の人達に指示を出した。

オーウェン様への連絡、追加の人員派遣に動ける
人数の確認、避難に使う馬や馬車の補充。

急遽、支援物資を積んでいた荷馬車から次々と水や
食料が下ろされて馬車の車輪も悪路に対応した
太くて丈夫なものに替えられた。

避難する人達をなるべくたくさん乗せて早く走る
ためらしい。

慌ただしさを増したその様子を、レジナスさんに
掴まったままハラハラしながら見守る。

もっと何か、私に出来ることはないのかな。

氷雪系魔法も使えず、城壁も直せない私に差し迫る
溶岩からみんなを守るために何が出来るだろう。

このままだとシェラさんやユリウスさんまで危険だ。

だけど何にも思いつかない。

結局、地元の人に地図を見せてもらいながら避難経路
の確認をしているレジナスさんや兵士のやり取りを
見守るだけだ。

「仕方ない、城壁のこの部分を崩して溶岩の流れを
変えることは出来ないか?」

「元が魔物除けで堅牢な造りのため、人の手だけで
短時間で崩すのは難しいかと」

「ならこっちの山の斜面を切り崩して土砂を流し入れ
川の方へ溶岩の誘導をするのはどうだ?」

「そのためには・・・」

どうやらなんとかして避難先の方向へ向かう溶岩の
流れを変えようとしているらしかった。

「ユーリの加護が付いている俺なら山や城壁を
崩せるだけの力があるかも知れない」

レジナスさんのそんな言葉が耳に飛び込んで来た。

「危ないですよ!いくらレジナスさんでも、そんなの
一人で出来ます⁉︎」

思わず声を上げてしまう。

そのためには迫ってくる溶岩の近くで作業をすると
いうことだ。

いくら私の加護で物理的な攻撃をほぼ無効化できて
力が強くなったといっても
なんてそんな。

そう思った時だった。

・・・あれ?つい最近、そんなことを言ってた人が
いたような?

ふっ、と何かが引っかかった。誰だっけ?そんな
馬鹿みたいに荒唐無稽なことを言ってたのは。

必死に思い出す。と、脳裏に浮かんだのは

『ー・・・この山、吹っ飛ばしますね‼︎』

爽やかにそう宣言してにっこり笑ったレンさんの
顔だった。

もしかして。グノーデルさんの力でレンさんが
魔石鉱山を一つ粉砕出来たのなら、同じ加護を持つ
私にも出来るんじゃないだろうか。

そのためには大きくならなきゃいけないけど。

「レジナスさん、私に考えがあります!」

試す価値はある、迷っている暇はない。

私が大きくなれそうな強いお酒もある。

昨日シェラさんに見せてもらったあのリーモのお酒
を私は思い浮かべていた。

















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