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第十八章 ふしぎの海のユーリ

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「竜の鱗へ加工をする謝礼として君は口付けを約束
したわけだが、本気で忘れていたのか?」

宿題をするのを忘れて来た生徒を叱るように、私を
見るシグウェルさんの目が厳しい。

「そういや団長、そんな事言ってたっすね・・・!」

いつものように団長室で私を迎え入れてくれてお茶を
準備してくれたユリウスさんも思い出した、と声を
上げた。

「通りで団長、いつになったらユーリ様は来るのか
って俺に何度も聞いてきたはずっす!」

あれはただ単に会いたかったからじゃなかったんすね
とユリウスさんは納得している。

シグウェルさんが私のことを尋ねるたびに報告書を
出すのが先だと説得していたユリウスさんもあの時の
私とシグウェルさんのやり取りはすっかり忘れて
いたらしい。

なんていうか、その後のシェラさんの求婚騒ぎや
それで立ったデタラメな噂話の周りでの盛り上がり方
が凄くてみんなその話題で持ちきりだったからね。

ユリウスさんもそのクチらしく、ファレルの鏡の間で
私達の話に立ち会っていたのに覚えてないとか、
さすがにちょっとシグウェルさんが可哀想になった。

頑張ったお礼に私からの口付けがあるとか一人で
楽しみにしてたんだ・・・。

しかも私に会うには仕事を片付けろとか言われて、
その通りにしていたのに。

さすがにそれは切ないかもしれない。

その反動なのか今はものすごい冷たい目で見られてる
けど。

え、なんか全然恋人とか伴侶を見る目じゃないよ?

どっちかっていうとダメ人間を見る目で見られてる。

「えっと・・・ごめんなさい。色々あり過ぎて本当に
忘れてました。」

こんな時は素直に謝るに限る。

あまりにいたたまれなくて視線を落としながら謝ると

「反省しているのか?」

とん、と指で団長室の執務机を打ったシグウェルさん
は頬づえをついたままじっと私を見つめた。

「そ、それはもう・・・!」

「じゃあここに座ってもらおうか」

そう言ってシグウェルさんはまたとんとん、と指で
机を打った。

いつも書類が積み重なっている執務机が今日はいやに
片付いている。

あれだ、たまっていた報告書を全部片付けて提出した
結果だ。それにしても・・・

「なんで毎回私を机に座らせようとするんですか⁉︎」

ふとヨナスに見せられた幻のかけらが頭をかすめた。

なんかあの夢の中でも団長室の机の上に押し倒されて
いたような気がする。

「そこは座るところじゃないですよ⁉︎」

思い出して赤くなりながら文句を言えば、

「君を眺めるのに丁度いい高さだから便利なんだ」

素直に言うことを聞かない私に焦れたのか、椅子から
立ち上がったシグウェルさんは私を捕まえるとひょい
と持ち上げて机の上に座らせた。

そして立ったまま私の両側に手をつくとまじまじと
見下ろしてくる。

さらさらの銀髪が顔の横に流れて落ちていく。

「・・・どこも調子の悪いところはなさそうだな?」

「お、おかげさまで?」

「ヨナス神の雰囲気も感じられないしそのチョーカー
も特に力が強まってもいなさそうだ」

「カティヤ様も大丈夫って言ってくれました!」

ものすごく近くで観察するみたいに見つめられて
色々と聞かれる。

さっきよりもほんの少し鋭さの和らいだ紫色の瞳は
私の少しの変化も見逃すまいとしているみたいだ。

もしかしてファレルであの霧に何か影響でも受けて
ないのかと心配してくれてたのかも。

だとしたら今まで会えなくて悪いことをした。

「私は元気ですよ、いつも通りご飯もおやつも
おいしくいただいていますし毎日昼寝までさせて
もらって王様みたいな生活をしています!」

元気ですアピールをしてみたら、

「そうして俺との約束を忘れて楽しく過ごしていた
わけか。こっちはその間ユリウスにせかされ仕事三昧
だったわけだが」

「ウッ」

話を蒸し返されてしまった。

「君、知ってるか?氷瀑竜の鱗は加工しようとすると
その魔法に反発してひび割れてしまう。俺でなければ
なかなかにその加減が難しいんだ。ましてやその心臓
から出来た魔石に手を加えるとなればまず俺以外の者
には出来ないだろう。だがそのどちらとも半日程度で
完成させたのは一体どこの誰の為だっただろうな?」

「反省してます・・・!」

だからごめんって。

話しながら私の黒髪を一房手に取ってくるくると
もてあそびながら話していたシグウェルさんは、

「では誠意を見せてくれるんだろうな?」

そう言って髪の毛に口付けて私を見つめた。

そうしてチラリとユリウスさんに視線を移すと

「ユリウス、俺がユーリから謝礼を受け取っている
間に例の復元した魔石を隣の部屋の保管庫へ取りに
行ってこい」

と声を掛けた。

「えっ、その状態のユーリ様と団長をここに二人だけ
にするんすか⁉︎それはちょっと・・・」

大丈夫かなあとユリウスさんが言ったら

「無粋な奴め。お前がいたらユーリが恥ずかしがって
いつまで経っても謝礼が受け取れないだろうが。
それともお前は人の口付けているところを見たがる
おかしな性癖でもあるのか?」

それならそこでしっかり見ていろ、とシグウェルさん
は私のあごに手をかけた。

「ウワァ!分かったっす、すぐに行ってくるっすよ!
ユーリ様、ほんのちょっとだけ席を外すんでその間に
さっさと済ませちゃうっすよ⁉︎ほらエル君、エル君も
俺と一緒に・・・!」

慌ててユリウスさんはエル君にも声を掛けたけど、

「僕はユーリ様の護衛ですし、前回も同じような謝礼
の場を見てますから大丈夫です」

とつれない返事をされていた。そういえばエル君は
前回も同席していたっけ。

結局ユリウスさんは

「いいっすか、すぐに戻るっす!だからユーリ様、
さっさと団長にお礼をしとくっす!団長、アンタも
くれぐれもお礼におかわりを要求したり時間延長を
望むんじゃないっすよ!すぐ!戻るっすから‼︎」

何回もすぐ戻ると言うとあっという間に急いで部屋を
出て行ってしまった。

そんなあ、とシグウェルさんにあごを捕えられたまま
目の端でユリウスさんを見送れば

「さて、これで恥ずかしくないだろう?」

艶のある低い声が耳のすぐそばでした。

そのくすぐったさに肩をすくめる。

「俺を見ないのか?君の好きな俺の顔がこんなにも
すぐ近くにあるのに?」

からかうような響きを含んだその声に、つい声のする
方を見てしまった。

近い。シグウェルさんの瞳に私の姿が映っている。

まるで紫色の鏡のようなその瞳と、それを縁取る
銀色のまつ毛、淡い桜色の唇を間近に見てピシリと
固まれば、すうと目を細めたシグウェルさんは

「やれやれ、今回もまた俺の方から謝礼を受け取って
やらなければならないのか?」

と言って唇を重ねてきた。

思わずぎゅっと目をつぶる。

あごにかかっていたはずの手はいつの間にか、私が
身を引けないようにしっかりと後ろ頭に回って固定
され逃げ出せないようになっていた。

私の唇は重なったシグウェルさんの唇に優しく
挟まれて、その柔らかさを堪能するかのように
やわやわと食まれている。

後頭部に回されている手の指は器用にもそのまま
私の耳をなぞり、そのくすぐったさに体が震えた。

息をついてまた口付けられ、というのを何度か
繰り返されて、ユリウスさんはまだかな⁉︎と
思っていたら

「あれ⁉︎開かないっす、ちょっと団長⁉︎魔法で鍵を
かけたっすね⁉︎何してんすか、もう終わりっす、
いい加減にするっすよ‼︎」

やっとユリウスさんの騒々しい声が扉の向こうでして
ガチャガチャとノブを回す音もした。

いつの間に鍵なんかかけたんだろう⁉︎

「エル君、団長を止めるかここを開けて!」という
ユリウスさんの声にシグウェルさんは私から顔を
上げると眉を顰めてムードのない奴め、と小さく
舌打ちをした。

そしてはあはあと息をつく私にもう一度だけ軽く
口付け、唇の輪郭をなぞるようにぺろりと舐めると

「相変わらず君の口の中は狭いな、もっとうまく息を
継げないと溺れたようになってしまうぞ」

と余計なことを言った。

「そっ・・・!」

そんな恥ずかしいこと、エル君もいるのに言わないで
欲しいと言おうとしたら、真っ赤な顔の私を面白そう
に見下ろしてシグウェルさんはパチンと指を弾く。

すると「うわっ!」と言う声と共に部屋の中に
ユリウスさんがつんのめるようにして転がり込んで
来た。

「何してんすか団長!」

「お前は戻るのが早過ぎる」

「仕方ないじゃないっすか、物があるのはすぐ隣の
部屋なんすから!これでもユーリ様の為にゆっくり
かつ急いで戻って来た方なんすからね⁉︎」

お互い相手に文句を言い合う二人を目の前に、結局
私だけが文句を言うタイミングを逃してしまった。



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