上 下
422 / 634
第十八章 ふしぎの海のユーリ

4

しおりを挟む
シグウェルさんに文句を言うユリウスさんは両手
いっぱいにあの紫色の魔石を抱えている。

「それ、そんな風に素手で持っていても大丈夫
なんですか?」

一度砕けてしまったとはいえ平気なんだろうか。

心配した私に

「これはユーリ様のおかげで、もうすっかりただの
石ころみたいなモンすから平気っす!魔法をかけて
結界石や魔道具に加工も再利用も出来ないくらい
何にもならないモノになっちゃってるんすよ!」

と笑ってユリウスさんは応接テーブルの上にそれを
置いた。

再現された見た目は神殿の中にあった時と同じく、
黒から紫色へとグラデーションがかった一塊の
大きな紫水晶だ。

一部が欠けているのも全く同じ。

「やっぱり欠けてる・・・」

気になっていたそこへそっと触れれば、私のする事を
眺めていたシグウェルさんも口を開く。

「ユリウスにも確かめたが、神殿の中にあったその
魔石と思われるかけらや砕けた部分は取りこぼしも
なく全てこちらに送ったそうだ。だが見ての通り、
その一部分が目立って欠けている。」

ちょうど小刀サイズくらいの大きさで水晶は一部分が
ぽっかりと穴が空いたように欠けているのだ。

あの紫色の霧もここから漏れ出て来ていた。

ユリウスさんも補足で説明してくれる。

「ファレルの神官やトマス様にも確認したんすけど、
ファレルでの盗賊騒ぎがあるまではこの魔石も全く
問題なかったみたいっす。欠けてるのに気付いたのは
ファレルの神殿に泥棒が入って貴重な物やら金目の
物やら何やらを盗まれたり壊されたその時にヨナス神
の古神殿の被害も確かめた時だとか。」

そしてその騒ぎでファレルの神殿の祭具が壊れかけた
せいでこの間この魔石の力を抑えきれずにあの霧が
出てきてしまった。

結局全ての原因は泥棒のせいだ。

「ホントに迷惑な泥棒ですね・・・!まだ捕まって
いないんですか?」

そう聞けばユリウスさんは肩をすくめた。

「泥棒騒ぎ自体は数ヶ月前の一地方の出来事、それも
ちょうどユーリ様がこちらの世界に召喚されたあたり
で世間の話題は全部その召喚者の話で持ちきりに
なってしまってたっすからねぇ・・・。由緒ある
神殿で起きた窃盗騒ぎも犯人探しもみんなユーリ様の
話題の前には消えちゃったみたいっす。」

その言葉にシグウェルさんも頷いた。

「その頃なら地方からも力のある神官や騎士を召喚の
儀の手伝いや後始末に王都へと駆り出していたな。
だがいくら国で人手を借りていたからと言って、
地方の小さな犯罪や騒ぎを解決するのをわざわざ
中央が手伝う事もない。人手不足でその時期の地方の
瑣末な犯罪の解決が遅れた事例はファレルの神殿に
限った事ではないだろうから別に君が気に病む必要は
ない。」

「そうそう、だからユーリ様のせいで解決が遅れた
とか思うことはないっすからね⁉︎どうせそういう奴ら
は犯罪を犯したらすぐに国外逃亡でもして盗んだ物を
他で売り捌いているに違いないっすから!」

シグウェルさんが私を気遣い、慌ててユリウスさんも
一緒にフォローしてくれた。

ありがとう。犯人が捕まらないのは私の召喚のせい
かなとちょっと思ってしまったよ。

「早く犯人が捕まって、この欠けた部分がどうなった
のかが知りたいです。悪いことに使われていなければ
いいんですけど・・・」

ダーヴィゼルドではヨナスの祭具が利用されて
カイゼル様が洗脳されたような状態になった。

これは魔石な分だけもし悪用されていたら祭具以上に
ヨナスの力をもっと強く誰かに与えていそうで怖い。

欠けた部分は見ているだけでなんだか不安になった。

「君の懸念も分かるがその魔石がそんな状態になって
から数ヶ月の間、幸いにも国内ではヨナス神の力に
よるものと思われる目立った被害はない。
ファレルでも霧が漏れ出したのはつい最近の話だし、
ダーヴィゼルドの件も魔石ではなく祭具が原因と
はっきりしている。だから今のところそれほど君が
気に病むことはないんじゃないか?」

魔石をコンと叩いたシグウェルさんはふっとほのかな
笑みを見せた。

「もし何かあっても君に危害が及ばないよう、俺も
そうだが皆が君を守るだろう。そんなに心配しなくて
いい。」

「そうっすよ、魔導士団長にキリウ小隊の隊長、
二つ名持ちで国一番の剣士に加えてユーリ様の
加護でほとんどの攻撃魔法が無効化されている王子様
までいたらヨナス神だって裸足で逃げ出すっすよ!」

私があまりにも心配したせいか、二人がかりで
励まされてしまった。

それにユリウスさんどころかシグウェルさんの方が
率先して気にかけてくれるなんて。

その気持ちを嬉しく思い、確かにまだ起こっても
いない出来事を心配し過ぎるのも良くないなと
考え直した。

だから話題を変えようと、

「そうですね!じゃあそんな万が一の時に備えて私も
今はゆっくり休んで力をためておきたいと思います!
シグウェルさん、リオネルって港町は知ってますか?
シェラさんが誘ってくれたんで、今度そこに遊びに
行く事になったんですよ!」

明るく話せば、

「彼に頼まれてその場所に魔法陣を敷いたのはオレ
だからな、知っているどころか俺も行く事になって
いる。」

さも当然と言った風にシグウェルさんが頷いた。

「え?」

それは初耳だ。するとシグウェルさんは、何だ
聞いていないのか?と教えてくれる。

「元々リオネルの無人島に魔法陣の設置を頼まれて
いたが、それとは別についさっき町の郊外にある
邸宅への一時的な魔法陣の設置も頼まれた。急遽、
君が保養に行くことになったからだとな。だから
ついでに俺も同行して無人島へ渡りそこに付与する
魔法についても色々と下調べしようと思っている。
ユリウス、お前も来るんだ」

「俺もっすか⁉︎」

ユリウスさんが驚いている。

・・・って言うか、え?私がリオネルに行くって
話になったのはつい二、三時間前のことだよ?

シグウェルさんも「ついさっき郊外の邸宅への魔法陣
を頼まれた」って言ってたけどまさかシェラさん、
私の10時のおやつを見守った後にまっすぐ訓練に
行かずにここに寄って行ったの?

ただでさえ仕事に遅刻してたのに?

「シェラさん、私がここに来る前に寄って行った
んですか⁉︎」

「ほんの少しの間だったがな。詳しい日にちはまた
後で伝えるが三日ほどの休暇になるだろうと
言われた。ちょうど王宮に上げなければならない
報告書も全て片付けてしまってする事もないし、
俺も休暇を取ったところで大した支障はない。」

頷くシグウェルさんに、ユリウスさんがちょっと!と
声を上げた。

「魔導師団長だけでなく副団長の俺まで三日も王宮を
留守にするなんて問題あり過ぎっすよ!行くんなら
団長だけで、俺が残るのが妥当じゃないっすか⁉︎」

「お前が来なかったら誰が俺の身の回りの世話を
するんだ?」

「まさかの侍従扱い⁉︎それこそセディさんでも
連れてけば・・・!」

「あいつは口うるさい。とてもじゃないが休んだ気に
ならない。」

「俺だって口を酸っぱくしていつも団長に文句を
言ってるっすよね⁉︎」

「お前のは全く耳に入ってこないから大丈夫だ」

「ええ⁉︎俺の労力、全くのムダってことじゃない
っすかぁ!」

まさかリオネルの休暇へシグウェルさんもついて
来るとか、有無を言わさずユリウスさんまでそこに
巻き込まれるとか予想外だ。

というかシグウェルさんとシェラさんが一緒にいて
話してるところを見たことがない。

その組み合わせってどうなんだ、大丈夫なの?
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

ただ、あなただけを愛している

恋愛 / 完結 24h.ポイント:2,534pt お気に入り:259

隠れジョブ【自然の支配者】で脱ボッチな異世界生活

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:617pt お気に入り:4,044

【長編版】婚約破棄と言いますが、あなたとの婚約は解消済みです

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:4,032pt お気に入り:2,189

乗っ取られた令嬢 ~私は悪役令嬢?!~

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,853pt お気に入り:115

隻腕令嬢の初恋

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,995pt お気に入り:101

処理中です...