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198 冬華 イシュマ
しおりを挟むーー 冬華 ーー
おいしい……久しぶりの食事とたくさん汗をかいたからシンプルな塩味がしみ渡る。
食べ終わる頃には煮物もできあがっていたから少し冷ましてからお皿に移してラップ……がないので鍋の蓋をのせておく。
置き手紙を書くために紙とペンを借りて助けてもらったお礼と食材を使わせてもらったことと、煮物はよければ食べてください、と書いた。
それからお礼をしに戻ってくることも書いておいた。
部屋に戻りワンピースに着替えて借りていたシャツを畳む。
本当はシャツも布団もシーツも洗って返したいけれど今は……ごめんなさい、とシャツだけを持って部屋を後にする。
シャツは湖で三毛猫さんを見つけたら、もしくは限界を向かえて身体を洗いたくなった時に使わせてもらおうと思いそのままもらっていくことにした。
後で新しいシャツを買ってお返しします、と。
家のドアを開けて外へ出ると少し肌寒かったけれどきっと歩いていれば気にならなくなると思う。
イシュマさんが歩いていった方へは何度も歩いてできたような道があった。きっとこの先に湖がある。
イシュマさんには見つからないように気を付けながら進む。
三毛猫さんを探しに何度か湖に行ってくれていると思うけれど、結界を張っていれば三毛猫さんは見えないし、結界が解けていれば三毛猫さんがイシュマさんを警戒して出て来ないかもしれない。
どちらにしろ私が行かなければ……
それに……しても…………息が切れる……
歩くペースを落として休み休みゆっくりと進む。
思っていたより体力が……
何度かヒールやクリーン、フライも試しているけれど全く使えない。
魔法……便利だったなぁ……あの力がなければ私はこの世界で何も出来ない…………
これまで出会った人達はこんな厄介者の私にこれまでと変わらず接してくれるのだろうか…………
いや……みんなそんなことで態度を変えてしまう人達ではない……
弱っていると思考が極端にマイナスになってしまう。
あと今みんなの事を思い出すと泣いてしまいそう。
もう少し体力が回復してから出た方が良かったか……その方がもしかしたら魔法の力も戻っていたかもしれない……
一瞬そう思ったけれども、気ばかりが焦ってどちらにしろ落ち着かないだろう……
とにかく三毛猫さんを見つける。今はそれだけに集中しよう。
時間はかかってしまったけれど、どうにか湖にたどり着いた。
……結構……大きい……湖だなぁ……
息を整えようと座り込む。
湖に向かう間イシュマさんとすれ違うことはなかったからもしかしたらこの辺りにいるのかもしれない。
念のため道から見えないように大きな木の幹の陰に座ったけれど、イシュマさんがどこを探しているかわからない。
息も整い始めたからそろそろ立ち上がろうかと考えていると、足音が聞こえてきた。
「いないなぁ……」
呟くように聞こえてきた声の方をそっとみると真っ白い髪と綺麗な横顔が見えた。
白い髪と赤みがかった目が印象的でどんな顔かまでは覚えていなかったけれど……あんなに綺麗な顔をしていたのか……
身長も高くて寝ているときに私をすっぽりと包み込んで…………
余計なことも思い出してしまったので考えるのをやめよう。
イシュマさんは私が歩いてきた道を馬と戻って行く。
馬もいたのか……全然気付かなかった。
イシュマさんの姿が見えなくなる。
これで落ち着いて三毛猫さんを探せる。
湖の周りを時計回りに行こう。
「三毛猫さーん……」
……声がかすれている……
それでも三毛猫さんを呼びながら草をかき分けて進む。
しばらく歩くとまた息が切れ始めて……それだけじゃない……汗も……なんか熱い気がする……
「あまり無茶はしないでよね」
ノシュカトの言葉を思い出す。
ノシュカトは魔法が使えるとわかっていてもいつも私を普通の女性として扱ってくれて……心配してくれていた。
そんなことを思い出してしまい涙が滲む。
ここはどこなのだろう……
帰りたい……三毛猫さんとみんなのところに……
どうしてこんなことに……理不尽さに少しだけ腹が立つ。
お風呂に入りたい。さっぱりして気分を落ち着かせたい。
湖の周りにはパプルの葉が生えていて…………
リアザイアの湖で三毛猫さんがこの葉っぱの使い方を教えてくれたんだった……
ジワリとまた涙がこみ上げてくる。泣いても仕方がない。
湖で身体を洗い気持ちを切り替えよう。
パプルの葉を多めに採って、裸は落ち着かないので、持ってきたイシュマさんのシャツを羽織ってから着ているものを脱ぐ。
身体を洗いやすいようにシャツのボタンは外したままにしておく。
周りをグルリと見回して誰もいないことを確認してから湖へ入る。
つ……冷たい……
一度頭まで水に浸かると少し熱を帯びた身体には心地いい…………いや、やっぱり冷たい……けれど気持ちいい。
パプルの葉を泡立てて頭から身体からついでシャツも洗っていく。
全身洗いさっぱりするとようやく気持ちが落ち着いてくる。
湖から出て服を隠しておいた木の陰にいきもう一度周囲を確認する。
シャツを脱いで絞り身体を拭いてからワンピースに着替えると乾いた服の温かさにホッとする。
もう一度シャツを絞り髪も乾きやすいようにできるだけ拭いておく。
魔法が使えたら……とまた考えてしまうけれど元々なかった力だしいつまでも甘えていられない。
気合いを入れ直して三毛猫さんを探しに行こう。
髪は歩いているうちに乾く。
そう思い直して一歩踏み出すと……クラリと目眩がして足がもつれる。
草むらに倒れ込み眠気が襲ってくる。
思っていたより体力が……それともまた熱……? わからない……
早まったかな……魔法が使えるときは大抵のことはどうにかなっていたから考えが甘くなっている……
眠ってはいけないような気がしたけれど目蓋が重くなり私はそのまま目を閉じて眠ってしまった…………
※※※※※※※※※※※※
-- イシュマ --
今日も彼女の猫……ミケネコサンを見つけることはできなかった。
今朝起きた時、彼女の熱がだいぶ下がっているように感じたからそろそろ目を覚まして話しができるかもしれない。
昨日の夜……彼女は僕の顔を両手で包み可愛いね、と微笑んでくれた……可愛いなんて始めて言われた。
目はあっていたけれどきっと寝ぼけていたのだろう……
そう分かってはいても頬が緩む。
彼女が目覚めた時にミケネコサンがいたら安心してくれると思うのだけれど、これだけ探してもいないのなら湖から移動してしまったのかもしれない。
見つからなかったら……彼女はガッカリするだろうな……
この辺りに猫はあまりいないから猫を見つけたらとりあえず連れて帰ろうと思っていたけれど一匹も見当たらなかった。
それにもう一つ……そろそろ兄上達がここへ来そうな気がする。
彼女がここにいることを知られたくない。
目覚めてくれたら兄上達や家族の事を説明して隠れていてもらうこともできるけれど……眠ったままならそのまま兄上達が帰るまでそっとしておくしかない。
僕の部屋は二階にあるから兄上達がきたらいつもなら僕の部屋かリビングにいるけれど……気まぐれに他の部屋も覗くかもしれない。
いつもより少し早く家に帰ると何だか美味しそうないい匂いがした。
もしかしたら彼女が目覚めたのかもしれない、そう思い急いでキッチンへ向かうとテーブルの上に何か……
手紙を読むとお礼と料理を僕の分も作ってくれたみたいだけれど……
急いで彼女の部屋へ行くと布団やシーツは綺麗に畳まれていて彼女が着ていた服もなくなっていた。
お礼に戻って来る、と書いてあったけれど彼女が出ていってしまった事がなぜかすごく悲しかった。
連れ戻そう。
そう決めて馬に乗り走り出す。きっと湖にいる。
どこかで倒れているかもしれないと思うと気が焦る。
あんなに熱が続いた後でいきなり動き回るとは……
僕が帰るときに彼女とすれ違わなかったということは……僕がいるとわかれば隠れてしまうかもしれない。
湖の近くに着いてそこからはそっと周囲を伺う。
パシャリ……
水が跳ねる音がした。
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