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しおりを挟むテオはまだ子供だった。
怖かったはず……
平民の子で剣術や闘い方なんか知らない子供。
「小型とはいえ魔獣に襲われたら死んでしまってもおかしくはなかったんだ」
トマスの言葉に思わずテオの頭を撫でる。
「それでもテオは魔獣化したウサギに声を掛け続けた」
いつも話すように……お願いだから元に戻って、僕が子供達を見つけるから……と。
「動物に……ましてや魔獣に言葉が通じるはずはないのにな」
トマスが小さく息を吐きお茶を一口飲む。
「けれども、血を流しながら……泣きながらそう話すテオと目が合うと、ウサギの魔獣は動きを止めた……動きを止めて目からポロポロと涙を流し泣いていた」
そうテオが言っていた……
子供の頃の記憶だからそう思いたかったのかもしれないが、と。
「それから魔獣化したウサギは苦しそうに唸りテオの前から姿を消したらしい」
ふと、ザイダイバでオリバーの腕に噛みついていた狼の魔獣を思い出した……私の言葉に唸りながらも腕を離してくれたあのコ……
「テオは大ケガを負いながらも自力で町まで戻ったけれど傷のせいでしばらく熱を出して寝込んでしまったんだ」
目を覚ましてから……それから……
「それからだよ」
魔獣がテオを認識して攻撃を止めた、と言っても大人達は誰も信じなかった。
けれども……
「テオはそこに希望を持ってしまった。魔獣化した動物を元に戻せるのかもしれない、と」
病気のようなもので苦しみから狂暴性が増しているのなら薬のようなものがあればあるいは……そう考えて……
「本当は薬師になりたかったんだろうな。金も時間もかかるから難しいが……だから庭師なんだよ。植物の勉強もできるし貴族の屋敷の庭なら珍しい植物にも触れられるからな」
そうだったんだ……そんな風に考えている人がここにも……
テオの苦しみに胸が痛くなる……けれども同時に嬉しくてジワリと胸が熱くなる。
「日中は庭師として働いて夜は植物の研究をしているんじゃないかな。部屋に入れてくれないから想像でしかないけどな」
と少し寂しそうに笑うトマス。
しんみりとしているとリビングの入り口から
「トーッ……ノア!!」
驚いて大きな声が聞こえてきた方を見るとセオドア……
「シーッ」
せっかく眠りについたテオが起きちゃう、と慌てて人差し指を立てる。
「ノア……俺も膝枕……して欲しい」
…………
「……ただいま、レオン。いろいろとありがとう」
テオが起きないように静かにお礼を言う。
セオドアが私の隣に座るとテオがモゾモゾと動き……起きちゃいそう……と思っていると……
テオが私の腰に腕を回しお腹に顔を埋めてくる……くすぐったい……
「……ノア、こいつ起きているんじゃないか?」
寝てると思うよ。
「レオンはこれから休憩か?」
トマスがセオドアにそう聞くと、これから昼食だという。
「レオン、私の仕事を引き継いでくれているんだよね。突然……その……いなくなってごめんなさい。それから……ありがとう」
ペコリと頭を下げてからセオドアを見ると両腕を広げていて……抱き締められた。
だからテオが起きちゃうって……そして二人分の体温はさすがに暑い。
「お帰り」
セオドアが耳元で小さく囁く。
うん……
セオドアの頭を撫でてもう一度ありがとう、と言い後でちゃんと話すね、と言うとようやく離してくれた。
「それでね、私の部屋なんだけど……」
もしそのままなら制服とかあると思うんだけど……
「あぁ、俺が使っているよ」
そうなんだ……またベッドを入れたのか。
「部屋の空きがなくてさ、ノアとレオンは相部屋もしていたしいいかなと思って」
なぜかトマスが申し訳なさそうにそう言う。
「突然いなくなったのは私だし、みんなに迷惑をかけてしまって……レオンも私の代わりに入ってくれているから部屋くらい使っても……って私も借りている部屋だからね」
気を遣わせてしまって……ベッドもまた運んでくれたんだよね、ごめんね、と言うと
「あ、あぁ……まぁ……な……ハハハ」
トマスが珍しく言い淀んでいる……
セオドアを見ると、ん? と微笑まれた。
「ベッドは運んでないぞ、今夜は一緒に寝ような」
って……
「ベッドはすぐに運べるよね。私が簡易ベッドを使わせてもらうね」
えーっ、と悲しげに言うセオドアに私の制服もそのまま置いているよね、と聞くと頷いた。
「テオが起きたら制服に着替えてリアム様にご挨拶に行かなくちゃ」
その前にセオドアに話を聞かないと、みんなにどう話しているのか。
「起きている……」
……私のお腹の辺りから声が聞こえてきた。
顔色が少し良くなったテオがこちらを見て
「もし……困っているなら……ノアとなら一緒に寝てもいい」
あら、優しい……
「なっ!? 困っているわけがないだろう!?」
「俺が部屋に入ろうとすると嫌がるのに!?」
セオドアとトマスが大きな声で同時に話すから何て言ったのかよくわからない……
「こいつ、やっぱり起きていたのか……」
セオドア……やめなさい。
「大きな声を出すから起きちゃったんでしょう」
仕事に戻るというテオとトマスにお茶をいれ直してからセオドアと私が使っていた部屋へ向かう。
「実はトーカが任されていたクルクスの世話の仕事はもう終わっているんだ」
歩きながらセオドアが話す。
「俺がトーカの代わりに入った時にはすでに他の使用人とも一緒にいられるようになっていたしな」
そう、クルクスさんはリアム様以外の人にも馴れはじめていた。だからセオドアがここに残っていることが少し意外だった。
「ここ最近ダンストン伯爵家とルルーカ公爵家、それからクレメン侯爵家の交流が増えてきてさ」
ルシェナ様とカイル様かな?
「俺の働きぶりを見てダンストン伯爵にここで働いて欲しいって言われてノアが戻って来るまでの間ならって返事をしたんだ」
……なんか戻りにくいぞ……がっかりされないかな……
「ノアが戻ってきても二人でここにいたらいい、といわれたのだけれどどうする?」
どうするって……
「セオドアは私がここに戻ってくると思っていたの?」
部屋に入りドアを閉める。
「あぁ、トーカならそうするだろう?」
そうしたけれども……
「それで、この国で一緒に暮らすか? そうするなら家を買うが」
ちょっ……
「わ、私はリアザイアに……ノバルトのところに帰るよ」
ん? と首を傾げてからあぁ、と言い
「ノヴァルト殿と……そうか、おめでとう」
と微笑んでから
「俺とも婚約しよう」
って……キメ顔で言われても……
「しません……」
なぜだ!? となぜか驚くセオドア……まるで断られるとは思っていなかったよう……これまでモテてきたからなのか……
少し急ぎすぎたか? だがあの腹黒いノシュカト殿に先を越されたら少し厄介な気もするし……とブツブツと何か言いながら考え込んでしまった。
その間に私は制服に着替えて身支度を整える。
「セオドア、ちょっと行ってくるね」
考え込んでいるセオドアを置いて部屋を出る。
久しぶりに袖を通した制服に気が引き締まる。
使用人用の食堂を通って行こうと思い中へ入ると
「ノア!!」
寮の仲間が何人かいてその中にアルとイーサンがいた。
そういえば……セオドアにみんなには何て言っているのか聞いていなかった……
「アル、イーサン、ただいま。街でマーサとルークに会ってきたよ」
驚いていたアルとイーサンが微笑み……いや……アルはちょっと怒っているような……
「ノアッおまえは本当にっ……」
「まぁまぁ、お帰りノア。マーサとルークも心配していたから良かったよ」
アル……イーサン……
「ノアーッ……このまま帰って来ないのかと……このままレオンがずっといるのかと!」
みんな…………レオンは何をした……?
「レオンに聞いても曖昧なことしか言わなくて……戻って来るのか来ないのか……このままレオンがノアの代わりにいるのかいないのか……」
……たぶんボンヤリとしたことしか言えなかったのだと思う……ごめん、セオドア……それにしても……
「俺達の癒しのノアの代わりにあんなゴツいのが……しかも仕事もできるし……」
セオドアはいろいろなところで働いた経験があるから大抵のことはできてしまうのか……
王族だから貴族にも強いし……できちゃったんだろうなぁ、仕事が。
「これからリアム様のところへいくのだよね?」
みんな、通してあげて、とイーサンが言ってくれた。
また後で寮でね、とみんなに手を振ってから私はリアム様の元へ向かった。
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