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18_兄弟の内緒話
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「良いパーティーだったな。この国の文化や人柄も知れたし、酒も料理も申し分ない。フェル兄さんの反対を無視して直接来た甲斐があったよ」
「楽しんでもらえて良かったです」
ルイゼオの言葉に、クリスも内心ほっとしながら微笑んだ。
祝賀パーティーの後、ルイゼオは「久しぶりに弟と二人で話したい」と祈里に申し出た。その申し出を祈里が快く承諾した為、ルイゼオは宮内にあてがわれているクリスの私室にやってきたのだ。
クリスは表向きは使者という扱いのため、それなりに広く質のいい部屋があてがわれていた。だが、クリスは質素であることを美徳とする聖国の慣習に則って生活していたため、私室に置かれている家具などは全て簡素なものであり、置かれている物も必要最低限のものしか無かった。
ルイゼオは上機嫌な様子でパーティーで出会った人の話をしながらグラスに注がれたワインを口にした。パーティーでも大分飲んでいたように見えたが、酒はコミュニケーションの一環と何時も口にしている兄にとって、アルコールは水と同じようなものなのだろう。
ルイゼオがクリスのグラスにもワインを注ごうとした為、クリスは「僕は大丈夫です」といって自身のグラスに水を注いだ。その様子を見て、ルイゼオは呆れたように言った。
「クリスはどの国にいても変わらないな。こんな目出度い日なんだ、少しくらい決まりを破っても聖剣も見逃してくれるさ」
ルイゼオの言葉にクリスは同意するように微笑んだが、自身のグラスは動かさなかった。
騎士という身分の人間にはその精神性を汚さないために色々な制約が課せられる。その制約のほとんどは私闘の禁止や敵前逃亡の禁止といった良識的なものだったが、聖剣に選ばれた「清廉の騎士」であるクリスはそれ以上に厳しい制約が課せられるのだ。その中の一つに、酒類の禁止というものがあった。いざという時、酒で動けなくては騎士の本分を果たせないからだ。
「ルイゼオ兄上に久しぶりに会えて僕も嬉しいです」
「クリスからあんなに可愛い手紙をもらったからには来ない訳にはいかないだろう。フェル兄さんはああいう人だから反対してたがな」
「フェル兄上はそうでしょうね」
もう一年以上会っていないクリスでも、温和で心配性な兄が気を揉んでいる姿が容易に想像できた。
フェルと言うのはクリスとルイゼオの兄でミュラメント聖国の第一皇子であるフェルノア=ミュラメントのことだ。既に王太子に指名されており、現国王のクリスの父を補佐している。
離れて久しい母国の話をルイゼオから聞いていると、不意にルイゼオは目を伏せて、「本当は」と普段より低い声で言った。
「今回の調印式が終わったら、引きずってでもクリスを国に連れて帰ろうと思ってたんだ」
そう言うルイゼオの目は真剣だった。クリスも、ルイゼオがそういうつもりで帝国に来るだろうことは予想していた。他国から閉ざされているこの帝国でも、完全に内部の情報を遮断することは不可能だ。聖国にも、きっとクリスがこの国でどんな扱いを受けていたかは多少なりとも伝わっていたはずだ。
「兄上、僕は――」
「でもね」
クリスの言葉を遮ったルイゼオは、先程とはうって変わって明るい笑みを浮かべた。クリスを安心させるように、ルイゼオの若葉色の瞳が優しい光をたたえていた。
「クリスとあの神帝が二人で歩いているところを見て考えを改めたよ。これでも人を見る目には自信がある」
ルイゼオはぐいっとワインを仰ぐと、空になったグラスと机に置いた。どこか迷いを断ち切ったような、さっぱりとした表情をしている。
「これからもクリスの好きなようにするといい。父上とフェル兄さんには俺から上手く言っておこう」
そう言ったルイゼオは、微笑みながら綺麗なウインクをした。兄はこういうキザな動作が良く似合う。
ルイゼオは昔から自由に物事を考え、損得よりも人の気持ちを尊重するタイプだった。クリスが帝国に行きたいと言った時も、難色を見せる家族の中で、唯一賛成してくれたのがルイゼオだったのだ。「クリスにも何か理由があるんだよ」と、事情も聞かずにクリスの後押しをしてくれたこの兄に、クリスは憧れと敬意を抱いていた。
「だからお前達に免じて、あの銃声も聞かなかったことにしておこう」
「……ありがとう、ルイ兄さん」
秘密を共有する少年の様に悪戯っぽく笑う兄に、クリスは心からのお礼を言った。やはり、兄もあの銃声に気付いていたのだ。その直後に花火が上がったため、ほとんどの人間は気付かなかったようだが、あれは確かに宮内で誰かが発砲した音だった。もしこのことが表沙汰になれば、この調印式は中止になってしまうだろう。だが、この兄は事情も聞かず祈里とクリスを信じると言ってくれたのだ。
外交官としての任を全うするルイゼオは、その明るく馴染みやすい性格とは裏腹に、仕事のことになると冷徹で抜け目のない人物だ。弟であるクリスが口添えをしたとしても、簡単に誰かを信用する性質ではない。その兄がここまで言うという事は、祈里は兄のお眼鏡にかなったのだろう。
その後、暫く杯を酌み交わしながら話していると、あっという間に時間が過ぎ去っていった。そろそろ日付が変わろうかという時間になった時、「そろそろ失礼しようかな」とルイゼオは立ち上がった。既に机には空になったボトルが何本も転がっていたが、兄はそんなこと微塵も感じさせない颯爽とした足取りでドアに向かう。
「ああ、そうだ」
ドアに手を掛けたルイゼオは不意に振り返り、クリスに向かって口を開いた。
「クリスの事、伴侶に薦めておいたから」
「……はい?」
言葉の意味が分からずクリスが返事に窮していると、ルイゼオは得意げに言った。
「クリスがこの国にどうしても来たかった理由って、彼だろ? だから、聖国の騎士は一途で情熱的だから、クリスは伴侶としてお薦めですよって、彼に伝えておいた」
「……」
クリスは思わずぽかんと口を開けて兄を見詰めた。絶句しているクリスをどう受け取ったのか、「俺は応援してるからな」と再びキザなウインクを飛ばし、兄は上機嫌で部屋から出て行った。予想外過ぎる兄の言葉に暫くその場に立ち尽くしていたクリスは、ハッと我に返ると思わず頭を抱えた。
そうだ、そうだった。どうして忘れていたのだろう。優秀でどんなことでも卒なくこなしてしまうあの兄には一つ大きな欠点があったのだ。
洒脱で洗練されたあの兄は、お世辞でも決して達者な方とは言えないクリスでも分かるほどに、何故かかなりの恋愛下手だった。それでいて、他人のことに限っては妙に勘が鋭いところがあるため、時にこの二つが最悪の方向性で発揮されると、もう誰の手にも負えなくなってしまうのだった。
「楽しんでもらえて良かったです」
ルイゼオの言葉に、クリスも内心ほっとしながら微笑んだ。
祝賀パーティーの後、ルイゼオは「久しぶりに弟と二人で話したい」と祈里に申し出た。その申し出を祈里が快く承諾した為、ルイゼオは宮内にあてがわれているクリスの私室にやってきたのだ。
クリスは表向きは使者という扱いのため、それなりに広く質のいい部屋があてがわれていた。だが、クリスは質素であることを美徳とする聖国の慣習に則って生活していたため、私室に置かれている家具などは全て簡素なものであり、置かれている物も必要最低限のものしか無かった。
ルイゼオは上機嫌な様子でパーティーで出会った人の話をしながらグラスに注がれたワインを口にした。パーティーでも大分飲んでいたように見えたが、酒はコミュニケーションの一環と何時も口にしている兄にとって、アルコールは水と同じようなものなのだろう。
ルイゼオがクリスのグラスにもワインを注ごうとした為、クリスは「僕は大丈夫です」といって自身のグラスに水を注いだ。その様子を見て、ルイゼオは呆れたように言った。
「クリスはどの国にいても変わらないな。こんな目出度い日なんだ、少しくらい決まりを破っても聖剣も見逃してくれるさ」
ルイゼオの言葉にクリスは同意するように微笑んだが、自身のグラスは動かさなかった。
騎士という身分の人間にはその精神性を汚さないために色々な制約が課せられる。その制約のほとんどは私闘の禁止や敵前逃亡の禁止といった良識的なものだったが、聖剣に選ばれた「清廉の騎士」であるクリスはそれ以上に厳しい制約が課せられるのだ。その中の一つに、酒類の禁止というものがあった。いざという時、酒で動けなくては騎士の本分を果たせないからだ。
「ルイゼオ兄上に久しぶりに会えて僕も嬉しいです」
「クリスからあんなに可愛い手紙をもらったからには来ない訳にはいかないだろう。フェル兄さんはああいう人だから反対してたがな」
「フェル兄上はそうでしょうね」
もう一年以上会っていないクリスでも、温和で心配性な兄が気を揉んでいる姿が容易に想像できた。
フェルと言うのはクリスとルイゼオの兄でミュラメント聖国の第一皇子であるフェルノア=ミュラメントのことだ。既に王太子に指名されており、現国王のクリスの父を補佐している。
離れて久しい母国の話をルイゼオから聞いていると、不意にルイゼオは目を伏せて、「本当は」と普段より低い声で言った。
「今回の調印式が終わったら、引きずってでもクリスを国に連れて帰ろうと思ってたんだ」
そう言うルイゼオの目は真剣だった。クリスも、ルイゼオがそういうつもりで帝国に来るだろうことは予想していた。他国から閉ざされているこの帝国でも、完全に内部の情報を遮断することは不可能だ。聖国にも、きっとクリスがこの国でどんな扱いを受けていたかは多少なりとも伝わっていたはずだ。
「兄上、僕は――」
「でもね」
クリスの言葉を遮ったルイゼオは、先程とはうって変わって明るい笑みを浮かべた。クリスを安心させるように、ルイゼオの若葉色の瞳が優しい光をたたえていた。
「クリスとあの神帝が二人で歩いているところを見て考えを改めたよ。これでも人を見る目には自信がある」
ルイゼオはぐいっとワインを仰ぐと、空になったグラスと机に置いた。どこか迷いを断ち切ったような、さっぱりとした表情をしている。
「これからもクリスの好きなようにするといい。父上とフェル兄さんには俺から上手く言っておこう」
そう言ったルイゼオは、微笑みながら綺麗なウインクをした。兄はこういうキザな動作が良く似合う。
ルイゼオは昔から自由に物事を考え、損得よりも人の気持ちを尊重するタイプだった。クリスが帝国に行きたいと言った時も、難色を見せる家族の中で、唯一賛成してくれたのがルイゼオだったのだ。「クリスにも何か理由があるんだよ」と、事情も聞かずにクリスの後押しをしてくれたこの兄に、クリスは憧れと敬意を抱いていた。
「だからお前達に免じて、あの銃声も聞かなかったことにしておこう」
「……ありがとう、ルイ兄さん」
秘密を共有する少年の様に悪戯っぽく笑う兄に、クリスは心からのお礼を言った。やはり、兄もあの銃声に気付いていたのだ。その直後に花火が上がったため、ほとんどの人間は気付かなかったようだが、あれは確かに宮内で誰かが発砲した音だった。もしこのことが表沙汰になれば、この調印式は中止になってしまうだろう。だが、この兄は事情も聞かず祈里とクリスを信じると言ってくれたのだ。
外交官としての任を全うするルイゼオは、その明るく馴染みやすい性格とは裏腹に、仕事のことになると冷徹で抜け目のない人物だ。弟であるクリスが口添えをしたとしても、簡単に誰かを信用する性質ではない。その兄がここまで言うという事は、祈里は兄のお眼鏡にかなったのだろう。
その後、暫く杯を酌み交わしながら話していると、あっという間に時間が過ぎ去っていった。そろそろ日付が変わろうかという時間になった時、「そろそろ失礼しようかな」とルイゼオは立ち上がった。既に机には空になったボトルが何本も転がっていたが、兄はそんなこと微塵も感じさせない颯爽とした足取りでドアに向かう。
「ああ、そうだ」
ドアに手を掛けたルイゼオは不意に振り返り、クリスに向かって口を開いた。
「クリスの事、伴侶に薦めておいたから」
「……はい?」
言葉の意味が分からずクリスが返事に窮していると、ルイゼオは得意げに言った。
「クリスがこの国にどうしても来たかった理由って、彼だろ? だから、聖国の騎士は一途で情熱的だから、クリスは伴侶としてお薦めですよって、彼に伝えておいた」
「……」
クリスは思わずぽかんと口を開けて兄を見詰めた。絶句しているクリスをどう受け取ったのか、「俺は応援してるからな」と再びキザなウインクを飛ばし、兄は上機嫌で部屋から出て行った。予想外過ぎる兄の言葉に暫くその場に立ち尽くしていたクリスは、ハッと我に返ると思わず頭を抱えた。
そうだ、そうだった。どうして忘れていたのだろう。優秀でどんなことでも卒なくこなしてしまうあの兄には一つ大きな欠点があったのだ。
洒脱で洗練されたあの兄は、お世辞でも決して達者な方とは言えないクリスでも分かるほどに、何故かかなりの恋愛下手だった。それでいて、他人のことに限っては妙に勘が鋭いところがあるため、時にこの二つが最悪の方向性で発揮されると、もう誰の手にも負えなくなってしまうのだった。
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