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19話 自覚
しおりを挟むふいにアスランが離れて、あたしはバランスを崩しそうになった。
「エビアン水、冷蔵庫から取って来る」
「あり…がとう」
アスランは、水のペットボトルを渡しながらポツリと言った。
「なあ、死んでしまいたいというのはあんたの勝手だが、自分の命を誰かにあげる、と口走るのはやめた方がいいぜ」
「………」
「出来もしない事を口走ると周りの者の神経を逆なでる事になる。下手をすれば逆恨みされる」
言い返す言葉も見つからず、あたしはコクリと頷いた。
それは、アスランの本心そのもののように感じた。
あの事故で婚約者を失ったアスラン。
事故の責任者だったあたし。
あたし達は、過去の出来事で繋がっている。
あたし達の意思に関係なく繋がっている…。
エルダという存在によって。
「さしずめ君はエンゼルフィッシュてとこだな」
ふいに出会った頃のアスランの言葉を思い出した。
今の会社に転職してから数ヶ月。
転職当初は、地球圏からの転職が珍しいのか色々な人があたしに声をかけてきた。
その時、アルマンという人が一言……
「あれえ…アスランも確か地球圏からの転職じゃなかったっけ?」
と言うので他の人達が
「え?もしかして知り合い?」
などと言い始めたのを思い出した。
ルシーダの人達の世界観は狭いから、地球圏も同じような感覚で、思われていたようだ。
地球圏の出身者は皆顔見知り、みたいな事を言われたので驚いた記憶が頭をかすめた。
転職当初、あたしはアスランを知らなかったし、アスランもあたしに声さえかけてこなかった。
それなのに、あの雨の見える展望ドームで唐突に声をかけてきたのは不自然と言えば不自然だ。
だって、それ以前に何も接点が無いもの。
縁と言えばそれまでだけど、アスランとエルダの関係がわかったうえで冷静に判断すれば、アスランはなにか目的があってあたしに近づいたのでは?
目的は一つしか無い。
つまりは、あたしへの復讐…だ。
心臓がきゅうぅぅっと締め付けられたようで、あたしは胸を押さえた。
先ほどエルダの髪を見つけた時の険悪な雰囲気、あれがアスランの本性で優しげなのはカムフラージュという事もある。
それでも、アスランを怖いとは思えない。
どんなに記憶の底を探ってもアスランとの接点は無い、無いはずだけど、何故だろうか、とても懐かしい感じがするの。
もともと自分の中に理想とするなにかの偶像があって、それにアスランが酷似しているのかもしれない。
だとしたらその偶像をどこで見たのだろう…。
アスランの黒い髪、浅黒い肌に黒曜石の瞳。
地球にはそういう風貌の人達が住んでいるコロニーがある。
けれども、あたしはそこには行った事が無い。
またしても、硬質な床を歩くヒールのカツーンカツーンとした音が頭の中に残った。
ふいに横から腕が伸びてきて、ペットボトルの蓋を開けた。
「あ…」
「途中で手が止まっていたからチカラが入らないのかと…でも、なさそうだな」
「あ、うん、もう大丈夫」
あたしは、ペットボトルの水をふたくち、みくち飲み、ふーと息を吐いた。
「なあ、その過呼吸の事だが、何か条件が揃うと発作が起きるように感じるのだが…」
「え?」
「今後、あんたと付き合っていくの知っておいた方が予防策がとれると思ってな」
「………」
「実験してもいいか?」
あたしは、いやいやをするように頭を振った。
アクエリアという言葉を聞いたり連想したりするのがマズイとわかっている。
「だめか?」
あたしの心一つで発作をコントロール出来るようにならないといつまでたっても自立出来ない。
「いいわ…」
あたしは、平常心を保とうと頭の中を空っぽにした。
何も考えず、何も思わず、ただそこに在るだけのあたし…。
「アクエリア…」
ああ、やはり、彼は感づいている。
考えてはダメ。
アクエリア号、あれは過去のことで不可効力。
あたしには関係が無い、関係が無い!
数分経った後に、アスランがため息をついた。
「どうやら要らぬ心配だったようだ。変なことを言ってすまなかったな」
「いいえ、心配してくれてありがとう」
「同僚を心配するのは当たり前だろ?」
膝の上にポタリと涙が落ちた。
「シルヴィア?」
「心配してもらうって嬉しい事なんだね」
それが社交辞令でもアスランの口から出たものならそれで良い…。
また、コクリと水を飲んだ。
でないと、そう言ってしまいそうだったから…。
同時にあたしは自覚した。
怖いのはアクエリアという言葉ではなく、アスランに見捨てられることだと…。
つづく
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