白の皇国物語

白沢戌亥

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第四章:万世流転編

第五話「交わる戦意」 その三

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 遙か西方彼方の雲に、地上の爆光が反射している。
 黒龍公アナスターシャはその光景を眺めつつ、自分の身体に絡み付く鋼の固定索と胴の左右に取り付けられた試作弾道砲の重さを感じ取る。
 全長四八〇メイテル。砲身後部にある専用魔導炉を含めて一式総重量四〇〇〇〇トン。それが二基、現状では彼女の一族でなければ運用できない試作兵器だ。
 搭載された魔導炉による重量軽減術式が作動しているとはいえ、もし万が一その術式が停止すれば、彼女はその場からまともに動くことができなくなるだろう。ただ、彼女自身が魔導炉の代わりを務めることも可能であり、その点でも彼女しかこの兵器の担い手はいないとも言える。
「背中、痒い」
『え? ええと、どこですか?』
「第八拘束索の辺」
『了解しました』
 公爵家の家臣でもある技官が敬礼し、作業用自動人形がせっせと彼女の背中を昇り始める。その様を見詰めつつ、アナスターシャは少しだけ肩を落とした。
 本来の身体である巨大な姿に戻った彼女であるが、その鼻先に人としての姿の幻影を浮かべているのは、この姿を可愛らしいと褒めてくれる誰かがいつ通信を繋げてもいいようにという、彼女としては珍しい意地からだ。
 幻影のアナスターシャは、西方の空を見て風に衣裳を遊ばせる。風の影響を受ける幻影がどれほど高度な魔法技術による産物なのか、彼女は気にも留めていなかった。
〈ターシャ、どうだ〉
 突如顔の横に浮かび上がったレクティファールの顔を見て、アナスターシャは一瞬自分の姿を確認した。幻影が変なことになっていないか確かめたのだ。
 問題ない。
 アナスターシャは表示窓に顔を向け、頷いた。
「大丈夫」
〈そうですか〉
 レクティファールはアナスターシャの様子にさしたる興味を示さず、ただ珍しくも物々しい鋼鉄の勝負衣裳の彼女に興味を抱いたようだった。
〈使えそうですか?〉
「もう五番目。使おうと思えば、使える」
 この弾道砲の計画は二十六年前の帝国軍の侵攻を発端として始まったものだ。しかしあまりにも費用が掛かりすぎ、その効果が不明瞭であるという理由で、皇王家とニーズヘッグ公爵家が計画を引き継ぐことになった。
 以降、細々と新たな兵器技術開発も兼ねて計画は続いていたが、帝国軍が巨大攻城砲を用いて皇国軍〈パラティオン要塞〉を砲撃したことで、同種の兵器を運用することが検討された。
 その後、他大陸への砲撃を可能とする大陸間弾道砲の開発計画へと変更され、ようやく兵器として最低限の運用が可能な試作機が完成したのだ。
 しかし完成から二ヶ月程度で実戦に投入されるとは流石に予想しておらず、軍からの応援を受けて何とかここまで漕ぎ着けた。
 軍の求める性能諸元を満たし、軍用列車で輸送できる規格に設計を纏めてあったこともこの兵器が実戦投入される理由のひとつだが、何よりもこの弾道砲以上の質量攻撃を可能とする兵器は、〈皇剣〉を除けば現在の皇国には存在しない。
〈これで効果を上げられないならば、四公爵に出てもらうしかありません。そうなればあの一帯はしばらく生物の住めない地域になってしまう〉
 皇都奪還戦は、四公爵の能力をほぼ最低限に抑えた戦いだった。
 あくまでも皇国の龍族の恐ろしさを連合軍将兵に叩き込み、それによって撤兵を早めるための手段だった。
 しかし、今回の相手はそんな皇国の思惑に乗らない可能性が高い。
 また、アナスターシャは目の前の義息が、自国の民と領土を侵した敵を許すとは欠片ほども思っていなかった。
 そうでなければ、龍など従えることはできない。
 そうでなければ、この国の皇王など務まらない。
〈では、彼らに鋼鉄の慈悲を与えてあげなさい、私のターシャ〉
「――ヤール・イレ・マイェステーア」
 はい、我が陛下――アナスターシャは頭を垂れ、久しく口にしていなかった了承の言葉を告げた。
 ふたりの通信を眺めていたであろう者たちは、黒龍の公爵アナスターシャは皇王レクティファールに従っていると再確認するだろう。
 それが正しい。
「我が陛下に、勝利を」
 そう、これでいい。
 四龍公は皇王に従うものでなければならない。
 もっとも強大な力を持つ存在に、それに劣る力を持つ者が侍る。それこそがこの国の力を象徴しているのだ。
 それを人々に知らしめただけでも、この戦いに意味がひとつ加えられる。
 無意味な戦いにはもうならない。
〈――では、また皇城で〉
「――ん」
 表示窓が消える直前に見えたレクティファールの表情は、皇城や後宮の中庭で彼女に黒蜂蜜の麦麺を差し出すときと何ら変わらない笑顔だった。
 これは戦争だ。
 しかし、皇王にとっては日常の延長だ。
 そして主持つ龍にとっても日常の一部だろう。
「――中佐、最終確認」
〈ヤー、マイネ・ヘルツァー〉
 アナスターシャの背に載った艦橋状の管制機構の中で、陸軍から派遣されてきた砲兵中佐が答えた。
〈第一、第二砲塔異常なし。第一から第四までのオリガ式魔導炉も異常なし〉
「ん、分かった」
 娘の名を冠した兵器で侵略者を叩く。
 そんな奇妙な状況に、アナスターシャはほんの僅かに笑った。
 瞑目し、これから始まる彼女の戦争にちじょうに思いを馳せる。
〈統合司令部より支援要請。座標諸元――受信完了〉
 部下からの報告に、アナスターシャの幻影はゆっくりと目を開ける。
 その瞳は、炯々とした龍眼であった。
「総員退避」
 アナスターシャの言葉が終わると同時に、周囲に警報が鳴り響く。
 彼女から見れば豆粒のような技官や軍人たちが走り去り、その漆黒の巨体がゆっくりと動き出した。
 砲身と魔導炉を冷却するための循環冷却装置から氷の破片が落ち、朝日を受けてきらきらと輝く。
 その光の中で大地を揺らして身動ぐ巨龍に、周囲の者たちは呆然とした表情を浮かべた。遙か古代の神話の世界で、先祖は自分と同じように畏怖を抱いてこの光景を見ていたのだ。
「座標――指向、完了」
 然るべき方角へと砲口を差し向け、アナスターシャは四肢に力を込め、さらに重力固定索を周囲の空間へと撃ち込む。
「――砲架、固定」
 空気を震わせて首を下げると、あとは砲撃管制機構の仕事だ。
 彼女は魔導炉の制御を管制機構に預けると、皇都の方角に幻影の顔を向けた。
「ふふ……」
 皇王陛下の黒龍として戦うのが娘より先だったことに、彼女は優越感を抱かずにはいられない。
 この瞬間、全く同時に後宮の娘オリガが意味不明の怒りに襲われていたとしても、アナスターシャには何ら関係のないことだ。
〈第一から第三まで照準固定。各員耐衝撃、耐閃光防御〉
 そう、これは当然のことであり、誰に対しても恥じることはない。
 アナスターシャは大きく手を広げ、天空へと意識を広げた。
〈――地対地弾道軌道砲『オリガ』、砲撃開始〉
 二度の轟音、爆光、そして雲を貫いて天空へと駆け上るふたつの閃光飛翔体。
 砲塔が急速に冷却され、水蒸気が彼女の姿を包み込む。
「わたしの、せんそう」
 アナスターシャは星の海へと消えた光を追い掛けながら、満足そうに呟いた。
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