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第四章:万世流転編
第九話「勇者の価値」 その二
しおりを挟むアルトデステニアの国威を示すことを目的とした巨大な皇城の建設は、最初の工事開始から二〇〇〇年以上経過した今もなお継続している。
初代皇王が過ごし、現在は何度かの改修工事を経て近衛軍をはじめとした幾つかの政府官庁の分庁、そして博物館となっている旧皇城区画。
飾り気の乏しい近衛軍総司令部や迎賓館などを含めた新政庁区画。
そして巨大な尖塔を複数抱える現皇城区画と、六角形の特徴的な姿と高大な敷地を持つ後宮区画。
島皇都の面積の内、実に半分を占めるそれらの施設だが、常にどこかで工事が行われていることでも有名だった。今行われているのは、老朽化の激しい近衛軍の訓練施設の建て替え工事と、謎の爆発によって一部の基礎構造に歪みが発生した後宮の補修工事である。
「でかイなぁ」
そう呟いたのは、五二〇メイテルという皇城の最も高い――ひいては皇都で最も高い――尖塔の鋼塔頂上に立つリリスフィールだった。
「うン、でかイ」
再び感想を漏らしたリリスフィール。その隣にぼんやりとした光が浮かび、それはやがてひとりの女の姿となる。
剣闘精霊の仮面を脱いだエリザべーティアだ。
彼女は自分で作った小さな力場体の足場に降りると、目をまん丸に見開いて皇都を眺めるリリスフィールに顔を向けた。
「何か面白いものでもあった?」
「こノ街そのモのがオモシロイ」
人とは違う視覚を持つリリスフィールの虚ろな瞳は、慣れていない者には不気味に見える。だが、エリザべーティアは唯一の“同僚”となったこの異世界の元神が、そもそも悪意というものを持ち合わせていないことを知っていた。
悪意とは他者に不利益を強要する意識であるが、彼女には利益という概念がないのである。彼女は利益を考えず、ただ等価交換によって人々に加護を与えていた。
しかしその等価交換の基準となる世界が消失したために、かつて彼女を崇めていた者たちに与えていた加護を引き揚げた。そこに悪意はない。
ただ、自分の存在を保持するという基礎概念に基づいて行動しただけだ。その結果彼女の民がどのような状態になり、今何をしているかなど、欠片も気に留めていない。
「ワタシが見てイた世界は、モっと小さかった。このセカイは大きいな」
「まあ、ね。観測できた異世界の中で一番小さいのは微粒子と同じ大きさで、もっとも大きな世界はどれだけ離れても端まで観測できなかった。密度は知らないけど」
「うん、ワタシも色んナ世界を見た。延々と戦いを繰り返しテイるセカイ。木と花と水ダケのせかイ。龍ノ姿をした世界。生まれたシュンカンに弾けた世界」
くりくりとした目で街を眺めるリリスフィールは、そこにある人々の表情を情報として次々と蓄積していく。それはいずれ感情と結び付けられ、彼女の表情となるものだ。
「チガウ世界を観測デキない世界。煉気の欠片もない世界。そしテ、ここみたいに“誰かに創られた”世界」
「――――」
エリザべーティアはリリスフィールの言葉にも表情ひとつ変えることはなかった。
「オモシロイな。とてもオモシロイ」
リリスフィールは鋼塔の先端に立ち、その場でくるくると回り始める。
周囲の魔素がその動きに合わせて動き、互いの摩擦で光を帯びた。
「エリザベー?」
リリスフィールはエリザべーティアに目を向けつつ、その名を訊ねる。何度も同じことを繰り返しているが、この元神は他人の名前にあまり意味を見出していないようだ。
「エリザべーティア」
だが、元皇王の半精霊は、そんなリリスフィールの態度に腹を立てることはない。彼女も他人の名前を覚えることが苦手だった。〈皇剣〉の機能を使ってもなお、他人の名前を間違えるという珍事を引き起こしたことがある。
「うン、エリザべーティア。ここハ、面白いか?」
「面白いわよ。だってほら、あそこで我が後輩が口に手料理押し込まれて呼吸困難になってるし。わたしたち呼吸いらないけど」
そうエリザべーティアが指を差したのは、後宮の秋庭にある屋外食堂だ。そこでは「第三〇回:一番料理が下手なのはどの皇妃と騎士だ選手権」が盛大に開催されている。
イズモに伝わる『メシマズ』という不名誉を自分以外の誰かに投げつけるために日々努力してきたろくでもない皇妃と乙女騎士たちが、何故か奇声を発して蠢く料理や、常に光学迷彩状態の料理。さらに材料に普通の野菜を使ったのに、絶対に食われるまいと走って逃げる料理などを作っている。
軟体料理に服を溶かされた皇妃や乙女騎士たちの痛々しい悲鳴が今日も響く。
「面白いでしょ、どう考えても。あ、リリシアのが空飛んだ。しかも結構早い」
「おイ、お前さっきマデあそこにイタロ。しかもオマエの作ったヤツ、皿融かして地面に潜っていったゾ」
会場の真ん中に空いた小さな穴を示し、リリスフィールはエリザべーティアを振り返る。しかし、元皇王はぷいと顔を逸らした。
「今日はオリガが錬金術で作った薬品持ち込んで調味料に紛れ込ませてたんだよ。わたしは悪くない」
たとえそうであっても、食品を無駄にしたことには違いはない。唯一の救いは、それらの調理工程はオリガによって細かく記録され、貴重な錬金術資料となっていることだろう。
ひょっとしたらそう遠くない未来、皇国から遠く離れた戦場に奇っ怪な生物兵器が現われるかもしれない。
「変なヤツだ」
「君にだけは言われたくない」
エリザべーティアは心底心外であるという風に鼻を鳴らしたが、どちらも似たようなものである。
「次は君も参加するといいよ。皿を前にしたレクティファールくんのあの顔はなかなか愉快だから」
「ウむ。確カにそれは捨てガタい」
答えながら、リリスフィールは悲鳴の木霊する後宮から視線を逸らし、眼下に広がる皇都の街並みへと意識を向ける。
様々な種族の人々が行き交い、路面馬車や路面列車が警笛を鳴らしながら蠢いていた。他国に較べて巨大な躯体を持つ皇国鉄道の列車が皇橋を越え、大城門を抜けて都市部に潜り込む。その横を、軍用列車が都市外へ向かって走って行った。
「これを見たラ、あいつラはどんな顔をスルかな?」
「あいつら? 誰か待ってるの?」
時折、リリスフィールは誰かを待っているかのような言動を取る。彼女の主となっているレクティファールはそれを知りつつも何も言わないが、エリザべーティアはそうではない。
その都度、リリスフィールに問う。
「救世主トカ、ユウシャとか、色々呼ばれてた連中ダ。あの世界デ、一番面白かっタ連中」
「それは前にも聞いた。だけど、あなたの世界は消えたんでしょ?」
「消えた。だが、あいつラはしぶといからナ」
何度も頷くリリスフィールの態度に、エリザべーティアはまだ見ぬユウシャ一行に同情の念を抱いた。
リリスフィールの「面白い」という評価には、ときに命を落とすような状況も含まれる。他者の生き死にさえ面白いと言い切るリリスフィール。そしてエリザべーティアやルキーティは、それを矯正するのは不可能だと結論づけていた。
精神構造がヒトとは違いすぎるのだ。
天族や魔族もどこか他の種族とは違う感性を持っているとされるが、ここまで極端ではない。リリスフィールは根本的に、生命という概念が乏しいのだった。
生きていることにも死ぬことにも意味を見出さず、ただの状態として認識する。それは精神生命体であるこの世界の神も同じという意味では珍しくない視点だが、常にヒトの世界で暮らすには些か面倒かもしれない。
「もうすぐダ」
「そう、じゃあ次元防衛司令部に伝えておくよ。来たら教えるから」
「知らされなくてもワカルぞ」
「そう? だってあなた――」
そこで、エリザべーティアは笑った。
清々しい笑顔だった。
「肩の上にリリシアのが乗っても気付かないじゃない」
「エ?」
異世界の神の探知機能を潜り抜けた料理が今、リリスフィールの肩の上で「しゃー」と吼えた。名状し難き形状を持つその料理は、ぱっくりと口を開くとリリスフィールの顔に張り付いた。
「ミョゲエエエエエエエエエエッ!!」
今日の皇都の空は、平和だった。
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